「うーん、栗食べたいな……」
「……栗か。もう少し待てば──」
「ちょっと待った!」
「何だよ」
「一哉くん、何か非常識なことしなくていいからね。あたしは別にスペシャル
ゴージャスな一粒三千円の栗とかいらないから!」
「馬鹿か、お前は」
「一哉くんの価値観って、時々壊れるからさ……栗は栗なんだからね。
ご馳走には違いないけど」
「取りあえず瓶詰の蜜煮でも食べればいいんじゃないか。いつでもあるだろう」
「それじゃ意味ないよ。……ね、栗拾いに行ったことある?」
「あると思うか?」
「あたしもないの。じゃあもし今度、栗が拾える頃にお休み取れたら行こうよ!」
「お前が行きたいならいいぜ」
「一哉くんは興味ない? でもさ、せっかく一緒に出かけるなら、あたしと
一哉くん、ふたりとも“初めて”のことを一緒にしたいなって思ったの」
「おまえといると、俺は“初めて”ばかりだけどな」
「ほんと? なんだか、その顔すごく嘘っぽいんだけど」
「信じないのか。……まぁいい。取りあえず、栗拾いで、怒って栗のいがを
投げつけたりはしないでくれよ」
「そんなコトするわけないでしょ! せっかくおいしい栗ご飯とか、マロン
ケーキとか作るの考えてたのに台無しにしないでよね」
「期待してるぜ」
その秋に一哉が丹波の栗山の所有者になったことを、むぎが知ったのは、
約束の栗拾いに向かう車の中で、ただの栗拾いが一泊二日のお泊まり旅行に
変貌したと告げられた時だった。
一哉が栗山でむぎにいがを投げつけられずに済んだどうかは謎である。
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