J/
明けましておめでとう。今回は、まずはなばなしいお正月映画ってところで、『恋の骨折り損』から始めてみようかね。
B/
私はケネス・ブラナーがシェイクスピアをミュージカルで作るって聞いたときには、なんかワクワクしたわ。だって、シェイクスピアって
元々ミュージカルの要素があるじゃない。実際シェイクスピア劇には音楽がついていた。当時流行していた曲を替え歌にして演奏されたこ
ともあるのね。
J/
シェイクスピアのセリフは、韻を踏んでいるから、そのまま歌にできるんだろうね。
B/
この映画でもケネス・ブラナーが歌うようにセリフをしゃべるシーンがあるじゃない。それがそのことを改めて思い出させてくれる。
J/
僕は、この映画が作られるって聞いたとき、『バンド・ワゴン』のセリフを思い出してたんだ。「ビル・ シェークスピアの永遠なる韻文、
その魔法のリズムとビル・ロビンソンの永遠なるステップその魔法のリズムとの間にどんな違いがあるんだい。」映画の中の演出家、ジェ
フリー・ゴルドバなる人物が言ったセリフなんだけれどね。
B/
シェイクスピアだって、ミュージカルになるんだってことが言いたいのね、彼は。
J/
ケネス・ブラナーが『バンド・ワゴン』に触発されて、このアイデアを思いついたかどうかはわからないけれど、ミュージカルの多くが、
ボーイ・ミーツ・ガールをストーリーの基本としている点で、『恋の骨折り損』を選択したことは、とっても賢明なことだね。
B/
タイトル・バックが素敵だったわね。真っ赤なシルクのテーブル・クロス。これにトップ・ハットとステッキがあればもう完璧なんだけれ
ど、それでも気分はいやがうえにも盛り上がるものね。
J/
それこそ『ザッツ・エンターテインメント』って雰囲気だものな。
B/
この映画は、『バンド・ワゴン』のセリフじゃないけれど、シェイクスピアのセリフに歌を乗っけるのかと、私は勝手に思っていたの。そ
したら違うじゃないの。『ザッツ・エンターテインメント』なのね。
J/
30年代から40年代にかけてのミュージカル黄金時代の曲がふんだんに使われているね。「チーク・トゥ・チーク」「今宵の君は」「誰
も奪えぬこの思い」昔、これらの曲でアステアが踊っていた。
B/
ガーシュイン、コール・ポーター、ジェローム・カーン、アーヴィング・バーリン、みんな入っている。とっても贅沢な選曲なのね。
J/
それだけじゃないよ。それに合わせて、踊るのはタキシード、イヴニング・ドレス姿の男女たち。20世紀の最後に、こんな映画が観れる
とは思わなかった。それ自体はとっても幸福な気分だった。
B/
それなのに20世紀の名曲と、シェイクスピアのセリフが並ぶ時、違和感を感じてしまうのはなぜかしら。
J/
正直言ってケネス・ブラナーの踊りはまずい。必死に頑張っているのが見えるところが、かえって良くない。それに対してセリフをしゃべ
る時の彼の活き活きとしていること。そのアンバランスじゃないかな。
B/
そのためか、ダンスからセリフに移る時が、ぎくしゃくとして見える。それでシェイクスピアのセリフだけが、へんに浮き上がって聴こえ
てくるのね。こんなにシェイクスピアのセリフってわざとらしかったかしらって。普通のシェイクスピア劇を観ている時以上に、それを意
識させられてしまうのよ。
J/
ちょっと素人がやるミュージカルにしては、本格を気取り過ぎたのじゃないかな。ダンスが達者な、エイドリアン・レスターには、アステ
アばりのふりつけでロングで長回し。一方、踊りの下手な御仁はカット割を使って、その差を縮めようとさえしているものね。
B/
生真面目すぎるのね。同じ生真面目さでも、メル・ブルックスみたいに、ダンサーを使ってコメディ・ミュージカルみたいのを本格的にや
れば、これは拍手しちゃうけれど。
J/
または素人でやろうってことであれば、ウディ・アレンの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』みたいに完全に目をつむって、踊りのまずさを逆手に
とるような見せ方をするとかね。あえて往年のミュージカルのカメラ・ワークをそのまま使ってさ。そうすると余計に下手さが目だって、
滑稽でさえあるんだよね。そこがかえって面白かったんだよ。
B/
だから、この映画の場合はとても中途半端なのね。本格的ミュージカルと言うにはお粗末だし、コメディにもなりきっていない。
J/
ケネス・ブラナーの生真面目さがかえってその中途半端さをうんじゃったのかもしけないけれどね。
B/
ケネス・ブラナーはなぜ敢えてそんなことをやったのかっていうと「俳優だけがもたらすことのできる、その人物の特殊な解釈を歌とダン
スに注ぎ込みたかった」って言っているのだけれど…
J/
けれども、大体がミュージカル黄金時代においてさえ、ケーリー・グラントが歌い、ジョーン・クロフォードが踊る映画は、大抵失敗をし
ているからね。
B/
そりゃ、クラーク・ゲーブルが歌って踊るってだけで、当時の観客は熱狂し、満足したのかもしれないけれど、今『ザッツ・エンターテイ
ンメント』で観てみると、なんだか痛々しいようでね。
J/
ダンスで、自分の肉体で何かを表現をすることは、あくまでもダンサーの専売特許なんだよ。言葉でその人物の内面まで表現することがで
きるのが、シェイクスピア俳優の専売特許であるのと逆に。
B/
どちらも一日にして成るものじゃないからねぇ。
J/
衣裳とか、セットとかは素敵でね。技術のほうはなんとかなるんだけれどもね。
B/
女優さんたちのメイクも昔風にしてあって素敵だった。今の女優さんでもあんなメイクをすると、昔の女優さんみたいな顔になるっていう
のは、ひとつの発見だったわ。
J/
ナターシャ・マケルホーンなんかいいよね。この人『トゥルーマン・ショー』の女優さんだよね。元々がクラシックな顔だちではあるけれ
ど。雰囲気とってもよくでてたな。
B/
アリシア・シルバースーンはちょっと無理があったけれどもね。彼女の顔だけはどうやっても。現代の元気のいい明るいお姉さんになって
しまう。
J/
楽しそうに、ノビノビやっていて、可愛かったけれどね。
B/
おいおい、鼻の下ノビてるゾ!
J/
まあ、それはともかく僕はどうしてもこの映画を観ていると、また『バンド・ワゴン』を思い出しちゃうんだ。
B/
っていうのは?
J/
『バンド・ワゴン』の中で、『現代版ファウスト』を往年のミュージカル・スター、トニー・マーティン(フレッド・アステア)に演じさせ
大失敗した、ジェフリー・ゴルドバ。皮肉にもそれとこの映画が重なってくるんだ。いっそのこと、冒頭にあげたセリフのごとくビル・シ
ェイクスピアの魔法のリズムをそのまま歌にして、「歌うシェイクスピア」にしたほうが、より革新的で面白みのあるものになったのでは
ないか、そんな風にも思うよ。ただ単にハリウッド・ミュージカルを焼きなおすんでなくてね。
B/
まあ、私としては、この20世紀最後の年にこういうミュージカルが作られたんだってことには意義を感じるし、こんな映画を作った勇気
には拍手は送りたいって気持ちはあるわよ。まあ、とりあえずは楽しめたわけだしね。
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