御堂の御曹司で次期総帥である一哉の婚約者になった庶民のむぎに課せられた
いわゆる花嫁修業は多い。
特技のひとつが語学習得の一哉は、たどたどしく勉強中のむぎを前にして頭を
抱える。
「とりあえず日常の英会話くらいは何とかしてもらいたいが、お前の場合はその
前に正しい日本語から始める必要があったか……」
「なにそれ! 一緒に住んでたくせに、家でまともに挨拶もできなかった一哉
くんに言われたくない!」
「それとこれとは話が別だろう。俺は挨拶の言葉を知らなかったわけじゃない。
必要を感じなかったから使わないでいただけだ」
「そんなのヘリクツだよ。使わないなら知らないのと結果は一緒でしょ。挨拶
なんてコミュニケーションの基本だよ。あたしはちゃんと気持ちを伝える努力
はするもん」
「ほう」
「例え言葉が通じなくても言いたいコトがあったら、何としてもわかってもら
えるように頑張るよ。一哉くんは仕事先や学校じゃ格好つけてるけど、本音を
全部伝えようとしてないでしょ。例えば一哉くんだって知らない全く言葉の通
じないジャングルの真ん中で迷って喉が渇いて死にそうになった時、現地の人
にお水をわけてくださいってお願いするのは、絶対に、あたしの身振り手振り
の方が通じるから!」
「……まぁ、確かに見ていてお前はわかりやすいな」
「でしょ?」
腰に手を当てて、うんうんと得意げにうなずくむぎを、一哉はふいに引っ張り
寄せた。
「なら、どうされたら気持ちいいのか、しっかり俺に伝えろよ。得意なんだろ?
俺のいいところも態度でわかれ」
そのままベッドに押し倒されて、今夜も二人の間でしか通じない言葉ばかりが
上達してしまうのだった。
|