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 来たる十七の夏 

仲秋 憬





 十七の夏は特別だって、どこで聞いたんだっけ。

 7月9日が誕生日のあたしにとって今年の夏は正真正銘その十七の夏になるんだけど。



 思えば去年の夏の鈴原むぎは十六になっても十六じゃなかった。

 春に両親を亡くして一人残されたあたしは、行方不明のお姉ちゃんを探すためにできる

ことは何でもする覚悟でかなり気張っていた。

 失踪したお姉ちゃんの唯一の手がかり求めて出かけた祥慶学園で偶然、世界的な大財閥

(らしい。あたしは知らなかったんだけど、後でみんなに呆れられちゃった)の御曹司、

御堂一哉と出会って、彼の言うまま年や資格をごまかして昼は祥慶学園で美術の先生。夜

は四人の男の子が暮らす御堂家で住み込みの家政婦として、そりゃもうきりきり働きまし

たって。先祖が学園の創設者なんだそうだけど「教師としてなら祥慶に入れてやる」って

一哉くんも一哉くんだよ。たとえ出来ても普通する? そんな無茶なコト。

 ま、そのおかげで、みんなの協力もあって、お姉ちゃんと再会できたし事件も明るみに

出て解決に向かったから良かったけどさ。本当なら高校に入って初めての夏休みを楽しん

でいい時期なのに、夏期補講のカリキュラムに頭を悩ませてるなんて、どう考えても十六

の女の子の夏じゃなかったよね。


 でも、今年は違う!

 御堂家の家政婦なのは変わらないけど、事件解決の後、一哉くんのフォローで通学する

ことになった祥慶学園も楽しいし、世話の焼ける同居人の男の子たちが去年みたいに、夏

中ずっと家を留守にするなら、あたしも羽を伸ばして少しは夏休みをもらってもいいと思

うの。今年は親友の夏実とも遊ぶ予定を立てたいし。

 祥慶学園の夏休みって2ヶ月たっぷりあるんだよ。期末試験を乗り切ればこっちのもの

でしょ。

 張り切ったあたしはギリギリで赤点をまぬがれ、補講もなし。やったぁ!

 一哉くんに頭をたたかれつつ勉強教えてもらった甲斐があったよ。

 ……あとでマッサージぎっちりさせられたけどね。労働奉仕で恩を返せだって。

 あたし、仕事はいつだってちゃんとこなしてみせるんだからっ!





 そんなわけで、いよいよ夏休みに入った日。松川依織くんから「夕食をごちそうになり

に行くよ」っていう連絡が入った。

 少し前まで御堂家で同居してた五人の中で最年長だった依織くんは、祥慶学園を卒業し

て離れていた歌舞伎の世界に復帰したから、もう一緒に暮らしてはいないんだけど、歌舞

伎の舞台やお稽古が空いた時、月に二、三回、ご飯を食べに来てくれる。次の日がオフだ

と、そのまま泊まっていくこともあって、もう私物はない依織くんの部屋も前のままにし

てあるくらい。

 何だか独立したお兄ちゃんが時々実家に帰ってくるみたいで、ちょっと嬉しい。



 キッチンで夕食の支度をしていると、ピアノを弾くのに飽きでもしたのか同居人の一宮

瀬伊くんがダイニングから顔を出した。

 ちょうど賀茂茄子田楽を盛りつけしていたあたしの手元をじーっと見てる。側であんま

り見ていられるとやりにくいんだけどな。

「ふーん、松川さん来るんだ」

 言い当てた瀬伊くんに、びっくり。

「え? 今日、依織くんにメールもらって、まだ言ってないのに」

「だってむぎちゃん、松川さんが来る時は献立ちょっと変わるもん。ごちそう度がアップ

するよ」

「えっ、そうかな? でも、たまにだし、わざわざ食べに来てくれるんだからさ……っ」

 別に何でもないのに、そんなコト言われると焦っちゃうよー。瀬伊くんはニヤニヤしな

がら私の真横に近付いてくる。

「ふーん。妬けちゃうな。まぁ僕らはずっと一緒で松川さんより毎日いい思いもできるか

ら我慢してあげるけどね」

 あたしは、ふうって息をついて瀬伊くんから一歩下がった。

「瀬伊くんって素でそーいうコト言うから誤解されるんだよ……」

「誤解って?」

 これだから学園のプリンスで常にジコチューな人は困る。女の子はみんな自分に夢中に

なって当たり前とか思ってるのかな。でも違うから。

「だからー、気のない女の子でも、うっかり本気になっちゃうようなコト!! 瀬伊くんは

最終学年で、今、祥慶のラ・プリンスは麻生くんと瀬伊くんしかいないでしょ。四人いた

去年より憧れの王子様として注目度も上がってるのに、家であたしまでからかってどうす

るのよ。普段からそんな態度でなければシュラ場とかも見ないですむのに!」

 3月までは、その祥慶学園のラ・プリンスが全員御堂家で同居してたってのが、また特

別に異常なんだけどね。

「…………わかってないなあ」

「何が?!」

「誤解じゃないって事がさ」

 そう言うと瀬伊くんはふいっと背を向けてリビングへ行っちゃった。

 わかんないのは瀬伊くんだよ。ホント気まぐれな猫みたいだよね。夕食までテレビでも

見て待つ気になったのかもしれない。アナウンサーがニュースを読む声がキッチンにいて

もかすかに聞こえる。



 ご飯もそろそろ炊きあがるし、あとはみんなそろったら鮎を焼き始めようかなってとこ

で、玄関チャイムが鳴って一哉くんが仕事から帰ってきた。

 一哉くんも祥慶を卒業して今は大学生だけど、大学の勉強は楽勝過ぎて歯ごたえがない

みたい。だから高校生の時よりも社長業の方にますます力をいれてる風。海外出張も多い

し毎日かなり忙しそう。

 有能家政婦としては、せめて家のことはしっかりサポートしないとね。

 あたしは鍋の火を消して一哉くんを出迎えに玄関へ。一応、雇い主でご主人様のお帰り

だし。……って言うか、最近、それしないと一哉くんの機嫌が何となく悪くなるんだもん。

「お帰りなさーい!」

「ただいま」

「こんばんは、むぎちゃん」

「あれっ、依織くんも一緒?!」

「ああ、仕事でたまたまな」

 靴を脱ぎながら一哉くんが返事をする。

「一哉くんの仕事に依織くんが関係あるの?」

「開発商品の秋のCMで松川さんに出演してもらうんだ」

「へーっ、すごーい!!」

「飯は?」

「すぐできるよ。お風呂も沸いてるし」

「松川さん、悪いが先に一風呂浴びて着替えてくる」

「ゆっくりで構わないよ。僕も久しぶりだから、むぎちゃんと話したいしね」

 ネクタイをゆるめつつ二階の自室へ上がる一哉くんと離れて依織くんとあたしはリビン

グへ入った。

 テレビを見ていた瀬伊くんが振り返る。

「いらっしゃい」

「どうも。お邪魔するよ。瀬伊も元気そうだね」

「まあね。松川さんはヒマなんだ?」

「そうでもないかな」

 こういう会話ができるようになっただけでも進歩だよね。去年あたしが家政婦になった

ばかりの頃って、一つ屋根の下で暮らしてるっていうのに、みんなお互い無関心でろくに

挨拶もしないし、ギスギスしちゃってすぐ喧嘩っぽくなってたんだもん。

「梅雨明けは、まだみたいだけど暑いよねー。食事になるまで、これでも飲んで待ってて」

 依織くんと一緒に瀬伊くんにも冷たいはと麦茶を出して、あたしはキッチンで鮎を焼く

のに取りかかった。

 一哉くんの入浴時間を見計らって食事の支度をするのも慣れたもの。熱いものはできた

ての熱々を。冷たいものは器まで冷めたくして、きっちり用意するのが大事だよね。



 きっかり20分で、さっぱりした一哉くんが二階から降りてきたので、地下の自分の部屋

にいた羽倉麻生くんをインターホンで呼んだ。

 この五人が揃ってダイニングテーブルを囲むのは、ちょうど一ヵ月ぶりかな。

「季節を感じる食卓は、いいね」

 枝豆ご飯をよそったお茶碗を手に、依織くんがほめてくれた。

「松川さんは楽屋見舞いやご贔屓と会食とかで、懐石なんてしょっちゅうでしょ。歌舞伎

なんて、それこそ日本の季節とシンクロしてなんぼの世界だもの。季節の和食も目新しい

ことなんてないんじゃないの」

「演出過剰な作られた季節感じゃなくて、むぎちゃんの自然な感じが、僕にはとても心地

いいんだよ」

「ホント? お世辞でもうれしいなー」

「お世辞で食べには来ないよ。むぎちゃん」

 瀬伊くんがちょっと意地悪言っても依織くんはさすがの余裕。大人なんだよね。

 きゅうりのたたきをかじる麻生くんは、もうおかわり3杯目。男の子ってやっぱりよく

食べるから大きいのかな。

「松川さん来る時は、なんかわりとシブイ献立だよな。御堂もそっち系のが好きみたいだ

けどよ」

「どちらかと言えば慣れているというだけだ。好き嫌いはない」

「俺だってねーよ」

「魚は骨が面倒……」

 瀬伊くんが顔をしかめる。うーん、瀬伊くんには食べやすい切り身の魚の方がよかった

か〜。

「てめーは我がまま過ぎだ! 鮎なんか、そのまま食え」

「がさつな羽倉と一緒にしないでよ」

「んだと」

「そこ、食卓でケンカしない!」

「むぎちゃん。怒らないでよ。デザート期待してるし」

「今日はさくらんぼと、くず切りだよ。冷たくしてあるから食後にね」

「あーこういう和食も悪かねぇけど、暑いときはカーッと辛いもんがイイんだけどな。俺

としちゃ」

「麻生くんは辛いの強いよね。でも昨日、麻婆豆腐だったでしょ」

「そうでなくても、羽倉はしょっちゅう馬鹿の一つ覚えでカレーだし」

「うるせーな。別に文句言ってるわけじゃないだろ。どっちも……そ、その、ウマイから

イイって話だろ!」

「辛さはともかくエスニックな食事も美味しそうだね」

「じゃあ今度、依織くんが来る時は、そっちにするね」

「楽しみだな」

「やっぱり、贔屓してるー」

 瀬伊くんがすねる時の顔になる。ヤバイ。すねると倍以上の仕返しが来ちゃう!

「そんなコトないって。瀬伊くんのリクエストだって、あれ作れ、これ作れって、ほとん

ど毎日何かしら聞いてるじゃない。この前、頼まれたの何だっけ? 『トルネード“ロッシ

ーニ”』? あれ作り方、調べるのホント苦労したんだから!」

 牛ヒレ肉にフォアグラにトリュフなんて、とーんでもない料理でしたよ。もう。

「だって君が何でもうまく作ってくれちゃうんだもの。ねえ」

「まぁ味は悪くなかった」

「本格的っての? 目先が変わって、たまにはいいんじゃねー」

 一哉くんと麻生くんの同意をもらって、ますますニッコリする瀬伊くんの、この笑顔が

くせ者なのよ。さすが祥慶学園の妖精。ずるいんだから。あーあ。

「そんな話を聞くと、僕もこの家を出たのを後悔してしまうな」

 依織くんもそういうコトを本気っぽく言わないでよー。あたし調子にのっちゃうよ? 

 なんだかドキドキしてきたので別のことを聞いてみる。

「歌舞伎のお稽古とか、やっぱり大変でしょ? 依織くんは夏もずーっと忙しいの?」

「今年の夏は全国巡業の東コースの座組に選ばれてね。どこも一日公演で今は北海道や東

北の時以外はほとんど東京から日帰りでこなすから、むぎちゃんのご飯を食べに普段より

も来させてもらうかもしれない」

「そうなんだ。あ、家のみんなは去年みたいに長期旅行とかする? 留守番するのはいい

んだけど、あたしも家政婦の夏休みもらえるのかな?」

「休暇は考慮するが、もうお前の予定は決まってるのか?」

 一哉くんが、もっともらしく尋ねる。

「だから、それを決めるために聞いてるんじゃない。あたしだって色々やりたいコトもあ

るんだからね。もうすぐ十七になるし」

「ああ、むぎちゃんのお誕生日は確か7月9日だったね。今年は僕にもお祝いさせてほし

いな。その日はちょうど新宿のホールで巡業公演があるから招待させてくれるかい。普段

見慣れない人でも楽しく観られる演目でね。僕は久しぶりに弁天小僧をやるのだけれど、

むぎちゃんが見に来てくれるなら、君のために演じるよ」

「ホント? 依織くんが歌舞伎の舞台で!」

 きっと最高に素敵でカッコイイに決まってるよね。

「えぇー、9日ってさ、むぎちゃんが気に入ってるリストのピアノ協奏曲がプログラムに

入ってるコンサートがあるんだよね。僕のピアノのソロだけじゃなくて一度ちゃんとオー

ケストラ付きでコンチェルト聴きたいって言ってたじゃない? だから僕わざわざチケッ

ト用意したんだけどなぁ。バースデーデートしようよ。松川さんは舞台で忙しいだろうけ

ど、僕ならずっとエスコートしてあげるよ」

「瀬伊くんが?!」

「うん」

「…………冗談抜きで?」

「うん」

 どうしたんだろ。ちょっとコワイけど瀬伊くんが、ここまでしてくれるなんて、すっご

く珍しい。これを断ったらバチが当たりそう。


 ……と思ってたら麻生くんが大きな声で割り込んできた。

「待てよ! その……鈴原は堅苦しいのは苦手だろ? 俺が通ってるプールバーで、ちょ

うど店の五周年のパーティあってさ。前、一緒した時、すげぇ盛り上がったから、また連

れて来いって言われてるんだよな。だからさ……その……来ないか。そのパーティ。仲間

内だけだしビリヤードも参加するだけで賞品出るし、スカっと騒げるぜ。あっ、えーと、

誕生日だって言っとくから、それなりに……いやっ、バッチリ決めるようにしとくから…

…よ」

 麻生くんが、ちょっと赤くなりつつ誘ってくれてる。これって……。

「連れてってくれるの? バイクに乗せてくれるのイヤじゃないの?」

「お、おう……まかせろよ。あっ……何なら他にも、どこかかっとばして行ってもいいぜ。

いつも……その世話になってるし、お前は特別だもんな」

「わぁ楽しそう! 麻生くんが連れてってくれのかぁ。……うーん……」

 困ったなー。誘われるのは嬉しいんだけど、どうしてこんなにいっぺんに誘うのよ。


「……お前ら…………」

 一哉くんがお箸を置いて、こめかみを押さえてシブイ顔してる。もしかして9日にお休

みもらうのはマズイのかな。

「俺は明後日から長期出張予定だ」

「そっか。一哉くんは忙しいもんね。じゃあ支度とか手伝うことある?」

 一哉くんは去年も夏中、海外の会社の視察とかお仕事でいなかったんだよね。

「まずイギリスのロンドンからだ」

「へぇー」

「今年は、お前も連れて行こうと思う」

「はぁ???!!!」

 あんまり突飛なことを言われて、あたしは口を閉じるのも忘れてしまった。

「ホテルの長期滞在は自宅と違って不便が多い。身の回りの細々したことを片付けられる

ヤツがいた方が都合がいいからな。それといくつか招待されているパーティのパートナー

も欧米では必要だ」

「えぇーっ……でででも、そんなのは、あたしじゃ無理なんじゃ……」

 何だか激しくついていけない世界っぽくて面食らっちゃう。一哉くんてば、おかしいよ。

「姉さんに会えるぜ。久々に会いたいんじゃないのか?」

「………………」

 去年の秋、恋人の安藤さんについてイギリスに行ってしまった、今ではあたしのたった

一人の肉親の大好きなお姉ちゃん。そりゃ会いたいに決まってる。

 そっか……一哉くんについて行ったらお姉ちゃんに会えるんだ……。


「あーそれ最高に卑怯! 反則だよ、一哉!! 雇い主の一哉が命令したら、むぎちゃんは

従うしかないじゃない!」

 瀬伊くんが、らしくなく大きな声を出した。

「大体、鈴原はこの家の家政婦だろ!! 御堂の海外出張のお供なんて家政婦の仕事じゃね

ーよっ!」

 麻生くんも負けないくらい大声だ。

 この二人が同じ意見で気があってるなんて初めて見た気がするよ。めずらしー。

「一哉、それは、かなり強引じゃないかな。ほめられたやり方とは思えないよ」

 依織くんも眉をひそめてるけど、一哉くんは自信満々って感じのままだ。

「だからこうして意志を確認しようと言うんだ。むぎ、もちろんボーナスは出すぜ。それ

にお前にとっては半分以上バカンスの旅行だぞ。俺が仕事中は観光していて構わないんだ

からな」

「え……ホントに?」

「俺がこんな事で嘘なんかつくか。バカ」

 ……確かに。一哉くんは、そんなに暇じゃない……ないけど……でも……。

「むぎちゃんが夏、いなくなっちゃったら、僕はこの家でピアノの前で飢え死にしちゃう

かも……」

 あたしが迷っていたら瀬伊くんが急にしおれてしまった。

 飢え死にって、ええええーっ!!

「瀬伊くん、どこか旅行に行くんじゃなかったの?」

「僕、そんなこと言った? 今年はどこも行かないで、この家にいるつもりだよ。来年は

チャイコフスキーコンクールのある年なんだよね。本気で挑戦してみるのもいいかなって

気になったから準備しないと。ピアノが弾けない所になんか行かないよ……」

 うわー。それじゃ大変だ〜。

「むぎちゃん、ここの家政婦さんなのに僕の面倒みてくれないの?」

 瀬伊くんはピアノに夢中になっちゃうと、食事も平気で抜いちゃったり、他のこと何に

も構わなくなったりするから心配だなぁ……。


「ざけんなよ、一宮。てめぇ一人の面倒くらい自分でみろよ」

「まったくだ。食事でも何でも金があれば外食だっていくらでもできるだろう」

「なら一哉も海外出張でそうしなよ。いつもしてるんだから、できるでしょ。むぎちゃん

独り占めしようったって、そうはいかないよ」

「瀬伊、君がこの家で狼にならない保証はないと思うのだけれど」

「それを言うなら松川さんでしょ。むぎちゃんが留守番してるとこへしょっちゅう泊まり

込むつもりだったんじゃないの?」

「なんだってぇ! おい、抜け駆け禁止って言い出したのは松川さん、あんただろっ!」

「麻生がビリヤードの大会でアメリカに行くのは麻生の都合だろう。それに僕らが合わせ

る義理はないんじゃないかな」

「〜〜〜っ! それは8月のちょっとの間だけだっ! あとはずっと日本にいるぜっ!」

「へーそうなんだ。早めにラスベガス入りして力試しするって言ってなかったっけ?」

「言ってねーよっ! 勝手に話作るなっ!」

「お前達が日本にいようがどうしようが勝手だが、むぎには休暇をやるから、夏中この家

で過ごすとは、まだ決めていないはずだが」


「どうするの?」

「どうするのかな?」

「どーするんだよっ?!」

 みんな一斉に、あたしを見る。……勘弁してよ〜。


「…………えーっと……ね……」

 もう、みんな、まるでにらんでるみたいだよ〜。マジでコワイんですけど。

「……とっ……とりあえず誕生日は……夏実と十和子たちが……お祝いしてくれる……っ

て……言ってて……ケーキとか……ね……」

「丘崎さんと遊洛院さんが?」

「へえー」

「そう……」

「……で、お前自身は、どうしたいんだ?」

 容赦なく選択を迫る一哉くん。 

「え、どうしたいって、えっと……どうしようかなぁ、あはは……はは……」



 おっかしいな。何でこんなコトになっちゃたんだろ?

 夏休みと……誕生日と……今年は絶対楽しく過ごせるって思ってたんだ。

 ……いや確かに、つまらなくはない……と思うんだけどさ。

 みんな嬉しいお誘いには違いないんだけど。

 ……でも……去年と違うのにも、ほどがあるんじゃ……っ。



 去年。そう言えば、去年の夏休みの前に、みんなが示し合わせて同時にあたしをデート

に誘ってきたことがあったっけ。

「ねえ、もしかしてまたみんなで揃ってあたしのコト誘って、からかってるんじゃないで

しょうねぇ」

「ひどーい、むぎちゃん。信じてくれないんだ……悲しいな」

「んなことするかよ! 別に去年だって俺はからかってるつもりはなかったぜ!」

「去年お誕生日に一人ぼっちにさせてしまったのは悪かったと思っているよ。もう二度と

寂しい思いはさせたくないからね。ただ、その相手を選ぶ権利は君にあるよ、むぎちゃん」

「いや、あたしはそんな……」

 何か大きな誤解がある気がするよ。……みんな、勘違いしてるんじゃ。

「お前は、俺たちが冗談で誘ってると思うのか。それがわからないほど馬鹿なのか」

 一哉くん真剣だ……。



 もしかして、みんな本気なの?

 でも急にそんなコト言われてもさぁ。こ、困っちゃうよ。



「むぎちゃん」

「鈴原」

「おい、むぎ」

「ねぇ、どうするの?」


 天国のお父さんお母さん、あたしは無事に十七の夏を過ごせるでしょうか。

 とにかくスゴイ誕生日と忘れられない特別な夏になりそうなことは間違いないです。

 あーん……誰か、助けてえぇーっ!!




      


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