※ この文章は各行で改行を入れず、段落の切れ目でだけ改行しておりますので、お持ちのワープロソフトでお読みになると禁則処理などがかかって読み易くなります。Windowsのメモ帳で読む場合は、メニューの「編集→右端で折り返す」をチェックしておく事をおすすめします。 ※ 同時アップ予定(PCVAN,J SIFCA,#4-2)の同名CGの方も一緒にご覧下さい。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−      久し振りっ!    〜 言えない気持ち・続 〜                           作:たからし ゆたか. −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  喫茶店に入ると、タイミング良く窓際の席を取る事が出来た。以前によくこの店に来ていた頃でも、混んでいる時にはなかなかこの席は取れなかったっけ。それがきょうは休日だというのに運が良い。この店はアーケードの商店街に面した小さなファッションビル、というと聞こえは良いけどようするに雑居ビルの3階にある。3階だとちょうどアーケード街の屋根が同じような高さにあって、決して見晴らしが良いとは言えないのだけれど、どうせビルくらいしか目に入らないからかまわない。それよりも足元だ。この店の窓はどういうわけだか外側に傾斜していて、高所恐怖症気味の人だったらちょっと恐いかもしれない。でも、あたしはアーケードを歩く人混みを見おろしていると、ちょっぴり気分が良い。 「しおりっ、久し振りっ!」  その声に振り返ると、思ったとおり恵理香がいた。 「エリぃ、久し振りー、元気だったぁ?」 「もちろんよっ。ちゃきこはまだ?」 「うん、まだ来てない」  恵理香はあたしの向かい側に座った。店員がすかさず注文を取りに来る。なんといっても、「連れが来る」と言ってあたしは4人席を一人で占領していたのだ。恵理香はあたしの前にある飲み物を見て聞いてくる。 「その赤いの何? ストロベリー?」 「はずれぇ、アセロラだよ」 「それっておいしい? 缶の奴とかだと、あんまりおいしくないけど」 「じゃあやめといた方が良いかも」 「うーん、じゃ、いいや。すいません、アイスミルクティー下さい」  店員は「かしこまりました」と言って、植木鉢の向こうに去っていった。恵理香はそれを見送ると、あたしの方に向き直る。 「ホントに久し振りよね。前に会ったのって、卒業してすぐのゴールデンウィークだっけ? ちょうど一年振りになるのか」 「そうだねぇ、意外と会わなくなっちゃうもんだね」 「フフ……ホントにね」 「ちゃきこには1回だけ偶然会ったっけ」 「あ、あたしも。夏にプールに行ったら監視員やってたわ」  恵理香の言葉に、あたしは目を丸くした。 「うそぉ、あたしはスキー場で。スノーモービルに乗ってパトロールしてたよぉ」 「な、なんちゅうあいかわらずな奴……」  二人して頭を抱えているところに、恵理香の注文したアイスミルクティーが来た。彼女はまずガムシロップを少しだけ入れ、袋を破いて取り出したストローでかき混ぜる。ミルクを注ぐのはそれからで、かき混ぜずに見ている。昔通りの手順だ。ミルクが煙のように広がるのが好きなのだそうだ。恵理香は一口吸い上げてから話を戻した。 「体育大だっけ、あのコの行き先は」 「えっとぉ、たしかそう。でもちゃきこって運動神経は良かったけど、特定のスポーツをやってたってわけじゃないよね」 「まあうちらの高校には、空手だのプロレスだのってクラブは無かったからね」  そう言って恵理香は苦笑した。 「で、エリの方の大学生活はどうなの?」 「どうって言われてもねえ。1年目は一般教養ばっかりで、高校の延長みたいなもんだったし。ようやくこの春から、ちょっとは専門っぽいのが始まったわ」 「うん、あたしのところもそう」 「それから、教職課程も取ろうと思ってるんで、忙しくなりそうだわ」 「教職ぅ? エリがぁ」  あたしが驚いたような声を出すと、恵理香はちょっと不機嫌そうな顔をしてみせた。 「悪い? なにも先生になろうってんじゃないわ。文学部卒ってだけじゃ就職の時につぶしが利かないかと思って」 「ふぅん、いろいろと考えてるんだぁ。でも、エリってけっこう面倒見がいいから、意外と教師も向いてるかもよ」 「まさか」 「本当だってぇ。あたしもあれこれお世話になったしぃ」  そうあたしが言うと、彼女は渋い顔をした。 「アノちゃきこや、ボケのしおりとつるんでたんじゃ、あたしがそうならざるを得ないでしょ」 「ひどぉい、ボケとは何よぉ」  あたしは膨れっ面をしてみせようと思ったのだけれど、あの頃を思い出すとつい口元がゆるんでしまい、うまくいかなかった。 「でもさぁエリ、教職って本当に忙しいらしいじゃない。バイトとか出来なくなるって言うよぉ」 「何とかするわ。店じゃあもうすっかりヌシと化してるから、時間の融通とか利くしね」 「あ、まだあのお店でバイトしてたんだぁ」 「ようやく時給が少しはまともになってきたところよ。曜日によっては平日の昼間とかも出来るようになったからね」  恵理香は高校1年の頃から、某有名ファーストフードショップでアルバイトしている。長く勤めるほど肩書きが上がって、時給も増えるのだそうだ。 「頑張ってるねぇ、エリは」 「しおりぃ、あたしの事ばっかりじゃなくて、あんたの近況も報告しなさいよ」 「あたしぃ? うーん、なんか話す事あるかなぁ。あいかわらずだよぉ」 「それじゃあ分かんないでしょ。だいたい、どうして急に会いたいなんて言い出したのよ」 「別にぃ、久し振りにエリたちの顔が見たくなっただけだよ」 「何言ってるんだか。せっかくのゴールデンウィークなんだから、あいつと遠出でもしないの?」  『あいつ』  あたしと恵理香の間では、『あいつ』とか『あの男』とかで話が通じてしまう、そういう男がいる。あたしたちの高校時代の同級生で、あたしと彼はつい最近までつき合っていた。  あれは高校1年の冬の頃の事だったろうか。 「あの男が好きになったぁ?」 「…………うん」 「だってあんたついこの間まで、見た目がちょっと恐くて近寄りがたい、とか言ってたじゃない」 「大きな声出さないでよぉ」  何がきっかけで彼の事を好きになったのか、自分でもよく分からない。同じクラスにいればしょっちゅう姿を見る事になるし、たまには言葉を交わすことだってある。だけどそれだけなら、クラスの男の子全員が同じだ。その中からいつのまにか彼ばかりを目で追っている自分自身に気付いた時、ろくに男の子たちに話しかけることも出来ないあたしは、仲の良い恵理香に相談するしかなかった。  恵理香は本当に面倒見が良かった。彼の誕生日や趣味の調査といった事からバレンタイン・デーのプレゼントの用意の手伝い、告白のチャンスの設定まで精力的にやってくれた。さすがに告白だけは自分で直接やれ、と突き放されたけれど、その後のあいつの返事の催促までフォローしてくれたのにはいくら感謝しても足りないというもの。恵理香はあたしにとって、本当に恩人だった。  しかし、その頃だったのかもしれない、恵理香もまたあいつの事を意識し出したのは。あたしが彼と付き合い出した頃はもう夢中だったから、当然回りのことにまで気が回らなかったんだけれど、ずっと後になったある日、ふと気付いてしまった。そう、恵理香の目がいつも誰を追っているかに。それはあたし自身がしていたのと同じ事だったから、あたしが気付かないわけが無かった。  だからといってどうなるわけでもなかった。あたしと彼はすでにつき合っていたのだし、恵理香はそれを壊してまで自分の気持ちを伝えようとするような性格ではなかった。それが分かっていたからあたしは何も気付かないふりをし、卒業するまであたしと恵理香は仲の良い友達同士のままだった。  卒業後、まもなくの事だった。元クラスメイトの女の子たちと飲みに行く機会があった。たまたま連絡の付いたメンバーだけで集まったため、恵理香はその中に入ってはいなかった。アルコールが入っていたからだろう。一人の子が笑える話のつもりで持ち出したのだ。 「しおりぃ、あんたの彼さぁ、入学したての頃恵理香の事が好きだったって知ってたぁ?」 「え?」 「あーっ、知らなかったんだぁ。男の子たちの間ではけっこう有名だったらしいよ」 「そんな、だって……」 「そりゃあさぁ、自分の好きな相手から別の女の子紹介されたんじゃあ、望み無いよね。だからあんたの事OKしたらしいよ」  酒の場の話として終わらせておけばよかったのだ。だけどあたしは翌日、彼に会って確かめてしまった。あいつは最初とぼけようとしたけれど、あたしが問い詰めると事実だと認めた。 「でもしおりと付き合い出してからは、おまえの事だけが好きだったんだぜ」  彼はそう言ったし、それが真実である事はあたしにも分かっていた。けれどその日からあたしは罪悪感を抱いてしまった。本当なら一緒になるはずだった恵理香と彼の間を、自分が裂いてしまったのだ、と。そしてそんな負い目の気持ちをあたしは自分自身にだけでなく、彼にもぶつけるようになってしまった。  つまらない事でけんかが始まる。そうしてけんかがエスカレートすると恵理香の名前が何の意味も無いのに持ち出される。そんな関係に、お互い長く耐えられるはずが無かった。 「ちょっとぉ、しおり、聞いてるの?」 「え?」  恵理香があたしの顔をのぞき込んでいる。 「もうっ、またボケてるんだから」 「ごめぇん」  あたしは笑って謝る。 「あのねぇ、あたし、あいつとはもうつき合ってないんだ」 「へっ? へぇ……」  恵理香は目を白黒させる。 「ど、どうしてまた?」 「うーん、まあ、いろいろあったのよ。ごめんねぇ、せっかくエリがくっつけてくれたのに」  あたしは両手を合わせて拝む。これにはもちろん、言外の意味も込められている。 「ま、良いわよ。女と男にゃあ、いろいろとあらぁな。また好きな男が出来たら、あたしに言いなさいよ。手伝ったげるから」 「はぁい、よろしくお願いしまぁす」  そう言いながらあたしは、胸の中のもやもやがちょっとだけ軽くなったのを感じていた。我ながらげんきんなものだと思う。 「ねぇ、公園に行かない?」 「公園? あそこの?」 「うん」 「そうねぇ、天気も良いし、アベックたちの邪魔でもしに行くか」  ひとつノビをして、恵理香は立ち上がろうとする。 「こらぁ、あたしを置いてく気かぁ!」 「あーっ、ちゃきっ!」 「ちゃきこぉ? ごめん、忘れてたぁ」  そこにはちゃきこが口をとがらせて立っていた。あたしたちの話の最後だけが耳には入ったのだろう。 「もうっ、エリちゃんもしおちゃんも冷たいんだからぁ」 「ホントにごめんねぇ」 「あんたの来るのが遅すぎんのよっ」 「ふーんだっ」 「ちょっとぉ、エリもちゃきこも止めなさいよ。分かったわ、ちゃきこ。あたしがケーキ奢ったげるからぁ、機嫌直して、ね?」  あたしの言葉にちゃきこはちょっと考えてる風だったけど、すぐにいつもの無邪気な笑顔に戻った。 「ねーっ、それよりさぁ公園行くんでしょ。オオサンショウウオ見よっ、オオサンショウウオっ」 「オオサンショウウオぉっ?」  あたしと恵理香は思わず声をそろえる。確かに行こうとしている公園はけっこう大きくて、中には小規模な動物園もあり、その中にはミニ水族館といった建物もある。天然記念物のオオサンショウウオはそこの目玉だ。 「ちゃきぃ、あんたってばあいかわらず……」 「オオサンショウウオぉっ!」 「はいはい、行きましょうねぇ」  ちゃきこは水槽のガラスにほっぺたをすりつけるようにして夢中になっている。あたしと恵理香はどうにも近寄りがたくて、少し離れている。ちゃきこがオオサンショウウオに気を取られているのを確認してから、あたしは用意しておいたメモを恵理香の目の前に差し出す。 「はい、あいつの今のアパートの住所と番号」 「ふぅーん、じゃあそのうち、一発ひっぱたきに行ってやるか」 「そうねぇ」  二人で目を見合わせると、同時に「くすっ」と吹き出した。 「ねーねー、エリちゃんしおちゃん、次つぎ、外出てフラミンゴ見よぉ」 「はぁーいっ!」                                    おわり。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 95/5/7 TAKARASHI YUTAKA. (QCM27822:PCVAN) ※ 作中に登場する「恵理香」「ちゃきこ」の二人に関しては、たからしの解釈によって描かれており、士門さん(恵理香)茂木ぽんさん(ちゃきこ)のお二方のオリジナルとは直接関係はありません。今回、名前を拝借させていただきました。ありがとうございます。