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第108回「蝶の舌」

蝶の舌 監督…ホセ・ルイス・クエルダ
脚本…ホセ・ルイス・クエルダ、ラファエル・アスコナ
撮影…ハビエル・サルモネス(『イフ・オンリー』)
音楽…アレハンドロ・アメナバル(『オープン・ユア・アイズ』)
原作…マヌエル・リバス
キャスト…フェルナンド・フェルナン・ゴメス、マヌエル・ロサノ
ウシア・ブランコ


1999年スペイン映画(配給アスミック・エース)/上映時間1時間45分

<CASTジャック&ベティ>
ジャックの評価 /ベティの評価

…金かえせ!! / …いまひとつ
…まあまあ/ …オススメ
…大満足!!観なきゃソンソン


J/ まず、はじめにこの映画は癒しの映画でも、お涙しぼりとり映画でもありません。そんな売り方されているけれど、ちょっと違う。それだ け断っておきます。でも実にいい映画だった!

B/ 1936年っていえば、世界史の曲がり角の年でもあった。スペインがこの年から内戦が始まる。あのベルリンオリンピックが開催される。 第二次世界大戦は、まさにこの年にはっきりと火種が点った。スペインでは翌年にはドイツがゲルニカを爆撃し街が壊滅し、これがのちに ピカソの『ゲルニカ』という絵を産むことになるの。この映画はそのまさに前夜から始まるのね。

J/ 『ミツバチのささやき』をちょっとだけ思い出した。あの作品はこの内戦が終わって、その傷跡が物語の背景にチラチラと見れる映画だっ た。いわばこの映画の後の物語。あくまでも子供の視点でお話が進んでいくというところからつながったということもあるけれど。

B/ 『ミツバチのささやき』でアナ・トレントのお父さんの役をやった俳優さんが、『蝶の舌』では学校の先生の役をやっているのよね。だか ら余計にね。

J/ この映画は春になるところから始まる。内戦が始まるのが夏からだから、その間の僅かな期間の束の間の脆い幸福な時なんだね。季節が、 とても美しい。花咲き乱れ、川はせせらぎ、蝶も子供たちもこの世の春を満喫している。

B/ 男の子が学校に途中入学する。お兄さんは、「ブルー・オーケストラっていうバンドに入り、春を告げるカーニバールでデビューする。 希望の春…でもその隙間にどこか不穏な空気が流れている。子供たちは無意識にだけれど、そんな臭いを嗅ぎ取っているのね。映画は歴史 的事件を追うのではなくて、あくまでもそんな子供の視点にくっついていくのがいいのね。

J/ 本当に何気ない言葉なんだよね。先生のところに息子の成績を良くしてくれって、贈り物を持って来たりするオヤジがいて、子供はそれを 「町長よりえらい人が…」って言い方をしているんだね。父親や先生とは違う種類の大人がいるっていうことを敏感に感じ取っているんだ ね。そのことが何を意味するかは、彼の年ではまだわからないんだけれど。

B/ 老先生がとってもいいわね。子供たちに愛情がある。さっきのオヤジが「息子がちゃんと覚えるようにドンドン殴ってくれ」っていうのに 対して、そんなことは絶対にしない。算数の授業で子供たちが退屈して騒いでいても、怒らない。「静かにしないならだまる」って言って 窓の外を眺めている。そのうち子供たちのほうが先生の異変を感じて(笑)ちゃんと静かになるのね。

J/ 主人公の男の子は、喘息持ちで、初登校の時に母親に「こすずめ」なんて言われているのを他の生徒に聞かれてからかわれて、それで先 生や他の生徒が怖くて、挨拶の時におもらしまでしちゃうような子だから…日本でいえば苛められっ子になるようなタイプの子なのだけれど、ちゃんと そのことがわかった先生は、わざわざ家にまで出向いて、子供に対して謝ろうとする。

B/ それが子供の心を打ったのね。なんて優しい先生なんだろうって。

J/ 翌日登校していったら、生徒たちに拍手で迎えさせたりしてね。事前に先生が段取りしてたんだね。すっとみんなの間に入れる環境を整 えてやっていた。

B/ 「これからは春だから、外に出て虫の観察をしましょうね。」って子供たちを野原に連れて行って、自然の中からさまざまなことを学ば せようとしているところもとても良かった。「蝶には長い舌があって、こんな風に渦を巻いているんだ。これでもって甘い蜜を吸って、花 は、その代わりに花粉を運んでもらうんだ」自然に摂理があること、生や死があることなど、教科書だけでは学べないことをね。

J/ お勉強ができるだけでは、偏った人になっちゃうからね。そうではなくて、彼は子供たちに興味を持たせて、そこから何かを学びとってほ しいっていう姿勢なんだね。それがとても自然体に見えるんだ。

B/ 日常の中で本当に自然に色々なことを学んでいるわね。仄かな恋心があったり、ブルー・オーケストラの演奏旅行に参加して広い世界も見 て、ヘンな大人たちの世界ものぞいたりね。ご両親もよく旅行に行かせてあげたと思う。

J/ そうだよね。なんたって「こすずめ君」だからねー。喘息も持っているから、心配でなかなか外に出せないのが人情だものな。

B/ 垣間見れる大人の世界のエピソードが、なかなかいいのね。ブルー・オーケスラのアコーデオンのおじさんが、ラジオで聴いたラヴ・ソン グを即興で演奏するシーンが微笑ましくて好きだった。耳が良くって、一度聴けばすぐに演奏できる才能を持っているのね。

J/ このブルー・オーケストラのエピソードは彼のお兄さんの話が中心になっている。愛することを知らないから、サックスのいい音色が出な いっていう音楽の先生の指導から始まって、ハートを見つける彼の演奏旅行につながってくる。アコーデオンのおじさんは才能もあるけれ ど、それより音楽を心から聴けるがゆえに身についた才能という気がした。その彼の愛の歌だからこそ、なんか温かくなるんだね。

B/ この『蝶の舌』はマヌエル・リバスっていう作家の短編集の中にある、3つのストーリーを繋げ合わせて作ったということなのだけれど、 それが見事に調和しているのね。

J/ ブルー・オーケストラのエピソードが、「本当のハート」を見つける話。山の中に犬と閉じこもる娘と、逢い引きする男の話が愛のない孤 独な人たちの話ということで、対称になっている。それを少年が外から見て何かを学んでいくという形になっているんだね。

B/ ブルー・オーケストラのエピソードは、少年の兄ということで『蝶の舌』本編に結びついてきて、犬のエピソードは彼女が実は少年の父親 の娘だったということで結び付けているのね。

J/ 娘の母親が死んで、お葬式に出た少年は、「死」にも接することになる。これが森の中で接してきた虫や花など活き活きとした生の世界と 対比されることになって、少年に衝撃を与えるっていう風に円のように繋がってくるんだね。

B/ この2つの短編のエピソードって、でもどこか御伽噺っぽい雰囲気があるわね。ブルー・オーケストラでは、狼に噛みつかれて言葉がしゃ べれなくなった中国人の女性のエピソード。それから犬が側にいないと燃えない女と、人に愛されず犬に嫉妬する男という構図。いかにも 小説や映画らしいエピソードでリアルな世界のものではない。

J/ この小説ガルシア・マルケスが絶賛しているだけあって、彼の世界の感覚、例えば『予告された殺人の記録』みたいな暑い地方によくある、熱に 浮かされるような御伽噺的感覚があるような気がするんだ。

B/ そういう世界を行ったり来たりしながら話が進んでいくから、途中で少年が垣間見る大人の会話、政治の話とかが妙に生々しいのね。それ と映画のラストに襲ってくる現実、リアルな歴史の再現の部分にとてもショックを感じてしまう。

J/ 何が起きたかは最後まで直接は見せないんだよ。何が起きているかわからないみたいな子供の視点を使っているから余計に怖いんだよ。夜 ベッドにいると外が突然騒々しくなって、外が明るくなる。天井にあわただしい人の影が映ってみたいに。

B/ お葬式の後の先生との会話がとても後にそのまま繋がってくるのが印象に残るわね。「地獄ってあるのかな」「あの世には地獄はない。地 獄は人が作るものなんだ。憎しみと残酷さ、それが地獄の元になる。」って。しかも話を聞きながら、少年はもぎ立てのリンゴを齧る。 それが幸せな少年時代との決別のように見えてね。楽園を追放そされたアダムとイヴのように。

J/ エピソードの積み重ね、ストーリー・テリングがうまいからこそラストが本当に怖いねー。なんの繋がりもなかったブルー・オーケストラ のエピソードまでラストに繋がってきてね。丁度観たのが、第二次大戦関係の本を読んでいた時だったから、日本の戦時中にもこんなこと があったんだろうなぁって、恐ろしくなった。

B/ なんか地域的、時間的な特殊性っていうんじゃなくて、普遍性のある怖さなのね。「地獄に関するセリフ」も効いている。

J/ あの少年は、あの幼さで大人になってしまったみたいで可哀想だね。それまで順調に育っていたのに。あの後どうなっちゃうんだろうね。

B/ フランコ政権は1975年まで続くから、彼はその頃40才過ぎた頃なのね。ずっと心の傷を引きずって生きていくのでしょうね。ただ先 生の与えてくれたものは、ずっと心に残り続けると思うのね。それがこの子にとっての一縷の望みね。

J/ 『ミツバチのささやき』が1940年代内戦が終わる頃が舞台、『エル・スール』がさらにその十年後が舞台なのだけれど、いずれも傷を 引きずっているからね。あの時代の傷がいかに大きかったかだね。僕はこの映画を観て、初めてそれらの映画が持っていた歴史の流れが わかったような気がしたな。そういう意味でも興味深かった。

B/ 本当に見事な映画だったわね。映画の話術のうまさ、美しさ…大人の国の大人の映画なのよ。子供が主人公だけれどもね。この夏一番のお 勧め映画ですよっ!

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