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     『贄』
                            作:猫美
                            1995/01/23

 廃虚・・・荒廃した土地・・・荒れ果てた自然・・・全てが暗黒神の仕業だ った。荒廃した自然の中を光る珠が二つ・・・社に祭られていた。互いに引き 寄せられ・・・反発を繰り返しながら・・・そんな荒廃した土地の社の前に巫 女が一人立っていた。否、正確には傍には犬が・・・そして近くの岩には女の 子が磔にされていた。
 『時は満ちたり・・・今こそアンブロジァ様の復活の時・・・宝珠の力と娘 の生命を・・・アンブロジァ様ー!!』
 「待てぇ!ミヅキィ!貴様にそんなことはさせない!!」
 『!!・・・なにやつ・・・』
 そこには若く碧い忍者装束を身にまとった男が立っていた。その男、髪は金 色に光り目は深い碧色をしていた。
 『アンブロジァ様に逆らう愚か者め!思い知るが良い!』
 「だまれっ!アンブロジァの手先め!ナコルルを返してもらうぞ!」
 そう言い切るが早いか忍者は跳び込んで行き斬り掛かった。キンッと言う金 属音と共に忍者は防がれたことを知った。
 「ヘイッ!パピー!」
 パピーと呼ばれた犬は「オン」と一鳴きするとくるりと回転してその場から 消えた。一瞬の間の後にミヅキと忍者の呼んでいた女の頭上からパピーは降っ てきた。
 『おのれ!ガルフォード!下衆の分際で・・・!!』
 そう言うと共にミヅキは間合を一瞬の内に詰めて斬り掛かってきた。
 「なっ!」
 ガルフォードは胸に熱い物を感じた。見れば紅い線が一筋・・・その一瞬の 胸を見るという動作の内にミヅキは不可思議な力を使いガルフォードの身体を 宙高く舞上げていた。
 『くっくっくっ・・・お話しになりませぬ。』
 ミヅキがその手に持つ玉串を降り下ろすとともにガルフォードも宙から叩き つけられた。
 「ぐぁっ」
 『どうした?もう終わりか?』
 「ゥオオオォォォォー!!」
 ガルフォードが立ち上がり吼えるとガルフォードの周りには雷がはしった。
 「プラズマブレードッ!」
 ガルフォードは手に苦無を構えるとその雷を苦無に乗せる様にしてミヅキに 向かって続け様に放った。
 『やれっ!!』
 ミヅキの傍にいた犬が、そう言われると同時に口から光を放ち向かってくる 苦無を次々に落としていった。
 「なにっ!」
 ミヅキは軽く笑うと地面に吸い込まれるように消えていった。
 「NOッ!・・・何処に行った!・・・・・・出てこい!!」
 ガルフォードの視界からは完全に消えてしまった。
 「ん?パピー・・・?」
 パピーがあらぬ方を向いているなと思った瞬間に背中に衝撃が走った。
 「がはっ・・・ば、ばかなっ・・・」
 ガルフォードが振り返ると目の前までにミヅキが迫ってきていた。
 「うぁっ」
 ミヅキははっきりとガルフォードを斬ったことを確信していた。しかし目の 前には大きな木が転がっているだけであった。
 『なにっ!?』
 「ヘッドレプリカアターックッ!」
 ガルフォードが宙高くから落ちてくる。手には愛刀のジャスティスブレード を構えて。
 『キャァァ』
 「ハッ!シャドーコピーッ!!」
 ガルフォードは印を組むと消え、そして複数人になって現れた。
 『おのれっ!』
 ミヅキがうろたえている隙にガルフォードはミヅキを掴むと宙高く跳び上が り、激しく回転しながら地面に叩きつけた。
 「ストライクヘッヅさ。」
 『おのれっ!引き裂いてくれるわっ!!』
 『行けっ!!』
 アンブロジァの力の一部である犬の化け物が、ガルフォードに向かい飛びか かっていく。その身体を巨大化していきながら・・・
 「なにっ!・・・がはっ!!」
 肩を咬まれたようだ。肩が焼けるように熱い。
 『アンプロジァ様の生け贄に加わるがよい!』
 「・・・っぁ!!」
 ガルフォードは足元を掴まれる感触を感じた次の瞬間に、急激に落下する自 分を感じた。
 「がはっ!」
 ガルフォードが顔を上げるとそこには闇が迫っていた。
 「・・・!?」
 身体のいうことがきかない。身体の自由を失ったガルフォードにミヅキが語 り掛ける。
 『ふんっ。アンブロジァ様に逆らう愚か者め!一足先に闇の世界に行くが良 い。なぁに、心配せずとも直ぐにナコルルもお前の後を追わせてやるわ。もっ とも、ナコルルの魂はアンブロジァ様が喰らってしまうかもしれないがな。』
 「!!・・・す、・・・そ、・・そんな、ことはさせない!!」
 『なにっ!!』
 「サイドスラーッシュ!!」
 ガルフォードは掛け声と共に刀を横に払った。ガルフォードにミヅキを斬っ たという手応えが伝わってくる。
 『アンブロジァ様〜っ!!』
 「・・・!!」
 視界が閃光で白く染まっていく。ミヅキのアンブロジァへの叫びを残しなが ら・・・その場を、そこにいた生ある物全てを閃光が飲み込んでいった。
 「クゥ〜ン。」
 「ン?あぁ〜・・・」
 ガルフォードはパピーが顔を舐めているこそばゆさで目を覚ました。
 「・・・ミヅキを倒したのか・・・はっ!ナコルルは!?」
 ガルフォードの視界にナコルルの連れていた鷹、ママハハが目に付いた。
 「あそこか・・・行くぞ、パピーっ!」
 ママハハのいるほうへ向かって行くガルフォードの視界に、ナコルルの姿が 入ってきた。倒れているのがはっきりと見える。
 「まさか・・・アンブロジァに・・・」
 駆け寄ると直ぐに抱え、ナコルルを呼びはじめた。しばらく呼び続けると、 ナコルルの瞼が動いた。
 「ナコルル!」
 「ぅん・・・ぁ、・・・ガルフォードさん・・・ここは・・・?」
 「よかった・・・ナコルル・・・大丈夫だね?」
 「ぇ、・・・ぁ、はい。大丈夫です。」
 ナコルルは立ち上がろうとすると、よろけてしまいガルフォードに助けられ た。
 「ほら、無理をしちゃいけないよ。」
 「は、はい。・・・」
 その時、ママハハが、パピーが、森の動物たちが一斉に騒ぎ始めた。
 「こ、これは!?」
 アイヌの巫女であるナコルルには自然の上げる悲鳴がはっきりと聞こえてき ていた。
 「そ、そんな・・・こんなことって・・・」
 その悲鳴は暗黒の力に対する生ける物の悲鳴。しかし、その悲鳴は今までの 物とは一味も二味も違うことを示していた。天草四郎時貞よりも、羅将神ミヅ キよりも、遥かに強大であった。
 「・・・・・・行くよ。ママハハっ!」
 そう言うが早いかナコルルはママハハの足に掴まり宙高く舞い上がった。
 「NOッ!ナコルルっ!?」
 「ごめんなさい。ガルフォードさん。私にはこうするしか、こうするしかな いの・・・」
 「NOッ!・・・行くぞっ!パピーッ!」
 だが、空を行くナコルルと地上を駆けるしかないガルフォードでは、余りに もガルフォードに不利であった。
 「・・・全てのよきカムイ達よ・・・私の生命の光で、生ある物たちを救っ て・・・どうか、お願い・・・」
 「ナコルルー!だめだー!いけないっ!!」
 ガルフォードの声が聞こえたのかナコルルはガルフォードの方を振り向くと にっこり微笑んだ。
 「ナコルルー!!」
 ナコルルは光に包まれた。それは世界を照らす暖かい光だった。そして一陣 の風が光を運んだ。山を越え、谷を越え、暗黒に脅える生ある物を護るために ナコルルの願いは翔んだ。
 「・・・ねえさん・・・?」
 『・・・リムルル・・・・・・』
 「ねえさん?ナコルルねえさん。」
 風はナコルルの意思を翔ばした。
 『・・・ガルフォードさん・・・わたし・・・』
 「ナコルル・・・」

 「う〜ん。・・・ここは・・・?」
 「はっ!?ミヅキ!貴様!生きていたか!?」
 ガルフォードが振り返るとそこにはミヅキがいた。
 「わたしは・・・ミヅキ・・・?・・・い、否、わたしは・・・わたしは・ ・・美州姫・・・わたしは・・・なにを・・・」
 「成敗してくれる!」
 「・・・ガルフォード?待って。ナコルルは?ナコルルはどうしたの?」
 「!?」
 あきらかにミヅキの様子が変だ。パピーは別にミヅキに警戒する様子もなく ガルフォードを見上げていた。
 「・・・ナコルルは・・・ナコルルはたったいま自然を護るために・・・」
 「そんな・・・ガルフォード!」
 「な、なんだ?」
 「ナコルルの刀、チチウシはある?」
 「はっ?・・・ぁ、ああ、ある・・・」
 「急いで持ってきて!」
 「はっ?貴様、何をするつもりだ!?」
 美州姫は二つの宝珠、パレンケストーン、タンジルストーンに近付きながら
 「ナコルル・・・生き返らせられるかもしれない・・・」
 「なっ!?・・・本当か!?」
 「解らない・・・あの娘の願いが強ければ刀にあの娘の魂が宿っているかも しれない。それに二つの宝珠の力を借りれば・・・」
 「わかった!直ぐに取ってくる!」
 「ふふふ・・・単純な奴・・・正直でいい人みたいだね・・・ナコルル。」
 美州姫は、二つの宝珠を拾い上げると、少し開けた所に向かった。
 「さてと・・・」
 美州姫は懐から符を何枚か取り出すと自分の血を使い模様を書き足していっ た。そして、その符を周りの木々に張り付けていった。
 「持ってきたぞ・・・何してるんだ・・・?」
 「・・・じゃ、中央の開けたところに置いて・・・結界を張ってるの。」
 「結界?」
 「そう。この結界内にナコルルの魂を集め宝刀チチウシを使ってナコルルを 甦らせるの。」
 「できるのか?」
 「わからない・・・でも、やってみる価値はあるわ・・・」
 「わかった・・・頼む・・・」
 ガルフォードが少し離れたのを確認すると美州姫は二つの宝珠をチチウシの 両脇に持っていき、少し離れたところで祝詞を言い始めた。ガルフォードには その古い言葉、言霊を含んだ言葉は到底難しく、全くと言っていいほど理解出 来なかった。仕方がないので結界の中央に置かれたチチウシを見ていた。しば らくすると祝詞のリズムが変わったようであるが、ガルフォードには違いがな んなのか解らなかった。しかし、あきらかに違うのは二つの宝珠が宙を周り始 め、チチウシが宙に浮かび光が集まりだしたということである。更に光が強さ を増す。暖かい光は最初チチウシの周りだけだったのが、いまは木々から光の 粒がチチウシに集まっていると言う感じである。いま、宝珠が宙を舞い、チチ ウシの下に人の形に光が集まってきていた。
 「OHッ!・・・・・・・・・」
 「オン!」
 美州姫がその手に持つ玉串を振り払うと光は消え宝珠も地に落ちチチウシも その人の上にあった・・・
 「終わった・・・」
 美州姫が言い終わる瞬間にガルフォードは駆け出していた。
 「・・・ナコルル?・・・ナコルル?」
 「ぅ、・・・う〜ん。・・・ぁ、ガルフォードさん。」
 「よかった。ナコルル・・・よかった。」
 「ガルフォードさん、わたし・・・なんで・・・?」
 ガルフォードが何か言おうとした瞬間に
 「ガルフォードさん!わたし、自然の声が・・・聞こえない・・・!?」
 「OHッ・・・ナコルル、もういいんだ。もう、君の戦士としての、巫女と しての戦いは終わったんだ・・・あとは自然を愛する心さえあればいいんだ・ ・・ナコルル。」
 そう言ってガルフォードはナコルルを抱きしめた。
 「ガ、ガルフォードさん・・・」
 美州姫はそんな二人を置いて消えていくのであった。
 「ガルフォードさん、わたし・・・カムイコタンに帰ろうと思います。それ で・・・その・・・ガルフォードさんに・・・」
 「OK!一緒に行こう!」
 「ぁ、はいっ。」

 ナコルルは笑顔で応えるのであった。

      〜終〜


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