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 And so are you 





 世界の御堂の後継者、御堂一哉の日常は多忙を極める。

 だからクリスマスも年末年始もバレンタインもお互いの誕生日も、すべて一緒に

いられるなんて期待は、恋人のむぎも最初からしていない。

 去年から一年はクリスマスと誕生日を優先したから、バレンタインはあきらめていた。

 しかし、この恋人の季節をアメリカでひとり過ごすのが、日本にいる時よりさびしい

なんて、思ってもみなかった。ひょっとしてクリスマスと張り合うくらい。


「聖バレンタインなんて人がいたのも初めて知ったしさ。女の子が好きな男性にチョコ

をあげる日としか思ってなかったのに」


 ニューヨークのバレンタインは、カードやプレゼントを、男女を問わず、家族や友人、

ペットにまであげたりする親愛の日らしい。


「気の合うクラスの仲間でパーティやるのよ。むぎもおしゃれしていらっしゃいよ! 

ミステリアスガールなむぎとダンスを踊りたい連中も大勢来るわよ!」

 そんな素敵なクラスメイトの誘いも、一緒に暮らしている一哉の言いつけ通り、

むぎはやんわり断った。


 一哉の半分やきもちまじりの心配も理解はできるので、ここは大人しく出来上がって

から何日か置いた方が味がなじんでおいしくなるチョコレートケーキでも焼いて帰りを

待とうと、材料を買い込み、家へ帰る。


 二人暮らしには広すぎる立派なマンションのキッチンで粉をふるいつつ、むぎは考える。

 街にあふれてる美しい色とりどりのユーモアも交えたバレンタインカードやお菓子や

花束は、誰に贈ってもよかった。

 例えば、姉の苗や、親友の夏実、日本で同居していた依織や、瀬伊や、麻生たちに

送ってみるのもいい。

 けれどむぎはどうしても一哉以外にバレンタインのプレゼントを渡したい気持ちに

ならなかったのだ。むぎにとって、この日はどうしても彼氏にチョコを贈る日だ。

「一哉くんについて来てアメリカで暮らしてても、あたしってやっぱり日本人なんだなー」

 ケーキをオーブンに入れて焼き上がるまでの時間、むぎは何となく手持ちぶさたで、

何日か続いている留守番の日々をぼんやり思い返していた。

 散らかし魔の彼がいないと、広い部屋を片づける仕事も、すぐに終わってしまう。


「十八日までには帰るから、その日は出かけるなよ」

「わかってるって。いってらっしゃい」


 どうせケーキを焼くなら、バレンタインより誕生日に合わせれば良かったか。

 しかし恋人として、バレンタインと誕生日という二大イベントは、きちんと分けて

おきたいところだ。


「一哉くん、今頃なにしてるんだろ……って、お仕事に決まってるか」


 十四日のバレンタインと、十八日の誕生日と。

 むぎにとって二月は一哉の季節だった。

 一哉本人が、どう思っているかは知らないが──。


 ケーキが焼けた合図がキッチンで鳴るのと同時に、ホテルのフロントみたいな

マンションの管理室からのコールがあった。むぎあての届け物があると言う。

 あわてて受取りに出たむぎは、心底驚いた。

 それは抱えきれない真っ赤なバラの花束だ。

「あら素敵だこと。バレンタインですものね」

 気さくな管理室の女性が、微笑んでいる。


 部屋へ戻ったむぎは、こんなにたくさんのバラをどこへ飾るか途方に暮れた。

 送り主を確かめるまでもない。感覚が日本人のままのむぎをよそに、一哉はとっくに

国際人だ。

「あたしだって日本的なホワイトデーなんて、どっちでもよかったけどさ!」


 むぎの寂しさをすくいあげるように、抱えた花束からカードが落ちた。

 薄い水色のカードに丁寧なペン書きは、間違いなく一哉の字だった。



『Roses are red,

 Violets are blue,

 Sugar is sweet,

 And so are you.

 意味がわかったら、ごほうびやるぜ。考えておけよ』



「いくらあたしでも、これくらいの英語はわかるよ! 一哉くんのバカっ!」


 憤慨しているむぎに、背後からそっと近付く恋人の足音は聞こえない。

 甘い休暇は、もうすぐそこだ。



 バラは赤い。

 スミレは青い。

 砂糖は甘い。

 そしてお前も。







● フルキス・ショートショートへ 


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