「おい、頼む」
むぎの部屋の戸が軽くノックされ、御堂一哉が顔を出す。
近頃のご主人様が仕事の指示すらまともに告げずにすんでいるのは、
家政婦としてのむぎが有能なせいか、はたまた次第に深まる恋人関係が
以心伝心させているのか。
どちらにしても、若くして複数のグループ企業の社長業をこなす御堂
一哉の身支度の手伝いに、むぎがすっかり手慣れてきたのは事実である。
この役目は誰にも譲れない。むぎはそそくさと座っていたベッドから
立ち上がり一哉のネクタイを丁寧に結ぶ。
「一哉くんが赤いネクタイって、めずらしいね。赤くなりかけた紅葉
みたいな色……」
「意識して選んだわけじゃないんだがな」
仕事が一段落したら、一緒に秋の山に行こうと約束している。
休日の少ない一哉の約束の印みたいで、むぎは嬉しく思う。
「紅葉が見頃になるまでには、お仕事終わるよね?」
「ああ」
「出張から帰ってきたら……渡したいものが、あるから!」
「さっきベッドの後ろに隠したそれか?」
「!!!」
一哉に隠し事は難しい。
「バレちゃったか。ちょっとね、秋の……セーターをね……」
「どんなのでも着てやるから、しっかり編むんだな。ディアデームの
制服だって着てる俺だしな」
「一緒にしないでよ! 見たらビックリするくらいイイのを仕上げます
よーだ! ……おそろいとかでも着てくれる?」
ペアルックの手編みのセーターなんぞを御堂一哉に着せようとするのは、
世界中で、むぎくらいのものだ。
「……いいぜ。ただし、ひとつ言っておくが──」
一哉はにやりと笑ってむぎを抱き寄せる。
出かける前の、いつもの儀式。
「お前が俺に着せるんだから着替えは全部、責任持てよ。その代わり
お前にそれを着せるのも脱がすのも俺がする」
「一哉くん!」
パッと血が上り赤く染まる耳元を押さえ、むぎがその場を離れようと
しても無駄なこと。
「紅葉狩りを楽しみにして、いい子で待ってろ」
一哉が首筋に残していったほの赤いキスの跡は、編みかけのセーターに
散る紅葉の模様に似ていて、編み手のむぎを悩ませたのだった。
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