29. マネー敗戦 (1999/3/19)


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文春新書「マネー敗戦」を読んだ。

この本は、いまの日本の不況がなぜ起きたのかを説明している本である。特に、なぜ借金大国アメリカが好景気に沸いて、金貸し大国日本が不況に喘いでいるのか、その理由を説明している本である。

今回はこの本の内容を解説したいと思う。

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その前に、私なりに経済というものについて語っていきたいと思う。ようやく、私が年初に予告しておいた「経済」の話をすることになった。

経済には貨幣が欠かせない。貨幣は、物と物との交換に割って入り、物の流通をよくした。たとえば、Aという地域が塩を生産していて、Bという地域が米を生産していて、AとBは互いに互いの生産物が欲しい場合は、交換が成立してうまくいくのだが、AはBの米が欲しいがBはAの塩が必要ない場合、交換は成り立たない。そういう場合、Cという地域が必要になる。さらに、Cという地域が、Aの塩を必要としていて、なおかつCはBが欲しいものを生産していれば、三者間での取り引きが可能になる。だが、こんなことをやっていたら、取り引きが常にうまくいくとは限らない。

貨幣がどういう経緯で生まれたのかよく分からない。最初の貨幣は「貝」だったと言われているが、なぜある種の貝が貨幣になりえたのか、私には納得できない。そんなに昔に、信用取引といったものが成り立つのか不思議である。だが、何らかの理由で、ある種の貝が「ここら一帯では物との交換が出来るもの」だという共通認識が生まれたのだろう。恐らく、この頃の人間は、生きていくのが難しくて、地域同士の交流なしには互いに生きていくことがつらかったからではないかと思う。

まあそんなわけで貨幣が生まれてから長い時間がたった。気が付いてみると、世界中に様々な貨幣が存在するわけである。そうなると、貨幣の異なる地域同士の貨幣が異なると、取り引きに障害が発生することになる。物を売ったときに、自分が普段使っているものとは異なる貨幣を受け取ることは出来るが、その貨幣は相手の物を買うときにしか使えない。それに、同じ物を売ったとして、それを自分の地域で売った場合と外の地域で売った場合とで、得られる貨幣の種類と額面は異なるのだが、それを比べることで、二つの貨幣の価値の違いが明らかになる。つまり、いまで言うところの 1ドル=120円 といったものである。

この、貨幣間の価値の違いというものは、単純に数字の倍率だけでは表すことが出来ない。たとえば、小麦粉の生産量の豊富な地域の貨幣は、小麦粉を買う時により多くの小麦粉を買うことが出来る貨幣ということになるのではないか。これは私の考えなので全然違うかもしれないが。

貨幣が貝から紙へと変わる前に、貨幣が貴金属であった時代があった。この時代は、世界的に希少な金などをそのまま貨幣にしてしまうことにより、異なる地域間での貨幣の価値を均一にできるという良さがあった。というか、世界的に価値があるとみなされる金は、その金が特に貨幣ではなくとも価値があるとみなされていたので、その金が自然に貨幣の役割を果たしていたに過ぎない。

金は世界中に存在する量が限られているので、多くの金を集めた人間は裕福になれる。多くの金を集めた地域は裕福になれる。多くの金を集めるには、周りの地域が欲しがっているものを自分の地域で生産して売れば良い。19世紀のイギリスがそうだった。産業革命を迎えて生産力が大幅にアップしたイギリスは、世界中と取り引きして貨幣を集めた。当時の貨幣は、貨幣の発行国が、その貨幣と金との交換を保証していたので、事実上金と同じ価値があった。

貨幣を集めたイギリスはどうしたか。生活を豊かにするものは自国で生産できるので、国の内部で貨幣のやりとりは活発になっただろう。もちろん外国のものを買ったりすることもあったのだろうが、それ以上に外国に物を売っていたので、国単位では貨幣が自国に入ってくるだけである。貨幣を持っている人間は一般になにをするだろうか? 答えは簡単である。金を貸すのである。そして一定期間後に利子を付けて返してもらうのである。こうしてイギリスは世界中に貨幣を貸した。というか、いわゆる「投資」をしたわけである。

ちなみに、貨幣が集まっている国では、貨幣が少ない国よりも物の値段が上がる。貨幣がある国に多く集まっているということは、その国の多くの人が貨幣を多く持っているということになり、そうなると単純に考えてその国では物の値段を上げても買う人が多いことになる。それに、外国に高く売れる物を生産すると金を沢山得られることから、普通の食料などを売る人が少なくなり、需要と供給の関係のバランスが崩れるため、物が値上がりする。経済は複雑なので、様々な条件や様々な人の心理により揺れ動き、変化しつつ安定しつつ動いていく。

国内の物の値段が上がると、他国から買った方が安くなるため、簡単に生産できるものは外国から輸入するようになる。外国からの輸入は、何しろ自国が貨幣を沢山持っているので、沢山輸入できるため、自国は物が多くなって豊かになる。また、自国に投資するよりも、他国に投資した方が儲けが多くなる。なぜなら、自国には貨幣を必要とする人が少ないのに対して、他国では発展して良い生産物を生産するために貨幣を必要としている人が多いからである。投資を受けた側は、将来利子を付けて返さなくてはならないとしても、その投資によって自分が品質の高い生産物を生産できるようになるため、利子を補って余りある貨幣を得ることが可能になる。

こうしてイギリスは他国への投資によって富を蓄え、同時に他国も発展させてきた。ところが、その富はドイツなどとの戦争であっさり使い果たしてしまう。戦争が終わった頃には、世界中も発展を遂げてしまい、イギリスだけが良い生産物を持っているわけではなくなった。それに加え、戦争の影響を受けずに発展したアメリカが今度は世界に君臨した。昔のイギリスの立場をそのままアメリカが継承したのである。

ここで基軸通貨という概念が出てくる。この頃の貨幣は紙になっていたのだが、あらゆる貨幣は大抵の場合、金との交換が出来た。だが、全ての国の貨幣が常に金との交換が出来ることが確実だったわけではない。なぜなら、その国が自分の発行した貨幣の分だけ金を持っているかどうかは分からないからである。その国が強い国であれば、実際にその国が金を持っていようといまいと、その貨幣がその国で使えることは保証されたも同然である。逆に、弱い国であれば、その国の貨幣を持っていても国が潰れてしまえば紙屑同然になり、またその国が衰退していくと貨幣の価値も落ちてしまう。そこで、最も強い国の貨幣が基軸通貨となり、世界で広く使われるようになる。そうなると、その貨幣はそのままでは世界的に不足してしまうので、その国で余計に貨幣を印刷することになる。すると、その国は印刷するだけで富を増やすことが出来ることになる。つまり、ある国の貨幣が基軸通貨となると、それだけでその国は事実上豊かになる。よく考えてみると分かるが、その国が貨幣を印刷してその貨幣で他国のものを買うということは、表面上は「借金をしている」ことに他ならない。なぜなら、その貨幣はいずれ自分の国との取り引きで使用されるかもしれないからである。世界中に自分の国の貨幣をばらまくということは、世界中に借金をすることと同じである。だが、実質的には、その国の貨幣が基軸通貨であるうちは、ただ貨幣を印刷するだけでその国は豊かになるのである。なぜなら、基軸通貨は世界中の多くの国同士がやりとりするからである。また、その基軸通貨が基軸通貨ではなくなるときには、既にその国は豊かではなくなっており、貨幣の価値も落ちていくからである。貨幣の価値が落ちるということは、以前の豊かだった当時の価値の分だけ借金を返す必要がないということである。

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なんというか、分かりやすく言うと、皆さんが持っている貨幣というものは、財産というよりも「貸した財産の権利書」とでも思った方が良いのではないか。日本の貨幣は、日本が衰退したら価値がなくなる。その前にまず強烈なインフレが起こり、貨幣の額面当たりの価値が少なくなり、ひどくなるとキロ単位で取り引きされるようになる。だから、我々の本当の財産は物品や不動産だけである。日本の貨幣の価値の総量は、日本にある本当の財産の価値の総量に等しい。貨幣の総量が本当の財産の総量を上回れば、貨幣の額面あたりの価値はどんどん少なくなる。

国が発展段階にあるときには、物がどんどん豊かになっていくので、貨幣の量が変わらないとすると、貨幣の価値が上がっていくことになる。上がりっぱなしだと、人々は貨幣をとっておくようになるので、貨幣を増刷する必要があるのだと思う。このあたりのことは、私は専門家ではないので分からない。貨幣が増刷されすぎると、貨幣が多くなりすぎて、貨幣の額面あたりの価値が下がり、それにつられて物の値段も上がる。貨幣の増刷が少ないと、貨幣の額面あたりの価値が上がり、それにつられて物の値段も下がる。

いま日本は不況でデフレ状態にあるといわれている。なぜだろうか。デフレとは、貨幣の価値がどんどん上がっていくことである。物がどんどん豊かになっているからだろうか? それとも、貨幣が減っていっているからだろうか? 貨幣が減るなんてことはあるのだろうか。不況ということもあって、人々は貨幣を貯蓄に回しているため、流通している貨幣は確かに減っている。すると、その少ない貨幣をめぐって物を流通させる必要があるため、(不景気だと物を安くしないと売れないために)物が値下がりし、デフレを生んでいるのだろうか。

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やっとここから本題に移る。いよいよマネー敗戦である。

結論からいうと、日本はアメリカとのマネー戦争に敗れたのである。この戦争の鍵を握っているのは、基軸通貨である。

日本は経済的に潤っていた。経済的に潤っていた、というのは、つまり富を蓄積していたということである。アメリカはちょうどその逆だった。借金をしていたのである。国の借金は、国債という形を取る。日本はアメリカの国債を買っている。つまり、本来ならば、アメリカは国債を買い戻すために貨幣を集めなければならないのであり、日本は将来アメリカが国債と引き換えに貨幣を利子付きで返してくれるのを待っていれば良いのである。

では、アメリカは借金を返すために何をしているか? 国内の産業はもう大体発展したあとに曲がり角に来ている。そんな国が、これ以上の発展で稼げるのだろうか? そういうこともあって、アメリカはなんと、日本に国債を売って調達した資金を、他国へ投資しているのである。又貸しである。

アメリカがどういう方法で貨幣を手に入れて国債を買い戻すかは日本にとっては重要ではないのだろう。日本にとって重要なのは、日本がアメリカから買った国債が「ドル建て」であったことである。国債を始めとして、日本が潤っていた当時は、日本はアメリカに対して沢山の投資を行った。それが、アメリカの政策的ドル安によって価値を削られてしまったのである。具体的には、当時 1ドル 300円で行われていた投資が、いざ投資の利益を受け取ろうというときに 1ドル 120円にまで落ち込んでしまい、円を基準に考えると利益がかなり損なわれているのである。たとえば、ある企業がアメリカの株や土地を買ったとする。買った当初は 1ドル 300円だったのである。その企業が、しばらくしてその株や土地から撤退しようというときに、1ドル 120円のレートだとすると、なんと当初の 40% の金しか戻ってこないのである。

為替レートによって、投資にリスクが生まれるのは当然である。しかしアメリカは、基軸通貨であるドルの立場を利用して、不釣り合いにドルを安くして円を高くした。その結果、先のような投資の為替差損が生じ、また円が高くなると日本の産業が打撃を受ける。なぜなら、円が高いということは、日本の製品も価値が高くなってしまうからである。逆に、アメリカにはいいことずくめである。アメリカは自国のドルが世界の基軸通貨であるため、借金もドル建てで行っていることが多いため、ドルが安くなると借金も実質減ることになる。また、ドルが安いと自国の産業が競争力を取り戻すため、世界に対して有利になる。

なぜ日本はアメリカの国債を沢山買ってしまったのか。それは、アメリカの国債の利率が、日本に投資したときの利回りよりも高いからである。いまの定期預金の利率を見れば分かる通り、日本はアメリカにいわれるままに超低金利政策を続けてきた。それは、相対的にアメリカの国債の利率を上げることによって、日本からアメリカに資金が流れるようにするためである。アメリカはそれを政策として計画的に進めてきた。その結果、日本からアメリカに資金が流れ、その資金をアメリカは世界中に投資して利益を得て、あげくドルを切り下げて国債を安く買い戻すのである。

アメリカはなぜドルを切り下げることが出来るのか。アメリカは借金を多く抱えている。だからだろうか。それもあるだろう。私はこのあたりのことは忘れてしまった。日本に対するドルの切り下げは、つまり円を不当に高く扱うことと同じである。アメリカは政策的な交渉のみでこれらのことをやってきたのだろうか。それはともかくとして、日本はアメリカに金を貸しすぎたので、アメリカが破産すると大変なことになる。だから、アメリカを買い支えているのだろうか。大きい問題として、日本は事実上アメリカの属国であるという点もある。

日本がアメリカの影響をあまり受けていなければ、日本は自国の円をアジアの基軸通貨に出来たかもしれないし、そうでなくともアメリカの国債を買う時に「円建て」で出来たかもしれない。円建てで国債を買っておけば、いくらアメリカがドルを切り下げようと日本は得をするし、ドルを切り上げると自国の産業が死んでしまうし、通貨を切り上げる方が恐らく難しいのではないかと思われる。

それでいま、日本はアメリカに多額の金を貸しているにも関わらず不況にあえぎ、アメリカは世界中から借金を抱えているにも関わらず好景気である。ちなみに、国民性というのも割合大きい。アメリカ人は消費が好きなのに対して日本人は貯蓄が好きである。

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今年ユーロが流通しだしたことは大きいらしい。ドルが基軸通貨の座から落ちてしまうと、アメリカは借金で首が回らなくなるかもしれない。ちなみに、借金を減らすには、輸出を増やして輸入を減らすことが一番である。いまアメリカが借金大国なのは、世界の国から物を買っていたからであり、いわば世界経済をアメリカが支えていたのだと言える。アメリカは将来的に借金を返すにはドルの価値を落としたほうが良いのだが、アメリカに金を貸している日本からすれば、金を返してもらうときにはドルの価値が高い方が良い。アメリカは事実上借金を抱えているので、ドルの価値が落ちたまま国債の償還が出来るだろう。それに対して、日本は不景気なのに金を貸している債権国なので、しばらく円高で苦労することになるだろう。

このようにして、日本人が高度経済成長期において汗水たらして稼いだ金は、アメリカの通貨切り下げによってごっそりと持っていかれ、日本はしばらく不景気のままで、しかもその不景気を好景気なアメリカに叱責されるのである。それから、これはアメリカだけのせいではない。日本の大蔵省や銀行が既得権益をかたくなに守ったことも大きな原因である。特に、日本が円建ての投資を行う土台を作らなかったこと、昔の慣習をそのまま維持して自分たちの利益を手放さなかったことが理由である。

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追伸。今回は、大まかには本で読んだ通りのことを書いたが、多少細かいことになると勝手にいいかげんに考えた個所が多いので、そのあたりを了承していただきたい。


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