白を基調とした、清潔感のある部屋。

整理整頓が行き届いていて とても綺麗だ。

ただ、

あまりにも整然と 物が置いてあるので

人によっては 冷たい印象を受けるかもしれない。

 

カチャ・・・カチャカチャ・・・・・・・

 

部屋の中には 先ほどから

キーボードを叩く プラスチックの音が漂っている。

音から察するに それほど作業ははかどってはいないようだ。 

 

「 ん〜 ・・・ 」

 

そんな推理を肯定するように、

椅子に座った 金髪の女性は 大きな伸びとともに

困ったような声をあげた。

 

プシュー・・・ガシャ!!

 

すると それを合図にしたように

部屋の自動ドアが開き、

 

「 ・・・・なに?

  めずらしく悩み事? 」

 

「 ミサト・・ 」

 

ふいに背後から掛けられた声に

椅子に座った姿勢のまま リツコが振り向くと、

コーヒーのカップを両手に持ったミサトが

ドアの所に立っていた。

 

「 使徒も倒したし・・

  まあ 次がいつ来るかわからないけど、

  そんなに悩むような事があったかしら? 」

 

ミサトは言いながら 部屋の中を進み

いろいろな資料と ノートパソコンと・・

何やら薬品のようなものが 並んだリツコの机の上に

コーヒーカップを 置いた。

 

「 ありがと・・

  助かるわ 」

 

「 インスタントだけどね ・・ 」

 

ミサトは自分のコーヒーを傾けながら

苦笑いをしてみせた。

 

「 ・・・ 」

 

リツコは カップを手に取りながら 眼鏡を外すと、

それを白衣の胸ポケットに入れ

コーヒーの立ち昇る ゆらゆらとした湯気を眺めた。

 

( ・・・ 料理を作らせると 壊滅的に駄目なのに

  なぜかコーヒーを入れるのは 上手いのよねぇ・・ )

 

そんな事を思いながら 彼女は

不思議に美味しいコーヒーに 口をつけた。

 

「 それにしても 凄い資料ね・・

  なんか 作ってるわけ? 」

 

整理整頓が習慣の赤木博士にしては

珍しく乱雑な机の上を見ながら ミサトが興味深げに聞く。

すると

リツコは 何も言わず 自分の片方の手を

すっと持ち上げて、 立っているミサトの方に見せた。

 

「 ・・ まあ ・・

  使徒とは関係ないんだけどね・・ 」

 

白くて細い、まるでピアニストのような

彼女の手の甲に ひとつ バンソウコウが貼ってある

 

「 ・・ なに ・・

  怪我したの? これ・・ 」

 

コーヒーを飲みながら

ミサトは つんつんと そのバンソウコウをつつく。

 

「 このあいだの道路の拡張工事で

  何軒か 民家が立ち退く事になったでしょ? 」

 

「 うん ・・ 」

 

リツコの言葉に

ミサトは小さく頷いた。

 

復興を進める第三新東京市では、

今 いろいろな公共事業が行われている。

区画整理で、より機能的な都市を作る計画も、

先月始まったばかりだ。

 

「 実は・・

  そこに住んでいた人がね・・

  ネルフが提供した 新しい家じゃなくて

  ここを出て、第二東京の方へ引っ越すことにしたみたいなの 」

 

使徒の攻撃、自衛隊の攻撃・・と

何かと危険なこの街において、他の都市への引越しは

別に珍しいことでもないので、

ミサトは へー と答える。

 

「 その 引っ越す先が

  どうやら マンションみたいでね・・ 」

 

「 うん 」

 

「 ・・ それで ・・・

  その家では 猫を一匹 飼ってたんだけど

  今度の家は マンションでしょ?

  飼えなくなっちゃって 引き取ってくれるひとを 探してたってわけなのよ 」

 

話が読めたミサトは

コーヒーカップから口を離すと

 

「 ・・・

  と ゆーことは

  リツコが引き取ったの? その猫・・ 」

 

楽しそうな彼女の声に

リツコは一瞬 ミサトを見ると、

ため息混じりに まあね と 答えた。

 

「 仕方ないでしょ?

  他に引き取り手がいないから

  私が飼わないと、保健所で処分されることになるし・・ 」

 

「 猫マニアとしては

  忍びないわね・・ 」

 

ミサトが優しく笑う。

 

「 あら・・

  人の事は 言えないじゃないの? 」

 

机にほおづえをつきながら

リツコはミサトを見た。

 

彼女が言いたいのはもちろん

実験に使われ、 処分されかかっていた

温泉ペンギンの事だ。

 

「 まあね ・・ 」

 

そう言われれば そうだ と

ミサトは頷いた。

 

「 でも・・ なにか問題あんの?

  猫なら 何匹いたって いーんじゃないの? 」

 

「 まあ・・ 何匹いたって・・ って事もないけど

  飼うのには 問題ないわ ・・ 」

 

「 うん 」

 

すると そこでリツコは言葉を切り、

小さくため息をついた。

 

「 問題はね・・

  その 猫 ・・

  ・・・ なぜだか 私になつかないのよ・・ 」

 

「 へぇ・・ 」

 

彼女の言葉に ミサトは意外そうな声をあげる。

学生の頃から 何度か家に遊びに行っているミサトは、

リツコの猫の飼い方の上手さは知っている。

 

「 猫はもともと・・

  犬みたいに 群れを意識する動物じゃないのよ、

  単独が好きって言うか・・

  ・・・

  強い存在に なついたり へつらったり

  あんまりしないのよ 」

 

崩れてきた髪を 耳の後ろに掛けながら、

リツコが言った言葉に ミサトは頷いた。

彼女も そのくらいのことは知っている。

 

「 でもまあ・・ 犬ほどではないけれど

  なつくことは なつくのよ・・ 自分のご主人様にね、

  ・・・ でも 今度もらって来た猫は・・

  ちょっと 普通より ひとなつっこいみたいなの 

  現に 前の飼い主には とってもなついてたみたいだし・・ 」

 

「 なのに何故か リツコには なつかない・・と? 」

 

ミサトの言葉に リツコは小さく頷くと、

情けなさそうな顔で 再び バンソウコウの貼られた

自分の手を持ち上げた。

 

「 ・・・・

  ・・・無理矢理スキンシップしようとした代償が・・

  これってわけ 」

 

「 ・・ なるほどねぇ・・

  リツコになつかないなんて

  猫にも いろいろいるのね 」

 

リツコは コーヒーを ぐいっと

最後まで飲み干すと、 カップを机の上に置き

胸のポケットから 煙草を一本取り出した。

 

「 まあ・・ 時間をかけて 接していけば

  大丈夫かとも 思ったんだけど・・

  どうも そういう感じじゃ ないのよね・・・ 」

 

「 と 言うと? 」

 

「 ひとなつっこい猫だって 言ったでしょ?

  ・・ どうも 前の飼い主に捨てられたと思ってるのか・・

  人間不信って 感じがするのよね・・ 」

 

ライターを取り出しながら、

リツコは少し 深刻そうな声を出す。

 

「 ・・猫が?

  人間不信?? 」

 

思いっきり信じていないような

親友の言葉に、

 

「 あら・・ バカにしちゃ駄目よ、

  猫にだって 人間不信くらいあるわよ。 」

 

リツコは くわえた煙草に火をつけながら

上目遣いで ミサトを見た。

 

「 ・・ ほんとにぃ? 」

 

「 もちろん。 」

 

フゥーッと 長い煙草の煙を吐き出しながら、

リツコは得意そうに言った。

 

・・・・

 

・・

 

 

「 それで? 

  その猫を 自分になつかせるために

  なにか 製作中・・っと ・・ そーゆーわけね? 」

 

ミサトの言葉に 金髪の女性は あたり・・ と

言いながら、 机の脇に置かれた

少し大きめの木の箱を手に取り、

自分の前に 引き寄せた。

 

「 なに? それ ・・ 」

 

濃い木目が 鮮やかな その木の箱は

見かけよりは軽そうだ。

 

ミサトの問いに答えず

リツコは 一瞬 意味ありげな笑みを浮かべると、

その木の箱のフタを開けた。

 

・・ 中には 新聞紙を小さく切ったものが

沢山詰めてあり、やわらかそうなタオルが

その中心に・・・

 

ぴよぴよぴよ!

 ぴよぴよぴよ・・

 

すると そのタオルにくるまれた

数羽の黄色いヒヨコが 突然の光に驚いたのか

一斉に ぴよぴよと 鳴き始めた。

 

「 あ! あ! ヒヨコだ!

  かわいー!! 」

 

なにが出てくるのかしら・・ という顔をしていたミサトも

突然 出てきた愛らしいヒヨコに 

たちまち まるで少女のように目を輝かせて、

ぐぐっと 箱の中を覗きこんだ。

 

「 “すりこみ”って 知ってるわよね? 」

 

ぴよぴよと エサを欲しがり 盛んに口をあけている

ヒヨコ数羽に 自分の指を ほれほれと

近づけていたミサトに、 リツコが聞く

 

「 すりこみ?

  ・・ ああ ・・ ヒナが 卵から生れて

  始めて見た動くものを 親だと思うっていう・・ 」

 

「 ・・そう・・

  それを利用して

  うちの猫に 私になついてもらえないかな?

  と 思ってね・・ 」

 

さらっと かなりとんでもない事をいう女性に

ミサトは驚きの表情を浮かべる。

 

「 ・・ ヒヨコの習性を 猫に持たせて

  あんたを親だと 思わせるって事? 」

 

彼女の言葉に リツコはあっさりと頷く。

 

「 あの “すりこみ” を起こす物質を

  ヒヨコの体から取り出して、

  それを 他の動物・・ 猫にも応用できるようにする・・ってわけ

  簡単に言うとね。 」

 

「 へぇ〜・・

  できるんだ・・ そんなこと 」

 

ヒヨコの頭を 指先でなでながら

ミサトが言う。

 

「 理論上はね・・

  試してみないと わからないわ。 」

 

言葉とは裏腹に、

 

リツコの顔には自信と笑顔が

溢れていた。

 

 

 

甘いカケヒキ


 

 

 

「 で ・・

  試したら 見事に ・・ 」

 

 

「 ・・・・・

  ・・ こうなったって わけ ・・ 」

 

 

ミサトの言葉に、

ほっぺたにバンソウコウを貼ったリツコが

かなり機嫌の悪そうな声を出した。

 

猫になついてもらうための、

特別な薬を作り初めて 1週間・・

 

出来た出来た! と騒いでいた赤木博士は

その翌日に 右のほっぺたに大きなバンソウコウを貼って

どんよりと ネルフに出社して来たのだ。

 

「 まぁ・・ 

  リツコの 科学者としての腕前を

  信用してないわけじゃないけど・・ 」

 

とりあえず 赤木博士の研究室に、

慰めに来たミサトは、

やれやれといった顔で言う。

 

「 やっぱ無理あったんじゃないの? 

  そんな薬を作るのは・・ 」

 

相当 自分の作った薬に自信があったのか?

それとも、 こうまでしても 自分になついてくれない

猫にショックを受けたのか・・

 

リツコは柄にも無く 暗い顔で椅子に座ったまま

ふてくされている。

 

「 ・・・ 」

 

「 ・・ 聞いてる? リツコ ・・ 」

 

苦笑いのミサトが 彼女の肩に手を乗せるが、

リツコは うつむいたまま 何も言わない

 

「 ねぇ・・

  ちょっと ・・ 大丈夫? 」

 

そんなに深刻になることもないだろうと思いながら

ミサトが言うと・・。

 

「 くっ・・・ 」

 

「 ? 」

 

「 くっ・・ くっくっくっ・・・ 」

 

突然 うつむいていたリツコが

低い笑い声を上げ始めた。

 

「 リ ・・ リツコ?? 」

 

思わずミサトは顔を強張らせ、

数歩 後ろにさがる。

 

「 くっくっくっ・・・・

  良い度胸だわ ・・

  この私の1週間を無駄にするなんて・・・ 」

 

うつむいていたリツコは、

わずかに顔を上げると・・

かなり危ない笑みを浮かべた。

 

「 あ・・ あの・・ リツコさん? 」

 

恐る恐る話しかけるミサトに

リツコは かけた眼鏡を光らせながら

口元をゆがめた。

 

「 ミサト・・ 私はね・・

  ・・・

  ・・本気になっちゃったわよ・・ 」

 

「 ひ・・ ひぇ〜 」

 

ミサトは冷や汗を流しながら

小さな悲鳴を上げた。

 

 

それから 数日間・・

彼女の研究室から

明りが消える事は無かったと聞く。

 

 


 

 

「 ・・・・ で?

  ・・ これが ・・ その時に出来た 薬ってわけ? 」

 

リビングのテーブルの上に置かれた

錠剤の粒 三つを指差しながら

アスカが飽きれた声を出した。

 

「 まあ・・

  そういう事なのよ・・ 」

 

机を挟んで反対側の席に座るミサトが

なんとも言えない顔で返事をする。

 

「 へぇ ・・ リツコさんは

  いろんなことが出来るんですね・・ 」

 

アスカとレイの間に座っているシンジも

興味津々といった顔で 机の上を見る。

 

「 でも ・・ なぜ その薬を

  持って帰って来たのですか?

  ミサトさん・・ 」

 

シンジの隣で ちゅーちゅーと

お風呂上りのパピコをくわえていたレイが

不思議そうな顔でミサトを見たのだが・・

 

「 ・・・・ 」

 

エビチュの缶を持った彼女は

なんとも言えない顔で 口を閉ざしている。

 

「 そーよ・・

  リツコが自分の猫に使うんでしょ? 

  ・・ なんで家に持って来たわけ? 」

 

アスカは手を伸ばして、

一粒一粒 パックされた その錠剤を取ると

しげしげと眺める。

 

一見、どれも同じように見える薬だが、

どうやら 色と模様が すべて 少し違うようだ。

 

「 ・・・・・ 」

 

アスカとレイの疑問に、

ミサトはしばらく黙っていたのだが

やがて エビチュを机の上に置くと、

 

「 ・・・ 実は ・・

  ・・ さっきの話でわかると思うけど、

  この薬も・・ まだ完成してるのかどうか

  わからないのよ・・ 」

 

困った顔で そう言った。

 

「 また・・

  失敗作かもしれないってこと? 」

 

くんくんと 薬の匂いをかぎならアスカ。

 

「 そうなのよ・・ なにぶん

  おいそれと 実験してみるわけにも

  いかないシロモノじゃない? 

  猫だって そう何匹もいるもんじゃないし、

  ・・ だからと言って

  人間で 人体実験をするほどのものでもないでしょー? 」

 

( それに ネルフとは何の関係もない実験だし・・ )

ミサトは心の中で付け加える。

 

「 猫のために 人体実験というのは

  おかしいですもんね・・ 」

 

ミサトの言葉に、

シンジも苦笑いを浮かべながら相槌をうつ。 

 

「 ・・・ 」

 

ちなみに シンジの隣に座ったレイは

なかなか柔らかくならない 凍ったままのパピコに

ついに 我慢ならなくなったのか

両手でぺたぺたとさわって 暖めて、 溶かすのに夢中である。

 

「 それはわかったけど・・

  ミサトがこの薬を持って帰ってきた事と・・

  なんの関係があんの? 」

 

机の上に 錠剤を戻しながら

アスカが聞くと、

 

「 ・・ 言ったじゃない ・・

  人体実験するわけにもいかないし、

  動物だって おいそれと調達できるものじゃない・・って 」

 

すると ミサトに続いて

シンジが口を開き、

 

「 リツコさんは 猫が好きだから・・

  自分の猫で実験するのも 嫌なんでしょうね・・・ 」

 

彼の言葉に ミサトは大きく頷くと、

 

「 そうそう シンちゃん・・ その通りなの・・

  で・・ そうなると・・・ 」

 

「 そうなると? 」

 

「 ク・・・ クキュ〜? 」

 

その時 リビングのソファーのところで

つけっぱなしのテレビを眺めていたペンペンが

不安そうな声をあげ、

 

「 ん〜! サスガ!!

  いいカンしてる!ペンペン! 」

 

ミサトがビシッと ペンペンに向かって

親指を立てた。

 

「 クキューーーーー!!!!! 」

 

「 こら! 待ちなさい! 」

 

慌てて冷蔵庫の中に駆け込もうとする

ペンペンのシッポを、

錠剤を片手にもったミサトが とっさに捕まえた。

 

「 キュキュー!!

   ・・ クアー!! 」

 

このままだと殺される!

と 言わんばかりの叫び声をあげながら

バタバタと暴れる 不幸なペンギンを

ミサトはしっかりと抱えながら

再び 椅子に腰掛けた。

 

「 クキュ!!クキュ!! 」

 

たとえペンギン語がわからなくても

言いたい事はよくわかる。

 

しかし

ミサトは無情にも 片手で錠剤を一粒

外に出すと、 そのままペンペンの口元に

それを近づけていった。

 

もちろん 哀れなペンギンは

必死の抵抗を試みる。

 

「 暴れないの! ペンペン!

  大丈夫だ・か・ら!

   ・・・・

   ・・・・・ たぶん 」

 

「 キュー! キュー!! 」

 

にっこりと 優しい微笑みを浮かべながら

ちっとも信憑性の無い事を言う飼い主に

ペンペンは青い顔で 翼をばたつかせる。

 

「 ミサトさん・・ 

  やめましょうよ ・・ いくらなんでも

  ペンペンが可愛そうですよ・・ 」

 

「 そーよ ・・

  無理矢理はよくないわ・・

  それに リツコの薬なんて飲んだら

  ペンペンがどうなるか わかったもんじゃないわよ・・ 」

 

「 んぐんぐ 」

 

アスカの言葉に

やっと食べられるようになったパピコを味わいながら

レイも 頷く。 

 

「 だって ・・ 」

 

子供達の もっともな意見に

旗色の悪いミサトだが、

 

出来あがった薬を手に

 

『 それじゃあ ミサト ・・

  とりあえず ためしに これ・・ 飲んでみてくれない? 』

 

と 真顔で言う、

本気になってしまった赤木博士を思い出して

首を振った。

 

もはや ここでペンペンに実験してもらわないと、

自分の身が危ういのだ。

 

「 だ・・ 大丈夫よ・・ きっとうまくいくし、

  ペンペンが 私に もっともっとなついても

  今までとそれほど状況は変わらないし・・ ね? 」

 

「 クュキュー!!

   ・・ クアァー!! 」

 

「 お願い ペンペン!

  ちょーっとだけで いいから♪ 」

 

優しい口調と裏腹に、

彼の黄色いクチバシを 無理矢理あけると

ミサトはその中に 錠剤を一粒、

放りこもうとした。

 

しかし、

 

「 クァー!! 」

 

そうはさせじと ペンペンは 一際激しく体を動かし、

クチバシをぶるぶると振り、 バタバタと羽を はばたかせた。

 

「 あ ・・ 」

 

その拍子に ミサトの手にあった錠剤が

クチバシに当たって 手から落ち・・

 

パシッ!

 

羽ばたいていた ペンペンの羽に弾かれ

薬は ポーンと 空高く舞いあがり、

綺麗な放物線を描きながら、

 

・・ ぱくっ ・・

 

呆然と 開かれていた

シンジの口の中に入ってしまった。

 

・・ ゴクン ・・

 

条件反射的に シンジは

思わず それを飲みこんだ。

 

・・・・

あたりに 不思議な静寂が流れ ・・

 

「 え? 」

 

自分に何が起きたのか、

理解できない顔で シンジはつぶやき・・

 

「 シンジ! 」

 

「 いかりくん・・ 飲んだの? 」

 

思わぬ展開に アスカとレイは

慌てて 彼の方を見た。

 

「 そ ・・

  そう ・・ みたい・・ 」

 

シンジは青い顔で 胸のあたりを押さえながら

うつむき・・ 呆然とつぶやいた。

 

「 ちょっと ・・ 大丈夫なの!? 」

 

「 いかりくん・・ 」

 

アスカはシンジの肩を揺さぶり、

レイは 彼の顔を覗き込もうとした。

その途端、

シンジは青い顔のまま やおら顔をあげると・・

 

「 ミサトさん!

  げ・・ 解毒剤みたいなのは! 」

 

椅子から身を乗り出し、

ビックリした顔で ペンペンを抱えたまま

固まっているミサトを見た。

 

「 ・・・・ 」

 

すると どうしたことか?

突然 シンジは 凍りついたように体を強張らせ、

椅子から半分立ちあがった姿勢のまま

動かなくなった。

 

「 シ・・ シンちゃん?  」

 

自分の顔を見つめながら 身動きひとつしないシンジに、

ミサトが恐る恐る 声をかけると

 

・・・ !! ・・

 

それを引き金として、

 

「 あ・・・ あの・・ 」

 

突然シンジの顔が、燃え上がるように真っ赤になった。

 

「 ・・・・・ 」

 

彼はそのまま 言葉を詰まらせると

まるで心の総てを奪われたように

熱い視線で彼女を見つめ・・

 

「 ミ・・ミサトさん! 」

 

突然 シンジは叫びながら 身を乗り出し、

ミサトの手を ぎゅっと両手で掴んだ。

 

「 す・・ 好きです! 」

 

「「 は? 」」

 

見事なハモリで

アスカとレイが 間の抜けた声をあげる。

 

「 えっ? ・・ えっ?? 」

 

きつくシンジに手を握られながら、

ミサトは 慌ててアスカとレイの顔を交互に見る。

 

「 ミサトさん! 」

 

そんなまわりのリアクションなどお構いなしで、

シンジはミサトの手を掴んだまま、

椅子を横に押しやり、 そのまま

彼女のそばに駆け寄り、

 

「「 なっ!! 」」

 

またもや見事なハモリで

驚愕の声をあげた アスカとレイの前で

彼は 椅子に座ったままのミサトを

思いっきり抱きしめた。

 

しーん ・・ 

 

という音が聞こえるくらいに

あたりは静まり返り、

部屋の中の時間が止まった。

 

「 クキュ!! ク〜!! 」

 

チャンス到来!

思わず力がゆるんだ ミサトの手から

ペンペンは 慌てて抜け出すと、

冷蔵庫へと 退却した。

 

プシュー!!ガタ!

 

その冷蔵庫の扉が閉まる音で

ようやくミサトが我に返り・・

 

「 や・・やだ! シンちゃん・・

  どうしちゃったの? 」

 

いつもの余裕は何処へやら、

めずらしく顔を赤くして 慌てた声を出した。

 

「 好きなんです・・

  大好きなんです ミサトさん! 」

 

シンジは真剣な声で

彼女をさらにきつく抱きしめながら

叫んだ。

 

「 ちょっと・・ そんな いきなり・・

  じ・・冗談でしょ? 」

 

「 冗談なんかじゃありません!

  僕は本気です! 」

 

シンジはそう叫ぶと、

ミサトを自分の胸から離し

 

「 ・・・・ 」

 

彼女の顔を覗きこむようにしながら

そっと 唇に顔を寄せて・・

 

「 え? え? ・・シンちゃん・・ 」

 

( と 言いつつ 目を閉じたりなんかして・・  )

 

慌てた声を出しながら ミサトも目を閉じて・・

 

ゴン!!

 

案の定、アスカの鉄拳が

シンジの側頭部に炸裂した。

 

バタン!

あっさりと 床に倒れたシンジの胸倉を、

今度は レイがぐいっと掴み、

 

「 ん! むんんむん! むん! 」

なにやら パピコをくわえたまま うなった後で

 

パン!

 

小気味良い音とともに

平手打ちを お見舞いした。

 

「 ちょっ・・ 」

 

ルルルル!! ルルルル!!

 

( ちょっと! どういうつもりよシンジ!

  あたしと言うものがありながら こんな年増に )

 

と アスカが言おうとした矢先に テーブルのすぐ横の電話が

けたたましく鳴った。

 

「 ちっ ・・ 」

思わず小さく舌打ちしつつ

アスカは電話を取る。

 

「 はいもしもし? 葛城ですが・・ 」

思わず応対も不機嫌だが・・

 

< ・・ アスカね? ・・ >

 

聞こえた 受話器の向こうの声に

アスカは顔色を変えた。

 

「 リツコ!! 大変なのよ! あの薬! 」

 

< そうなのよ・・ 思いっきり また失敗作だったわ・・ >

 

「 え? 」

 

予想だにしない リツコの言葉に

アスカがいぶかしげな声を出す。

 

 

「 薬を飲んでから、始めて見た 動くものを

  親だと思わせる薬をつくったはずだったのだけど ・・ 」

 

受話器を持ったまま

リツコは自分の部屋の中に目をやる。

 

すると、 その視線の先には

もらってきた あの なつかない猫が、

リツコが 前から飼っていた メスの猫 一匹に しっかりと抱きつき、

ゴロゴロと 喉を鳴らしている姿があった。

 

「 にゃー!! にゃにゃー!! 」

 

ちなみに 抱きつかれているメスの猫は

必死な顔で ズルズルと そのオス猫をひきずりながら

逃げ回っている。

 

リツコはひとつ ため息をついて、

 

「 ・・ どうやら 失敗して・・・

  “ 始めて見た異性に 一目惚れする薬”

   になっちゃったみたいで・・ 」

 

< どこを どー失敗したら

     そーなるのよ!! >

 

アスカのもっともな意見が

受話器から飛び出した。

 

 

「 とにかくね! いろいろあって

  シンジが飲んじゃって よりにもよって

  バカミサトに告白して 大変なのよ! 」

 

アスカが叫びながら

部屋の中に視線を戻すと、

 

「 んむむ! むんん! じゅる・・ んむ! 」

 

両手で カクカクと シンジをゆさぶっているため

パピコをくわえるしかないレイが

なにやら うなりながら シンジを尋問中だ。

 

「 ごめん! 違うんだよ 綾波・・

  僕にも何がなんだか・・ 」

 

目を白黒させながら、床の上で弁解するシンジ。

すると それを見たミサトが、

 

「 あれ・・ シンちゃん・・

  正気に戻っちゃったの? 」

 

すこし残念そうに言い、

 

「 ・・ え ・・ ええ・・ 」

 

先ほどの自分の行動を思い出してか、

シンジが顔を赤くしながら 答えた。

 

「 んぐ? 」

 

1人だけ 状況が理解できていない レイが

うなりながら 首をかしげ・・

 

「 あんた いつまでパピコ食べてんのよ・・ 」

 

電話を切ったアスカが

 

疲れた声で言った。

 

 


 

 

「「 なるほど ・・ 」」

 

全員きちんと 椅子に座りなおし、

アスカから リツコの説明を聞いた ミサトとシンジは

納得顔で 頷いた。

 

ちなみにレイは シンジのミサトへの告白が

相当気に入らなかったのか、 不機嫌な顔で

グラスの中の琥珀色の液体を飲んでいる。

 

・・ どうやら 甘いパピコを食べ終えたら

なんだか喉が乾いてしまったらしく、

冷たい麦茶を飲んでいるらしい。

 

「 しっかし・・・

  さすがはリツコ、

  失敗の仕方も 普通じゃないわね・・

  ビックリしちゃった。 」

 

ミサトは言いながら

シンジに向かって ウインクをひとつ。

 

「 なによ、

  どさくさにまぎれて 目ぇ閉じてたくせに 」

 

赤い顔で うつむいてしまったシンジの隣で

アスカがほっぺたを膨らませる。

 

「 へへ〜 アスカ・・

  ヤキモチ妬いてんの! かわい〜 」

 

「 うるさいわね! 」

 

怒鳴りながら 彼女は真っ赤になった。

 

結局のところ・・ どういう事かというと、

すりこみの薬を作るはずが、

惚れ薬が 出来あがってしまった・・ と。

そういう事である。

 

ちなみに 葛城家に持ちこまれた

薬の数は 3粒。

ひとつは シンジが先ほど飲みこんだので

今は 2粒が テーブルの上に残っている。

 

「 ・・ で ・・ 3粒の違いは

  効き目の長さ・・時間の違いってわけね? 」

 

残りの2粒の入ったパックを手に取りながら

ミサトがアスカに聞く。

 

「 すぐに効果が無くなるのと、

  だいたい 1日か2日、効果が続くのと

  最後の一つは ・・ おおよそ 一生、

  効果があるって リツコは言ってた・・。 」

 

「 さっき いかりくんが飲んだのは

  一瞬の薬ね・・ 」

 

麦茶をテーブルに コトンと置きながら

レイが言う。

 

「 と・・ 言う事は

  もし あの時 この一生のやつを

  シンちゃんが飲んでたら・・・

  私は今ごろ 姉さん女房ね♪ 」

 

言いながらミサトはニヤリと笑い、

シンジは 引きつった顔で 冷や汗を流した。

 

「 となると・・ この 真ん中のが

  一日効果の薬で・・

  この 右端のやつが 一生・・ってことかしら? 」

 

見せて!見せて! と 言うように

レイが手をのばしているので、

彼女に薬を渡しながら ミサトが言う。

 

「 そうだと思うけど・・

  まったく 人騒がせな 話だわ・・ 」

 

やれやれと アスカが肩をするめると、

 

「 そうだね・・ 」

 

シンジも言いながら 苦笑いをした。

 

すると、

 

そんな彼の横から すっと手が伸びたかと思うと、

薬が一粒、

笑っているシンジの口の中に

むぐっ と 押し込まれた。

 

「 こらーー!! 」

 

アスカが慌てて立ちあがり、

 

「 あんた 涼しい顔で

    なにしてんのよ! 」

 

シンジの口に

手を当てたままのレイを 怒鳴りつけた。

 

「 でも ・・

  ミサトさんばかり・・ ずるい・・ 」

 

すまなそうな顔をしながらも

レイは 口をとがらせる。

 

「 そーゆー問題じゃないでしょ! 」

 

怒鳴るアスカを気にせず

彼女はそっと シンジの顔に両手を添えると、

 

「 いかりくん・・

  私を見て 」

 

わくわくした顔で

彼の顔を 自分の方に・・

 

「 させるか! 」

 

しかし 一瞬早く、

立っていたアスカは

シンジの頭を 上から押さえこむと

それを阻止した。

 

「 むっ! 」

 

しかし レイは諦めず、

シンジの頭をつかむと

ぐぐっと 力をいれて・・

 

「 邪魔 ・・ し ・・ ないで・・ 」

 

それを自分のほうへ持ってこようとする。

 

「 あんたねぇ・・

  こ ・・ んな・・ 抜け駆けが

  ゆる・・されると ・・ おもってんのぉ・・ 」

 

そうはさせじと アスカもシンジの頭を

渾身の力で 押さえこむ。

 

「 んん〜! 」

 

これでは 間のシンジがたまったものではない。

彼はもがきながら、なんとか机の下に逃れようと

椅子から 降りる事にしたのだが・・

 

「 うわ! 」

 

ガタン!

 

「 きゃっ! 」

 

体勢を崩して、 そのままズリ落ちるように

床に尻餅をついてしまい、

上から押さえつけていたアスカも

バランスを崩して その上に倒れこんでしまった。

 

「 なーにやってんだか・・

  ・・ 大丈夫? 2人とも・・ 」

 

テーブルに 頬杖をつきながら

ミサトは飽きれた顔で言う。

 

「 い ・・ 痛たたた・・・ 」

 

シンジがクッションになっていたため

すこし 手が痛いくらいで なんとか大丈夫そうだ・・。

 

「 ったく・・ レイ・・ あんたねぇ・・ 」

 

アスカが 文句を言いながら

ゴソゴソと 体を 起こそうとすると、

 

「 ・・・・ 」

 

ぱっちりと開かれた シンジ目が

目の前にあった。

 

ほんの数秒・・

アスカが固まっていると・・

 

「 ・・ かわいい ・・ 」

 

「 ・・ え ・・ 」

 

シンジが急に ぽつりと

自分を見つめながら 言った。

 

その瞬間、

アスカの脳裏に 先ほどの言葉が蘇る。

 

( 最初に見た異性に一目惚れ )

 

「 ・・ え!! ・・ 」

 

ボッ!

あっと言うまに 彼女の顔に火がついた。

 

「 ・・ か ・・ かわいい ・・

  アスカ・・ 」

 

熱にうかされたように そう繰り返しながら

シンジは ゆっくりと 体を起こす。

 

「 え・・ え・・

  や・・やだ! やだ!! ちょっと 」

 

アスカは慌てて 彼から体を離し、

膝を床についたまま、後ろに後ずさった。

 

しかし シンジは 同じように膝をつきながら

アスカに にじり寄り・・

 

「 アスカ・・・ 僕・・ 」

 

伸ばした彼の手が 彼女の肩に触れた。

 

「 駄目! い・・ 嫌! 」

 

ドキドキバクバクと 心臓が壊れたみたいに高鳴り、

アスカはトマトのように赤い顔で

さらに 後ろにさがる。

 

しかし すぐに背中は

リビングの壁に当たり、逃げ場は無い。

 

「 僕・・・ その ・・

  ・・・・ アスカが・・ 」

 

まるで 薬を飲んでいないかのように

シンジは いつもの もごもごとした口調で

何かを言おうとする。

 

その言葉の先がなんであるか

容易に想像できてしまい、

アスカの顔が さらに赤く染まる。

 

「 嫌! 嫌よ!

  こ・・ こういう事は 薬ぬきで・・ 」

 

もう 自分がなにを言ってるのかわからない。

しかし シンジは容赦無く そんな彼女の片腕をつかみ、

 

「 え ・・ 」

 

もう片方の手を 彼女の背中に回して

ぎゅっと こちらに抱き寄せると、

 

「 アスカ ・・ 」

 

シンジは真剣な目で 彼女を見つめながら

そっと 顔を寄せてきた。

 

「 わ・・・ あ・・

  ・・ う ・・・ 」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになって

どうしたらいいのかわからないアスカだったが・・

 

近づいてくるシンジの目を見たら

なんだかどうでもよくなってきて

自分もそっと・・ 目を閉じた。

 

・・・

 

・・

 

・・

 

 

 

しかし ・・

 

・・ いつまでたっても

アスカの望む刺激は やってこない。

 

「 ・・ ? ・・ 」

 

シンジに抱きしめられたまま

彼女が恐る恐る 薄目を開けてみると・・

 

ニヤニヤと笑っているシンジの顔。

そして

 

ぺろっと 彼が舌を出すと・・

 

そこに 薬の錠剤が・・

 

「 口に入ったからって・・

  飲んだとは限らないよ 」

 

その錠剤を 手にとり、

シンジは 澄ました顔で言った。

 

からかわれた!

 

きょとんとしていたアスカの顔が

別の意味で

かぁ〜

と 真っ赤になった。

 

「 はは!・・ やったー! ひっかかった! 」

 

「 こっ・・この!!

  ・・・バカ! 」

 

「 ははは!

  いつもの仕返しだよ!仕返し!」 

 

楽しそうに笑っているシンジに

アスカは 次々と 座布団や 小型のソファーを投げつけながら

頭から湯気を立ち昇らせた。

 

どうも この前、新しい洋服を披露した時に

『 かわいいよ 』 という言葉で シンジに返り討ちにされてから

彼女は 彼にからかわれっぱなしである。

 

「 痛っ! いたいよ! アスカ! 」

 

ボクッボクッ と、

座布団をまるめたもので シンジを叩きながら

 

( くそぉ〜!! ・・ 見てなさいょ〜 バカシンジ!

  あたしに勝とうなんざ 100万年早い事 思い知らせてやる! )

 

アスカは赤い顔を

さらに赤くした。

 

 

 


 

 

 

 

草木も眠る うしみつ時・・

 

葛城家 玄関脇の廊下に

妖しげな人影があった。

 

「 ・・・・ 」

 

キョロキョロと左右を確認しながら

人影は 廊下のコート掛けに近づくと

そこに掛けてあった 赤いジャケットのポケットを

ゴソゴソと なにやら物色しはじめた。

 

「 ・・・・ あった ・・ 」

 

やがて 満足そうな小さな声がすると

 

その 妖しげな影は

ススッと 玄関のそばから 廊下を歩き

一番リビングに近い 扉の前に立った。

 

カチャリ ・・ 

 

音を立てないように 気を使いながら

ゆっくりと ドアのノブが回され・・

 

キィ・・

 

かすかな音とともに

ドアが開いた。

 

「 ・・ 」

 

妖しげな影は わずかにあいた

ドアの隙間から 器用に身を滑りこませると

 

パタン・・

 

後ろ手に 細心の注意で

扉を閉めた。

 

部屋の中には カーテン越しの

星と月の光が満ちていて

青くて 意外と明るい。

 

置いてあるものが なんであるかわかるけれど

人の顔は良く見えない・・ くらいの明るさだ。

 

「 ・・・・・・ 」

 

その 妖しげな人影は

部屋の中を 注意深く見渡す。

 

まず 目につくのは 床の上に敷かれた

布団一式・・。

 

「 すぅ ・・ すぅ・・・ 」

 

静かな寝息・・

そして もりあがっている 布団は

ゆっくりと 上下している。

 

「 いかりくん・・ 」

 

誰だかわからない 妖しげな人影は

その布団を見ながら ぽつりと呟き、

今度は その隣の ベッドの方に

目をやった。

 

こちらのベッドも

同じように 毛布がこんもりと盛り上がっている。 

 

「 ・・・・ 」

 

妖しげな人影は 満足そうにうなずくと、

ちょっと丈が長かった 薄いブルーのパジャマの

ズボンの裾を引きずりながら、

シンジの布団へと 近づいていった。

 

 

「 すぅ・・   すぅ   ・・   すぅ・・ 」

 

月明かりと 星の光りに照らされ、

シンジの寝顔は とても可愛かった。

 

もとから あまり男臭くない

中世的な顔立ちなので、

無防備に あどけない顔をしていると

幼い少女のようにも見えてくる。

 

「 ・・・・ 」

 

妖しげな人影は

彼の枕もとに しゃがみ込んで、

小さな薬を 片手に持ったまま

じっと 彼の寝顔を見ている。

 

「 すぅ・・   すぅ   ・・   すぅ・・ 」

 

何か この部屋にしに来たはずの

妖しげな人影なのだが・・

 

「 ・・・・・ 」

 

何をするでもなく

ただ うっとりと

シンジの寝顔に 見入っている。

 

どうやら やるべき事を

すっかりと 忘れてしまったようだ。

 

 

いったい いつまで そうしているつもりなのか・・

 

妖しげな人影は 食い入るように

彼の寝顔を見つめたまま

じっと 動かない。

 

・・ と ・・

 

「 ・・・・・ 」

 

やっと 人影は 動き始めた。 

 

ゆっくりと 腕を伸ばして・・

眠っている シンジの頬に

そっと 手を当てると・・・

 

( いかりくん・・ )

 

熱い吐息とともに 彼の名を・・

 

( いかりくん・・ じゃ ないわよ!)

 

( !! )

 

ふいに 小声で怒鳴られて、

妖しげな人影は 驚いて後ろを見た。

 

( あんた いったいいつまで

  寝顔見物 してるつもりよ! 

  シンジにあの薬 飲ませるなら

  とっとと飲ませようとしなさいよ! )

 

突然後ろに現われたアスカは

そう言いながら・・ 

必殺のげんこつで 妖しげな人影のあたまを ぐりぐりする。

 

( う・・ うう〜・・・ )

 

妖しげな人影・・ もとい

綾波レイは うめきながらも うらめしそうな顔で

アスカを見た。

 

( う・・ ・・・ いつから 見ていたの? )

 

( さっきから ずっとよ! )

 

シンジを起こさないように

2人とも ヒソヒソ声だ。

 

( ・・・ なぜ? ・・ )

 

( あんたが その薬を シンジの飲ませようとした時

  カッコ良く、

  ” そこまでよ! レイ! ” って言おうと思ったのよ!

  それなのにアンタは いつまでたっても・・ )

 

ぐちぐちと 小声で愚痴るアスカに

レイは不思議そうな顔で

 

( ・・ なぜ・・ 気がついたの? )

 

自分が部屋に忍び込んだ時には

確かにアスカは眠っていたはずだった・・

 

( ・・ それは あたしも・・・

  ・・ あ・・・

  いや ・・・

  その ・・・

  や・・ 野生の感よ 。 )

 

赤い顔で言いよどむアスカ。

 

・・

実は、 アスカはレイと同じように

昼間の仕返しに、 シンジに あの惚れ薬を飲ませようと

考えていたのだ。

 

夜がふけて 薬を探しに 部屋を出たところ、

同じように 薬を探して歩いている レイの姿を見つけたアスカは

慌てて部屋の中に戻り、

こうして レイが シンジに薬を飲ませる現場を

阻止しようと そう考えたのである。

 

ちなみに アスカのベッドの毛布を盛り上がらせているのは

座布団をまるめたもの・・

 

アスカは 最初からずっと、

部屋の窓の横の カーテンの中に隠れて

チャンスを狙っていたのである。

 

( ・・・・ )

 

どうも信じられないという顔で

レイが首をかしげる。

 

( ・・ なによ ・・ う ・・ 嘘じゃないわよ )

 

自分も同じ事をしようとしていた手前

真実を言えないアスカは 視線を泳がせた。

 

( そ・・ そんなことはともかく・・

  駄目よ、 レイ ・・

  薬でシンジに振り向いてもらおうなんて

  それは 間違った行為だわ・・ )

 

自分の事を思いっきり棚に上げながらも

アスカはレイに人差し指をつきつける。

 

( ・・・・ )

 

確かに いけないことだと思っていたレイは

もっともな意見に

神妙な顔で 目を伏せた。

 

( それに・・

  そんな薬を シンジに飲ませても

  きっと 嬉しくなんて ないわよ?

  薬で シンジに 好きだって言われても

  しょうがないじゃない・・ )

 

レイに言い聞かせながら、

アスカは 確かにその通りだわ・・ と

自分の言葉に 自分で反省し始めていた。

 

シンジに薬を飲ませて、

逆らえないようにしてやる!と思っていた

イタズラ心が 急に覚めて・・

 

ひどく いけないことを考えていた事に

彼女はいつのまにか 気がついていた。

 

( でも ・・ )

 

レイがふいに

アスカを上目づかいに見ながら言った。

 

( みんなばかり・・

  ・・ずるい・・ )

 

言いながら 少し頬をふくらませて

口をへの字にむすぶ。

 

( ・・・・・ )

 

そう言えば 昼間・・

ミサトもアスカも シンジに抱きしめられて

キスしそうになところまで行ってしまった・・

 

ふざけ半分の事とはいえ、

ひがみっぽいレイには 我慢できないことなのだ。

 

そんな彼女の姿を見て・・

アスカは ふぅっ・・ と 肩の力を抜いた

 

・・ そっか ・・

 

・・ 仲間はずれで つまんなかったのね ・・ 

 

まるで 小さな子供のような目の前の少女に

アスカは優しく微笑んだ。

 

( レイ・・

  あんたの気持ちは ・・ )

 

アスカが さとすように レイに話し始めたのだが

肝心の彼女は ほっぺたを膨らませたまま

なにやら 手元でごそごそとした後・・

 

( わからなくもないけど・・

  でもね・・ 人の心って言うのは・・ ん? )

 

アスカの目の前に 手が伸びて・・

 

( はんぶんこ・・ )

 

差し出されたレイの手のひらに、

二つに割れた薬がのっかっている。

 

( ・・ あ 

  ・・・ あのねぇ ・・ )

 

飽きれた声で言いつつ

アスカは こめかみを押さえる。

 

( はんぶんこ )

 

強情な レイに やれやれとアスカはため息をつき、

彼女の差し出す 半分の薬に 目をやった。

 

すると・・

 

( ん ? )

 

アスカがふいに

真顔になり・・

 

( ? )

 

不思議そうな顔で

手を差し出しているレイの前で

彼女はなにやら 考え込み・・

 

( どうしたの? )

 

ふいに 立ちあがると、

彼女は レイの問いに答えずに、忍び足で

自分の机の方へと 近づいた。

 

そして 置いてあった 携帯電話を

そっと掴んで 手に取ると

レイのほうに向き直り、

 

( 今 ・・

  い〜 考えが浮かんだわ・・ )

 

そう言って

 

意味ありげに

ニヤリと笑った。

 

 


 

 

「 ええ〜! 

  それで 二人して 薬を飲んじゃったの?? 」

 

翌朝の葛城家。

よく晴れた 気持ちの良い朝日がさし込むリビングで

ミサトが驚きの声をあげた。

 

「 そうなの・・ 」

 

「 そうなんです ・・ 」

 

向かいの席に腰掛けた、

2人の少女は 白いタオルで

きっちりと 目隠しをしたまま 同時に頷いた。

 

今朝は 朝御飯どころの騒ぎではない。

部屋から出てきた アスカとレイが

二人して 奇妙なカッコをしているので

ミサトとシンジが理由を聞くと 

2人は とんでもないことを言い出したのである。

 

「 でも ・・

  いったいどうして? 」

 

ミサトの隣に座っている シンジが

困惑顔で 2人を見る。

もっとも アスカとレイには シンジの姿は見えないだろうが、

 

「 昨日の仕返しに、 寝てるシンジに

  こっそり飲ませようと思って・・

  私が夜中に 薬を持ち出したの、

  そしたら レイが邪魔して・・ 

  取り合いになったのよ。 」

 

アスカの言葉に レイが頷き、

口を開いた。

 

「 そうしたら 薬が2つに割れてしまって・・ 」

 

「 たまたま 2人で 間違って

  飲みこんじゃったってワケ。 」

 

タオルを目にまいたまま

アスカがぽりぽりと 頭を掻いた。

 

「 ・・・・ ん〜〜 ・・・ 」

 

ミサトは思わず 両腕を組んで

うなってしまった。

 

「 そんな・・ 」

 

シンジも 深刻な顔だ。

 

「 昨日 シンちゃんが一度 口に入れて

  そのまま 流しに捨てちゃったのは 確か

  効果 一日のやつだったわよね・・? 」

 

「 ええ・・・ 」

ミサトの言葉に シンジが頷く。

 

「 となると、 2人が飲みこんだのは・・ 」

 

「 効果 一生のやつね。 」

 

アスカが自信いっぱいに答え、

 

「 一生です。 」

 

レイも断言した。

 

「 ・・ あ ・・

  でも 2人で半分にしたんだから

  一生の半分だね・・ 」

 

シンジが青い顔のまま

少しでも気をまぎらわそうと

そんなことを言う。

 

「 一生を 80年として・・ 

  だいたい40年ってところね。 」

 

しかしアスカはあっさりと

洒落にならない事を言ってのけた。

 

「 ん〜! 困ったわ! ・・

  とにかく すぐにでも リツコの携帯に電話して

  解毒剤・・ というか 中和剤を作ってもらうように 言って・・

  でも 今日は レイを 

  定期検診に連れていかないといけないのよね・・・ 」

 

予定の変更をしようかしら・・と

ミサトは ぶつぶつ言っている。

シンジも 深刻な顔で そうですよね・・ と

頷いている。

 

しかし

レイの隣のアスカは つとめて気楽に

 

「 大丈夫よ ミサト

  ようはさ、 男を見なけりゃいーんでしょ? 」

 

「 そうですよ 」

 

彼女の言葉に レイも同調する。

 

「 そうは言っても・・ ねぇ・・ 」

 

「 無理だよ ・・ そんなの・・

  ネルフには 男の人も沢山いるし・・ 」

 

いつになく シンジは心配している。

 

「 こうやって 目隠ししてれば 大丈夫よ。

  それに 見ちゃった時は 見ちゃった時よ・・

  その時は しばらく レイが

  知らない男を好きになっちゃうだけでしょ? 」

 

目隠しを 指でさわりながら

アスカが 肩をすくめた。

 

「 ・・ そ ・・ そうは言っても・・ 」

 

シンジは言いながら 眉をひそめて

タオルをまいたままの 少女2人を

交互に見た。

 

その隣で ミサトが・・

あっ と 何かに気がついたような顔をして・・

何故か ニヤニヤと 顔をほころばせた。

 

「 やっぱり 今日は行かないほうがいいよ・・

  目隠しだって いつとれちゃうか

  わからないじゃないか・・・ 綾波の・・・ 」

 

「 そうよね・・

  シンちゃんとしては、

  レイが知らない男を好きになっちゃうなんて・・

  そんなこと 許せないもんね? 」

 

「 ミ・・ ミサトさん! 」

 

顔を赤くしながらも、

こんな時に からかわないでくださいよ、と言いたげな顔で

シンジが言う。 

 

「 あら・・ 違うの? 」

 

「 え ・・ 」

 

「 レイが 誰か知らない人を好きになっちゃっても

  いーの? 」

 

しかしミサトは 楽しそうな表情で

彼を困らせる。

 

「 ・・ いや・・

  その ・・ 」

 

「 ん? どーなの? 」

 

ミサトが うつむいてしまったシンジを覗きこみ、

向かい側のレイも タオルをまいたままの顔で

ぐぐっと思わず 顔をシンジのほうへ近づける。

 

「 よ ・・ 

  ・・ よくないです ・・ 」

 

半ば ふてくされたように

シンジが口をとがらせながら つぶやいた。

 

タオルで隠れた レイの顔 下半分が

笑顔に染まり、

アスカの顔 下半分も

満足そうに ニヤリと笑った。

 

ミサトは ぽんと手を叩くと、

 

「 じゃあ こうしましょうよ・・

  シンちゃんが 今日 ネルフで 一日・・

  レイのガードをするっていうの・・ 」

 

ひょんな事を言い出した。

 

「 ガード? 」

 

いぶかしげな顔で

シンジがミサトを見ると、

ミサトは指をいっぽん立てながら・・

 

「 タオルで目隠ししてるけど、

  万が一ってこともあるでしょ? 」

 

「 え ・・ ええ ・・ 」

 

「 その時に シンちゃんが

  レイが変な男を見ないように ガードするのよ 」

 

そう言って、

彼に向かって 片目をつぶった。

 

 


 

 

それからが大変だった。

 

ガードと言うより 目が見えないレイの

サポートというか・・ 盲導犬代わりのシンジは

彼女の手をとり ネルフや病院の中をうろうろ・・

 

ミサトは仕事仕事と言いながら

何処かへ行ってしまい、

 

結局シンジは レイの身の回りのことを

1人でぜんぶ やることになったのである。

 

それだけなら まだいいのだが・・

 

「 うっとおしいわ・・ 

  これ・・

  もう 嫌 ・・ 」

 

病院へと続く廊下を歩きながら

レイがおもむろに タオルを取ってしまったのだ。

 

「 あ・・ 綾波! 駄目だよ!

  そんなことしたら! 」

 

「 へいき・・

  目 閉じてるから・・ 」

 

「 で ・・ でも ・・ 」

 

「 行きましょ・・ いかりくん 」

 

慌てるシンジを気にせず、

レイはすっと 手を前に出し、

 

「 ・・・・ 」

 

仕方なく シンジはそれを握った。

 

すると その時

 

「 やー! レイちゃん! それにシンジ君!

  なにしてるんだい!? 」

 

「 わ!!  」

 

廊下のカドから 突然 青葉が現われ

シンジは 思わず悲鳴をあげた。

 

「 なに? ・・ いかりくん・・・ 」

 

レイが 反射的に

青葉の方に顔を向けて・・

 

「 だ・・ 駄目だよ!! 」

 

シンジは レイが 思わず目をあけようとしているのに気がつくと

叫びながら 彼女の顔を手で覆い、

 

「 失礼します!! 」

 

そのまま レイを抱えるようにして

廊下を走って 逃げ出した。

 

 

 

 

「 はぁ・・ はぁ・・

  あ・・

  あぶなかった・・ 」

 

全速力で逃げ出して、

エレベータールームの所まで来ると

まわりに誰もいない事を確認して、

シンジは息を切らしながら ホッと 胸をなでおろした。

 

「 いかりくん ・・ 」

 

シンジの片手で 両目をふさがれ、

もう片方の手で おなかのところを

しっかりと抱きしめられているレイが

彼の体に密着しながら、

どこか うっとりとした 声で つぶやいた。

 

「 あ・・ ご ・・ ごめん ・・ 」

 

シンジは 慌てた声で言いながらも

注意深く 両手を離し、

 

「 ・・ やっぱり ちゃんと

  タオルで目隠ししないと 危ないよ・・ ね? 」

 

頬を 赤く染めて 目を閉じたまま

ぼぅっと立ち尽くしているレイの顔に

細くのばした タオルを当てようとして・・

 

「 ・・・・ 」

 

思わず 動きを止めた。

 

赤い顔で 彼女に目を閉じて

自分のほうを向かれると、

なんだか 思わず 違う事を想像してしまう。

 

( い・・ いまは

  そんなこと考えてる場合じゃないな・・ )

 

高鳴る鼓動を押さえつつ、

頭を振りながら 気を取りなおして

彼女に目隠しを・・

 

チーン ・・

 

すると その時

まだ呼んでいないエレベーターのベルが鳴り、

 

ガラガラガラ・・

 

「 お・・ どうしたんだい?

  シンジ君に レイちゃん・・ こんなところで。 」

 

「 うわ!! 日向さん! 」

 

エレベータの扉の向こうから現れたのは

書類を持った 日向マコトであった。

 

「 どうしたの?

  いかりくん・・ 」

 

「 あ・・ 綾波! 駄目だよ! 」

 

「 誰か来たの?

  いま えれべーたー ・・ わ! 」

 

また 条件反射的に

マコトの方を見ようとするレイを

シンジは 無理矢理抱きかかえるようにして

そのまま 彼女を抱えて また 廊下を走り出した。

 

「 あ・・ シンジ君? 」

 

「 すみません!日向さん

  さよならー!! 」

 

 

それからも、

いったいどうなってるんだ?

と 思いたくなるくらい

ネルフの男性職員が レイの前に次々と現われ・・

そのたびに シンジは

そこらじゅうを レイをかかえて逃げ回った。

 

それだけでなく

肝心の健康診断の お医者さんも男性で、

シンジは無理矢理 女医さんに交代してもらうなど

苦労が絶えない。

 

それなのに レイは おかまいなし とばかりに

せっかくつけた 目隠しを

 

「 あついから

  もう 嫌 ・・ 」

 

とか

 

「 ごわごわする・・ 」

 

とか言いながら

たびたび 外してしまう。

 

そのたびに シンジはネルフの中を

走り回る事になったのである。

 

 

 

 

プシューーー・・ ガシャ ・・

 

夜の7時をまわった 葛城家。

 

「「 ただいまー! 」」

 

元気良く 家の中に向かって 挨拶をする

ミサトと 目隠しをした レイ。

 

2人が 玄関を上がり、

リビングに入ると

 

「 おかえり〜 」

 

ソファーで ペンペンをお腹の上にのせたアスカが

アイスキャンデーの 食べ終わった、残りの棒をくわえたまま

振り向いた。

 

「 ほらほら・・ 目隠ししないと・・

  シンちゃんもいるんだから。 」

 

家に1人で お留守番だったため

目隠しを外しているアスカに

ミサトが笑顔で言った。

 

「 ん! おっけ

  ・・ で ・・ シンジは? 」

 

脇に置いてあった タオルを手に取りながら

アスカが聞くと

ミサトとレイは 同時に 玄関の方を 指差した。

 

 

 

「 つ ・・

  疲れた・・・ 」

 

シンジは 玄関に倒れたまま・・

 

げんなりとした顔で

うめいてた。

 

 


 

 

「 ね、 ね ・・ それで それで?

  どーだったのよ!? 」

 

晩御飯が終わったあと・・

 

アスカの部屋で 目隠しを外した

レイに アスカが待ちきれない様子で

詰め寄った。

 

「 ・・ いかりくん

  やきもち たくさん やいてた 」

 

うれしそうに微笑みながら

レイが顔を赤くする。

 

「 ぷぷぷ・・

  バカね あいつ・・ 」

 

アスカも楽しそうに

声をひそめた。

 

「 いかりくんと ・・

  ずっと 2人きりだったから・・

  沢山 お話しできた。 」

 

今日のことを思い出しながら

レイは自慢気に言う

 

「 ちゃんと 体張って

  守ってくれた? シンジの奴 ・・ 」

 

「 うん ・・ 」

  

答えながら

恥ずかしそうに レイはうつむき、

 

「 ・・

  ・・ いっぱい ・・

  ・・・

  ・・ くっついた・・ 」

 

小さな声で つけくわえた。

 

「 ふふ・・ この幸せ者め・・

  あたしに 感謝しなさいよ? 」

 

そんなレイのおでこを

指でぴんと弾きながら アスカが微笑む。

すると・・

 

「 それはそれは もう ・・

  すごいガードの仕方だったわよ? 」

 

ふいに 部屋のドアが半分くらい開いて

ミサトが顔を出した。

 

「 ミサト! 」

「 ミサトさん! 」

 

ビックリして 振り向いた少女2人に

ミサトは ウインクひとつすると、

 

「 で・・ 明日は アスカが ネルフに用事があるって

  嘘つけばいーわけね? 私は・・。  」

 

楽しそうな声で そう言った。

 

その言葉を聞いて、

 

「 ・・ なーんだ・・

  気がついてたの ? 」

 

アスカは 気の抜けた表情になった。

 

「 ちっちっち ・・ 」

 

ミサトは 指を左右に振りながら

部屋の中に入ると

 

「 ネルフの作戦部長を甘く見ないでよ・・

  だいたい 二人で半分づつ飲み込んだなんて無理のある話・・

  信じるのはシンちゃんくらいのものよ。 」

 

そう言って笑った。

 

「 ま・・ それもそーね。 」

 

「 ふふ ・・ 」

 

アスカとレイも 同じように笑顔になった。

 

____ と、

 

コン・コン・・

 

ひかえめなノック。

 

「 あ・・ あの・・

  綾波・・

  アスカ・・・ 話があるんだ ・・ 」

 

シンジである。

 

「「「 ・・・・ 」」」

 

部屋の中の 3人は

思わず 一瞬顔を見合わせると

 

「 ちょっと待って!

  今 目隠しするから・・ 」

 

アスカがそう叫び、

 

( ミサト・・ カーテンの後ろ!! )

 

( おっけ! )

 

小声で なにやら指示を出し合うと、

レイとアスカは タオルで目隠しをし、

 

ミサトは立ちあがって、さっと

窓の両脇にまとめられた

背の高い カーテンの後ろに 身を隠した。

 

丈の長いカーテンではあるが、

足までは 隠れない。

けれど アスカのベッドの後ろなので

入り口からは死角になって 見えない。

 

「 いいよ ・・ シンジ 」

 

カーテンの揺れが おさまった頃、

アスカが言い・・

 

ひかえめに ドアがゆっくりと開いて

シンジが中に入って来た。

 

「 ・・・・・ 」

 

「 どうしたのよ・・ シンジ・・ 」

 

「 あ ・・ あの ・・・ 」

 

部屋に入ったシンジは

言いにくそうにしながら・・

1歩

部屋の中に進むと、そこに腰を下ろした。

 

「 ・・ 話が ・・ あるんだ ・・ 2人に・・。 」

 

「 なに? いかりくん ・・ 」

 

目隠しした2人の少女を前に、

シンジは おもむろに 口を開いた。

 

「 あの ・・ 今日・・・ 

  綾波と ネルフに行って 思ったんだけど・・ 」

 

「 うん 」

 

「 ・・ その ・・

  無理 ・・ だと思うんだ・・ 」

 

「 え? 」

 

「 なにが 無理なの?

  ・・ いかりくん ・・ 」

 

心配そうな レイの声に

シンジは しばしの沈黙の後・・

 

「 これから先・・

  ずっと 男を見ないで暮らすなんて

  無理だと思ったんだ・・ 」

 

そう 言った。

 

「 だってほら

  人間の半分は男だし・・

  ネルフには 男の人のほうが 多いし・・ 」

 

小さな身振り 手振りを加えて話すが、

前の二人に見えていない事に気がつき、

シンジは わずかに うつむく。

 

「 ・・ リツコさんの中和剤が

  いつ出来るのかも わからないわけだし ・・ 」

 

彼が言葉を切ると

部屋の中に 静寂が流れた。

 

「 それに ・・ 」

 

言いかけてやめるシンジに、

 

「「 それに? 」」

 

アスカとレイが 同時に先をうながす。

 

「 あの ・・

  その ・・

  家の中でまで・・

  目隠ししなくちゃ いけないのも

  不便だと思うんだ ・・ 」

 

シンジの言う事はもっともだ。

どう考えても ガードには限界があるし

シンジがこの家にいる以上、

アスカとレイは つねに目隠しをしなくてはならない。

 

なにぶん これは 一生の問題なのだ。

 

 

「 確かに・・ 不便だし・・ 

  男を見ないで暮らすのも 無理があるわね・・ 」

 

沈黙を破ったのは アスカだ。

 

「 うん ・・ 」

 

シンジのいるであろう方向を見ながら

レイも頷く。

 

「 で? ・・

  それを踏まえての 話なんでしょ? 」

 

アスカが聞くと

シンジは一段と歯切れ悪く・・

今度は 顔を赤くしながら、

 

「 ・・ あの ・・

  だから ・・

  その ・・ 」

 

もごもごと 言いよどむ。

 

しかし 彼が 赤い顔をしていることなど

二人には 見えない。

そして・・

 

「 僕じゃ・・ 駄目かな・・ 」

 

ぽつりと、 シンジは

蚊の鳴くような声で言った。

 

 

「 え・・ なに? 」

 

 

思ってもみない 彼の言葉が聞こえたような気がして、

アスカは思わず身を乗り出し、

 

「 ・・・・ 」

 

レイも半ば 呆然とした顔で

シンジの方に注意を向ける。

 

「 ぼ・・ 僕じゃだめかな・・ 」

 

小さいが、

今度ははっきりと 聞こえた。

 

「 ・・・

  ・・ シンジ ・・ 」

 

「 ・・・・

  ・・ いかりくん ・・ 」

 

2人の 感動した声。

 

シンジは 慌てた様子で

さらに顔を真っ赤にすると、

 

「 あの ・・

  2人が・・ その・・

  僕を見て そういう事になっても ・・ 

  別に・・ 変な事・・しないよ・・ 絶対 ・・ 」

 

早口で そう付け加える。

動揺してはいるが、 彼は真剣な顔だ。

 

「 無理な事 言ってるとは思うけど・・

  ・・ 誰か ・・ 知らない人を見て・・

  アスカと綾波が・・

  ・・・

  ・・その ・・

  ・・・

  何処かへ行っちゃうのは ・・ 嫌なんだ・・ 」

 

シンジはそのまま・・

すこしうつむくと、

 

「 だから ・・

  中和剤が できるまで・・・ 

  ・・ 僕が ・・ 」

 

「 シンジのほうこそ・・ いいの?

  それで・・ 」

 

「 え? 」

 

顔を上げて

アスカを見るシンジ。

 

「 もし 中和剤ができなかったら・・

  何十年も あたしたちにつきまとわれる事になるのよ? 」

 

アスカの声に

隣のレイも 静かにうなずく。

 

「 ・・・

  ・・・・ いいよ ・・ 」

 

シンジは短く答える。

 

「 あたしたちの面倒・・

  見ないといけないのよ?・・ ずっと ・・ 」

 

アスカの声に押されるように

また シンジはうつむくが・・

 

「 ・・

  ・・・ うん ・・

  ・・ 頑張るよ ・・

  ・・・

  確証はないけど ・・ 頑張る ・・。 」

 

そう いつになく強い口調で言った。

 

「 2人を ・・

  誰か 知らない人にとられるなんて ・・

  嫌だから ・・ 」

 

シンジは 最後

うつむいたまま、

搾り出すように そう つぶやいた。

 

・・・・・

 

・・ 部屋の中に

不思議な沈黙が流れ・・

 

・・・・・

 

「 シンジ 」

 

「 いかりくん 」

 

ふいに アスカとレイが

彼のことを呼んだ。

 

とても嬉しそうな・・

明るい声だ。

 

「 ・・・・・・ 」

 

彼は 顔を上げて

2人を見て・・

 

「 あ ・・ 」

 

小さく声をあげた。

 

 

目の前の2人は

もう目隠しを外していて、

 

しっかりを 開かれた 綺麗な瞳が、

シンジの事を 見ていた。

 

「 あの ・・ 」

 

思わず 言葉につまり、

ただ 2人を見るだけのシンジに、

 

アスカとレイは すっと立ちあがり、

頬を染めた 幸せそうな顔で 彼に近づいて・・

 

「 合格 」

 

「 いかりくん♪ 」

 

そのまま 2人同時に

 

「 わっ 」

 

シンジに思いっきり

抱きついた。

 

 


 

 

「 まーったくもぉ ・・・ 」

 

アスカのベットに 腰掛けたミサトは

半ばあきれた顔で

 

「「 えへへ・・ 」」

 

満面の笑みを浮かべている

2人の少女を見下ろした。

 

「 なんか ちょっとしたイタズラのはずだったのに・・

  プロポーズされちった・・ てへっ 」

 

「 ぷ ろ ぽ お ず・・ 」

 

赤い顔で 頭を掻くアスカと、

もう 意識が何処かへ飛んでいってしまっているレイに

ミサトは頭をかかえつつ・・

 

「 てへっ じゃ ないわよ・・

  ・・ とんでもない事するわね・・ ほんとに・・ 」

 

深くため息をついた。 

 

口調とは裏腹に・・

怒ってはいないようだ。

 

「 なんか ・・

  幸せだな・・ あたし ・・ 」

 

「 わたしも ・・ 」

 

夢見る少女に もはやなにを言っても

無駄なようだ。

 

「 へーへー・・

  ごちそーさま・・ 」

 

ミサトは ベッドのうえで あぐらをかいて

そこに 頬杖をつきながら

もう諦めたような そんな表情を浮かべた。

 

「 ともかく・・ 

  後でシンちゃんにホントのこと言って、

  ちゃんと謝るのよ?二人とも・・ 」 

 

「「 ・・・・ 」」

 

「 ちょっとぉ? 聞いてんの? アスカ、 」

 

「 や〜よ! そんなの・・ 

  だって 昨日あたしをからかった仕返しだもん、これは。

  だから これでチャラ! それでいーの。 」

 

「 よかないでしょー? 

  ・・・・ んもぉ ・・

  ・・ まったく 」 

 

しばし 夢の国の2人を前に

ヘキエキしていたミサトだが・・

 

「 ・・ まあ それはそれとして ・・

  アスカ ・・・

  残ってた最後の一粒は?

  ・・ 解毒剤を作るには あの薬を解析してみないと

  どうにもならないって、 今日リツコに言われたのよ・・ 」

 

ミサトは言いながら

片方の手のひらをアスカのほうに伸ばす。

 

すると アスカは

きょとんとした顔で ミサトを見て、

 

「 薬? ・・・

  ・・・ ないわよ?  」

 

「 え? 」

 

ミサトが思わず

鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

 

しかしアスカは慌てず、

 

「 ・・ 2人で取り合いした時に

  間違って 飲み込んじゃった・・・ てのは嘘だけど・・ 」

 

するとレイが続いて、

 

「 薬を 飲み込んでない なんて

  言っていませんよ・・ ミサトさん・・。 」

 

そう言って ニッコリと笑った。

 

「 え ・・

  ・・・ ええ〜! 」

 

ミサトは思わず身を乗り出すと

 

「 じっ ・・ じゃあ・・ 」

 

指先で 2人を指し・・

 

「 男を見たら 好きになっちゃうのは

  ホントだったのよ ・・ ねー レイ? 」

 

アスカは笑顔で 隣の少女を見・・

レイは こっくりと うなずいた。

 

「 ・・・・ 」

 

ミサトは 唖然とした顔で

そんな2人を見つめている。

 

すると アスカは微笑みながら

口を開いて、

 

「 でもね?

  昨日の晩に 2人で この部屋で

  薬を飲んだ後・・ 」

 

彼女に続いて

レイも口を開き・・

 

「 朝になるまで ずっと・・

  いかりくんの寝顔・・

  見てましたから・・ 」

 

心の底から幸せそうに

ニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 と ・・ 言うわけなのよ・・・ 」

 

赤木博士の研究室の中・・

 

折りたたみ式の 簡単な椅子に身を沈めたミサトは

コーヒーカップ片手に、情けなさそうな声で言った。

 

「 ふふ・・ 」

 

カチャカチャと ノートパソコンを叩きながら

リツコは 楽しそうに笑う。

 

笑い事じゃないわよ、 と言いながら

ミサトは コーヒーカップを手近な机の上に置き、

両手を頭の後ろで組む。

 

「 でもさぁ・・ リツコ ・・

  結局 アレなわけ?

  薬を飲んだ後、 

  もーすでに ベタベタに惚れてる相手を見ても・・ 」

 

「 文字通り、

  “惚れなおした” だけにすぎないわ・・

  あの2人の場合は、 前となにも変わらないわよ・・ 」

 

ノートパソコンから目を離さず

リツコは 笑いを含んだ声で答えた。

 

「 まったくもぉ・・

  シンちゃんで遊んだら 可愛そうじゃない・・ 」

 

ぶつぶつと 言いながら

ミサトはさらに深く 椅子に体を沈め、

前髪を指先でつまんで、 枝毛のチェックを始める。

 

どうやら いつも 自分がシンジ君をからかって

遊んでいる事は 忘れてるみたいね・・ と

思いながらも、 リツコは何も言わずに ノートパソコンの画面と

手もとの資料を見比べている。

 

そんなリツコの隣で 

しばし ぶつぶつ言っていたミサトだったが・・

やがて、

 

「 でもさーぁ?・・ リツコォ〜・・

  ・・  一生の半分・・ 40年くらいは

  効果があるんでしょ? あの薬・・ 」

 

彼女の言葉に リツコがチラッと

ミサトの方を見る。

 

「 だってさぁ・・

  アスカとレイが シンちゃんの事 好きなのは

  あたりまえだと思うし、別に私は何も言う事は無いわよ・・

  あの3人には いつまでも 仲良くしてほしいと 思ってるし・・ 」

 

ミサトは つまんでいた前髪から

指を離すと、

 

「 でも ・・ だからって あの若さで・・

 そこまでの将来を 決心するとは・・ ちょっち驚きだわ・・ 」

 

あしにはマネできない・・と

天をあおぐミサトに、

 

「 ・・ ぷっ ・・・ 」

 

リツコは思わず吹き出した。

 

「 ・・ ん〜? ・・ 」

 

ミサトはのっぺりと

彼女の方を見て・・

 

「 ぷっ・・ ぷっ・ぷっ・・

  ・・・ くっくっくく! 」

 

「 ちょっと・・ なによぉ・・

  笑う事ないじゃない・・ けっこー深刻な話を・・ 」

 

言いながら 不機嫌そうな顔で

眉毛をへの字にまげたのだが・・

 

「 アスカのほうが 一枚うわてね・・

  ネルフ作戦部長さん? 」

 

リツコは 笑いながら

ノートパソコンから目を離し、

ミサトを見た。

 

「 へ? 」

 

間の抜けた声をあげる彼女を見ながら

リツコは 意味ありげな顔をすると、

かけていた眼鏡をはずして

それを 手でもてあそびながら・・

 

「 猫の寿命・・

   知ってる? 」

 

「 ・・・

  ・・ あ!! 」

 

リツコの言葉に

ミサトは思わず声をあげて

椅子に座りなおした。

 

そんな彼女を リツコは楽しそうに見たまま、

 

「 私が作ったのは 猫の薬よ?

  猫の寿命は せいぜい 15年がいいところ・・ 」

 

彼女は持っていた眼鏡を

胸のポケットに仕舞い込み、

 

「 2で割って・・ だいたい 7年くらいたてば

  私もレイも 結婚適齢期だって・・

  その日の夜に 携帯で私に言ってたわ・・ 」

 

そう言って ニヤリと ミサトを見た。

 

 

「 かなわないわよ・・ もー! 」

 

ミサトはガックリと 体から力を抜いて、

 

ずぶずぶと 椅子に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ところでミサト・・

  今度の改良型は 確実にすりこみ現象を・・ 」

 

 

 

 

「 もう やめて・・

  お願い・・ 」

 

 

 

 

 

おわり


 

 

後書き読むズラ!

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