※ この文章は各行で改行を入れず、段落の切れ目でだけ改行しておりますので、お持ちのワープロソフトでお読みになると禁則処理などがかかって読み易くなります。Windowsのメモ帳で読む場合は、メニューの「編集→右端で折り返す」をチェックしておく事をおすすめします。 ※ 同時アップ予定(PCVAN,J SIFCA,#4-2)の同名CGの方も一緒にご覧下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−      紫桃旅館の一夜    〜 Predict例外編 〜                           作:たからし ゆたか. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「ごめんくださぁーい」  あたしはその旅館の玄関をくぐって声をかけた。表の看板には「紫桃旅館」と書かれている。それ程大きくはないが、きれいで落ち着きのありそうな、良い雰囲気の旅館だ。「紫の桃」という変わった名前に魅かれて選んだ宿だったけど、正解だったみたい。かすかに硫黄のにおいも漂ってくる。温泉に入るのが楽しみだ。ここは日本海に面した龍御崎という土地。実際にはいくつかの町の総称のようだが、この名前の方が魅力的で良い。道路脇の看板にも「龍御崎へようこそ」と書かれていた。 「はぁーい、いらっしゃいませぇ」  あたしの声に答えて、一人の女の子が奥から現れる。17才前後の可愛い女の子だ。おそらくまだ高校生だろう。アルバイトの娘(こ)かな?  「すいません、予約しておいた竜崎なんですが」 「あ、はい、お待ちしておりましたぁ。少々お待ち下さい」  そう言って女の子は受付に入って台帳らしき物をめくり始める。 「あ、あったぁ。えーと、竜崎……シホリさん?」 「いえ、『しおり』って読むんです。」  あたしの名前は竜崎志保里。志保里と書いて「しおり」と読む。小さい頃から言われ慣れている間違いなので、訂正するのにも慣れている。ちなみに名字の方は作者が今考えたらしい。 「えーっ、しおりさんって言うんだ。しおりとおんなじだぁ」 「え?」  あたしは意表を突かれて、きょとんとする。それを見て女の子は慌てて謝る。 「あ、失礼しました。あたし、この旅館の娘、っていうか女将(おかみ)の妹で紫桃詩織(しとう しおり)っていいます。文学の「詩」に織物の「織」って書きます」  あ、アルバイトの娘じゃなかったんだ。失礼な事言わなくて良かったわ。でも、うれしそうに自分の名前を紹介する詩織ちゃんって、やっぱり可愛い。思わずあたしも親しげな口調になってしまった。 「へぇ、そうなんだぁ。よろしくね、詩織ちゃん。でもそうすると、この紫桃旅館ってあなたの家の名字から取ってあるのね。『紫の桃』って言うから何か由来があるのかと思ってたんだけど」 「残念でしたぁ。ただの名字なんだよぉ」  そう言って詩織ちゃんは可愛く笑った。 「詩織ぃ、何やってるのぉ。お客さんじゃないの?」  その時、奥からもう一人着物姿の女の子が現れた。言い忘れていたが詩織ちゃんも同じ着物を着ている。この旅館の制服なのだろうか。顔が詩織ちゃんとよく似ていて年もあまり違わないみたいだけど、どこか落ち着きが感じられる。これは多分…… 「あ、お姉ちゃん、お客さんだよ」  あ、やっぱりそうなんだ。と、お姉さんの方がちょっと咎めるような顔をする。 「これ、詩織。お客様の前で!」 「ごめんなさぁい」 「あ、気になさらないで下さい。もう詩織ちゃんとはお友達になっちゃいましたから」  あたしは慌てて助け船を出す。お姉さんはあたしに向かって頭を下げる。 「まあ、本当に申し訳ありません。この娘(こ)ったら、どうにも礼儀を知らなくて……」 「良いんですよ」  あたしの方が恐縮してしまう。 「あの……それでお客様は……」 「予約してる竜崎さんだよ」  詩織ちゃんが、ちゃんと仕事はしてるのよ、という顔で口を挟むがお姉さんににらまれてしゅんとしてしまう。でも、下を向いたままあたしの方を見て、舌をペロッと出している。お姉さんは気付かずに、あたしの方に営業スマイルを向ける。 「お待ちしておりました。紫桃旅館へようこそ。この旅館の女将で、この娘の姉の紫桃花苗(しとう かなえ)と申します。竜崎様は2拍のご予定でしたね?」 「はい、よろしくお願いします」  おおっ、さすがは女将さん。ちゃんと予約客のことが頭に入っている。 「ねぇお姉ちゃん、竜崎さんってあたしとおんなじで『しおり』って言うんだよ」 「存じてます。予約を承ったのは、私なんですからね。そんなことよりも、お客様をお部屋にご案内してちょうだい。お部屋は分かってるわね?」 「はぁーい。じゃあしおりさん、お部屋にご案内しますね。あ、しおりさんって呼んでも良い?」 「ええもちろんよ、詩織ちゃん」 「わぁい。あ、お荷物お持ちしますね」  横でお姉さんが苦笑していた。 「ねぇ詩織ちゃん、花苗さんってずいぶんと若いみたいだけど、いくつなの? 詩織ちゃんとあまり離れていないみたいだけど」  部屋に入って、詩織ちゃんがお茶を入れてくれている。あたしは気になっていたことを聞いてみた。 「うふふ……若く見えるけど、お姉ちゃんってけっこう年食ってるのよ。確かあたしよりも4つか5つつ上だったはず」  へぇ、という事はあたしよりも年上なんだ。そうは見えないけど、女将をやってるくらいだから当然か。こんな美人姉妹が切り盛りしている旅館なら、繁盛するんだろうな。 「でも、あの年でもう女将さんだなんて、すごいわねぇ。お母さんはもう引退なさってるの?」  詩織ちゃんは沈黙してしまった。あ、これはヤバイ事を聞いてしまったかもしれない。でも、詩織ちゃんはすぐに笑顔に戻って答えてくれた。 「うちはお父さんとお母さんがいないから、お姉ちゃんが旅館を継がなきゃならなかったの。でも、お姉ちゃんって才能あると思うわ」 「そ…そうね、立派だわ」  うーん、何か事情はあるんだろうけど、さすがにこれ以上は聞けないわね。 「詩織ちゃんはまだ高校生でしょ? 旅館のお手伝いをしてるのね。詩織ちゃんも偉いわ」 「えへへ…ありがと、しおりさん」  そう言いながら、詩織ちゃんはお茶を差し出してくれる。のどが渇いていたあたしは、すぐに口をつけた。 「おいしいわ……」 「ところで、しおりさん。一人旅なんでしょう。どうして龍御崎に来たの?」 「別に……単なる観光よ。どっかに旅行したいなぁと思って地図を見てたら、この土地の名前が目に入ったの。ほら、あたしの名字が竜崎で、龍御崎と似てるでしょう?」 「そういえばそうね。でも一人旅なんて妖しいなぁ。あ、もしかして失恋しての傷心旅行?」  ギク……ヤッパリそう取られるかな? 「詩織ちゃん、スルドイわね。でもそういう事はあんまりズバッと聞くもんじゃないわよ」 「あ……ごめんなさぁい」 「いいわ、許してあげる」 「ねえねえ、どうして失恋しちゃったのか、聞いても良い?」 「そうねぇ……」  その時、表からバイクの音が響いてきた。それも一台ではなく、何台かが到着したようだ。その音を聞くと、詩織ちゃんは立ち上がって慌てて窓へ駆け寄った。 「あー、きっと琉美君たちだぁ」  そう言うと走って部屋を出て行きそうになるが、入り口の所で立ち止まるとあたしに向かって、 「ごめんなさい、しおりさん。あたし行かなくちゃ。あ、お夕食は7時ごろの予定だからね」 と声をかけると、そのままドタバタと出て行ってしまった。後にはあっけに取られたあたし一人が取り残された。  実際、傷心旅行と言うほど大げさなものではなかった。あの男と別れたのはもう随分と前の事になる。次の恋に出会っていないのは残念だが、あたしはもう元気だ。心の傷と言っても、本当にもう温泉にでも入れば直ってしまう程度の物だ。これでも花の女子大生なんだから、旅行でもすれば良い男と巡り合えるかもしれないしね。  夕食は詩織ちゃんの言ったとおり7時ごろに部屋へ運ばれてきた。詩織ちゃんが持って来てくれるかなと期待していたのだけれど、別のおばさんが運んできたのでちょっとガッカリしてしまった。でも、おいしい。ここの宿代はけっこう安かったので実はあまり期待していなかったのだが、新鮮な魚介類が豊富に並んでいる。やっぱりこの宿を選んで大正解だった。  食べた後散歩にでも行こうかと思って、どこか良い場所は無いかとおばさんに尋ねたのだが、「夜の女性の独り歩きは危ないですよ」と止められてしまった。変質者が出たことがあるらしい。うーん、夜になると都会と違って真っ暗だもんね。仕方ないから温泉に入ってさっさと寝てしまおう。  温泉は……硫黄のにおいが強烈だった。温泉だと分かってなかったら気持ちが悪くなってたかもしれない。硫黄のにおいってアレに似てるから。  でも、硫黄泉って何に効くんだっけ。美肌効果とかあるのかな。うん、女の子は美しくなるためだったら、大抵のことは我慢できるのよ。覚悟を決めて入ろう。それにしても髪に硫黄のにおいが染みついたりすると、困っちゃうけどなぁ。  あぁ、やっぱりお湯に浸かると気持ち良い。さすがに温泉だわ。明日の朝も入ろうかな。  温泉から上がったらさっさと寝よう、と思ってたのに、よその部屋が大騒ぎをしていて眠れなかった。聞こえてくる声からすると若い奴等らしい。詩織ちゃんの言ってた、あのバイクで来た連中なのかしら。困ったもんだわ、旅先だからって。  ちょっとぉ、もう夜中の1時過ぎよ。まだ騒いでるわ。良い加減にしてよね。もぅっ、文句を言ってやる!  そう思って部屋の扉を思いっ切り開けた。 「あ…」  なんと部屋の前の廊下には詩織ちゃんが立っていた。ピンク色のスウェット風のパジャマを着ている。旅館の着物を着ている時よりも幼く見える。いや、そんなことよりも詩織ちゃんは暗い顔をしていて、ちょっとフラついているようだ。 「ど、どうしたの、詩織ちゃん?」 「しおりさぁん……」  これはただ事ではないわ。 「詩織ちゃん、とりあえず中に入りなさい」  あたしはそう言って詩織ちゃんの肩を抱き寄せて部屋の中へと案内する。ツン、とアルコールのにおいが漂った。 「あなた、お酒飲んでるの?」  返事はせずに無言でうなづく。どうやら本格的に酔っ払ってるようだ。仕方が無いからあたしが寝ていた布団の上に座らせる。 「えーん、しおりさぁん」  あらあら、とうとう泣き出してしまった。泣き上戸かしら。お酒で頭が混乱しているらしい詩織ちゃんから、何とか話を聞き出そうとしてみる。  どうやら夕方にバイクでやって来た琉美君とか言う男のことが、詩織ちゃんは好きらしい。命の恩人だとか何とか言っているが、よく分からない。他にも良樹君だとか健朗君だとか紗代子先輩だとか、バイクに乗る人たちがいて、明日レースをすることになっているとか。それから琉美君というのはどうやらなかなかモテル男らしくて、詩織ちゃんの恋を邪魔をするライバルが大勢いて、せっかく琉美君がここに来てくれているのにお邪魔虫のせいでなかなか琉美君に近づけなくて、詩織ちゃんはお酒のせいもあって悲しくなってしまったらしい。琉美君とやらと一晩過ごした事もあるとか言ってるけど、本当だろうか。本当ならなかなかスゴイ娘だけれど。  一通りしゃべると、どうやら詩織ちゃんも少しは落ち着いたらしくて、泣き止んだようだ。 「もう、大丈夫みたいね」 「ねぇ、しおりさん」 「なに?」 「今日はここで寝ていいかな?」 「え…」  詩織ちゃんはすがるような眼でジッとあたしを見つめている。どうしよう。でも詩織ちゃんはとても可愛らしくて、とても断れそうに無かった。ホントにこんな妹が欲しくなっちゃうわ。 「……いいわよ」 「ほんとう? わぁい」  詩織ちゃんはうれしそうに笑うと、押し入れからもう一つ枕を出してきて先に布団に潜り込んでしまった。あたしは苦笑すると、電気を消して詩織ちゃんの横に滑り込んだ。どうやら例の部屋の宴会も終わったようなので、今度は眠れるだろう。 「うふふ……」  小さな声で笑いながら、詩織ちゃんはあたしに体を擦り寄せてきた。 「こら、静かに寝なさい」 「はぁい」  あたしが詩織ちゃんの髪を撫でてあげていると、まもなく詩織ちゃんは寝息を立て始めた。やがて、あたしも眠ってしまった…………  翌朝、目が覚めると既に詩織ちゃんはいなくなっていた。先に目が覚めたのだろうか。探しに行くのも変なので、あたしは着替えて朝食を取った。せっかく来たんだから、観光もしなくちゃ。一応、美葉女町(みはめちょう)とかいうところにある流星岩というのが名所らしい。あ、でもバスか何か通ってるかな?  そんなことを考えながら、あたしは表へ出た。何やら騒がしい。バイクの爆音のようだ。 「あーん、詩織も連れてってよぉ」  あら、詩織ちゃんの声だわ。見るとちょうど数台のバイクが走り出していくところだった。詩織ちゃんは置いていかれたようだ。 「どうしたの、詩織ちゃん?」 「あ、しおりさん。おはようございます」 「今朝は黙って言っちゃったのね。目が覚めた時に寂しかったわ」  あたしがからかうつもりでそう言うと、詩織ちゃんは昨夜のことを思い出したのか顔を赤くした。 「ご、ごめんなさい……」 「ウフ、いいのよ。それよりも、どうしたの?」 「琉美君たちったら、レースをするんだってあたしを置いて行っちゃったの」 「あら、詩織ちゃんもバイクに乗るの?」 「ううん、乗らないけど……」 「じゃあ、仕方ないわね」 「でもぉ……」  その時、一台の車がものすごい勢いで走ってきたかと思うと、旅館の前に急停車した。 「やほー、しおちゃぁーん!」  なんと、運転席から身を乗り出して手を振っているのは、あたしの友人のちゃきこだった。 「ちゃきぃ、どうしたのよ!?」 「一人で旅行に行って楽しもうなんて、そんなズルイ事は許さないんだからねぇ」 「あたしを追いかけて来たのぉ?」  行動力のある奴だとは思っていたけれど、とんでもない奴だ。そういえば、ちゃきこってば免許持ってたのかしら。 「ねぇ、あの人しおりさんのお友達?」 「ええ、まあそうだけど……」  詩織ちゃんの問いにあたしがそう答えると、詩織ちゃんはちゃきこの車へ駆け寄っていった。 「すいません、今出てったバイクを追いかけてもらえませんか?」 「な、何よぉ突然」  ちゃきこは面食らっている。それはそうだ。 「レースなんです。置いてかれちゃったの」 「何ぃ、レースぅ!? よし、分かった。後ろに乗んな!」 「しおりさん、はやくぅ!」  え? え? あたしがとまどっていると、詩織ちゃんがあたしの手を引っ張って車の後部座席に引きずり込んだ。ふと見ると助手席に誰かいる。 「あれ、エリ?」  そこに座っているのはやはりあたしの友人の、恵理香だった。何だか青い顔をして、ぐったりとしているようだ。 「どうしたのよ、エリぃ」 「うーん、お願いぃ、降ろしてぇ……」  恵理香はあたしに気付いた様子も無く、小さな声でつぶやいている。どうしたのかしら。 「バイクはあっちへ行ったの。お願いっ!」 「よっしゃあ、まかしときな!」  ちゃきこはすっかりその気になっている。あたしは恵理香が心配になって、彼女の肩に手をかけて揺さぶる。 「恵理香、どうしたのよ」 「え? あ、しおりぃ。良かった。じゃあ無事に着いたのね。助かったぁ」 「どういう意味よ」 「もう、ちゃきこの運転はイヤぁ!」  あれ? そういえばこんな朝に着いたって事は、一晩中車で走ってきたのかしら。それでこの恵理香の様子って事はつまり………… 「エリちゃん、しおちゃん、行っくよぉ!!」 「え、何? もう着いたんじゃないの? どうなってるのよ、ちゃきこ」 「レースよっ!!」 「キャーッ、イヤぁ! 降ろしてぇ!!」  恵理香の悲鳴を無視して、ちゃきこは車をスタートさせた。  そして、あたしたちは地獄を見た…………                                    Fin. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 95/10/10 TAKARASHI YUTAKA. (QCM27822:PCVAN) ※ 本作品は、結緋さん作の小説「Predict」シリーズの設定をお借りして書かれております。執筆許可を戴いたことを感謝するとともに、オリジナルの生き生きとしたキャラクターたちの魅力を再現できなかったことをお詫びいたします。 ※ 作中に登場する「恵理香」「ちゃきこ」の二人に関しては、たからしの解釈によって描かれており、士門さん(恵理香)茂木ぽんさん(ちゃきこ)のお二方のオリジナルとは直接関係はありません。「久し振りっ」に続いて名前を拝借させていただきました。ありがとうございます。 ※ しかし、しおり以外はみんな人のキャラだなぁ。当たり前か。