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 First Kiss 





 ふたりきりの午後。ソファに座って新聞を読んでいる一哉の隣に座って

尋ねてみる。


「ねぇ、一哉くんのファーストキスっていつだった?」


「……いきなり何だよ。どうでもいいだろ。そんな事」


「そんなコトぉ? じゃあ言わせてもらうけど、先に初めてにこだわった

のは一哉くんの方じゃない!」


 一哉が初めてむぎにキスした時「俺が初めてだな」と、だめ押しのよう

に確認してきたことを、むぎは忘れない。


「初めてじゃなかったら嫌いになってたの?」


「そんなわけあるか。バーカ」


「だったら、あたしにも教えてくれたっていいでしょ」


「…………覚えてない。たぶんイギリスに留学してた時だろ」


「一哉くんの留学って、それ小学生の時じゃん。外国での挨拶のキスなんて

数に入らないよ! そんなんだったら、あたしのファーストキスは、たぶん

赤ちゃんの時で相手はお父さんかお母さんになっちゃうよ。そーいうのじゃ

なくてねぇ……」


「俺にとって大して意味のない些末な事はいちいち記憶に残さず忘れること

にしてるんだ。その程度のことだ」


「へーえ。じゃあ、あたしのファーストキスも、そうなるのかな」


「おい、それは……」


 一哉がめずらしく一瞬、絶句し、みるみる不穏な表情になるが、むぎも

後へは引けない。


「ふーんだ。どうせあたしは一哉くんみたいに経験積んでませんよーだ。

いつだって秘密主義の、ええかっこしいなんだから。ズルイよ。あたし

ばっかり……」


「お前な……」


 読みかけていた新聞を脇へやり、一哉はむぎを引き寄せた。


「そんなに知りたいなら教えてやるよ」


 一哉の真剣なまなざしに、思わずむぎも姿勢を正し、真正面から見つめ

合う。


「したくてたまらないのに我慢したのは、お前が初めてだ」


「は?」


「あんまり可愛くて、どうしてやろうかと思って、キスしないではいられ

なくなったのも、お前が初めてだ」


 一哉はそう言って呆然としている恋人を抱きしめると、有無を言わさず

熱いキスを繰り返した。   








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