J/
この映画を観て、思い起こしたのは、「シックスティ・ミニッツ」だったんだ。あのドキュメンタリーに出てくる人物たちの物語を作った
ら、きっとこんな感じの映画になるのじゃないかって。
B/
確かに、高級住宅街に住む麻薬の売人、下っ端の売人、刑事、政府関係者、メキシコ当局、国境検問所、色々な角度から物を見ようとして
いる点が似ているわね。
J/
そうそう、それぞれのインタビューを交互に出して、誰が嘘をついていて、何が真実かを浮かび出そうとする番組の作り方と、色々な人た
ちのドラマを交互に描いていって、ひとつのテーマを描いていくという手法がどこか似ているんだよね。
B/
『マグノリア』とか同時に物語が進んでいくという点が共通するので、較べられがちだけれど、何かそういう映画とは肌ざわりが違うのね。
J/
映画の手法としての出発点が全然違うように思う。似ているようで、これはまったく違う。ドキュメンタリー的なものと、映画らしいストー
リー・テリングが見事に調和していて面白い。近い感覚なのは、カポーティのノン・フィクション・ノベル『冷血』、キューブリックの
『現金に体を張れ』かな。事件に関わった人たちの主観が、いくつも存在しているという点で。
B/
ただそれと違って、物語がまったく別に進んでいくのね。人物たちが、必ずしもすべて交叉しているわけではない。けれども観終わると、
麻薬についての映画ということで、ひとつの物語を観たという感じがする。
J/
別々の話なのにストーリーに一体感がある。今までにありそうでいて、ないタイプの映画なんだな。
B/
話は三つの柱があるのね。マイケル・ダグラス演じるウェークフィールド判事の家族の物語、メキシコの刑事ベニチオ・デル・トロの物語、
サンディエゴの麻薬カルテル対刑事の物語。それぞれに違う味わいがあるわね。
J/
フィルターで色が変えてあるしね。混乱しないように。奇をてらったという風には見えなかった。
B/
私的には、目が疲れてしまったので、あんまりありがたくなかった…。『イントレランス』も時間と場所の違いで色分けをしていたわね。
現代のシーンが青で、バビロンのシーンが茶に染めてあった。ただあの映画はモノクロなので、それほど目は疲れなかったけれどね。
J/
マイケル・ダグラスの判事の物語っていうのは、一番平凡といえば、平凡だよね。麻薬撲滅の責任者の子供が、麻薬にはまっていたという
のは、いかにもありなんだよね。
B/
父親不在のビハリー・ヒルズな家庭のボンボンにありがちな話(笑)
J/
実を言うと、麻薬の被害を一番深刻に受けているのは、こういう人たちだけではなくて、ニューヨークなどの都会の片隅で、路上生活をし
ている底辺のジャンキーとか悲惨な人たちもいるのだけれど、物語をうまく溶け込ませるためには、こういう形しかなかったのかなとも
思う。
B/
麻薬の需要の側が、これだけしか描かれていないので、ちょっと甘いかなという気もするわね。このエピソードだけで一本の映画だとする
と、とても中途半端なものになると思う。だけど、全体の中に入れこむとちゃんと生きてくるのよね。
J/
子供が麻薬中毒になっているという記事ももみ消しにされたりとか、そういうイヤらしい部分もちゃんと出てくるし。
B/
判事のマイケル・ダグラスが「麻薬撲滅」のための原稿を読むのが、途中で白々しくなってくるという気持ちの移り変わりもよくわかるわ
ね。家庭のドラマとしては平凡だけれど、こういう人たちが、もっともらしいことを言っている。それが政治だという視点ではもっともな
のよ。だから、少ないエピソードで両面を描けているという点では、とても効率的なのかもしれない。
J/
メキシコのベニチオ・デル・トロのエピソードは、彼の魅力もあって、一番思い入れが入っちゃうね。
B/
犯人たちを逮捕しに行ったのに、いきなり将軍たちの部隊に取り囲まれてしまう最初のシーンから、ドキドキものなのね。
J/
彼がとても人間的に優しいのがいいんだね。3つのエピソードの中で彼のキャラクターだけが、共感できるんだね。
B/
純粋だから。アメリカの当局への情報を売るに際しての見返りが、「子供たちが夜間でも野球ができる照明設備のある公園を作ってほしい」
だものね。国の貧しさ、それが問題だと。そんなところから麻薬の問題も少し解決できると信じているのね。
J/
アメリカの捜査員に自分の保護を拒否するあたりも清いね。
B/
麻薬ビジネスが、国ぐるみで動いていているので、彼ひとりの奮闘ではどうにもならない。どここに敵がいるのか、底知れない怖さみたい
なものがあって、問題の根深さを感じる。アメリカ政府の麻薬対策予算よりも、麻薬シンジケートの資金のほうが豊かであると。だから
麻薬戦争はすでに勝敗が決まっているんだといったようなことが映画で語られるしね。
J/
彼はある意味では、希望だよね。現実には、刑事たちが金を握らされているということも語られているし、それゆえアメリカ側も彼らを信
じられないというようなこともある。でもこんな男がひとりくらいいてもいいじゃないかって。それを信じなければ、解決の糸口はまった
く望めないような気もする。やりきれなくなってくるよね。
B/
もうひとつのエピソードは、麻薬王と警察との終わりなき闘い。時に命の危険にさらされながら、地道に張りこみをする刑事たちの様子は
、スタローン主演の刑事ドラマなどとは違って、かつての『フレンチ・コネクション』を思わせる。
J/
『フレンチ・コネクション』の頃より、刑事たちの置かれた環境は良くなっているけれどね(笑)張りこみ専用の設備を備えた車がある分だ
け。紙コップにコーヒーは永遠です。(笑)
B/
このエピソードは脇役の俳優が、大変に充実しているわね。『ロボコップ』の小悪党ミゲル・フェラーは相変わらずの小悪党ぶりを発揮し
ているし、麻薬王の弁護士は『ローカル・ヒーロー』のピーター・リーガート。あら、この人はプログラムには出ていないわね。『マグノ
リア』、『イギリスから来た男』のルイス・ガスマンが刑事というもいい。
J/
話がちょっとエピソードから逸れるけれど、確かに配役が豪華だよね。懐かしや、ジェームズ・ブローリンやエイミー・アーヴィング(
スピルバーグ前夫人です)も出ているし、名優アルバート・フィニーまでもが小さい役で出ていたりするからねー。
B/
それはさておき、このエピソード、麻薬王の奥さん、キャサリン・ゼタ=ジョーンズが自分の夫が麻薬王だったことを知らないなんていう
のはちょっと嘘っぽいかなと思いつつも、彼女の軽さは存分に発揮されていた。
J/
この役って『ハイ・フィデリティ』の彼女のキャラクターとよく似ているよね。空虚なオハイソという部分が。
B/
貧しい家庭の生まれなんだけれど、お金持ちの男とうまく結婚して、おハイソになった女なのね。貧しい家庭に育ったと言いながら、仕事
をしたことなどないって言っていたわよね。おハイソな奥様たちと、料理やファッションのお話をして、完全にその世界に入りこんでいる。
なんとも中身のなさそうな世界ではあるのだけれど。でも彼女はその中にいることだけで満足しているような女なの。
J/
けれどもそれが維持できないことが判明してきてからの変貌ぶりは、お見事としかいいようがない。子供を守るためという以上に、自分の
生活をなくさいことのほうが大切みたいなところが徐々に出てきてね。
B/
大体が、あんな金持ちの男と結婚したこと自体が彼女の本質なのよ。したたかな女よー。しゃべっていることのどこまでが本当で、どこ
までが虚構か判別できない。
J/
自分の生活を守るため、変貌していく様は、自分のファミリーを守るため変貌していく、『ゴッド・ファーザー』のアル・パチーノを思わ
せる。自分のためというのが、夫やファミリーのためという風に、段々と拡大していってね。
B/
マフィアというのとは違うのだろうけれど、必要ならば、警察をも取りこみ、ジャマであればどんどん人を切っていくさまは、確かによく
似ている。
J/
彼等が、映画の中でしっかりと生き残っていくところが、スッキリしないけれど、まさに現実だよね。彼らにとってはハッピー・エンドだ
けれども。観客にとっては到底受け容れがたい。ちらっと盗聴器を刑事がしかけていくのを見せるところが、これからのさらなる闘いを予
感させるけれどね。そういう意味では物語は完結していない。
B/
3つのエピソードは、どれもハッピー・エンドになっているのね。それがこの映画の面白いところだと思うのよ。
J/
ハッピー・エンドだけれども、一抹の不安が残るハッピー・エンドなんだよね。
B/
マイケル・ダグラスは、結局仕事を投げ打って、家族全員で娘のリハビリを支援していくことになる。家族の問題としてはまさにハッピー・
エンドなのだけれど、政府としては、大きな痛手、スキャンダルになっているはずよね。
J/
メキシコでは、ベニチオ・デル・トロのお陰で、彼の街の麻薬王、裏で繋がっていた将軍は滅んでしまい、彼が望んだ通りの野球場で、子
供たちがプレイをしている。それを観戦して満足気な彼の顔で映画は終わる。まさにハッピー・エンド。けれどもこれさえも、ひとつの組
織が滅んだことによって、もうひとつの組織の勢力がより強くなったことを意味するので、手放しでは喜べない。
B/
ハッピー・エンドを3つ積み重ねてみたら、アン・ハッピーになってしまうというところが、この映画の一番すごいところかもしれないわ
ね。それぞれのエピソードがそうした意味でどれも密接な関係にあるのね。映画を見終わると、ひとつひとつのエピソードが生きていたこ
とがよくわかる。これが最初に言ったストーリーの一体感というものなのね。
J/
そうそう。ただ映画の最後にベニチオ・デル・トロの笑顔が出てくるところは、ある種の希望みたいなものがあるのかもしれないけれどね。
B/
物語は、この映画が終わっても終わらないんだ、そうした感じがあるのね。希望を残しているとはいえ、映画を完結させなかったというと
ころがとても現実的で見事だと思うわね。それは中途半端というのとは違うのよ。その辺は取り違えないでほしい。
J/
ソダーバーグ監督が元々持っていた『エリン・ブロコビッチ』などに見られる話術の上手さの部分と、『イギリスから来た男』などに見ら
れる実験的精神が見事に融合されたのが、この作品という気がする。
B/
ソダーバーグの作品歴の中で、これは彼のひとつの到達点なのかもしれないわね。これからがますます楽しみになってきた監督さんね。
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