サンダンス映画祭09 参加リポート
 
●イントロダクション
 2008年秋の東京国際映画祭でのワールドプレミア上映以来、やっと海外で『クローンは故郷をめざす』を披露できる機会が訪れた。
初回の上映開場となったエジプシャンシアター

 アメリカ ユタ州 パークシティーにて、インディペンデント映画祭の最高峰として名高い「サンダンス映画祭’09」への参加である。開催期間は1月15~24日。私の滞在は16日から最終日までの9日間、ほぼ開催全期間に渡った。応募総計9000作品の厳正な審査(!)を経て、選りすぐりの120本が連日7つの劇場で上映される。メインのコンペ部門を大まかに説明すると、アメリカ映画、ワールドシネマ、ショートフィルムの3部門に分かれ、それぞれにドラマとドキュメンタリーの各部門がある。『クローン…』はそのワールドシネマ・ドラマティック・コンペティション部門中、全16作品の中に肩を並べた。今年のサンダンスでは日本映画としては唯一の参加となった。
 ご存知のようにサンダンスへの参加はこの作品においては二度目となる。脚本の時点で2006年のサンダンスNHK国際映像作家賞を受賞し、当時の審査委員長のヴィム・ヴェンダースと謁見して以来3年が過ぎた。後にエグゼクティブ・プロデューサーとして参画してもらう事になるきっかけがそれだった。完成作品を改めてサンダンスに認められ、参加を果たせたのは実に嬉しい事だ。たとえサンダンスNHK賞を受賞したからといって、そのままその完成作品がエスカレーター式にコンペ部門に参加できる訳ではない。過去の日本部門の受賞作品の中で、完成作品をサンダンスのコンペにかけるという凱旋を果たしたのは本作のみ。この状況は誇りに思ってよいだろう。

レセプションでスピーチするレッドフォード
●ロバート・レッドフォードとのレセプション
 初回の上映の時刻にフィルムメーカー・レセプションが重なってしまったため、上映前の挨拶は同行したプロデューサーの井上潔氏にお願いし、まずはレセプションに出席することになった。今回の参加作品のほとんどの監督が一堂に会する盛大なレセプションである。初めてサンダンスの創始者、ロバート・レッドフォードを目の当たりにし、そのスピーチに耳を傾けた。御自身の体験談を交えながら「メディアに流される事なく、自らの信じる世界を歩め」という趣旨のスピーチはインディペンデント・フィルムメーカーへの熱い励ましと戒めとなるものであろう。

●上映に関して
 さてThe Clone Returns Home とシンプルな英語タイトルに改められた本作は、計4回の上映スケジュールを与えられていた。

 レセプションを終えて劇場に向かうと、満席での上映が進んでいた。まず初回の上映は約280席のシアターにて昼間に行われたが、エンドロールが上がり始めると同時に、会場全体からの大きな拍手が長く続いた…。こうした瞬間こそが監督冥利に尽きる瞬間だろう。上映後も6割以上の観客が残る中、英語で簡単な挨拶を済ませ、後は通訳を介しての質疑応答に入る。
満席の上映館内

 とにかく興味深かったのはアメリカの観客の反応である。決して分かりやすいエンターテイメント作品ではないし、日本的な価値観をふんだんに盛り込んだ作品であるだけに、アメリカでの評価は難しいのではないかと危惧があったが、その心配は初回の上映であっさり吹き飛んだ。実にストレートに受けとめられ、ややこしい解釈の網に捕われる事もなく、この作品の持つ深みを心で味わってくれた事が嬉しい。もちろん疑問点が全くない訳ではないだろうが、それが評価の足を引っ張る要因とはならず、むしろポジティブな意味での味わい深さとして、上映後も観客の心の中でそれぞれに噛み締められるものとなっていたようだ。さすがに「サンダンスが認めた作品」としてのブランド効果もあるだろうが、非常に熱心な観客の反応は、充分な手応えを感じるに余りあるものだった。質疑応答も謎解きの要求を迫るようなものではなく、実に真っ当な好奇心や興味深さから出されたものがほとんどだった。(初回の質疑応答の模様はサンダンス映画祭の公式ページで一部取り上げられているので、英語に堪能な方は覗いてみてもらいたい)時間の都合上、最後までさばききれない多くの質問者を残して、締めくくりの挨拶を行ない、温かな拍手に見送られて初回の上映を終えた…。

●撮影監督 浦田秀穂、照明 常谷良男の両氏と合流
 二回目の上映は隣町、ソルトレイクシティーの劇場にて。夜7時半からの上映。チケットはソールドアウト。それでもキャンセル待ちの観客が当日券目当てに40人以上並んでいる。ここで撮影監督の浦田秀穂氏、照明の常谷良男氏と合流。
 彼等曰く「監督が変な事をしでかさないか心配で」(笑)、遠路はるばる加勢に来てくれた。旅費も宿泊費も自腹である…、本当に有り難いし、心強い。また長い滞在のうちの数日間がすっかり楽しくなった。本作の才能豊かなメインスタッフとの出会いは、私の人生の宝であり、誇りでもある。彼等との邂逅が無かったらこのようなサンダンスでの上映も実現できなかっただろう。
左から常谷良男(照明) 浦田秀穂(撮影監督) 中嶋莞爾(監督)
 彼等の席をリザーブし、二回目の上映に臨む。今回は上映中の観客の反応をこっそり枡席から伺っていたが、少年時代の双子のいたずらのシーンなどには笑い声すら聞こえるほど…その後のシリアスな展開にも実に集中している。海外の映画祭ではよく見かける途中退席者もほとんどいない。
 満場の拍手で上映を終え、再び挨拶と質疑応答。その途中で浦田氏、常谷氏を観客に紹介、プロデューサーの井上氏と共に壇上に上がってもらった。三人共にサンダンスの観客の本作に対するウケの良さと、ストレートな反応の在り方に驚きつつも喜び、満足していたようだ。
三回目の上映はオバマ大統領の就任当日とあって、あまり期待せずに臨んだのだが、450席の大きな劇場が満席で驚く。やはりこれまでと同じく安定した盛況ぶりを示したのが嬉しい。
 四回目最後の上映は夜中の11時半から、しかも雨の降る深夜。さすがにこれは空席が目立つだろうと思いきや、これも満席。全くもってサンダンスを訪れる観客の映画に対する情熱には頭が下がる。深夜1時半過ぎの質疑応答を済ませて、これにて全ての上映が終了…。

 延べ1000人を越える観客との計4回の上映は、どの回もとても満足の行く反応を得られたものだった。この作品が脚本の段階からインターナショナルな賞によって認められ、完成作品としてもインターナショナルな魅力を獲得している事が実感できる、貴重な経験だった。
 いつも以下のような同様の挨拶を述べて締めくくった。「上映はこれで終わりますが、この作品を愛して下さった観客の皆さんが、この感動を持ち帰って頂いて、今後も何度となく思い返し、味わい尽くして下さる事が私にとっての一番の喜びです」

●サンダンスNHK国際映像作家賞の関係者と合流
 滞在後半、本年度のサンダンスNHK国際映像作家賞の受賞者、及びクルーの皆さんと合流でき、レセプションに参加しつつ、何度かディナーをご一緒させて頂いた。
 今年の日本の受賞作品は倉田ケンジ氏の「彼女のスピード」という脚本。スピードスケートに熱中する少女を主人公とした青春ドラマ。私の場合とは打って変わって、正統派エンターテイメントといった感じの内容である。サンダンス・インスティテュート側の要望で、彼へのアドバイザー・ミーティングを行った。ぜひ順調に製作に着手し、ヒット作を生みだしてもらいたいものだ。
450席のライブラリー・シアターでの挨拶

 気になったのがヨーロッパ部門の受賞者、ルシール・アザリロヴィックである。彼女は既に『エコール』(原題「イノセンス」)という作品を以前に完成させており、日本でも劇場公開を果たした才人だ。私もこの作品の評判は近隣の者からよく聞いていたし、今回の受賞も大変興味深い。『エコール』はDVDのレンタルもされているので、ぜひ見てみようと思う。

 NHK側のクルーの皆さんの中でも、サンダンス・NHK賞のレセプションでの挨拶をつとめた関本好則さん(サンダンス・NHK賞の実質的創始者である)や、事務局長の松平さんとは今回特によくお話をさせていただいたのだが、同賞は様々な波にさらされ、理想的な運営が難しいと聞く…。その中で、2006年の受賞者である私の完成作品が、こうして3年後にサンダンスのコンペに招待されたのは日本部門で初の快挙である事から、期待を込めてお褒めの言葉を頂いたり、今後もサンダンス・NHK賞の先輩役としてあてにしているとお声をかけて頂いた。私のキャリアにおいても大きなチャンスを与えてくれた賞であったし、この賞の運営が今後も発展して行く事を願わずにはいられない。

●授賞式において…
 最終日の1月24日、各部門の授賞式が行われた。本作は惜しくも無冠に終わった。
東京での劇場公開を盛り上げるためにも、最高賞でなくとも何らかの受賞を切望していたが、誠に残念な結果だった。受賞各作品を見ていないので何とも言えないが、やはり世界の壁は厚いという事か…。もうひとつ別枠で、テクノロジーをテーマとした優れた作品に授与されるアルフレッド・P・スローン賞というものがあるのだが、これはかなりぎりぎりまで受賞候補に残されていながら、結局「ADAM」という作品に持って行かれたらしく、実に悔しい想いがした。
授賞式でのイントロダクションにて

 授賞式の後でワールドシネマコンペの審査員のひとりに直接本作の感想を聞いてみたところ、「率直に言うならば、あなたの作品はきちんと編集されていない。映画は観客のためにあるのだからもっと編集をタイトに行うべきだ。受賞は逃したとしてもサンダンスに選ばれた作品なのだから良い作品には違いないのだけれど…。」と言う。スローテンポの編集が長すぎると感じたのだろうが、いささか閉口する返事が返って来た。結局はその程度の価値判断でしか計られていないのかと、何だか急につまらない思いがした…。タル・ベーラやタルコフスキー、アンゲロプロス、ミクローシュ・ヤンチョーやソクーロフらの映画が持つ「決して情報化され得ない時間」の在り方を尊重する私にとっては、あまりに単純すぎる見識としか思えない。まぁ審査員との相性は運に頼るしか無いものだが…それにしても…。有識者たる審査員よりも、良質な観客こそがずっと的確に本作の魅力を感じ取っていると信じたい。

●振り返って…
 以上がサンダンス映画祭09への参加の概略である。
 今回の観客の反応を通して、一つの傾向を感じた。この作品を非常に好意的に捉えてくれている観客の多くは、エモーショナルなドラマの在り方に強く反応している。
パークシティを散策
テクノロジーに対する視点や、仏教的な魂の在り方など、知的解釈を含む多面的な作品ではあるが、やはりそれらを具体的な家族愛の物語の中にセットして表現できたことが功を奏したようだ。この作品の普遍的な魅力はそこにあるのではないだろうか。

 最後に、今回の長期滞在において、通訳及びコーディネートをお願いした太田 光さんに心からの感謝を述べたい。彼女の素晴らしいフットワークと懇切丁寧な助力がなかったら、今回の滞在もこれほど豊かな時間にはなり得なかっただろう。精神的にもたくさん助けてもらったような気がする。光さん、本当にありがとうございました。
 またサンダンス側の素晴らしいスタッフ、滞在中にお世話になった全ての人々に、そして劇場ではもちろん、街角の至る所でも「見ました」「素晴らしい作品でした」と熱心に語りかけて下さったたくさんの観客の皆様に心からの感謝を述べたい。本当にありがとうございました。

2009年2月 中嶋莞爾


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