J/
今年のウディ・アレンは、多様だね。『ギター弾きの恋』で見事なストーリー・テリングを見せ酔いしれさせたかと思いきや、今度の『お
いしい生活』では、思いっきり笑わせてくれる。
B/
まあ、隅から隅までウディ・アレンらしい映画だったわね。
J/
ウディ・アレンの喜劇の本質は、エセ・インテリ、エセ上流の人たちの仮面をひっぺがすところにあるわけだけれど、今度の映画はまさに
それ一色の映画になっているね。
B/
今までもチラチラとは出てきているのね。『アニー・ホール』で映画館に並ぶ映画オタクの知ったかぶりを喝破したり、『世界中がアイ・
ラヴ・ユー』で洗練された?踊りをみせた子供らしくないガキンチョどもを家から追い出して、下手だけれど一所懸命な子供たちにお駄賃
をあげたり。
J/
気取ったやつが大嫌いなんだね。
B/
もっとも彼自身、『アニー・ホール』の成功のあと、『インテリア』『スターダスト・メモリー』といった思いっきり気取った映画を作る
という罪は犯したけれど(笑)
J/
まあ、彼自身はインテリだからそういう映画も作りたくなる気持ちはわからんでもないのだけれど、そういう映画をつきつけられると、な
んか彼が遠いところに行ってしまったような気がしてしまうんだな。そんな彼の映画はあまり魅力的ではない。
B/
彼自身の役が、ひとつの型になっているからなのね。小柄でいつも悩みを抱えて早口でまくしたてるユダヤ人。これは「放浪紳士チャー
リー」「グルーチョ・マルクス」といったかつての喜劇人たちとも通じるコメディのキャラクターなのね。『インテリア』はチャップリン
における『巴里の女性』みたいなものだったのはわかるのだけれどもね。
J/
さて、今度のこの映画ウディ・アレンが銀行強盗というのが似合わな過ぎておかしい。およそ肉体労働とは無縁なタイプだから。
B/
しかも銀行に隣接するお店を借りて、そこから金庫まで穴を掘って、お金をいただこうなんてね。
J/
昔の映画を思い出すよ。ジョゼ・ジョバンニ監督の『掘った奪った逃げた』。これ実際に南フランスで起きた事件を映画化した作品なの
だけれど、彼はこれが絶対に頭の中にあったと思うよ。銀行までトンネルを掘って50億フラン(約1000億円)の金塊を奪ったという
事件でいまだに、金塊は見つかっていないっていうとてつもない犯罪ね。
B/
カムフラージュにクッキー・ショップを開くのだけれど、これが大当たり。一方地下ではトンネルを掘っているっていう後ろ暗さが、まる
で地下では殺人をし、1階ではその人肉パイを売りだし大当たりしたという「スウィーニー・トッド」を連想させてしまうわね。(笑)
J/
配役が見事だねぇ。スター俳優はヒュー・グラントだけで結構地味なのだけれど、それぞれがピッタリはまっていた。
B/
奥さん役のトレーシ・ウルマン、友人で分数の計算もできないお馬鹿さんのマイケル・ラバポート。この人『誘惑のアフロディーテ』でも
ミラ・ソルヴィーノのお馬鹿な恋人役だったけれど。(笑)
J/
炭坑とかでかぶるヘルメット、ヘッドライトが役にたたなくなるといのに、このほうがイケてるって野球のキャップみたいに後ろかぶり
したりねぇ。
B/
ちなみにそのかぶり方は、石川三千花さんによれば「バカかぶり」というかぶり方なのだそうよ(笑)
J/
そんな彼がウディ・アレンのことを「天才だ」なんて言ってもまるで説得力がないもんね。
B/
結局クッキー屋さんが繁盛して、彼らは大金持ちになるのだけれど、これがいかにもな成金趣味。部屋にハープが置いてあったり、へんな
動物の置物があったりもうメチャクチャ。
J/
よくテレビで一商品がヒットして大金持ちになったっていう人とかが出てくるのだけれど、共通する臭いみたいなのがあるんだね。とにか
く金ピカが好き。服はド派手が好き。家具は趣味がバラバラみたいな。まあ羽柴誠三秀吉さんみたいに城を作ったり、国会議事堂を作った
りと、ツキ抜けていればそれも快感に変るのだけれどもね(笑)
B/
彼の場合は、食事は狭いお茶の間でお茶漬けすすってるみたいな部分がいいけれどもね…ちょっとあなた話がそれてるじゃないの!
J/
ゴメン、ゴメン。前半でとっても可笑しかったのは、「シックスティ・ミニッツ」のパロディ(笑)番組でおなじみのキャスターが出て
きて大真面目にインタビューしているところがもう最高で(笑)
B/
『インサイダー』に負けないくらいソックリだった。しかもこちらのパロディ版はキャスター本人が出演してるんだものね。
J/
「クッキーの人気の秘密は?」「この科学スプレーをかけているところですかね」とウディ・アレン「いまどきの企業で中身をまったく
隠さないこの姿勢、これが人気の秘密になっているのかもしれませんね」とキャスターのもっともらしいのだけれども、危ないコメント。
B/
ウディ・アレンは『ギター弾きの恋』とか『カメレオンマン』とかこういうパロディをやらせたら、本当に天下一品のおかしさなのね。
しかも彼の映画にはいつも正真証明のご本人様が出演してくるところがスゴイ!
J/
結局、奥さんのトレーシー・ウルマンのほうは、お金の次は名誉っていうんで、美術協会の理事になるべく自宅でパーティーを開くのだけ
れど、お客さんたちから完全に馬鹿にされてしまう。その会話を偶然耳にして傷ついた彼女は、パーティーに招待していたひとり、ヒュー
・グラントに教養のレッスンを請うことになる。
B/
そもそもがそんな俄かレッスンで教養を身につけようと考えること自体が間違っていると思うけれどもね。
J/
それにしてもヒュー・グラントが実にイヤらしい男だねぇ。パーティーの席で「お若いのに」と言われて、自分のことを「もしかしたら
ドリアン・グレイかもしれないですよ」だものなぁ。キザな男。
B/
英語はイギリス英語、見てくれもよく、一見知的で紳士的なのだけれど、裏をひっぺ返せば…って奴。後半は結局この男の真の姿をひっぺ
返すこと。これが一番の楽しみになってきたわよ。
J/
ずいぶんイギリス的なキー・ワードが出てくるね。自分とトレーシー・ウルマンとの関係を『ピグマリオン』の「ヒギンズ教授とイライザ」
に例えたり。イギリス、ヨーロッパに憧れた作家ヘンリー・ジェイムス(『鳩の翼』)の家を彼らに紹介したり。
B/
「えっ、ハリー・ジェイムス(ウディ・アレンご本人お気に入りのトランペット奏者)の家なの?」って彼らには全然意味がわかっていな
い。彼等がわからないであろうことを意識しつつ、わざと言っているあたりがとってもイヤらしいのね。彼女がダイアナ妃や、「世紀の恋
」(エドワード[世とシンプソン婦人の恋)に憧れているのを知ってて、わざとオークションに出ているエドワード[世のシガレット・ケ
ースを見せる。彼女が購入するのもちゃんとわかっているのよ。
J/
しかも持ち上げる一方で、自分とあなたは、所詮階級が違うんだよっていうことも匂わせつつ。イヤラシイね。そんな彼の化けの皮が剥が
れる過程は、案外単純で面白みはないけれど、まあそれは置いといて、こういうのって快感だよね。気取った奴のパンツを降ろすみたいな
(笑)
B/
まあ、お下品ね。でも感覚としてはそんな感覚なのかもしれないわね(笑)
J/
後半、ウディ・アレンが再び泥棒はやっぱり泥棒っていうんで、金庫破りをするくだりは中盤までの快調さに較べるとややペース・ダウン
かな。この映画、成金とエセ上流とどっちが下品かみたいな部分こそが一番面白いから。
B/
結局、この映画はウディ・アレン版の『逆転人生』って言えるかもしれないわよ。人生が突然ハイ・アンド・ローになって人がそこから何
を学んだかっていう。
J/
「人生には愛とほんのちょっとのお金が必要だ」この映画にもそんなテーマが見え隠れするね。僕も100万円でいいから宝クジ当たらな
いかな…。
B/
あなたねぇ。泥棒さんだって知恵を使っているんだから、そんな他力本願は止めなさい!(笑)でも大蟹は食べに行きたいわねー。映画の中
でウディ・アレンが言ってたけれど。
J/
僕はこの映画でウディがお金持ちになってからミート・ボール・スパゲッティの味を懐かしむ、あの感覚がとても好きだなぁ。あれは日本
で言えば「お茶漬けの味」ってことになるんだろうね。
B/
とにかく難しいことや、お芸術みたいなのは抜きで大いに笑える映画ね。それでちょっぴりホンワカして。誰もがあー楽しかったって帰れ
るそんな映画ね。『ギター弾きの恋』は本当の1級品だけれども、こんな風に肩の力を抜いたウディ・アレンもやっぱりいいわね。
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