第3場 3・誓いの日 - 第4場 第5場

二人の前に新たな扉が開かれた。半円状の広間に30人ほどの男たちが、二人の進む通路の両側に並んでいた。彼らは皆、黒い長衣の上にそれぞれ違う文様の金銀の刺繍で縁取りされた、深い海のような青色のローブをまとい、一斉にこちらを見ていた。二人は青と黒の賢者たちの間を進み、広間の中央より少し奥に鎮座する大賢者の杖の前で止まった。

大賢者ファラールの杖――それはファラールが自らの知と術と共に、大学に残した魔法の杖だった。3クールほどの長さの木の杖は神殿の祭壇の樹と同じように、2本の枝がねじり合わさった形をしていた。片方の端は球に、もう片方の端は半球になっていて、真ん中がこぶのように丸く膨らんでいた。杖は楕円形の白と黒のモザイクの床の上、3クール半くらいの高さの所に、白いかすかな光を放ちながら浮かんでいた。モザイクの模様は楕円の二つの中心に、一方は白、他方は黒の小円を描き、小円の周りは逆の色で囲み、その境界線はねじれた曲線だった。それはユリウスの持つクリスタルと同じ形だった。

二人が杖を前にしてひざまずくと、賢者たちが周りを取り囲んだ。杖の向こう側にはザイナス老師を中心にして、7人の老師が並んでいた。

ティアーナはこの部屋に入る時、賢者たちの視線が自分たちに注がれているのを見て、威圧感にさいなまれたが、彼らの間を進むうち、彼らの目は彼女を威圧してはいないことに気がついた。その場の空気は重々しいものではあったが、決して圧迫するものではなく、むしろ彼女を励ますような暖かく力強いものと感じられた。そして賢者たちがユリウスとティアーナを取り囲んだ時、誓約式とはその場に臨む者が何かを調べられたり、試されたりする場なのではなく、彼らの仲間として受け入れられる場なのだということを彼女は悟った。

「これより、我、賢者ザイナス・アルライアン、ここに集いし賢者の方々を代表し、賢者ユリウス・アルアステルとその妻ティアーナ・アリアハルの誓いの儀式を執り行う」

ザイナス老師が重々しい声で宣言した。

「まずはティアーナ、そなたは賢者ユリウスの妻として、定めを共に担う者なれば、我らが最初にして最上の師、大賢者ファラール・アルエイロス・ドミルクルトのクルトに誓いしことを、我らと共にそなたもまた誓わねばならぬ。そのことしかと承知か」

「はい」ティアーナが小さな声で返事をした。

「では、今ここに、この杖を我らが師の心とし、誓いの言葉を述べよ。手を」

促されてティアーナは両手を差し出した。ザイナス老師が両手を杖の中央に近づけると、杖はひとりでに動き、ティアーナの差し出した手の中に収まった。杖はずしりと重く、支え持つのがやっとだった。その重さは木の重さでなく、何か別のものの重みに感じられた。そして、その重みを受け止めると同時に、何かが杖から手を伝って体の中に流れ込んでくるのをティアーナは感じた。この不思議な杖を前にして彼女の心は揺れていたが、その流れ込むものに満たされていくにつれ、彼女は落ち着きを取り戻していった。

(暖かい……、これが大賢者ファラールの心……)

ティアーナは誓いの言葉を語り始めた。

「ワタシハ、アナタガタ、くるとノタミガ、フカキユウアイト ジンシンニヨリ、サズケタマイシ チト ジュツニオイテ、テント チト くるとノタミ、ばどぅノタミノ ヘイアンノタメ、イカノコトヲ チカウ」

もつれた糸がほどけていくように、言葉は不思議なほど自然にティアーナの頭に浮かんだ。彼女はそれを一つ一つ確かめるように口にしていった。

「ワタシハ、くるとノタミノ ネガイシコトヲ、ワガネガイトシ、ばどぅノチト、ソノタミビトニ、タダシキ キノメグリ タモタレルヨウ、コノチト ジュツヲ ツカウコトヲ ワガツトメトシ、ソレヲ マットウスル……」

杖の白い光が溶け出るようにティアーナの方へ流れ、彼女と杖の間に光の玉ができていた。それは言葉と共に生まれ、言葉と共に大きくなっていった。

「……ワタシハ、くるとノタミトノ ヤクソクヲ カタクマモリ、くるとノタミニツイテ シリシコト、オヨビ、くるとノヒミツト セシコトヲ、ケッシテ ダレニモ アカサナイ」

ようやく7番目の誓いを言い終えると、言葉の光はティアーナの胸に吸い込まれるようにして消え、杖はひとりでに元の場所へ戻った。

「これで誓いの言葉は真にそなたのものとなった」

ザイナス老師はティアーナを見つめ、厳かに言った。それからクルトの言葉を大声で発した。

「ワレ、コノモノノ セイヤクヲ、シカト ミトドケタ!」

「ワレラ、コノモノノ セイヤクヲ、シカト ミトドケタ!!」

周りの賢者たちが一斉に大きな重々しい声で唱和した。

「ワレ、コノモノヲ、ワレラノ ドウシトシテ、ムカエイレヨウ!」

「ワレラ、コノモノヲ、ワレラノ ドウシトシテ、ムカエイレヨウ!!」

賢者たちの声が広間に響き渡った。その声に包まれて、ティアーナはそっと安堵のため息を漏らした。

「ティアーナよ、そなたの誓約のあかし、そして我らの同志たるあかしとして、クリスタルをそなたに授ける」

ザイナス老師が目で合図すると、一番端にいた老師がすっと動き、用意してあったクリスタルを持ってティアーナの所へ来た。そしてそれを彼女の首にかけた。クリスタルもまた杖と同じように暖かかった。胸に小さな灯がともったような感じだった。ザイナス老師がティアーナに諭すように語りかけた。

「そのクリスタルはそなたを助け、そなたを守る。自らそれを外さぬ限り、その効力は常にそなたと共にある。誓約により、そなたは人の取る武器は持てぬ。そのクリスタルが唯一のそなたの守りじゃ。大事にいたせ」

「はい」

「ただし、そなたが今誓いし誓約を破った時は、そのクリスタルは剥奪され、しかるべき処分を受けることとなる。よいな」

「はい」

ティアーナが返事をすると、ザイナス老師は満足そうにうなずき、今度はユリウスに向かって言った。

「さて、賢者ユリウスよ、そなたの妻ティアーナは我らと志を同じくする者として、今まさに我らの内に迎え入れられた。そなたの賢者としての定めは、もはやそなた一人のものではない。そなたはこれよりいかなる時も、その定めをそなたの妻と分かち合い、共に担いてゆかねばならぬ。そのことしかと承知か」

「はい」

ユリウスが低い声で答えた。続けてザイナス老師はティアーナに言った。

「ティアーナよ、そなたの夫は賢者としての定めを担う者、その妻となりしそなたも、もはやその定めから逃れることはできぬ。そなたはこれよりいかなる時も、その定めをそなたの夫と分かち合い、共に担いてゆかねばならぬ。そのことしかと承知か」

「はい」

「では、この杖を仲立ちとし、互いにその意を示し、契りとするがよい」

ユリウスが両手を差し出した。先ほどと同じように、ザイナス老師が両手を杖の中央に近づけると、杖は動き、ユリウスの手の中に収まった。すると、杖が発していたほのかな光はあっという間に明るい輝きに変わり、しかもその輝きは次第に彼の体を包み込んでいった。あっけにとられて見ているティアーナの目の前で、杖を捧げ持ったユリウスは白い明るい光に包まれたまま、彼女の方へと向き直った。ティアーナも彼の方を向き、一緒に杖を持たなければならないのに、彼女は身を震わせて、光の中のユリウスを見入ったまま動かなかった。

「ティアーナよ」

ザイナス老師がティアーナを静かに呼んだ。彼女はすがるように老師を見た。

「恐れることはない。それがそなたの夫たる者の力なのだ。受け入れなさい」

「はい」

震える声でティアーナは答え、震える手を杖に差し出した。

「あっ……」

杖に触れた時、ティアーナは小さく声を上げて目を閉じた。自分一人が杖を持った時よりも、はるかに大きく強く、勢いよくそれは流れ込み、体中を駆け巡った。ほうっという賢者たちの感嘆の声が聞こえ、ティアーナは目を開けた。

「!?」

ティアーナもユリウスと同じ光に包まれていた。光は今や杖を中心にして、大きな光の球になり、二人を包んでいた。ティアーナは顔を上げ、ユリウスを見た。彼は光の中で微笑みうなずいた。二人は同時にその言葉を発した。

「ワタシハ、アナタト ココロ ハナレルトキマデ、トモニ イキ、トモニ タスケアイ、トモニ チカラヲ アワセ、コノサダメヲ ニナイテユクコトヲ、ヤクソクスル」

言い終わると、二人を包んでいた光は急速に小さくなり、二人の胸に吸い込まれるようにして消えた。杖はまたひとりでに元の場所に戻り、その光も元のかすかなものになっていた。二人は再び前を向いた。両手を広げ、この様子を見守っていたザイナス老師が、また大きな重々しい声で宣言した。

「ワレ、コノモノタチノ ケイヤクヲ、シカト ミトドケタ!」

「ワレラ、コノモノタチノ ケイヤクヲ、シカト ミトドケタ!!」

ひときわ大きな声で、賢者たちが唱和した。その声の波が、消えた光の代わりに二人を押し包んだ。ザイナス老師が目を細め、二人を祝福した。

「おめでとう、二人とも。とても良い式じゃったよ。二人が共に作った気の場、すばらしいものであった。そなたたちなら何があっても大丈夫だ。二人が力を合わせれば、いかなる苦も克服できよう」

「ありがとうございます、老師」ユリウスが丁寧に礼を言った。

「これで誓約式は終わりじゃ。ようやく二人きりになれるな、ん?」

ザイナス老師はさっきまでの重々しい態度と打って変わって、軽い調子で話しかけた。

「老師さま、そんな……」

老師の言葉をまじめに受けて、ティアーナが顔を赤らめてうつむくと、老師は愉快そうに笑った。

「ハッハッハッ、照れることはないぞ、そなたたちは夫婦なのだからな。さあ、二人とも、行きなさい、杖の導く所へと」

しかしティアーナはそれを行うことをためらった。

「ティアーナ、呪文を」

ザイナス老師に促されて、ティアーナはようやく杖の中央に右手をかざし、呪文を唱えた。

「ツエヨ、ワレラヲ シルシモテ ミチビキタマエ」

修道院で修養していた時、彼女はいくつかの呪文を教わり、実際にそれを使う練習もしていた。最初にしたことは、いつかユリウスが話してくれたように、手のひらの中に気を集めることだった。その時、手のひらの中に生まれた小さな光を見ながら、彼女はこんなことは訓練次第で誰にでもできることなんだと、ユリウスが言っていたのを思い出していた。それから彼女はいくつかの術を覚えたが、それを使う時はいつも躊躇してしまうのだった。

ティアーナが意識を集中させると、杖の光が彼女の右手に流れ始めた。すると、胸のクリスタルが心の中に入っていき、そこで輝きを放っているような感覚を彼女は覚えた。そして頭の中に、ある見知らぬ風景が思い浮かんだ。彼女は懸命にその風景を思いながら、それを呪文でユリウスに送った。ユリウスが彼女の右手に自分の左手を添え、彼女の思い描いた風景をにして闇の道を開いた。モザイクの床の上に闇が広がり、杖は闇の上に浮き上がった。

「うまくいったようだな。では、明日の朝またここで会おうぞ」

闇の向こうからザイナス老師の声が聞こえた。その声に送られて、二人は手を取り合って闇の中へ消えた。闇が消えると、杖はゆっくりと元の場所まで降りてきて、そこで止まった。


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