第3場 終・賢者の約束 - 第4場 表紙

森に帰ったティアーナは再び元気よく働き出した。10日近くも家を空けていたツケは大きい。畑にはすでに収穫の時期を過ぎてしまった作物がそのままになっていたし、漬け物にしようととってあった木の実や野菜が窓際のかごの中で干からびていた。ティアーナは大急ぎでそれらを片付け、家中の掃除をし、洗濯をした。まだ時々、眠れなかったり悪夢を見て飛び起きることはあったが、家の仕事や子供たちの世話で忙しくしていたので、それを気に病むことはなかった。

ユリウスは相変わらず忙しく、二人の生活は表向きには以前と何ら変わることはなかった。二人はいつもと同じ日常を、いつもと同じように暮らしていた。ただ事情を知っていたドーラだけが二人の変化に気づき、「やれやれ、雨降って地固まるだね」とつぶやいて、満足そうにうなずいたのだった。

家の後片付けが一段落すると、ティアーナは自分の物語を完成させた。決まってなかった白い鳥の結末もきちんと考えた。白い鳥は戦乱の世を逃れ西の島へ行くつもりだったが、カール王子が平和を約束したので、この地にとどまり、ベオアルデス山脈の深い山の中で人々の行く末を見守ることにした、と作り、そして『今でもベオアルデス山脈の峰々のどこかに、白い鳥は住んでいるのかもしれません……』と物語を結んだ。それを子供たちに読んであげている頃、フリルド村に、東の森の賢者の新しい物語の噂が広がり始めた。

その物語とは、バイオンの町で、ある吟遊詩人が最近起こった本当の話だという触れ込みで歌い出した詩で、食人鬼退治の物語より迫力には欠けるが、妖魔との闘いに奥方を助ける賢者の愛情を絡ませて、情感たっぷりに歌い上げたものだった。これが町の人々に受け、はやり出したので、他の吟遊詩人たちがこぞってこの詩を買い、あちらこちらで歌い出した。フリルド村にはまだ吟遊詩人は来ていなかったが、村人の何人かが町や別の村でその詩を聞いて、噂を広めたのだった。村人の中には内容の真偽をティアーナに確かめる者もいた。しかし、ティアーナは笑って「ずいぶんよくできた物語ね」とだけ答えていた。

秋のルディアの大祭の時、フリルド村にも吟遊詩人が来て、東の森の賢者の物語を歌った。けれどティアーナはそれを決して聴こうとはしなかった。その訳をシスターが尋ねると、彼女はこう答えた。

「自分が物語の中に登場するなんて、もうこりごりよ」

そして、意味がわからず不思議そうな顔をしているシスターに、ティアーナは決まり悪そうに苦笑いして付け加えた。

「わたしがユーリと結婚してなければ、喜んで聴きに行ったはずなんだけど」

結局、ティアーナはそれからも、その詩を一度も聴くことはなかった。

(おしまい)

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