J/
昨年のカンヌ映画祭のグランプリを取ったのが、この作品『ロゼッタ』だったんだね。『ストレイト・ストーリー』『オール・アバウト・
マイ・マザー』などいい作品がある中での受賞。
B/
確かにインパクトのある映画ではあったわね。
J/
最初がちょっと乗りにくいんだね。カメラが主人公の真後ろにピッタリくっついて、ガタガタ揺れまくるんで、すっかり船酔い気分になっ
て、まいっちゃった。まるで、初めてビデオ・カメラを持った人の画面を見ているみたいで…
B/
いきなり主人公が、廊下を猛然と進み、ドアを押し開け、左に右に、キャメラはピンボケも、主人公が画面にはみ出すのもお構いなしに
追っかけていく。とっても唐突で一体何が起こっているのかわからないような、始まり方でね。ちょっとびっくりしたわね。
J/
あんまりああいうのは、好きではないんだ。けれど、観ているうちに、それも計算のうちでただ闇雲にカメラを振り回しているんではない
、その意図はとてもよくわかったよ。
B/
少女ロゼッタの歩き方がとても、たくましく見えるのね。『ラン・ローラ・ラン』の女の子とは違う意味でのたくましさ。ちょっと太めの
足をお世辞にも素敵とは言えないグレーのミニスカートから出して、大股で、急ぎ足で、とにかくよく歩く。キャメラが揺れるのが、追っ
ていくのがせいいっぱいといった感じを与えてるの。エネルギーに溢れている。とっても根源的な生命のエネルギーを感じるのよね。
J/
せいいっぱい生きてますって感じだよね。
B/
なぜそうなのかっということ、冒頭で仕事を失って、工場主に掴み掛かるまでの激しさは、一体どうしてなのかっていうことは、おいおい
わかってくるわね。
J/
彼女の日常を丹念に追いかけることでね。幹線道路を車の間をものすごい勢いで通りぬけて、向こう側に渡ると、キャンプ地があって、そ
このトレーラーに彼女は住んでいる。夫と離婚したのか、それとも未婚の母なのかわからないけれど、無気力に昼間から酒ばかり飲んでい
る母親といっしょにね。
B/
ロゼッタ自身もなかなか雇ってくれるところは見つからないし、母親はそんな調子だし、本当にどん底の生活なのね。でもロゼッタは、母
親が男を連れこんだり、施しを受けたりすることが、とても許せない。それでキャンプ地の川に仕掛けを作って、魚を採りにいくのを日課
にしているのね。何が何でも自分の力で生きていきたい。母親への抵抗でもあるのね。
J/
おしゃれをしたいとか、そんなんじゃないんだよ。食べるため、まともな生活をしたいから、ひたすら歩く。仕事を探す。自分のできるこ
とをする。すごいよね。今日本は不況だけれど、こんな感覚ってないよな。
B/
ワッフル製造所で空きがてぎたって仕事を紹介してくれた男の子と友達になって、アパートに遊びに行き、そのまま泊まるシーン。寝る前
にお祈りみたいなのをするじゃない。「あなたはロゼッタ、私はロゼッタ。仕事をみつけた。私も見つけた。友達ができた。まっとうな生
活。もう失敗はしないわ。私も。」って自分を相手にしゃべるシーン。束の間の幸せ。それが彼女の願いなのね。あそことっても気持ちが
出ていて、せつなくなっちゃうのよ。
J/
新しい友達リケがドラムをたたいてテープに吹き込んでいて、これをロゼッタに聴かせる。またこれがひどく下手なのだけれど、ほかの楽
器といっしょに演奏すると、意外と下手さが見えなくなってくる。ロゼッタって生き方が決して上手じゃないから、案外彼女に必要なのは、
仕事だけでなく、友達なのかもしれないといったイメージを象徴しているような気がした。
B/
でも彼女は音楽に合わせていっしょに踊ろうよと彼に誘われて、踊ろうとするのだけれど、途中でお腹が痛くなって、たまらず、外に飛び
出していってしまうのね。なんか自分が惨めな気持ちになって。まだ人と一緒に踊ることはできない。
J/
せっかくのワッフル製造所も理不尽な理由で解雇された時に、心配してリケがキャンプ地に訪ねてくる。それで誤って川に落ちて溺れそう
になるのだけれど、一瞬救けようか、どうしようか迷ってしまう。友達なのに彼が死ねば、仕事に空きができるって思っちゃうんだね。怖
いね。追い詰められてギリギリのところなんだね。すぐ思いなおして救けたのでホッとしたけれど。
B/
でもせっかく救けておきながら、彼がお店の商品をネコババしているのを店主に訴えでて、あっさりクビに追いやり、自分がその後釜に
座ってしまうのよね。ここまでに相当に追い詰められているのよね。そのために友情が、仕事と同じように彼女にとって必要なものである
のに、それが見えずに、そんな行動を取ってしまう。それがさっきのダンスのシーンともつながってるのよ。
J/
しかし、せっかくそんなひどいことをしてまで手に入れた仕事だけれど、やっぱり居心地が悪いんだな。人から施しを受けるのをよしとし
ない彼女だから、かえって惨めになってくるんだね。家に帰れば帰ったで母親は相変わらず酔っ払って、正体をなくしてる。どこまでいっ
ても続く長いトンネル。
B/
本当にどん底まで追い詰められて、そこから少女は再生することができるのか。この映画は、少女の生まれ変わりの物語と言えるわね。
J/
そこそこに象徴的な意味が散りばめられているね。少女がしばしば飲んでいる水。ペットボトルではなくて、そうだな、ドレッシングの容
器みたいなのにに水が入っているんで、まるで哺乳ビンで乳を吸うみたいな感じになる。それとお腹の痛みも産みの苦しみのようだし、ま
あそうでないとしても、女性の生理と関係ありそうな、そんな痛みになっている。
B/
それと、彼女がラストに近いところで食べるゆで卵ね。イメージに一貫性があるみたいなのね。
J/
最初カメラの動きとか見ていて、また奇をてらった若手の作品なのかなって不安が起きたのだけれど、映画を見終わってみると、そうでは
なくて、とてもよく練られていて、計算もされているしっかりとした作品だったことがわかった。
B/
とても真摯な映画なのね。
J/
なんかこういう映画観ていると、自分の日常を思わず振り返っちゃうよな。こんなに自分は一所懸命には生きてないなって。
B/
生きる力ってのが、本来人にはあるものなのね。この映画を観ていると、そんな力を思い出させてくれる。とってもパワーを持った映画
と思うわ。
J/
いい映画なんだけれど、お客さんは入ってないんだよね。勿体無いね。特に若い人が見たらなにかを感じるような映画なんだけれどね。
でもこういう暗い話は、いまどき受けないか。おしゃれな映画でもないしね。主演エミリー・ドゥケンヌもカンヌで主演女優賞を取っ
ただけのことはあって、存在感が素晴らしいし、見所も多いのだけれどな…。
B/
暗いまんま終わっちゃう映画じゃないのにね。私がいいと思うのは、その生きる力も、自分ひとりでではなくて、誰かに支えられてこそ、
本来の力を発揮できるってところなのね。リケの下手なドラムみたいにね。希望のある終わり方がとても良かったわよ。
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