戻ります。

        『風の声』
                            作:猫美
                            1995/12/--
                            1996/06/--
     〜予兆〜

 少年は震えていた。外からは数刻前まで聞こえていた悲鳴も今は聞こえない。 鼻孔の奥を刺激する臭いが立ちこめている。幸いにしてまだ家には燃え移って いないようだ。しかし少年は逃げれなかった。足音が近づいてくる。彼は知っ ていた。彼の親でもないし村人でもないことを。彼がこの騒ぎの張本人である ことを。自分でない自分が逃げろと告げている。でも少年は逃げない。否、逃 げられないのである。心のどこかで自分も殺されることを悟っているのか、少 年は戸口をじっと凝視していた。足音が止まる。戸口が力強く破られた。燃え 盛る村が逆光になってよくは見えない。少年の目には鬼に見えた。鬼もこちら を見ている。突き刺さるような視線を感じる。
 突如として鬼が吼えた。鬼は再度少年を見た。鬼は少年を独り残して走り去っ てしまった。
 少年は唯一人、鬼のいた虚空を見つめたまま・・・

     〜噂〜

 町で鬼の噂が行き交っている。村人が全員惨殺された。とか心の臓府を喰ら うだとか・・・恐怖が渦巻いていた。
「民草に不安が広がるのは芳しく無いな・・・」
男は町を歩きながらつぶやいていた。
「もう少し調査を頼む・・・上様も心配しておいでだ。鬼の正体を確認の上、 止ん事無きように処置を頼むぞ。」
「はっ!では・・・」
「うむ・・・頼んだぞ。」
 影が離れていった。影には鬼の心当たりがあった。
『まさかとは思うが、あやつめが鬼に魅入られたのか?』
 噂は千里を走ると言うがまさにそのとうりであった。町という町、村という 村、人のいる所、会話があれば鬼の話が広まる。当然のこととして噂には尾鰭 がついた。しかし真の恐怖を知る者はいない。
 ・・・あの少年を除いては・・・

     〜旅立ち〜

 一人の女の子が旅支度をしていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、心配しないで。なこるる姉さんを捜しに行く だけなんだから・・・見つけたらすぐ帰ってくるわ。」
 そうは言ってもおじいさんとおばあさんは心配そうに女の子を見つめていた。
「いってきますね〜」
 女の子は一人雪の中を旅立ちました。周りは一面の銀世界。
「さ〜て、どこから行こうかなっと。とりあえず町にいかなきゃね。」
 女の子は元気に走っていきました・・・
・・・賑やかな町の大通り。女の子は物珍しそうに周りを見ながら歩いていっ た。
「やっぱり町っていいなぁ。いろんな人がいて、いろんな生活をしてる。 ・・・人間っていいなぁって思っちゃうなぁ。」
「・・・?・・・あの人だかりはなんだろう?」
(行ってみよぉっと)
 女の子の向かう先には大通りの真ん中、黒山の人だかりが道を塞いでいた。 中心では数人の男が一人の少年を囲んでなにやら難癖を付けているようだ。
「小僧。いい物を持ってるじゃねぇか。」
「・・・?それはありがとうございます。」
「小僧!ふざけるのもいい加減にしろ!素直に置いていけば許してやるぜ。」
「・・・追い剥ぎですか・・・?」
「素直に渡さなかったことを後悔ずるぜ!」
「・・・じゃぁ、本気で行くよ。」
 男は手の骨を鳴らすと腰にある太刀に手をかけた。 少年は手に持っていた傘を抱え込むようにして身を沈めた。
「ふざけやがって、背中の刀は竹光かぁ?」
 男は太刀を抜くと大きく振り下ろした。少年は何も答えずに傘で刀を受け流 した。
「なにぃ!?」
 少年は傘をぐるりと回し男の足を払った。
「ぐぁ!おのれっ!!もう許さんぞ!!」
「はい、ちょっとごめんなさいね。ちょっと見せてねぇ。」
 人をかき分けるようにして女の子が顔を覗かせました。
「決闘?どう見てもおじさんの方が悪者よねぇ。」
 さすがに決闘沙汰となると人の集まり方も変わってきた。俺にも見せろといっ たような野次馬が次々に集まってきた。
「あんまり人に集まって欲しくないから終わりにするよ。」
「なにぉぉ!ふざけやがってぇ、小僧ぉ!!」
 男は太刀を上段に構え少年にかかっていった。
「緋刀流!梅雨円殺陣!!」
 少年はそう叫ぶか否か傘を振り回した。男の身体の中心線をたどるようにし て傘を打ちつけた。
「・・・!なに?今の寒気は・・・ぁ、彼が行っちゃう。」
 少年は騒ぎには関係なかったという風で立ち去っていった。女の子は人垣を かき分け急いで少年の後を追いかけていった・・・
・・・木々の間から町を見ることがなんとか出来るといったぐらいの森の中、 女の子は少年を見失ってしまった。
「あれぇ?おかしいなぁ。こっちに来てたと思ったんだけどなぁ。」
 それでも女の子は周囲に気を配りながら森の中を進んでいった。突然、背中 から声をかけられた。
「僕に何か用?」
「きゃぁ」
「ぇ?きゃぁ?・・・女の子だったのかぁ。ごめんごめん・・・でもなんでつ いて来るんだい?」
「べ、べつにいいじゃない?」
「ぅ、うん・・・まぁ、そうなんだけどね・・・あまり気分のいい物じゃない からやめて貰えるかな?」
「わかったわ。」
 少年は女の子を気にしながら歩き始めた。女の子も少年の後を追いかけるよ うに歩き始めた。少年が立ち止まった。
「・・・ついてこないでくれる?」
「わたしは別についてきてるつもりはないわ。」
「・・・」
 少年は走り出した。女の子も追いかた。少年の目の前に崖が見えてきた。少 年は傘を取り出すと崖に向かって飛躍した。
「えぇ!?うそぉ?」
 女の子は急いで駆けつけると谷底を覗いてみた。
「そんなぁ、ずるいよぉ」
 少年は傘を拡げ空中を谷風を受けることでゆっくりと降りていた。少年は下 に付くと上から見下ろしている女の子を見た。
「ふぅ・・・これでもう追っかけてこないだろう。」
 女の子は下を覗き込みながらなにやら呟いていた。
「そう・・・もうすぐ来るのね。・・・三、二、一、それっ」
 女の子はかけ声と共に大の字になって空高く谷底へ向かって飛翔した。
「ぇ!?嘘だろう!?・・・冗談じゃないぞ。」
 少年が驚いている間にも女の子はどんどん落下速度を増していく。いくら大 の字になって風を受けようとしても無理がある。
「受けとめなきゃ・・・」
 少年が女の子の落下しそうな所へ向かっているその時、今まで吹いていた谷 風とは明らかに違う強い一陣の風が空へ向かって吹いていった。女の子はその 風を受けとめ落下速度を落としていく。少年の目には女の子が風に乗っている ように見えた。
「そんな・・・」
 少年は女の子の落ちてくる下へ行き女の子を受けとめた。女の子は少年の方 を見てにこりと微笑み、
「ありがとう。」
「ぇ、ぁ、いえ、どういたしまして・・・君は・・・その・・・風の精かなん かなのかい?」
「ぇ?ふふふ、ちがうわ。わたしは人間よ。」
「だって、風が来ることを知ってたかのように・・・」
「そうね・・・風が教えてくれたの。」
「風が・・・?」
「そう、風が・・・もうすぐ強い風が来るよって・・・」
「・・・すごいんだね。風の言葉が解るんだ・・・」
「ううん、わたしなんかなこるる姉さんにはとてもとても・・・」
「お姉さんがいるんだ・・・」
「・・・うん。・・・わたし、りむるる。あなたは?」
「ぇ?僕?僕は閑丸、緋雨閑丸って言うんだ。」
「じゃあ閑丸くんね?閑丸くん、よろしくね」
「ぇ、ぁ、うん・・・」
 谷風が二人の脇を吹き抜けて空へと吸い込まれていった・・・

     〜再会〜

 一人の少女が立ち尽くしていた。彼女の目の前には村があった。そう、まさ にあったと言うべきなのだ。既に動くものはなに一つ無い。
「そんな・・・こんなのって、こんなのって・・・」
 少女は拳を握りしめ立ち尽くす。彼女の眼前には惨殺死体だけが転がってい た。物の焼ける臭いが鼻を突く。どこかで火の手が上がっているようだ。彼女 はゆっくりと歩きだした。武器を手にしている者。逃げようとして後ろから斬 られた者。子を護る母、護られる子。酷いとしか言い様がなかった。一刀のも とに叩き斬られていた。
「一体・・・なぜ・・・」
 何故と問うても答えの帰ってこないことは彼女自信にも解っている。しかし 何故と問わずにはいられなかった。それは余りにも惨たらしい情景であった。 彼女は戸口の開いている家々を除いて廻る。生存者がいないことは確認するま でもなく風が伝えてくれている。それでも確認しないことには彼女の心が持た なかった。
「・・・ひ、ひどい・・・」
 少女の目の前に恐怖のために目を見開いたままの死体がある。少女はまぶた をそっとおさえてやり閉じてやった。少女は我知らず泣いていた。両の眼から 大粒の涙をこぼしていた。
「・・・許せない・・・罪もない人達を・・・」
「ピイィィィィィー」
 突然鷹が甲高い声を発した。
「どうしたのママハハ?」
 少女は彼女がママハハと呼んだ鷹の方を仰ぎ見た。鷹は中高くを彼女を誘う かの如く舞った。
「なにかが聞こえるのね・・・」
 そう呟くか彼女は目をつぶり耳をすませた。遠くの方から金属音が聞こえて くる。刀のぶつかる独特の音だ。近くで戦っている者達がいる。彼女はこの犯 人かもしれないとも思った。なんにせよ確認しなければ。
「いくよ、ママハハ」
 少女は鷹と音のする方へと駆けていった・・・
・・・男が樹に隠れている。男の眼にも村の火が視認出来る。彼としては早く 村へ行き調べるだけ調べておきたかった。特に奴の行方だけは。だが、相手の 男がそんなに生易しい者じゃないことはこの数合の間で解っている。こちらに 犬がいる分、いくら訓練されているとはいえ不利だ。なんとかして勝負を切り 上げたかった。そんな時、犬が上を向いた。
「・・・!!上か!?」
 上から黒装束の男が降ってきた。否、降ると言うより飛びかかると言った方 が正しい。黒装束の男が刀を振りおろす。
「ハッ!!シャドーコピーッ!!」
 印を切り煙に巻かれていった。すると印を切った男は複数人となって現れた。 刀が空を斬る。男の目にこちらに向かって来る少女が目に入った。
「・・・!?ガルフォードさん!?」
 黒装束の男の注意が声のした方にそれた。
「チャンス!!ローリングックラーッシュッ!!」
 男は黒装束の男を掴むと飛び上がり樹に力強く打ちつけた。
「ぐあっ!」
「ワォーン」
 男の連れていた犬が飛翔し落下してくる男に体当たりをした。どさっ、と言 う音と共に男は身動きしなくなった。
「ハイ、なこるる。元気にしてたかい?」
「ぇ?ええ、まぁ・・・ガルフォードさん、どうしてここに?」
「・・・鬼の噂は知っているかい?」
「ぇ?・・・ええ。」
「鬼について調べているんだ。・・・あの村もきっと奴にやられたに違いない んだ。」
「そう・・・」
 なこるるは暗く沈んだ表情をした。今にもまた泣き出しそうだ。
「もうこの辺りにはいないようだね・・・」
「・・・はい。・・・?」
 なこるるがガルフォードの後ろに視線を向けている。
「waht?・・・どうしたんだい?」
「ぃぇ、さっきの男の人が見あたらないんですけど・・・」
「ナッ!?」
 ガルフォードが振り返ると確かに黒装束の男が見あたかなかった。
「shit!聞きたいことがあったんだけどな・・・」
「そういえば・・・なんで戦ってたんです?」
「さぁ・・・?」
「は?・・・さぁって・・・」
「ぃゃ・・・貴様、どこの者だ?とか聞かれて・・・まともに答えなかったら 斬り合いになっちゃってね・・・」
「・・・でも怪我がなくてよかったです。」
「うん。なこるるが声をかけてくれたお陰で男の注意が逸れたからね。」
「ガルフォードさんはこれからどうするんですか?」
「鬼の後を追いかけてみようと思ってるんだ。なこるるはどうする?」
「わ、わたしも鬼を追いかけて来たんです。」
「ok!一緒に追いかけよう。」
「はい。」
 ガルフォードはいい笑顔だと思ったのであった・・・

     〜爪痕〜

 少年と女の子が旅をしている。ちょっとした高台から村が見えた。
「ねぇ、今日はあの村に泊まらない?」
「・・・あの村には行かない方がいいと思うの。」
「なんで?折角村に来たんだから泊めてもらおうよ。」
「風が・・・悲しい風が村の方から吹いてくるの。」
「悲しい風?」
「そう・・・悲しい風・・・なこるる姉さんなら解るのかも知れない。何が悲 しいのか・・・よくない感じがするの・・・」
「そっかぁ、りむるるさんがそう言うんなら泊まらない方がいいのかなぁ。」
「解らない・・・ん?・・・今、さん付けたでしょう。わたしのことはりむる るでいいの。」
「ぇ、ぇ、・・・でも・・・」
「でもじゃないの。」
「ぅ、うん・・・」
「ほら。」
「・・・りむるる・・・さん」
「ぁあん、もう。しょうがない。ちゃんでいいよ。」
「ぅ、うん・・・」
・・・閑丸とりむるるは村へ向かって歩いていった。風は村から吹き出るよう に絡み付くようでいて冷たい。決して心地よくはない。そんな感じの風だった。
「なんか寂しい感じのする村だね。」
「そ、そうね・・・寂しいと言うより人の気配が感じられないわね。・・・! ?危ない!!」
「ぇ!?」
 閑丸の身体へりむるるが体当たりをかましたその直後、風を切る音が聞こえ たかと思うとりむるるの身体が揺れた。
「ぁあっ・・・」
「りむるる!?」
 見ると背中を斬られている。赤い血が彼女の背中を濡らしていく。赤い奇跡 を描き円が戻っていく・・・再び音がこちらに迫ってくる。
「いけない・・・りむるるさん、ごめん。すぐ戻ってくるから・・・」
 閑丸はそう言ってりむるるを急いで寝かすとだっと飛んでくる物を誘うかの ように走り出した。
(!?・・・僕を狙ってる!?何者なんだろう?)
「ハッ!?」
 今までにない一撃が襲ってきた。閑丸は咄嗟に近くの家に飛び込んだ。
(誰にせよりむるるさんに怪我を負わせたんだ・・・その償いはしてもらうぞ !!)
「フフフハハハハハ、ついに殺されに来たか。どれだけの時を待ったことか・ ・・」
「!?・・・そ、そんな・・・」
 気配はしなかったはずだと閑丸は思った。しかし振り向くとそこには男が独 り立っていた。手には見たこともないような・・・否、手裏剣を大きくしたよ うなソレには血が付いていた。
「!!・・・おまえが・・・やったのか・・・!?」
「フフフハハハハハ、同じだ。同じ臭いがするぞ。フハハハハハ、今こそ、こ の手で刻んでくれるわ。」
 男の手から手裏剣のような武器が離れたかと思うと地を這うようにして閑丸 の方へ向かってきた。
「やっ!」
 閑丸が武器に気を取られている間に男は消えていた。
「はっ!?どこへいったぁ!?」
「フフフフフ、おいで」
 閑丸は後ろに気配を感じ振り返ろうとするが閑丸が行動を起こすよりも速く 男につかまれてしまった。
「うわ・・・」
 閑丸は一転して闇の中へ吸い込まれていった・・・かと思いきや影から吐き 出されるかのように男の武器に斬りつけられながら飛び出てきた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「フフフハハハハハ、いい声だ。その声を聞くことを永い間待ちわびたぞ。」
「ぅ、ぅ・・・お、おまえは・・・一体・・・?」
「フフフ、忘れたか・・・まぁ、それもよかろう。貴様にとっては取るに足ら ない存在だったのだから・・・我が名は破沙羅。我が積年の思い、今こそ晴ら させて貰う!」
 破沙羅はそう言うがはやいか後ろへ軽く退がったかと思うと滑る様にして閑 丸へ飛びかかっていった。閑丸にしてみれば破沙羅のその動きはこの世の物と は思えない程の速さであった。閑丸が破沙羅の位置を掴むより速く斬激が閑丸 の全身を襲った。
「うあっ!!」
「フフフハハハハハ」
 閑丸の耳に破沙羅の笑い声が聞こえてくる。だが閑丸は破沙羅の位置を意識 出来なかった。破沙羅の大きな一振りが閑丸の胸を斬る。遠のきそうになる意 識の中で閑丸は女の人を見た。
(誰だ・・・?)
「フフフハハハハハ、まだだ、まだ足りないぞ。」
「ぅ・・・」
 倒れている閑丸の頭を掴み上げ破沙羅は流れる血を舐め上げる。
「フフフフフフ、いい色だ・・・まだだ、まだ足りない。」
「その手を離して!!」
「!?」
 破沙羅が振り返るとそこにはりむるるが寄り掛かる様にして立っていた。
「我の復讐の邪魔をするな!!」
「そんなことはさせない!ポクナシリへ還りなさい!ルプシ クアレッ!!」
 りむるるの手から氷の粒が飛んできたかと思うと破沙羅の目の前で大きな花 を咲かせた。
「ガッ!!」
 その花が破沙羅の身体に触れると破沙羅の身体が凍りついた。
「おのれ、あくまで我の復讐の邪魔をするか!?」
「あぁっ」
「!!・・・させるかぁぁぁぁ!!緋刀流っ雨流狂落斬!!」
「なにっ!?」
 閑丸は背中に背負っていた太刀を抜くと腰に構え破沙羅に向かって体当たり をした。
「ごめん!」
 閑丸は太刀を上段から一気に振り降ろした。
「す、すばらしぃ、悪夢だぁぁぁぁ」
 破沙羅の身体は斬り倒され影に吸い込まれる様にして消えていった。
「りむるるさん、大丈夫?」
「わたしのことはいいから早く村を出ましょう。」
「ぇ?でも手当てしないと・・・」
「早くしないと彼がポクナシリから・・・死者の国から還ってきてしまう。」
「死者の国?」
「そう・・・さっきの男の人は亡霊。ううん、恨みを持って・・・憎しみだけ を拠所にしていたわ。」
「そ、それじゃぁ、怨霊とでも言うの?」
「間違いないと思うの・・・」
「そ、そんな・・・確かにこの手で・・・」
 閑丸は自分の両手を見つめる。手には破沙羅を斬った感触が残っていた・・・

     〜交錯〜

 少年が草を掻き分け歩いていた。
「おっかしいなぁ、どこに行っちゃったんだろう?」
 少年は先刻、連れの少女とはぐれてしまっていた。彼女の性格からして一ヶ 所にじっとしているとは思えなかったが捜し歩くしか手はなかった。目の前が 開けてくる。どうやら崖に出てしまったようだ。淵まで近付いて下を覗き込む。 下の方に水の流れが見える。渓谷に出たらしい。向かい斜面には紅葉の葉が赤 く色付いている。
「少し渓谷沿いに捜してみるかな・・・」
 少年は渓谷を逆上るように歩いていった・・・
・・・男が一人、道無き道を走る。男は連れの少女を置いて食料の調達に出て いた。彼女が言うには神の国から私達のところへ役に立ちに来るとのことだ。 しかし男は彼女の前で生き物を殺したくはなかった。結局は変わらないのかも しれないがそうすることで幾許かは救われる気がした。彼女が言うには森羅万 象、全てに神はいる。自分達が生きていけることは神のお陰だということを忘 れてはいけないとのことだ。男は彼なりに考えるが彼女達のは単なる自然崇拝 とは違うようだ。どこが違うのかはまだよく解らない。男の視界に不意に少女 の姿が映る。
「なこるる・・・!?」
 男は何故ここに彼女がいるのか疑問を持ちながらも彼女の方へ駆けていった。 近付くにつれて彼女が似てはいるが別人だと解った。彼女の方は明かに自分を 警戒している。それはそうだ。こんな所に金髪の男がいるのを何の疑問も抱か ない方がおかしい。男は相手の緊張をほぐす意味も込めて挨拶をすることにし た。
「こんにちは。お嬢さん。」
「ぇ、こ、こんにちは。」
 男の流暢な日本語に驚いたようだ。
「君は・・・アイヌの人だよね?こんな所に一人でどうしたんだい?」
「ぇ、わたしは・・・連れの男の子を捜してるの。・・・わたしくらいの背で 刀を背負って傘を持ってる男の子を見なかった?」
「傘・・・?う〜ん、見てないなぁ。ごめんね。力になれなくて。」
「ううん。いいわ。地道に捜すから。・・・でもなんでわたしがアイヌの人だ と思ったの?」
「連れがね君と同じような格好をしててね・・・」
「!?・・・その人は・・・その人はなんて言うの?」
「what!?・・・なこるるだよ・・・」
「!?・・・なこるる姉さん・・・お願い。姉さんの所に連れてって!」
「姉さん・・・?ということは妹・・・?」
「なこるる姉さんの居場所を知ってるんでしょ?お願い。わたしを連れていっ て。」
「わ、わかった。・・・で、お嬢さん、お名前は?」
「ぁ、ごめんなさい。わたしはりむるる。あなた、異国の人ね?」
「ye-s。亜米利加から来た、ガルフォードって言うんだ。」
「がるふぉ〜どさん?・・・よろしくね。」
「ok!なこるるの所に案内するよ。」
 二人の後ですすきが風になびいていた・・・
・・・少女が一人石に座って景色を眺めている。彼女の目の前を赤く色付いた 紅葉が風に舞う。足元の川を流されていく。
「綺麗・・・」
 彼女は自分が生まれたこの季節、赤く色付いた紅葉を見るのが好きだった。
「ガルフォードさん・・・どこまで行ったのかしら? ・・・わたしの事を気遣って・・・わざわざ遠くまで・・・」
 そんなちょっとした心遣いが嬉しかった。生きるためとは言え生き物を殺す のはやはり忍びない。そんななこるるの心境を知ってか知らないでかガルフォ ードは今日も遠くまで食料を調達しに行っている。それにしても鬼の足取りは 掴めないでいた。今だに鬼の姿すら見えない。だが、その爪痕だけは行く先々 でしっかりと残されていた。
「・・・いい風・・・はっ!?誰!?」
 なこるるが振り返るとそこには少年がいた。
「ご、ごめんなさい・・・人違いでした。」
「!?・・・あ、あなた・・・」
 なこるるは鬼と言う言葉を飲み込んだ。一瞬ではあったが鬼の感じがしたの だ。ママハハもパピーも反応に困っている。はっきり敵と認識出来ないらしい。 なこるるも迷った。さっきの感じは鬼のものなのだ。
「ぼ、僕は閑丸。緋雨閑丸って言います。連れの女の子を捜してるんですけど ・・・見ませんでしたか?」
「い、いいえ・・・見てないわ。」
「そうですか・・・」
 ぞくり。一瞬だがまた鬼の感じがした。
「あなた・・・鬼ね・・・?」
「ぇ?・・・鬼?」
 閑丸の記憶の底から幼少の頃の記憶が甦る。なこるるにはまた鬼の感じがし た。
「鬼ね・・・今までの非道。これからおこるであろう惨劇。・・・覚悟!!」
 なこるるは刀を前に構えると閑丸にかかっていった。閑丸は傘を使い受け流 す。
「うわっ・・・ちょ、ちょっと・・・」
 閑丸は言葉を続けようとしたがなこるるの気迫に押されてか言葉が続かなかっ た。
「本気何だね・・・じゃぁ、こっちも本気で行くよ。」
 閑丸は傘を抱え込む様にして上体を落とした・・・
・・・少女の胸は不安で締め付けられるようだった。
「がるふぉ〜どさん、早く、早く案内して・・・」
「もう直ぐだ。渓谷のところにいるはずだ!」
 耳には刀のぶつかる音が聞こえていた。りむるるの様子もおかしい。
「shit!なにが起こっているんだ!?」
 二人の視界がひらけてきた。渓谷が戦いの音を反響させる・・・
・・・閑丸は足を凪ぐような一撃を加えようとした。なこるるは軽く後ろに下 がることでかわした。閑丸は前に飛ぶようにして大上段から振り降ろすような 一撃を加えようとした。
「風よ・・・レラムツベ!!」
「ぐっ・・・!!」
 閑丸はとっさに傘を前に構えることでなこるるの攻撃を凌いだ。
「なこるる!!」
「・・・閑丸くん!?」
「え?」
 ガルフォードが確認する間もないままりむるるは翔び降りる様にして谷底へ 降りていき二人の間に割って入った。
「二人ともやめて。」
「りむるる!?・・・どいてなさい。」
「りむるるさん・・・」
「姉さん、やめて。なんで、なんで閑丸くんと戦うの!?」
「!?・・・りむるる、あなたは感じなかったの?彼の持つ鬼の気に・・・」
「そんなの・・・そんなのわからないよ!わかる訳ないよ・・・」
「hi、なこるる。どうしたんだい?らしくないじゃないか・・・?」
「ぁ、ガルフォードさん・・・わたし、鬼の気を感じたんです。」
「あの少年からかい?」
「嘘!!閑丸くんは鬼なんかじゃないわ!!」
「りむるる!!あなたも感じているはずよ。」
「ちがう・・・閑丸くんは、わたしを助けてくれたわ。」
「りむるる・・・どきなさい。」
「嫌!・・・姉さん・・・なんで?・・・」
「・・・悲しい想いをするかも知れないのよ・・・」
「しないわ・・・後悔するよりも・・・閑丸くんを失うよりもいい。」
「・・・そう。・・・・・・行きなさい。」
「見逃してくれるの?」
「・・・」
「ほらっ、早く行くんだ。」
「がるふぉ〜どさん・・・姉さん・・・ありがとう・・・」
 りむるるはうすら涙を浮かべつつ閑丸の方へ行った。閑丸は一つ会釈をする と何も言わずに二人の前から立ち去っていった。
「これでよかったのかい?」
「・・・よくはないわ・・・でも・・・」
「・・・妹さんの涙には勝てないか」
「そ、そんな事はないわ・・・」
「いいんだ。それでよかったんだと思うよ。」
「そう・・・そう言って貰えると・・・」
 そう言ったきりなこるるは黙ってうつむいてしまった。そんななこるるをガ ルフォードはやさしく撫でてやるのであった・・・

     〜鬼〜

 戦いが既に始まっていた。男が二人。・・・否、一人の側には娘が倒れてい る。娘を護る様にして犬と鷹がいる。もう一人の男は・・・強大だった。見上 げるほどの背丈。その背丈に勝るとも劣らない巨大な刀。そして、その巨大な 刀を軽々と片手で振り回す・・・
「なこるる!!」
 男は相手に注意を向けたまま娘に声を掛けた。
「・・・っ。・・・だ、大丈夫です。」
「無理はするな。」
 なこるるはまだ大丈夫なようだ。だが大丈夫だからと言ってどうにかなる状 況には思えなかった。こちらの攻撃が効いているようには見えなかった。男が 手を引いた。
「くる!!」
「ぁ、ガルフォードさん、危ない!」
「無限流ぅ無法拳っ!!」
 素早く突き出されてくるその拳は青白く光を帯びていた。ガルフォードは上 体を軽く沈め男の懐へ素早く潜り込むや否や引っ掛けるように投げ飛ばした。 落下してくる男に刀を突き出す。
「ライトニングスラーッシュ!!」
 確かに技は決まった。それにしては手応えがおかしい気がした。男がゆっく りとだが何事もなかったかのように立ち上がる。
「shit!・・・なこるる!!逃げるんだ!!」
「ぇ・・・でも、鬼を今倒さなければ・・・罪の無い人達が・・・」
「奴は・・・奴は強い!今のままでは勝てない。ここはひとまず退いて・・・」
 ガルフォードの視界に男の視線がなこるるの方を向いているのが入る。
「!!・・・まずい!!」
 男は片足を地面に叩き降ろした。
「うわっ」
「きゃ」
 ガルフォードとなこるるの体制が崩れた。
「奥義!無双っ震撃斬っ!!」
 上段から両手で巨大な刀が振り降ろされた。なこるるを護るべくなこるるの 前へ回り込んでいたガルフォードを斬りつける。
「ぅがぁぁぁぁっ!!」
 ガルフォードの胸から血が飛び散る。剣圧に押されてガルフォードの身体が なこるるを巻き込みつつ後ろへ飛んだ。後ろは崖であった。二人の身体は崖下 の川の中へと消えていった・・・
・・・川岸に人が打ち上げられていた。男が娘を抱く様にして倒れていた。 娘が動く。男の体温で気が付いたようだ。
「っ・・・!?・・・かはっ、かはっ!!」
 ゆっくりと男の腕から抜け出す。
「ここは・・・?・・・ガルフォードさん?・・・!?」
 娘は驚いた。男の、ガルフォードの胸から血が川の水に滲んでいた。 金属の胸当てはばっくりと斬られていた。
「ガルフォードさん!?」
「ぅぁ・・・な、なこるる・・・くっ・・・ごほっ、ごほっ・・・怪我はない かい?」
「は、はい。そ、そんなことよりもガルフォードさんの方が・・・」
「ぅぐ・・・今のままじゃ勝てないというのか・・・かはっ・・・は、早く奴 の後を追わないと・・・」
「ガルフォードさん、無理をしてはだめ。待って、とにかく傷の手当てをする から。」
「くっ・・・す、済まない。なこるる・・・」
「ううん。ガルフォードさんが身体をはって護ってくれたから・・・少しでも 役に立てれば・・・・・・ひどい」
 傷は胸当てのお陰で一命を取り留めたというくらい酷い傷であった。なこる るは自分のはいているずぼんの裾から斜めに切り込みを入れ破った。斜めにす ることで長い包帯を作りガルフォードの傷に強く巻いていく。
「ぐっ・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
「ぃ、いや・・・いいんだ。もっと強く巻いてくれ。」
「・・・・・・はい。巻き終わりました。・・・だいじょうぶですか?応急手 当てだから・・・町へ行ってお医者様に見て貰わないと・・・」
「大丈夫だ・・・奴の後を追うぞ。」
「そ、そんな無茶です。」
「無茶でも行くんだ。奴を・・・奴を倒さなきゃいけないんだ。」
「で、でも・・・」
「大丈夫。無茶はしないよ。」
 安心させるためにかガルフォードは笑みを浮かべるのであった。珠のような 汗を額に浮かべつつも・・・
・・・刀のぶつかる音が響く。少し離れたところから少女が闘いを見つめてい た。
「・・・閑丸くん・・・負けないで・・・」
 少女は祈るように手を組んでいた。本当なら自分も闘って彼を助けたいとは 思う。されど自分の力ではただ足を引っ張るだけだ。彼女には見守るしか術は なかった。
「りむるる!!」
 少女は突然呼ばれ振り向いた。そこには姉の姿と傷つき姉に支えられる男の 姿があった。
「ね、姉さん・・・それにがるふぉ〜どさん・・・その傷は」
「りむるる!何故閑丸さんを止めないの!?彼を鬼と闘わせてはいけない。彼 の中に潜む物が目覚めてしまう・・・」
「姉さん・・・大丈夫よ。閑丸くんはそんなにやわじゃないわ。」
「なこるる!彼が勝負に出るぞ。」
「え?」
 闘いを見やると今、まさに少年が上体を沈め力を放出しようとしているのが 伺えた。
「緋刀流禁じ手!暴雨狂風斬っ!!」
「小賢しぃっ!無限流ぅ疾風斬っ!!」
 技と決めようと飛び出してきた閑丸に対し鬼は剣圧を地に叩きつけ気勢をそ いだ。
「あぐっ!」
 閑丸が上体を崩す。その隙を逃さずに鬼が狙う。
「閑丸くん!よけて!!」
「はぁぁぁっ!闇鬼殺!!」
 鬼が上段より振り降ろした。閑丸の身体から血がほとばしった。
「かはっ」
「閑丸くんっ!!」
「・・・!!いけない。目覚めてしまう。」
「!?・・・そんなこと・・・そんなことない。」
 りむるるは閑丸に向かって走り出していた・・・
・・・閑丸は真っ白な世界を独りたたずんでいた。
(ココハドコダ・・・?)
 答えは返ってこない・・・閑丸は自分の置かれた状況を知ろうとした。手に は見たことのない・・・否、見たことはあった・・・しかし閑丸の刀では無い。
(コノカタナハナンダ・・・!?)
 閑丸は手が濡れているという感覚に襲われ、自分の両手を見た。
(!!・・・チ!?)
 閑丸は自分の周囲を見回した。今になって見回すと沢山の山が見える。さっ きまでの白い世界ではない。しかも山の色はどれもこれもが紅く染まっていた。 その鮮やかな、そして暗い紅の色は先刻見た自分の手の血の色をしていた。閑 丸は自分の後ろを振り返ってみた。紅い道が続いている・・・否、自分の立っ ている場所が道の先頭なのだ。閑丸自身によって道は造られていた。裏付けの ない確信。閑丸は何かを感じ前を見た。
(ウアァァァァァァッ!!ボクハ・・・ボクハ・・・ナゼダ・・・ナゼコロシ テシマッタンダァァァァッ!!!)
 閑丸の眼前にはよく知った顔が・・・閑丸の護るべき・・・否、護ると誓っ た人の顔があった。彼女自身の血に浸かるかの如く・・・彼女は斬られていた。 閑丸は何のためらいもなく自分がやったことを認識した。
(コレガ・・・コレガ、ボクノノゾンダコト・・・?・・・チガウ・・・チガ ウ・・・コレハ、ボクノノゾンダケッカジャナイ・・・ボクノナカノボクジャ ナイソンザイ・・・・・・オニ・・・コレガ、オニナノカ・・・?)
 閑丸は意識が朦朧としてきた。彼女の笑っていた顔が浮かぶ。そういえば彼 女はお姉さんを捜していたはずだ・・・閑丸は逢ったことがある気がしてきた。
(ソウイエバ・・・カノジョノオネエサンニ・・・オニ・・・トイワレタカモ シレナイ・・・ヤッパリ、ボクハオニダッタンダ・・・)
「閑丸くんは鬼じゃないわ!!」
(「!!!」)
 力強い想いが聞こえたような気がした。否、確かに聞こえた。彼女の声だ。 閑丸は目を見開いた。目の前に刀の閃光がほとばしる。
「ぐっ!!」
 意識が戻り急に斬られた胸の痛みを感じた。
「・・・生きてる・・・」
「閑丸くん!!」
 りむるるの声が聞こえた。安堵の気持ちが広がる。気持ちが軽くなった。気 持ちが軽くなったことで目の前の敵の動きを落ち着いて見ることが出来た。鬼 が刀を振りかぶる。
「・・・!?今だ!!」
 胸の痛みをこらえつつ鬼の懐に潜り込んだ。
「緋刀流!梅雨円殺陣っ!!」
 閑丸は背中の刀を抜き去ると鬼の身体の中心線に沿うようにして振り上げた。 血がほとばしる。鬼は音を立てて倒れ込む。閑丸もその場にひざまづいた。
「閑丸くんっ!!」
「りむるるさん、来ちゃだめだ!!」
「え?」
 鬼は血を流しつつも立ち上がった。
「我は・・・我は今こそ鬼とならん・・・汝のその力を持って我を見事倒して みよ!!」
「うぉぉぉぉぉっ!緋刀流禁じ手!!暴雨強風斬!!!」
 閑丸は持てる力の全てを鬼にぶつけていった。鬼の身体が地から浮いた。 一瞬の間の後に鬼から血がほとばしる。
「・・・がふっ・・・見事だ・・・よくぞ我を倒した・・・」
「なに・・・?」
「・・・我は強さを求めた・・・我は・・・鬼になった・・・」
「しゃべらないで・・・本当に死んでしまう・・・」
「・・・ぐっ・・・・・・汝の中に秘められし鬼の力・・・しかと見させて貰っ た・・・誰もが持ちし鬼の力・・・」
「鬼!?」
「驚くことはない・・・汝の力が我を上回っただけのこと・・・汝の中にも鬼 は・・・がふっ」
 鬼はひときわ激しく吐血するとその場に崩れ落ちた。閑丸は確認するまでも なく鬼が事切れたことを知った。自分でも解らない感覚が鬼が死んだと告げて いた。鬼の持っていた刀が地に突き刺さっていた。どこかで見た刀だ。
「・・・こ、この刀・・・あの時、握っていた刀・・・」
「閑丸く〜ん、やった、やったよぉ。」
 振り返るとりむるるがこちらに駆けてくるのが見えた。血塗れの光景が甦る。 鬼の持っていた刀。自分の歩いた後に出来ていた血溜まり。そして目の前に転 がる少女の首。
「あれは・・・夢?・・・でもこの刀は・・・」
「閑丸くん、胸の傷だいじょうぶ?」
 気が付けばりむるるは閑丸の側まで来ていた。りむるるが心配そうな面持ち で閑丸の顔を覗き込んだ。
「!?・・・だめだ・・・きちゃだめなんだ・・・」
「え?・・・何を言ってるの?手当しなきゃ。」
「自分のことが解ったんだ・・・僕は、僕は・・・」
 閑丸は自分の両手を見つめた。紅い血の色がだぶって見えた。知らず知らず の内にりむるるから後ずさった。彼女を傷つけたくなかった。彼女に嫌われた くなかった。自分の本性を話したら誰も近寄らなくなる。そんな気がした。そ の方がいいのかも知れなかった。でも嫌われたくはなかった。
「やるな。倒しちまったよ。」
「閑丸さんの様子が・・・」
「どうした?なこるる?」
「閑丸さんとりむるるの様子がおかしいの。」
「・・・!?・・・行こう。ここにいても解らないよ。」
「はい。」
 閑丸はこちらに向かってくる二人を見た。紅い光景で見た気がした。彼女の お姉さんも自分が血に染めるのだろうかと思うと彼女に会わせる顔もなかった。 自分の周囲にいる人間を皆血に染めてしまうような気がした。自分は彼女の側 に居てはいけないという想いだけがつのった。
「だめだ・・・僕は居てはいけないんだ。」
「何故?何故なの?」
「僕が・・・僕が居たらみんなが危険な目に遭ってしまう。」
「そんなことないよ。・・・そんなこと言わないでよ。」
「りむるる、どうしたの?」
「姉さん・・・閑丸くんが居なくなるって・・・」
「ぇ?どういうことなの?」
「わかんないよぉ。わかんないよぉ、閑丸くん。」
「・・・あなたの言われた通り僕は鬼です。さっきの闘いで」
「ちがう!閑丸くんは鬼なんかじゃないわ!!」
「!?・・・りむるるさん・・・僕は、僕はこのままだと皆を傷付けてしまう んだ。僕は居ない方がいいんだ。」
「ちがう・・・ちがうよ・・・そんなの間違ってる・・・閑丸くんは鬼なんか じゃないよぉ。」
「ありがとう・・・りむるるさん・・・でも僕は居てはいけないんだ・・・・ ・・じゃ、行くよ。」
 閑丸はそう言い残すと地に刺さっていた刀を引き抜いて走っていった。
「待って・・・閑丸くん!!」
「待ちなさい!りむるる!!」
「・・・何?姉さん・・・止めても」
「最後に一つだけ聞かせて・・・どんなことがあっても逃げずに見守れる?」
「うん。」
「・・・そう・・・・・・気を付けていきなさい。彼を、閑丸さんを護りなさ い。」
「姉さん・・・ありがとう・・・」
 りむるるは閑丸の後を追い掛けて閑丸が消えた方へ走っていった。
「なこるる、いいのかい?」
「わからない・・・でも、りむるるが側にいる時の閑丸さんからは鬼の気が感 じられなかったの・・・」
「・・・そうか。さすがになこるるの妹だな。」
「止めた方が良かったのかもしれない。」
「・・・それはわからないさ。心にわだかまりを持つよりも思うがままに行動 した方がいい結果が出ることもある。」
「・・・はい。」
 なこるるがガルフォードの方を向いたその時、空に墨をこぼしたかのような 黒い雲が渦巻きはじめていた。
「waht!?何だ!?」
「・・・凄い邪気・・・何?」
 黒い染みのなかから人の形をしたものが浮かび上がってきた。それは今まで 見たこともないような格好をしていた。しいて上げれば南蛮人の格好に似てい た。
「ふっふっふっふっふっふっ。これが鬼の魂か。おお、さすがに綺麗な色をし ておる。これだけの魂ならば我が神もお喜びになるだろう。」
「お前は何者だ!!」
「ん?・・・これはこれは異国の忍者ではないか・・・その隣にいるのは北の 大地の巫女殿ですな・・・これはこれはお初にお目に掛かる。我が名は天草四 郎時貞。アンブロジァ様にお使えする者。」
「お前が天草か!?ここで成敗してくれる!!」
「くっくっくっ、威勢の良いこと。だが今は汝羅の相手をする気はないわ。さ らなる魂の輝きを持ってまいれ。」
「何!?」
「それよりも今は鬼の魂よ。・・・ぉゃ?何やら向こうの方にも強い魂の輝き を感じる・・・面白い。鬼はまだ生きておるか。」
「だめです!彼等に手出しはさせません!!」
「ほ〜う。面白い。北の巫女殿にこの四郎が止められますかな?」
「!?・・・止めてみせます。」
「くっくっくっ、まぁ、いいでしょう。今日はこの鬼の魂が手に入ればそれで 良いのですから・・・またの機会とさせて頂きましょう。それでは失礼。」
 そう言うと男は来た時と同じように消えていった。
「今のが天草四郎時貞・・・なんて奴だ。こっちの事を知ってやがった。」
「・・・凄い邪気・・・今のわたしじゃかなわないかもしれない・・・」
「大丈夫。なこるるなら出来るさ。それに・・・りむるる達を巻き込む訳には いかないしね。」
「そうですね・・・」
「さぁ、行こうか?」
「はい。」
 空は何事もなかったかのように晴れ上がっていた・・・

     〜後に記す〜

 鬼は倒された。人々の記憶から鬼の事は忘れ去られていく。だが闇に蠢く物 どもの音は消えない。風に舞う木の葉のように闇に動かされる人々がいる。彼 等は各々想いを秘め各々の道を進む。道は交わり出会いを産む。時は来たれり。 人々の知らぬ間に知らぬ場所で闇が拡がっていた。暗黒の、暗黒神の脅威・・ ・・・・彼等の道は続くなれど、ここでは語らず。

     〜終〜


        戻ります。


nekomi(a)din.or.jp
Please transpose "(a)" to "@" in the case of mail.