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 この変わりようはどうだろう。
 参号機搬送中に通り過ぎた時は、ごく普通の水田が広がっていたはずだ。
 わずか一日で、いや、実際には半日かからず、のどかな田園であった場所を戦塵が駆け抜けていった。
 今では、かつてエヴァンゲリオン参号機であったものの断片が、狂気じみた前衛芸術よろしく赤い組織液を滴らせながらそこかしこに散らばっている。断片といっても大きさはかなりのものだ。軽乗用車ほどもあるものが、しかも特殊装甲に包まれていては、接地の際に数度横転しただけで、そこにある民家を薙ぎ払ってしまう。
 舗装がひびだらけとなった車道に立つ。
 見上げるほどに大きい抉り取られた腹部が、脊椎をはみ出させて転がっていた。
 避難が間に合わず、かつ生き延びた一般市民がいたとすれば、その人間には、こんな物に見入ってしまっている私もまた、気のふれた芸術家によるオブジェの一つと見えてもおかしくはない。
 かすかに腐臭を含んだ風に顔をしかめた拍子、包帯の下のこめかみが疼いた。
 部分臨界によるエネルギー開放すら起きた参号機起動実験。その管制室にいたにしては、この程度の軽傷で済んだことを、何者かに感謝すべきなのだろう。ただ、傷はふさがったものの、失血の影響が残っているらしく、軽い立ち眩みのようなものが立つ位置を変えようとするたびに感じられる。
 だが、私は全てを見届けねばならない。
 私以外の、誰がやるというのだ。
 周りで動いているスタッフたちは一つ一つの破片の処置に没頭している。それが許される。しかし私がそれでどうする。私以外に、誰がこの惨劇全体の意味を解き明かすことが出来よう。怪我など理由にしていてはならないのだ。この有り様を見届けねばならない。何一つ見逃してはならない。
 そうでなくては、ここにいる私は、あまりに無様だ。
 風が向きを変えた。
 小さく、足音が、聞こえた。
「ダミープラグか」
 足音に続くその声は乾いていた。
「リツコもとんでもないもの作ってたのね」
 背後には、淡々と言葉を紡ぐミサトが立っていた。
 私はこめかみに包帯を、彼女は彼女で片腕を三角巾で吊っている。葛城ミサトと赤木リツコ、三十女が二人して怪我人の体で並んでいては、前衛芸術にもならないだろう。
 ミサトは三角巾の上からジャケットを羽織っているので、自慢の髪だけでなく、腕を通していない空虚な左袖も、風に揺れていた。
「もういいの?」
「休んでらんないのよ」
 その通りだ。
 お互い、怪我など、他人の目にどう映るかなど、気にしていられない状況だ。
 隣に並んだミサトは、含み笑いをして、いった。
「リツコ、あたしが何でルノーだか、話したっけ?」
 肩をすくめることさえした。ざっくばらんが地のミサトにしては妙に取り繕った印象を持たざるをえなかった。
「アメ車、嫌いだから。やっぱメイドインUSAって、品質管理、プアね。車に限ったことじゃないってのが、よく、わかった」
 そんな冗談ともつかない言葉を残し、ミサトは、ネルフ作戦部長は、だが口調とは裏腹に重い足取りで離れていった。
 敗者の背だった。
 人のことなどいえないが。

 盆地であるためか、旧世紀に失われた秋を思わせる性急な日暮れだった。
 山の奥へと沈む太陽には、水平線や地平線に消えるそれとは、また別種の美しさがある。日没直後、輝く稜線に縁取られた黒い山並みが作る光景は、息をのむほどに美しかった。子供だった頃、そこには四季の彩りもあった。
 今、一帯は投光器による白色光に満ち、夕暮れの趣も味わうことはかなわないまま夜となっていた。回収、洗浄作業は夜を徹して行われるはずで、星を見ることなく朝を迎えることになるだろう。
 全てが順調に運んでいたならばどうだったろうか。起動実験が終了すれば、さっさと松代から第三新東京市に取って返したはずで、野辺山などに立ち寄って日没や星空を田園で見る機会は、やはり無かったろう。
 撃破された二機と小破の一機のエヴァ、それら全ては戦闘終了後、直ちに本部へ戻された。
 それはミサトもわかっているはずだ。
 私はともかく、ミサトがまだこの野辺山に留まっているのは理由に乏しい。責任を感じて残留したのであるならば、それは作戦部長として適切とはいえない態度だ。責任ならば精神的肉体的に打撃を受け本部へと直帰した、零号機、初号機、弐号機パイロットに感じるべきであって、既に死んだ参号機パイロットに対して義理立てしている暇は無いはずだ。
「ミサト」
 分析機器の端末を持ち込んだ作戦指揮車は、二人でも手狭だった。
「腕、痛む?」
 ミサトは小さく首を横に振った。
 お互い、そんな意味の無いことを繰り返すだけだった。
 ミサトは、私がそうであるように、胸の内を吐き出せば止まらなくなることを恐れているのだろうか。
 当たり障りのないことを話すうちにも、調査報告は狭い車内に刻々と届けられた。
 最も衝撃的であったのは参号機パイロットの死体が存在したということだ。制御を外れてからはモニタリングすら受け付けなかったということなので、パイロットの肉体は量子状態にあるものとばかり思っていたのだが。どうやらこの件は不慮の事故では済まなくなりつつある。
「鈴原くん、何を見たのかしらね」
 そのミサトの声は、依然乾いたままだった。
 私としては、答えようのない問いだ。
「死亡時刻、わかった?」
 死の定義によるとしか答えようがなかった。
「なら、いいかえるわ。戦闘時、彼に意識があった可能性は?」
「否定する材料は無いわ」
「そう……」
 一切の交信に応じることなく三機のエヴァに対して参号機が戦闘に入ったというだけでは、否定材料には弱い。
 一方、肯定する材料としては、そのエントリープラグが初号機によって握り潰されるまでパイロットの生命活動は維持されていたという検死報告がある。これを弱いと見るかは微妙なところだ。
 口を開きかけたミサトだが、入ってきた一人のスタッフの姿に、再び口をつぐんだ。
 そのスタッフが持ち込んできたのは、参号機エントリープラグ挿入口に付着していた粘質のポリマーの暫定的な分析結果だった。結果は、重合度が若干異なることを除けば、第四使徒から得た組織と構造が一致しているというものだった。
 予想された結果ではあった。
 碇ユイのケースとは異なり、パイロットの死体が残っていたのだ。コアとの適性などで片付けられる問題ではない。
「十三番目の使徒ということね」
 そして、エヴァの原形が使徒であるとはいえ、そう易々と先祖帰りなど起きるはずが無い。
 何かが、為されたはずだ。
「最初からわかってるわよ、そんなこと」
 そういって、ミサトは作業台に積まれたプリントアウトを掴み上げた。
 乾いていた声色の底に憤りが垣間見えた。
「いつ、どこから来たかよ、問題は」
 そう、その通り。
 そして、その上で問うべきは、どの時点で発見されねばならなかったかであろう。
 それが、使徒に乗っ取られた参号機のパイロットであった少年鈴原トウジの死に対し、E計画を預る私が負うべき責任なのだろう。

 エヴァンゲリオン参号機の建造は米第一支部で行われ、同じく四号機の建造は米第二支部にて行われていた。
 四号機は、おそらくはS2機関搭載作業中のトラブルにより、第二支部と数千の人間を道連れに地上から消滅した。これは誰もが予期し得なかった偶発事故といっていいだろう。
 直後、米国政府が参号機のネルフ日本本部への移管を認めた。ここに、はたして委員会の意向は働いていたのか。働いていたとして、それは総意か、それとも一部か。
 そういえば、空輸時には米軍でなくUN所属の輸送機が使われた。
 ピードモント特設飛行場までの車輌による移送。その道中と飛行場の警備状況。輸送機のパイロット、整備員の選定。アラスカ上空という空中給油ポイント。悪天候のためとされた松代実験場到着の二時間の遅延。
 いつ、どこで、どのようにして。
 そしてこれは考えたくもないことだが、誰が。
 調査は困難なものとなるだろう。
 ミサトの長めの溜息が聞こえた。
 作戦部長には、とりあえず事後処理という業務がある。彼女も徹夜だ。
「加持君にやらせる?」
 一段落したレポートを脇にやり、軽い口調でいったのだが、その時ミサトの扱っていた書類からすれば、これは私の失言だった。
「私の仕事よ」
 といって、ミサトはシナリオB26に沿った対使徒戦闘による民間への損害補填に関する書類を見せた。
 撃破された弐号機、切断した零号機の左腕、ダミープラグコントロール下の初号機によって四散した、かつて参号機であった使徒の断片。これらによる周辺の建造物や交通網への被害、民間の死傷者に対する補償、ならびに事実の隠蔽。これらは時間を置いてはならない措置だ。
「いずれは知られることかもしんないけどね、だからってそのまま内務省に教えてやるなんてのはお断りよ」
 とも、ミサトはいった。
 ミサトは加持リョウジが内務省と繋がっていることを知っている。
 知っているという事実を私に伝えている。
 私が知っているということも承知の上で。
 どういう顔をすればいいだろうか。
「どういう意味」
「負けたくないのよ」
「負けるって、誰に?」
「使徒」
「使徒なら倒したわよ」
「勝ったと思ってる?」
 羽織ったジャケットの下で三角巾に吊った腕を小さく揺らすミサト。私とて頭に無様な包帯を巻いたままだ。
「……思えないわ」
「でしょう。それに、使徒だけじゃなくてね、使徒を使って妙なこと企むなんてとんでもないやつがいるとしたら、そんなやつを、許しておきたくないの、絶対」
 ミサトの目が険しくなった。
 ミサトの権限で動かせる作戦部だけでは情報収集力と呼べるものは無いはずだ。加持を利用するとしても、どれほどのものでもない。
 お得意の、女の勘、だろうか。
 許せない人間としてその鋭い目の奥に思い描いているのは誰だろう。
 委員会、米国政府、日本政府、碇司令、もしかしたら、ダミープラグの詳細をなおも伏せている私。
 だが、その刃のような眼差しも、許さないという言葉も、乾ききった声で発せられた車についてのなまくらな冗談よりは、私の心を突き刺すことはなかった。不思議なものだ。
 聞いてみたくなった。
 災厄の震源地で父と死別したミサトに。
「それが……あなたの復讐?」
 答える代りにミサトは俯いた。
 膝を突き合わせて同じ机に並ぶというのは、ひょっとしたら大学時代以来のことかもしれない。
 数秒の間を置き、ゆっくりと上向けられたミサトの顔にかすかに浮かべられた笑みは、私の問いを肯定していた。
 八年前、快活に情熱をほとばしらせていた瞳は、今、決意をたたえていた。
 敗者のままには、在らなかった。

 黎明、トラブルがあった。
 マスコミのヘリの一機が虚偽の飛行プランを提出していたらしく、その飛行をネルフは差し止めることが出来なかった。
 急行した軽装備の哨戒ヘリによって強制着陸させるまでに、そのヘリに戦闘現場上空を二度ほど航過させることを許してしまっていた。今頃、搭乗員も撮影器材も駆けつけたネルフの人間が押さえているだろうが、リアルタイムで報道されたとしたら、情報操作にまた余計な手間がかかることになる。
 朝を迎え、作業は続けられていた。
 回収した参号機胸部を収めたテントでは、分析班が足繁く動いていた。
 参号機起動試験は、コントロールを離れた参号機の制圧に出撃した初号機が、途中ダミープラグにコントロールを切り替えられたことにより、はからずもダミープラグ初の実戦試験となった。
 一目、胸部装甲のめくれ具合から、初号機によって加えられた力の大きさがわかる。ダミープラグ自体は力を増幅させるものではないが、パイロットでは引き出し得ないエヴァの力をカタログ値限界まで出せるということか。
 しかし、記録に取られた戦闘機動をサマリーする限りその戦い振りは力任せで、動作の一つ一つは機敏ではあっても、全体としてはむしろ無駄の多い拙劣な戦闘といっていい。完全自律にはまだ改良の余地がある。サルベージ体の記憶定着システムを応用しなければならないだろう。
 装甲の亀裂からはコアの残骸を見ることが出来た。
「コアの回収は終わった?」
 返答した職員は眠たげだった。
「90%というところです。変成部分に関しては、ほぼ終了で」
「ご苦労様」
 もっとも今日いっぱいは寝てもらうわけにはいかない。
 乗っ取られたことにより変成したエヴァのコア、すなわち使徒とエヴァとの違いを解くカギが、代価というにはあまりに大きい犠牲と引き換えに手に入ったのだ。これを破片一つ漏らさず本部に移送する手筈を整えるまでは野辺山を離れられない。

 マスコミのヘリに上空を通過されたことはミサトも知ったようだった。
 テントを出たところで、ミサトは待ち受けていた。
「あの色、何とかならない?」
 と、背後の水田に顎をしゃくるミサト。
 泥に突き刺さった参号機の右手の回収には大型起重機が必要だったが、まずはそれが入る道を何枚か水田を潰して作らねばならず、作業は遅れていた。
「血の色そのものってのは、映像流されるとインパクト強すぎるわ」
 組織液が漏れ続けているのだろう。その水田全体が赤くなっていた。
「ミサト。あれは血液そのものよ、機能の面で。だから暗赤色も生物学的必然性があるわ」
「広報部は頭抱えてたけど」
「他人の仕事の心配なんて珍しいわね」
 私の軽口は、ミサトの口辺をかすかに歪ませる効果しかなかった。
 いつもならば冗談が返ってくるところなのだが、
「血には魔力があるわ」
 と、ミサトは独り言のようにいった。
 続いてミサトは第三東京で起きた事件を語った。
 サードチルドレン碇シンジが乗っていた初号機を降りることを拒み叛乱したという。
 幸い実力行使には至らなかったが、説得は最後まで不調に終わり、ついにはLCL濃度を操作し昏睡状態にさせたところを、非常ハッチを切断し強制的に引きずり出さねばならなかったらしい。
「強制排除……」
 ダミーシステムを起動したプラグの強制排除。今更ではあるが、事実というものは事前の想定など嘲笑うかのように積み重なることを、またしても思い知らされた。
「シンジ君に異常は?」
「これといって無いわ。怪我というならレイの方が酷いようね」
 表面化するほどでは無いらしい。
 だが、正規の手順を大きく踏み外したのだ。サードチルドレンに精神汚染が発生した可能性は否定できない。あらためて確認しなければなるまい。
 もっとも、ミサトの懸念は別にあった。
「もうシンジ君をエヴァには乗せられない」
 ミサトの視線は泥から生えている参号機の右手に注がれていた。
「乗れなんて、もう、いえない」
「どうして? ミサト」
「考えてもみなさいよ。自分の乗る初号機の手が参号機を解体してあたり一面血の海に変えていくのをエントリープラグの全周投影映像で嫌というほど見せつけられたわけでしょう。常人が正気でいるにはインパクトありすぎるわ。シンジ君はきっと自分の両手が鈴原君の血で染まっていると感じてるんでしょうね」
「それで初号機を占有?」
「交信ログが届いてるわ。本部の半分は壊せるって断言したのよ、外部からのコントロールを遮断した上で。正気かどうかはともかく、彼、本気でケイジ内で初号機を動かすつもりだったようね」
 正気と狂気。
 この別は、臨床において、時に非常に曖昧となる。
 精神汚染の可能性をミサトに指摘するのは、問題を複雑にするだけだろうから、控えた。
 ミサトは参号機の右手を凝視しながら言葉を続けた。
「シンジ君、とうとう誰の説得にも耳を貸さなかったそうよ……」
 サードチルドレンの登録が抹消されるか否かは作戦部長の一存というわけにはいかないだろう。碇司令の専管事項だ。
「なら、どうするの」
「もう何もいえない」
「彼がいつかのように脱走したら」
「引き止められるもんじゃないわ」
「ミサト。あなた、本部に直接戻らずにここに寄ったのはなぜ? シンジ君に会うのが恐いから?」
「……そうかもしれない」
 参号機の手からは依然組織液が漏出している。
 血と見まがうばかりの。
「せめて参号機に搭載していたのがダミープラグだったらね」
 痛い所を突かれた。
 ダミープラグはまだ不安定であるからと、参号機に乗るパイロットとしてフォースチルドレン鈴原トウジを選抜したのは、この私だ。
 そして初号機に搭載したダミープラグは、戦闘が拙劣ではあったものの、参号機制圧の任務を結果的にやり遂げていた。
 幾分、私は感情的になったようで、
「だったらシンジ君に会えるというの」
 と、八つ当りにしかならないことを口走ってしまった。
「だったら……」
 ようやくミサトは赤い泥から突き出た右手から目をそらし、ゆっくりと周りを見渡した。
 もっとも、赤く染まった物が目に入らない角度など、ありはしないのだが。
 だからか、最後に、ミサトは空を見上げた。
「そうね、リツコ。だとしても同じね。シンジ君には耐えられない。自分の手についた血に耐えられる種類の人間じゃないわ、あの子は」
 二、三度かぶりをふると、ミサトは目を閉じて伸びをした。
 陽射しは強い。
 腐臭も、昨日から生体部分の回収作業が進んだ割には、かえって強まっている。
 ミサトは耐えようとしている。
 そしてあくまで勝利を目指そうとしている。使徒に対して、敵とする存在の全てに対して。
「ダミープラグ、期待してる」
 そういうと、ミサトは指揮車輌の方へと歩いていった。
 ミサトを衝き動かすものは、自身の復讐か、死者あるいは生者への責任か。
 私はなおも動けずにいた。
 血の魔力。耐えるという言葉をミサトは使った。しかしミサトは、そしてもしかしたら私も、耐えるという以前に馴れてしまっているのではないだろうか。そんな疑問が、私の歩みを止めさせていた。何かを掴もうと指を曲げたままで固まった、赤く染められた参号機の右手が、照りつける陽射しに炙られているさまを、しばらく見続けさせていた。

 ここで済ませるべき仕事といえるものを一通り終えたミサトは、迎えの垂直離着陸機で一足先に第三新東京市へと帰っていった。
 サードチルドレンの処分に関して、作戦部長としてのミサトの意見が求められることはあるまい。
 私は意見をいえる立場ではない。せいぜい現有パイロットが三人であるという事実を指摘できる程度で、その多少を論ずる前に、E計画責任者としてはダミープラグの完全自律に目途をつけなければならない。
 もう一つの懸案は参号機が使徒として覚醒してしまった経緯の解明。少なくともコアが変成していったプロセスだけは明らかにしなければ、対策すら立てられない。
 最後の使徒まで、間は、無い。
 思えば、ネルフの歩みには、常に余裕というものが無かった。
 初号機とサードチルドレンの初シンクロからして、ぶっつけ本番だった。零号機とサルベージ体の安定したシンクロは、ついに第参使徒襲来に間に合わなかった。
 以来、こちらから撃って出た対使徒戦闘などほとんど無い。ただ状況に翻弄されているだけだ。我々は死海文書を既に有するというのに。
 記された約束の日。それははたして到来するのだろうか。
 その日を迎えることが出来たとして、我々にもたらされるものは、補完をなされた存在が達する境地とは、いかなるものになるのだろうか。
 死海文書に、そこまでの記述は、無い。
「赤木博士、碇司令よりお電話です」
「……つないで」
 連絡の内容は、サードチルドレン登録抹消に伴う初号機のデーター交換のため直ちに戻れというものだった。
 これだけはいえる。ネルフにとって、碇司令にとって、血は血でしかない。
 そして、最後に意味を持つのは、その一点だけなのだ。私が血の魔力に耐え得るかなどによらず、ネルフに居続ける限り、碇司令についていく限り、いつの日か私には、サードチルドレンに強いた血が、フォースチルドレンに強いた命が、刃となって返ってこよう。
 その予感は、第三新東京市への帰路、フォースチルドレンの死を家族へと伝える文面を考えている間に、確信へと変わっていった。
 まだ見ぬ補完世界よりも、確かだった。

 end


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ver 1.00
1999/05/27
copyright くわたろ 1999