「桃って当たりはずれが大きいんだよねえ。見かけだけだと味がわかりにくいしさ。
とってもおいしそうだけど、もしハズレだったらコンポートにしようかな」
御堂家の居間で、むぎが丁寧に手で皮をむいてから食べやすく切り分けた白桃を、
一哉に差し出すと、彼は膝の上のノートパソコンのキーボードを打つ手を止めず、
ちらりと視線だけを彼女に寄越した。
「手がふさがってる」
「だから一休みしようって」
「ご主人様は多忙なんだ」
「もー! この桃がハズレだったら、ざまーみろだからねっ!」
「ひどい家政婦だな。毒味しておけよ」
「ご主人様あてに届いたこんな立派な頂き物、とーんでもございません!」
むぎはぷいっと顔を背ける。
「そもそも桃は仙果だ」
「はあ?」
一哉がいきなりうんちく話を始めたので、むぎは面食らう。
「古代から魔よけの霊力があるとされている。鬼退治が柿太郎でも瓜太郎でもなく、
桃太郎なのは、そのせいだ。中国の話でも理想郷が桃源郷と言われてるだろ」
「へぇー! 一哉くん、ほんと物知りだね。でも今のあたしは、本に書いてある知識
より目の前の桃の味の方が知りたいの! ほら食べて!」
むぎがフォークの刺した桃を一哉の口元へ差し出した。
こんな甘ったるい真似も二人きりの午後でなければしない。
「…………水蜜桃だな」
「この桃が? 種類は白鳳だったかなぁ。おいしかった?」
「食べてみないと味がわからないってのは──と似ているな」
「え、何と?」
「……バーカ。お前のことだ」
耳元でささやかれて桃色に染まるむぎも、そのまま一哉においしくいただかれたのは
言うまでもないことである。
|