J/
『エイプリルの七面鳥』このタイトどおりこれは、エイプリルという名前の女の子が感謝祭に家族、特に仲の悪かった母を招待し、七面鳥
のローストを作るまでの話。要約すればたったこれだけのことを映画にしている。けれども最後まで飽きさせることがないね。
B/
お母さんはエイプリルについていい思い出がひとつもないと言い切ってしまう。それくらいの家族の問題児なのね。妹の髪の毛は燃やすわ。
赤ん坊の頃にはぐずって、おっぱいに噛み付くわ。子供の頃から世話が焼けてしようがなかった子。
J/
そんなんで家を出た後は、家族からは遠ざかって暮らしてきたんだね。母の命がもう残り少ない。ここで頑張って七面鳥を作っていい思い
を出を作らなければ…母に迷惑ばかりかけてきたけれど、自分はもう大丈夫…感謝の気持ちを伝え心をもう一度通わせることができなけ
れば、自分は一生後悔してしまう。それで一大決心をしたというわけだ。
B/
映画はニューヨークのローワー・イースト・サイドにあるエイプリルの家に向かう家族と、七面鳥作りに奮闘するエイプリルの姿を交互に
描写しながら進行していくのね。
J/
冒頭のふたりはそれぞれに複雑な思いを抱いているようで興味深いな。
B/
エイプリルは、いっしょに暮らす恋人のボビーにたたき起こされても、なかなかベッドから出られない。寝起きが悪いのか…でもそれだけ
じゃなくて、一大決心はしたものの、ちょっと臆病になって身体が言うことを利かない。ちょっとそんな感じもするの。
J/
僕も寝起きは悪いけれど、あそこまでは悪くはない。バス・ルームに連れて行かれて、水を頭から浴びせられるまで起きられないなんてね。
やっぱりナーバスになって前の日もろくすぽ寝てなかったのかもしれないね。
B/
一方お母さんのほうもナーバスになっているわね。他の家族が朝起きてお母さんが家にいないって探し回るのだけれど、見つけてみれば
なんともう着替えを済ましてひとり車の中に座っていた。真っ直ぐに前を見つめてね。はじめての娘からの家への招待。淡い期待もあれば
こそ早々に着替えを済ませたのに違いないのだけれど、やっぱり不安のほうが強くて、寝られなかったというのが本当のところという気が
するのね。
J/
住んでいるところがニューヨークの下町ローワー・イースト・サイドだからね。かつての犯罪多発地区でもある。新しい恋人はしっかりし
た若者とは聞いているけれども、前の恋人は麻薬の売人だったし…きっとまたひどい思いにさせられるに違いない。そう考えたとしても
不思議ではないね。
B/
エイプリルの家に向かう家族と、七面鳥作りに奮闘するエイプリルの姿、これはある意味これまでの人生で続いてきた母と娘の愛憎、葛藤
のドラマと言ってもいいかもしれないわね。
J/
ふたりの葛藤がどれほどだったのかは、小さな小物にも現れる。偶然彼氏が買ってきた感謝祭の七面鳥の調味料入れ。これが彼女の実家に
あったものと同じ品物だった。だから彼氏の細やかな気遣いにもただただ憤慨するばかり。なぜならそれは彼女の母が「その小物のほうが
あたなはより高価だ」と言ったいわくある代物だったんだね。よせばいいのにまた執拗に彼氏に値段を聞くんだね。自分は果たしていくら
ということだったのか…。
B/
どう考えたってそんなに高いものじゃないのね。彼氏は「結構値が張った」という優しい嘘をつくのだけれども、あんまり執拗なんで、つ
いに白状しちゃう。それで哀れ七面鳥はゴミ箱行きになっちゃうのね。母親のためにって気張っていながらも、やっぱりそんな過去が目の
前に散らついてしまうのね。
J/
いっぽう車の中でも、色々騒動が起こる。薬の副作用なんかもあって途中気持ち悪くなったり、逆に神経が高ぶったり。「そんなエイプリ
ルにもひとつだけいい思い出があるの」とお母さんがしゃべった思い出は、彼女じゃなくて、妹のほうだったりする。するとまた嫌な思い
出ばかりが蘇ってきて、衝動的にひとりヒッチハイクで帰ると車を降りてしまう…そしてそれを夫がなだめるという風に決して容易な道の
りではないんだな。
B/
実際には彼女はエイプリルにずいぶん心を痛めていたとは思うのね。お利口さんの妹とは違って不器用で、いつも危なっかしかったはず
のエイプリル。妹のほうが、いつもお母さんに必要以上に気を遣っていること。お姉さんの家なんかにいかないで、私が作った感謝祭の料理
を家で食べたほうがどんなに良かったかって思っていること。そんなところからも妹は妹で母親の注目を引きたいっていつも思っているよ
うなところがあるのね。
J/
母親とエイプリルっていうのは、ある意味合わない親子なんだよな。思い通りにならないわが子。一方自分を愛してくれていないと思い込
んで、ますますひねくれて、問題な行動をとってしまう子供みたいなね。
B/
そんな親子、その上でのエイプリルの今度の一大決心は、彼氏の存在も大きいと思うの。彼が不器用ですぐ諦めて投げ遣りな行動をとって
しまい勝ちなエイプリルを励まし盛り上げているようなところがあるのね。
J/
ただせっかく七面鳥を用意したのに、オーブンが壊れていた。その時に頼りになる彼氏が外出していたためにひとりで行動を起こさなければ
ダメだった。これが彼女にとってはかえって良かったように思えるな。
B/
壊れているものはどうにもならないから、頼りにしなくてはならないのは必然的にアパートの隣人たちになってくる。ところが隣は何をす
る人ぞ的なローワー・イースト・サイドのアパート。まあこここの住人たちがまた面白いわねぇ。決して豊かじゃない人たち。人種もさま
ざまで。
J/
最初に訪ねたのは黒人の中年夫婦の部屋だった。「困っているので助けてほしい」とエイプリルが言えば「白人の恵まれた女の子が困って
いますだって…何をほざいているんだ。」と、まくしたてる。そうかと思えば中国人の家族は英語がまるでしゃべれず、何も伝えることが
できない。
B/
いっぽう白人の女性は変な宗教にはまり込んでいるし、ひとり暮らしのオーブンを購入したばかりという白人男も怪しすぎるわね。
J/
ただエイプリルは彼氏が留守だったから、逆に必死になれたね。最初に敵対心むき出しといった感じだった黒人夫婦が家招き入れてくれた。
お母さんの病気の話に胸をうたれた。彼女も子を持つ母、そしてエイプリルのお母さんと同年代だったからだ。この親孝行の娘になんとか
力になってあげたい。そう思った。オーブンこそ貸してあげられないものの料理のお手伝いをしてくれることになった。
B/
人種とかそんなの関係なく人としての感情が流れるところがいいわね。温かくて。偏見もエイプリルの必死の思いが吹き飛ばしたのね。
J/
この映画は偏見が人の垣根を作る。そんなところが底に流れているような気がする。エイプリルのパンクっぽい個性的ファッションが隣人
の偏見を呼ぶ。また彼氏が黒人というのは、エイプリルの家族に最初偏見を持たせた。英語が話せない中国人、もうそれだけでダメと思わ
せちゃうというように。
B/
逆に普通そうな白人女性は、なんだか偏屈だったりするところが興味深いのね。
J/
それと、映画の中でエイプリルが感謝祭の由来について話をするところがあるのだけれど、そこがこの映画のポイントだと思うよ。
B/
アメリカ新大陸に移住してきたイギリス人たち。けれども伝染病や悪天候で食べ物が満足に食べられず困窮してしまった。そんなとき敵対
関係にあったはずのインディアン(アメリカ先住民)たちが、その余りに悲惨な光景を見て、トウモロコシやカボチャなど
の作物の育て方を教えてくれた。そしてイギリス人たちは、それに感謝して今度は彼らを逆に食事に招いた、というもの。以来アメリカで
は、感謝祭というのをつくり、インディアン(アメリカ先住民)に感謝したというものね。
J/
映画の中でもときどき感謝祭が舞台になることあるよね。『わが心のボルチモア』の移民の家族たち。毎年この日に一族みんなが集まって
思い出話に花を咲かせ、また喧嘩もする。インディアン(アメリカ先住民)に感謝というよりも、家族、祖先、神様に感謝する日というイ
メージがある。この映画ではその移民当時の苦労話がそのまま映画になっている。彼らの苦労があるから今がある。そのことに感謝という
ような感じがあった。
B/
他民族国家のアメリカだから、それぞれがそれぞれの思いで、自分たち家族の歴史に感謝し、お互いをいたわってきたのかもしれないわね。
J/
そう考えるとこの映画は、感謝祭のオリジナル・ストーリーがモチーフになっているような気がするね。食べ物が作れず困り果てている
エイプリルとそれを助けてくれたアパートの意外な住人たちというところ。彼らがお互いに偏見を持っていたという点でもね。彼らを逆
に食事に招いたというのもこの流れからすると必然だし。
B/
それと家族の歴史の物語というところもいかにも感謝祭のストーリーになっているのね。縦糸も横糸も感謝祭、感謝祭なのね。
J/
これは今のアメリカの夢なのかもしれないね。なんだか不寛容な社会になってきているアメリカ社会。でもアメリカにはこんな素敵な物語
があったじゃないか、それをもう一度思い出そうよみたいなね。
B/
アメリカの平均的な中流家庭からはみ出してしまったエイプリル。その家族が彼女を訪ねていったら、愛憎、葛藤のドラマの再現とはなら
なかった。それどころかそこにこそ、アメリカの夢が、奇跡が待っていたというようにね。
J/
とてもハッピーでジワーと感動させられてしまった。
B/
今日はこんなところで…七面鳥の行方についてはぜひぜひ映画をご覧になって確認してみてくださいね。
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