学校は夏休みになったけれど、世界の御堂の次期総帥を恋人に持つ
むぎは、うっかり希望を口に出来ない。
「あー、今年はまだ泳ぎに行ってないな〜」
「ホテルのプールなら融通きくぜ」
「いやいや、一哉くんの御堂グループ関係のVIP扱いはパスだから。
ほら、せっかく夏なんだし、できれば海とかね。真夏のお日様をたっぷり
浴びて、砂浜でスイカ割りとか、海の家でかき氷とか、日焼けとともに
思い出す夏の思い出ってヤツ希望かなぁ。楽しいでしょ」
「お前は紫外線の有害性を知らないのか。人体が紫外線にさらされると
皮膚を構成するDNAにチミンダイマーが生成されて紅斑産生反応が起こる。
DNAの損傷で間違った遺伝情報が伝達されていくと、白内障・癌・免疫
機能低下の発症原因になるんだ。日焼けがおさまって数ヵ月で肌の色が
戻っても、皮膚の老化は一層深まり悪性腫瘍発生の誘因となるし、眼球の
水晶体蛋白質が紫外線に当たると凝固していく作用で、白内障や角結膜炎
になる危険性も排除できない」
「…………いや、そういうのじゃなくて。ゴメンね。あたしが悪かったよ。
紫外線の害はわかるけど、夏に海で遊びたいって思うのは別なの。一哉くん
がこういうのに興味ないのは無理ないし、わがまま言うつもりじゃないんだ。
夏実とか誰か誘って……」
「馬鹿。勘違いするな。俺はお前の夏休みの過ごし方に興味がないわけじゃ
ない。海も嫌いじゃないぜ」
「ホント?」
「危険要素は取り除けばいいだけの話だろ。ちょうどここにいいものがある
からお前にやる。うちの社で開発中の最新UVケア製品のモニターをしろよ。
この水着は特殊繊維で出来ていて、白色なのに紫外線を100%カットする。
こっちのサングラスとサンバイザーは、やはりこのカラーの透過率で今まで
にない紫外線カット率を誇る。こっちの日よけローションは吸収法で皮脂を
破壊しない画期的な処方に成功した新製品だ」
「はぁ……」
「データを取る必要があるな。午後から沖縄へでも行くか」
「ええええーっ! ちょっと待ってよ!」
「自家用ジェットがあるし、予定もたまたま空いたし、海に行きたいなら
好都合だろ。この日焼け止めは全身に塗る必要があるから、俺が手伝って
やるぜ」
「だから待ってってば! あたしは、もっと、ごく一般的なねぇーっ」
そうは言っても、なんだかんだで一哉と出かけることになるむぎの受難は
終わらない。
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