製鉄の守護神を祀る金屋子神社の祭神は、金山彦神と金山姫神、それに金屋子神の三神である。
金屋子神は、金山彦神、金山姫神夫婦神の子で、三神を合わせて金山大明神と称している。
ただし、日本神話には二神の名前だけが登場し、金屋子神の名は見られない。
その理由は定かではないが、いずれにせよ三神とも基本的に鉱山の神、製鉄の神という同じ性格を持っていることは確かである。
まず、日本神話に登場する金山彦神と金山姫神についてみてみよう。
この二神は伊邪那美命が火の神迦具土神を生んだ際に火傷し、痛み苦しんで嘔吐したときに生まれた神とされている。
これは、吐瀉物が鉱石の原石とよく似ているところからイメージされたもので、二神がもともと鉄をはじめ、金、銀、銅など産業文化の基本になる金属を産出する鉱山の神であったことを示している。
金山彦神を祭神とする岐阜県垂井町の南宮大社の社伝には、この神が神武東征のときに金鵄を飛来させて戦勝をもたらす霊威を発揮したとある。
戦いを有利にした金鵄とは、戦闘に用いる武器のことにほかならない。
つまり、金山彦神の子孫を名乗る人々が、自分たちが作った兵器を提供して、神武天皇の大和平定に貢献したことを物語っているのである。
この話からも分かるように、金山彦神は単に鉱山の神という以上の働きをしている。
鉱山から掘り出された鉱石(荒金)は、精錬され、加工されてようやく人間の道具となる。
人間の使う道具となって初めて金属文化が生まれるわけで、そうした文化的な流れのなかで鉱山の神もその性格を発展させ、道具の守護神としてその機能を拡大させた。
そうして、剣、鏡、刀、矛、鋤、鍬などを鍛える鍛冶はもちろんのこと、すべての金属に関する技巧を守護する神としてその霊力を発揮するようになった。
今日では、鍛冶、鋳物などの金属加工業を中心にした金属関係全般の守護神として信仰されている。
金山彦神と金山姫神が、金属加工業や金属販売業者の信仰を集めているのに対して、金屋子神の方は、鉱業、製鉄の守護神としての信仰が中心になっている。
日本に重工業の根幹をなした製鉄業の守護神として祀られたのがこの金屋子神である。
いわば、戦後の日本産業の飛躍的な発展を支えた神ということになるわけだ。
「金屋」というのは鍛冶を専業とする人々のことである。
金屋子神が祀られる本拠地である中国地方の山間部は、古来からタタラ(古代の製鉄所)が行われ、日本の製鉄の中心地であった。
それを支えた人々がタタラ師で、鉱山から掘り出した鉄鉱石をタタラによって精錬して、和鋼や和鉄を生産した。
そのタタラ師が製鉄の祖神として祀ったのが金屋子神なのである。
この神が、各地の鉱山や製鉄所などに祀られているのは、そうした信仰から発祥したものである。
金屋子神を祀る島根県能義郡広瀬町の金屋子神社に、次のような伝説がある。
金屋子神は、はじめ播磨国志相郡岩鍋(兵庫県宍粟郡千草町岩野辺)に鉄器の鋳造を伝えたが、西方に我が住むべきよき地があるといって、白鷲に乗って空を飛び、出雲国の比田(広瀬町)に降り立ち、そこで住人の阿部氏(金屋子神社の神職の祖先)に、神託によって砂鉄採取法、木炭製造法、製鉄法(タタラ)、鋳物法を伝授したという。