J/
このところよく公開されているイラン映画の一本なんだけれど、その中でもこの映画は、特に厳しい映画だった。楽しめる映画じゃないよ。
仕事の帰りに観に行ったら、どっと疲れてしまった。立派な映画だけれどね。
B/
とにかくリアルな映画なのね。ドキュメンタリー映画を観ているような感じなの。
J/
監督は自分の映画のことをドキュ・ドラマって言ってるよ。もちろん脚本もちゃんとあるし、フィクションてはあるのだけれど、限りなく
現実を切り取ろうとしているんだね。
B/
そういえば、登場人物の名前も出演者自身の名前といっしょだわね。
J/
それで映画にもドキュメンタリーの手法をとりいれてるね。男の子が嘘をついてお店にやとってもらって、夜ひとり泊まりこんでいると、
突然カメラの側から声がして、インタビューが始まったりする。
B/
それまでセリフをしゃべらせていたのに、そこからは彼自身の声になるのね。彼自身がまだ演技を続けるのか、それとも自分自身に戻るの
か決めかねていて、さまざまな反応を見せるの。その中から彼本人の素顔が出てくるのよね。
J/
そうそう。トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』のあの感化院でのインタビュー・シーンといっしょなんだよ。「女と寝たことが
あるか」って聞かれて、思わず自分自身に戻ってはにかんだような顔を見せた、ジャン・ピエール・レオーみたいなんだな。
B/
この映画ってリアリズムなんだけれども、どちらかというと、イタリアン・ネオレアリスモの作品『靴みがき』などよりも、フランスの
ヌーヴェル・バーグの影響があるみたいなのね。ラストの少年の笑顔のショットも『大人は判ってくれない』のラストの海岸でのストップ
・モーションを思い起こさせるわね。
J/
ただ違うのは、この監督のスタイルは、あくまでも現実をストレートに切り取ろうとしているわけで、そこにユーモアの入る余地があまり
ないんだな。絵画でいうと、印象派とかキュビズムみたいのじゃなくて、限りなく写真に近いような精密な絵を思い起こさせる。現実の
重さを伝えるには、こんなにいいものはないけれど、僕としては、あまりにスマート過ぎて面白みがないような気がするよ。
B/
まあ、監督自身が映画を通して、困難な状況にいる子供たちを現実にも救けようとしているのね。この映画もそんな中から生まれてきてい
るのよ。主人公の少年は、板金工場にいるところを監督に発見されて、それで戸籍を持っていないってことがわかった。それでこの少年
の話を映画にしてみたらってところから始まっているの。もちろん撮影が終わったあとに少年に戸籍と身分証をとらせてやって、それで
学校にも通えるようになったんだって。
J/
それは感動的な話だね。とても真摯な姿勢で映画を作っているんだね。ユーモア云々の発言は撤回しなきゃいけないかな。
B/
今日本では、少年犯罪のニュースがしきりに流れているじゃない。でもこれも実は大人の社会の歪みを反映しているのではないかと思うの
ね。イランのこうした一連の子供を主人公にした映画を観ていると、それが子供の問題というだけでなくて、むしろ社会の姿が見えてくる
ようなところがあるのね。
J/
子供が一所懸命生きようとすればするほど、社会の矛盾が見えてくるようなところがあるね。
B/
ひとつの罪は親の無教養。少年がなぜ戸籍がなかったかというと、親が「役所に行くと、兵役にいってないことを咎められると思ったから
だ」っていうのよね。そこにはイラン革命などの社会不安の状況も見えてくる。でも親に教養があったら、戸籍を取らないことの重大な
意味がわかるはずで、こんなことにはならなかったはずなのね。
J/
戸籍があるのは、当然のことのように思っていたけけれど、ないと学校には行けないし、国の保護も受けられないし、まともな仕事にも
つくことができない。色々と弊害があるものなんだね。
B/
身分証明がないと働かせてもらえないっていうのは、実はアフガン人だったら雇えないっていう人種差別があるからで、そのために少年は
嘘をついて、隣の家の子になりきって、その子の身分証明でやとってもらわなきゃならなかったってことに繋がってくるわけね。直接は社
会を描いているわけではないのに、少年の苦難を見ていると、本当に社会の問題が色々浮き上がってくるものなのね。
J/
少年が、タイプライターのお店にやとってもらうことに固執したっていうのは、このドキュメント・タッチの映画の中にあって、もっとも
象徴的な意味を持っていたと思うね。タイプライター、文字、教養、この困難な生活からの脱出。そう考えるととてもわかるような気がす
る。
B/
隣家の少女が、ひとつひとつ文字をなでるようにして、タイプを打つシーンが印象的だったわね。「この文字は知っている。これは知らな
い。」って少年に向かって話しながら。
J/
この少女も結局学校を途中でやめさせられて、親の思惑で、工場主と結婚させられてしまうんだよね。この子少年と幼馴染で、おそらく
彼のことを好きだったみたいだけれど、そんなことはお構いなし。文字だって最後まで学べないままで、結局そのまんま人生が決まって
しまうかと思うと、とても悲しいね。
B/
映画の中でテレビを見るシーンがあって、そしたら日本のテレビ・アニメ「キャプテン翼」なんかやってるのよ。一体彼らの目にはこのア
ニメがどのように映るのかしらね。私は考えてしまった。
J/
日本のタイトルは、『ぼくは歩いてゆく』。まさに少年は、いつも生きるために歩きつづけている。親が麻薬をやって家でいい気持ちにな
っていても、構わず自分だけは、この状況をなんとかしたいと歩きつづけている。戸籍をとりにひとりで役所に行く。仕事をみつけるため
に、なりふり構わずお店や工場などに入っていく。字を学びたいと思う。
B/
力強いのね。それととっても大人に見える。この映画暗いのだけれど、あの少年の前向きな姿勢は、感動さえ覚えるわね。それに引き換え、
大人のだらしなさは…。
J/
監督が子供の映画を作りつづけるのは、その辺なんだろうね。この子供たちが国の将来を担う。彼らの状況を社会に伝え、彼らを助け、未
来に希望を託したい。そんな思いを感じるな。映画では大人はダメなままでなんら希望を持てないけれど、子供には可能性を残して、映画
を終わらせるね。あのラストの笑顔はそういう意味にとりたいな。
B/
原題は"知りなさい"というタイトル。自分を知りなさい。親がどういう人かを知りなさい。他人を知りなさい。社会を知りなさい。そこか
ら自分がどう行動すべきかが見えてきますよ。この映画はまさにそうして、少年が生きる道を探していくような映画。とても力強い映画
だった。
J/
最後に余談になるけれど、この監督の次回作は、日本を舞台に日本の少年たちのことを描く予定らしいよ。もしかしたら『キャプテン翼』
とか日本のアニメをテレビでやっているのを見ていて、思いついたのかな。
B/
今、少年の犯罪が問題になっている今だからこそ、またイランの過酷な状況と日本の状況があまりにも違うので、果たしてどんな切り口
で映画ができるのか、とっても興味深いわね。
J/
そうだね。僕は映画館を出るとき、あんまり深刻な気持ちになって出てくるのは好まないほうだけれど、でもこのアボルファズル・ジャリ
リ監督の作品は、当分目が離せそうにないね。
B/
たまには映画を観て、いろいろと考えるのもいいかもしれないわよ。
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