「ねえ、美食の歴史に名を残した音楽家を言ってみて」
「瀬伊くん、そんなコトあたしが知ってるわけないでしょ。
一哉くんにでも聞いてよ!」
「別に聞きに行かなくても知らないなら教えてあげるよ。
そうだなぁ、まず、有名なところでシャリアピン・ステーキかな。
トルネード・ロッシーニや、ショロン・ソースってのもあるね。
あと、忘れちゃいけないのは、ピーチ・メルバとか」
「……みんな初めて聞いたよ」
「昔から音楽家は食通だったりするんだよ。演奏旅行で旅も多いしさ」
「ふうん。なるほどねー」
「イチミヤ・スクランブル」
「はぁ?」
「今日これから、むぎちゃんが作ってくれるんだ。それはとっても僕好み
で、一宮瀬伊のお気に入り料理として後世に残るレシピになるってわけ。
素敵でしょ?」
「ステキでしょ……って……無理だよ!」
「期待してるよ。僕の家政婦さん」
チュッと軽く頬にキスして、気まぐれなピアニストは台所から口笛を
吹きながら去っていった。
「もーっ! 瀬伊くんの意地悪──っ!!」
むぎのオリジナル・メニューが完成して、後の世に残るかどうかは
神のみぞ知る。
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