第2場 2・賢者の結婚 - 第3場 第4場

東の森の賢者がティアーナの家を訪れたことは、あっという間に村中の噂になった。人々は事情を知りたがったが、皆ティアーナ親子とは親しくなかったので、直接聞けず、その矛先はドーラに向けられた。ドーラは数日間は真相を言わずにごまかしていたのだが、しつこく聞かれるうちに黙っていられなくなり、ついに白状してしまった。たちまち、その話は広がり、村は賢者とティアーナが結婚するという話題で持ちきりになった。

ティアーナはある朝、いつものように村人に挨拶すると、いきなりおめでとうと言われたので、びっくりして聞き返した。

「誰に聞いたの?」

「あたしはシーラにね。シーラの亭主が昨日、婆さまんとこで聞いてきたのさ」

「そう。ありがとう」

とりあえず、笑顔を作って別れたが、内心はドーラのおしゃべりに腹が立ってならなかった。それからというもの、会う人毎にその話をされ、ティアーナはこの時ほど村人と親しくなくてよかったと思ったことはなかった。もし親しい人がいたなら、必ずその人たちに根掘り葉掘り尋ねられていただろう。

“子供の家”にもこのことはすでに知れていた。ティアーナが“子供の家”に行くと、さっそく子供たちに取り囲まれた。

「ティア、賢者さまと結婚するんだって?」

「すごーい!!」

子供たちは口々に好き勝手なことを言い、騒いでいた。シスター・ロージナもやって来て、ティアーナを祝福した。

「ティア、聞いたわよ。おめでとう!!」

「ありがとう、ロージィ。でも、わたしまだ実感が湧かなくて……。それなのに村中大騒ぎなんですもの」ティアーナはため息をついた。

「仕方ないわね。みんな噂好きだから」ロージナは慰めるようにティアーナの肩を叩いた。

シスター・ロージナは年の頃は40くらい、明るく精力的な女性で、バイオンの町の出身だったが、修道院を出てからずっと、この村の“子供の家”で子供たちの世話をしていた。ティアーナが来ると、子供たちの世話を彼女に任せ、“子供の家”の運営に携わっている村の神殿の祭司と会って打ち合わせしたり、様々な用事をこなしていた。この日もすぐに出かけたが、午後まだ早いうちに戻って来た。子供たちは昼寝中で、ティアーナとロージナは居間でお茶を飲みながらくつろいだ。ティアーナはロージナにだけは全てを話した。彼女にとってロージナだけが唯一、信頼できる人間だった。

「ロージィ、珍しいでしょ、今どき。恋愛結婚が当たり前の今の世に、占いで決めた結婚なんて」

「若い人から見ればね、ティア。でも、きっかけはどうであれ、愛は育まれるものよ」

ティアーナはロージナを見つめ、首を横に振った。

「賢者さまとわたしの関係はきっとそうならないと思うわ……。けど、いいの。わたし、もう愛はいらない。結婚して下さるだけで充分よ。父も母もやっと安心してくれたし、それだけでいいの」

「そんな、ティア、だって賢者さまは運命の人なんでしょ」

「運命の人か……、運命の人はギドだと思ってたんだけどなあ……。ねえ、ロージィにはそういう人、いなかったの?」

「わたしはその前に神さまと出会ってしまったもの。日の神エイロスと月の女神ルディアがいつもわたしを祝福して下さるから、わたしには運命の人はいらないのよ」

ロージナは笑顔で答えた。その明るい笑顔を見て、ティアーナはいかにもうらやましそうな顔をして言った。

「ロージィ、わたしね、シスターになるのが夢だったの、子供の頃。ギドが死んじゃって、ロージィが励ましてくれた時、もう一度その夢が叶えばいいのにって思った。わたし、ロージィみたいに生きたかったの」

「ティア……」

「世の中、思い通りにはいかないものよね。でも、これがわたしに定められた道なら、この道を行くしかないんだわ」

ティアーナは遠い目をしてつぶやいた。そしてお茶を飲み干すと、子供たちの様子を見に部屋を出た。


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