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 春のささやき 





 雑音、騒音に過敏な瀬伊とのデートは場所を選ぶ。

 本来アウトドアよりインドア派。でもせっかく暖かくなって花もほころび

若葉萌えいずる季節には、外に出たくもなるわけで。


「むーぎちゃん、どこまで行くつもり?」


「そうだなあ。とりあえず、もう少し上流までね!」


「サバイバルは、ごめんだからね」


「わかってるって。たまには小川の音にも耳を傾けたっていいじゃない!」


 むぎは少し調子っぱずれに歌を歌いながら川縁を並んで歩く。

 瀬伊は、そんなむぎの歌声をうるさがることはなかった。


「あ、うぐいす鳴いてる」


「え? ほんと? あたし聞こえなかった! 瀬伊くん、やっぱ耳いいねー」


 感心しきったむぎの声に、瀬伊は目を細めた。


「こんな所でも、うぐいすいるんだ……」


「僕も知らなかったよ。君が一緒でなきゃ近所の川縁をただ延々歩くなんて

絶対しない」


「そりゃ瀬伊くんは、そうかもね。……イヤだった?」


「嫌じゃないよ。でも疲れたり退屈しそうになったら責任とってもらうね」


「えーっ」


「僕をここまで引っ張り回す責任は取らなきゃ」


「……わかった。じゃあ帰ろ! 疲れる前に!」


 くるりときびすを返そうとしたむぎの腕をつかんで、瀬伊は新芽の揺れる

柳の木の幹にもたれかかった。


「もう疲れちゃった。だから静かにしててね」


「瀬伊くん?」


「ほらこうしてたら聞こえてくるから黙って」


 唐突に抱きしめられたむぎの耳に、さらさらと流れる川の水音と柳の枝を

ゆらす風にまぎれて、うぐいすのさえずりと恋人のささやきが響いた。






● フルキス・ショートショートへ 


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