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スミに置けない脇役の伝説 第7回

「働き過ぎた男」
J・T・ウォルシュ


ウォルッシュ

早過ぎた死…

J・T・ウォルシュという名前は知らなくても、この顔にピンッとくる方は多いことだろう。映画ファン なら、彼の姿を観たことは一度や二度じゃないはずだ。
それもそのはず、1993年から96年にかけて、彼は常に年に5,6本は映画に出続けていたからだ。こ こ10年の間に40本にも及ぶ映画にに出演している。脇役とはいえこんなペースで出ていたら、休む間は まずなかったと思われる。ワーカー・ホリックという言葉は彼のためにあるのかもしれない。こんなに働い て身体は壊さないのであろうか。そんな心配をよそに彼は憑かれたように映画に出演し続けた。
そして98年2月27日、突然心臓発作で逝ってしまった。2月というのにすでに『カラー・オブ・ハート』 『交渉人』の撮影を終えて、息子といっしょにサンディエゴ郊外で休暇を過ごしている時の突然死だった。 まだ54歳。

『グッド・モーニング・ベトナム』…ロビン・ウィリアムズに命の危機を

ディッカーソン曹長。 ベトナムのラジオ局の責任者。生真面目でユーモアを解さず、軍の階級に誇りを抱きそれにしがみついて生 きているような男だ。
転属してきたDJロビン・ウィリアムスのざっくばらんで、気さくな性格は、彼にとっては面白くないタネで ある。上官にも特別の敬意を示さぬ彼の態度に、神経を逆撫でされる。最初よりツラく当たるのは彼が自分 の地位にしか拠り所がない以上もっともであろう。その上ロビン・ウィリアムスの破天荒な行為に、自分の 地位を危うくされる恐怖さえも感じている。彼の言うところの「軍の規律を乱す」とは、「自分の居心地を 悪くする気か」と同義語である。

上官に彼の行動を報告し、彼を追い出そうとするが、聞き入れてもらえず、「15年の下士官の経歴を持つ 私が、彼に命令することもできないのか」と怒りを露わにする。彼の失敗につけ込み、停職処分に持ちこむ ものの、復帰すると、今度は命の保証もできないような危険地帯へと送りこむ策略をし、彼をピンチに陥れ る。

ついには、ロビン・ウィリアムスを除隊させることに成功するのだが、自分自身もまた彼と同時に、ベトナ ムでの地位を追い出され、グアムへの転属を命じられる。挙句最後にロビン・ウィリアムスに次のような言 葉を浴びせられる。「おまえは、おフェラの必要な人間だ」


『ア・フュー・グッドマン』…トム・クルーズに試練を

マーキンソン中佐。 生真面目で気の弱い海軍中佐。横暴きわまるジャック・ニコルスンの部下。彼のやり方に疑問を感じ、反意 を表すが、「上官にさからうのか」というおどかしで、だまってしまう。要領が悪く、決断力にかけるため、 ジャック・ニコルスンとは同期ではあるが、昇進に遅れを取り、彼には複雑な思いを抱いている。
軍の不正を自らの誇りをかけて、一大決心、トム・クルーズに密告をするものの、中途で挫折、証人として 出頭を前に脆くも自殺してしまう。正装し、サーベルを身につけ口元に銃口を当てる。兵士の遺族への遺書 を残して。(何の役にもたたない!)彼の自殺によって裁判での勝利への重要な証人を失ったトム・クルーズは、ヤケ酒を飲み、自暴 自棄に落ち込んだ。


『グリフターズ詐欺師たち』…大詐欺師は気が小さかった

株屋ヘンリーことコール。 アネット・ベニングの元詐欺師の相棒として登場。株屋を装い、南部の石油成金のカネをまんまと巻き上げ ることに成功する。「ニューヨークと東京の株式市場のわずかな時間差を利用して、儲けられる」というイ ンチキくさい仕掛けと、銃で相棒を撃ち殺すふりをするして、相手をかつぐという手口はせこい『スティン グ』のよう。しかし、束の間の成功に酔いしれるまもなく、仕事の極度の緊張感がたたり、発狂してしまう 小心者ぶりがいかにも彼らしい。しょせんかっこ良くはいかなかった。


人間の愚かさ、弱さを演じ続けた男

これらの映画からもお分かりのように彼の役柄は、大体が悪党。しかし、デニス・ホッパーやゲーリー・オー ルドマンのように強烈な個性があるわけでは決してない。ジョン・ハードのような冷たさもない。小悪党。 せいぜいマフィアの金を横からチョロまかしてオロオロするといった程度の胆しか持っていない、そんな輩 だ。(『カナディアン・エクスプレス』)
彼は、人間の愚かさ、弱さを表現しつづけてきたとも言える。しかし彼の演 じ続けた気の小さい融通の利かぬ愚かな人々、彼らの無神経な行動は、しばしば映画のヒーロー、ヒロイン を窮地に追いやってしまう。
選挙の票欲しさに、しかも秘書にそそのかされて英雄的愚行をとり、無残に乗っ取り犯に殺されてしまった上院議 員(『エグズキューティブ・デシジョン』)。ビリー・ボブ・ソーントンとの精神病院仲間(『スリング・ブ レイド』)。自分の手柄のためには子供の繊細な感情もおかまいなしのFBI捜査官(『依頼人』)。黒幕から金を 受け取り、彼らのためにサミュエル・L・ジャクソンを窮地に落とし入れる肝っ玉の小さい汚職警官(『交渉人』) など。
デビッド・マメットとの出会い

映画の中の役柄はいつも決まりきっていたが、彼の実人生は実に様々な彩りに満ちている。というのもサンフラ ンシスコに生まれたウォルッシュは人生の大部分を職から職へと渡り歩いて過ごしてきた。ソーシャルワー カー、学校の先生、百科辞典のセールスマン、記者。俳優を志願したのは意外に遅く、31歳の時である。
彼は、70年代の中ごろ劇作家のデビッド・マメットによって見出され、「アメリカン・バッファロー」の 初演で小さな役を演じた。1984年にマメットのブロードウェイの芝居で大きくブレイクし、。臆病なセ ールスマンだった彼の転機となった。芝居は激賞を得、ハリウッドのからの注目を浴びた。そしてマメットの 「ハウス・オブ・ゲーム」という作品でハリウッド・デビューを飾る。その2年後には『ハンナとその姉妹』 、3年後には『グッド・モーニング・ベトナム』と、早くも今日の地位を築いていった。


『カラー・オブ・ハート』…小悪党の永遠の退場の時

デビッド・マメットを通じての演劇仲間、ウイリアム・H・メイシー。彼と共演した『カラー・オブ・ハート』。 この作品が彼の遺作となってしまった。何と運命的。
主人公たちがモノクロのテレビ・ドラマの中に入り込んでしまう。この町ではすべてがシナリオ道りに秩序 だって動いている。決まった時間に父親は家に帰り、母親が暖かく出迎える。バスケット・ボールは、どんな にいい加減に投げても、すべてシュートされてしまう。そんな小さな町の町長が彼だ。しかし、お茶に間の 人間たちのこの世界への侵入によって町は変わり始める。母親は自分の人生のために夕食の仕度をホッぽら かして町に出る。自分のアイデンティティに目覚めた人々に色がつきはじめた。

最初は笑って見ていた彼もその変化が大きくなるにつれ、危惧を感じ始める。保守的で融通の利かない彼に とっては、町に鮮やかなカラーが混在することは、脅威である。秩序が乱れることが彼には苦痛である。自 分の居心地のいいこの地位が奪われるのではないか。現にボーリングをしてもいつも「ストライク」とはい かない。自分に敬意を払う人が日増しに減って行くなど彼にとって「悪影響」は深刻だ。
そこで「色を禁止する」条例を作り、すでに色のついた人々(カラード)を迫害する。条例を犯した主人公を 裁判で糾弾する。しかし、いったん勢いのついたカラー化はもう歯止めが利かない。大切な裁判の途中でさ えも、人々はカラー化していく。そして最後には彼ひとりがモノクロとなってしまい、孤立する。人は成長 し、自分自身を発見していくものだが、彼のかたくなさはそれを受け容れられない。

しかし、一番信頼していたウイリウム・H・メイシーも色づき、主人公の説得にも敗れ、怒りで自分を爆発さ せた時、ついに色づく。思えば初めて映画の中で硬い殻を破って、彼は生まれ変わる姿、その瞬間を見せる。 これが彼の遺作。いつも挫折してきた小悪党が、ついに改心をする。しかしこの時彼の映画人生も終わって しまった。観客に「さよなら」を言っているような静かで穏やかな退場であった…。


その他の主な出演作品

「テキーラ・サンライズ」 (88)
「クレイジー・ピープル 」(90)
「ロシア・ハウス」 (90)
「ホッファ」(92)
「山猫は眠らない」 (92)
「34丁目の奇跡 」(94)
「ニクソン」 (95)
「ブレーキ・ダウン 」(97)

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