家政婦むぎがピアノ室を掃除していると一宮瀬伊がやってきた。
むぎの仕事はほとんど終わりかけで、最後の仕上げにピアノをみがいて
いたのだが、瀬伊は掃除が終わるのをその場で待つ気になったらしく、
掃除のために開け放していた窓の前に立ってむぎを見ている。
むぎは掃除の手を止めずに瀬伊に話しかけた。
「瀬伊くんが秋だなあと思うのって、どんな時?」
「唐突に何の話さ?」
「芸術の秋って言うじゃない。偽とは言え元美術教師としては、
色々考えるわけよ」
「むぎちゃんなら食材から感じるものじゃないの? 栗のシフォン
ケーキなんて食べたいなぁ、僕」
「……いつも、そればっかりじゃないもん」
「ふーん」
「この家の庭も紅葉はないし、まだ緑の木が多いよね。いっそどこかに
ハイキングでも行くのがいいかな。みんなを誘って……」
「山登りなんかしなくていいよ。面倒じゃない。別にわざわざ遠くに
行かなくたって、ここにいれば」
「ここに?」
むぎが振り返ると、瀬伊がすぐ側にいた。
「こーこ」
瀬伊はピアノ磨きのクロスを握ったままのむぎの腕を引っ張り、
有無を言わせず抱きついた。
バランスを崩したむぎは瀬伊の胸の中に転がり込む形になった。
「な、ななな何すんのっ!」
「しーっ。黙って」
耳元でささやく瀬伊に、むぎは抵抗をあきらめる。
窓辺にかかる洗い立てのレースのカーテンがふわりとゆれた。
「ここでも聞こえるでしょ。秋の音」
「あ……」
ささやかな秋風が季節を歌う。確かにそこに秋は来ていた。
「こんなかすかな音でも君が側にいると音楽になるね」
「……瀬伊くん」
「秋の曲を作って聴かせてあげるから、ここにいてよ」
むぎがうなずいたのは言うまでもない、そんな秋の夕暮れ。
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