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 さくらんぼ 





 たまたま麻生とむぎが二人で見ていたその日のニュースに果物泥棒の事件があった。


「せっかく作ったさくらんぼが出荷する前に盗まれちゃったんだって。災難だよねー。

佐藤錦ってすごく高いんだもん」


 むぎが、しみじみと同情する。


「そうか? そりゃ災難だけど、別に高いもんじゃねーだろ」


「……庶民には高いんだよ。旬のさくらんぼは! ハウス栽培だって、できないし!」


 ラ・プリンスの中でも、比較的、価値観がずれていないと思う麻生相手でさえも、

こんなギャップを時々感じる。住む世界が違うとは、よく言ったものだ。

 むぎはふうと大きくため息をつく。


「アメリカン・チェリーだったら、まだお値段は手軽だけど、味が別物だしねー」


「うまくねぇか?」


「そんなコトないよ。あれはあれで、おいしいじゃない。それに火を通すお菓子作るなら

アメリカン・チェリーの方がよかったりするしね」


「へえ」


 むぎの、なんでもない常識が、彼らの非常識で、彼らの常識がむぎの非常識なのだ。


「でも面白いよね。さくらんぼって言っても、気にならないのに、チェリーって言うと

なんだか意味深だったりするし……」


「どうでもいいだろ。ほっとけよ」


「なんで怒るの?」


「怒ってねーよ!」


 麻生が必要以上に大声になる時は、大抵、照れ隠しだ。


「じゃあ照れてるんだ?」


 かーっと真っ赤になる麻生は、年下のむぎの目から見てさえ、カワイイと思う。


「チェリーの何が気に障ったの?」


「だから障ってねー」


 わかっていて、からかう人の悪さ。きっと誰かに言われているのだ。


「瀬伊くんの気持ち、ちょっとわかっちゃった」


「一宮の気持ちィ?」


 人の悪い同居人の名前を出されて、ますます不機嫌そうに顔をしかめる彼に、むぎは

にこっと笑って見せた。


「麻生くんと一緒にいると楽しいなって」


「……だったら、お前は、ずっと側にいろよな」


 言われて、むぎも赤面する。


 赤い顔をして寄り添う二人を誰かが見たら「つながったさくらんぼみたい」と言う

かもしれない。






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