送風機が作動している。
つまり電源が生きているということだ。彼はまだ一縷の希望を捨てていないのだろう。
充分だ。彼にあるまじき過ちだ。彼はその過ちを償わなければならない。自分の命を試すような真似を何度も繰り返してきた人間なのだ。状況がわかれば取り乱さずに死を受け入れてくれるだろう。
では、私はどうだろうか。
取り乱すことなく彼の命を絶つことが出来るだろうか。
「出来るわ……」
なんて声よ。
落ち着きなさい。
「出来るわ」
そう、私は出来る。出来なければならない。
彼は所詮は私とは違う種類の人間。そして求める物も違う。それが私の目指す物の脅威となる以上、排除されなければならない障壁。
ああ。
ほら見なさい、裁くなんて嘘、罰を与えるなんて嘘。
エゴでしかない。
でも。
「出来る」
私、もう汚れているから。
「よお、遅かったじゃないか」
笑ってる、この人。
来たのが私だということが何を意味するのか、わからないはずないのに。
「誰を待っていたの」
「君さ」
武器を持っているだろうか。だとしたら正当防衛を行使してくれるだろうか。
私を洗い流してくれるだろうか。
「うそ」
「待たれるのは嫌いかい」
「あなたが待つべき人は私じゃない」
うつむいている、彼。
「あいつは」
「間に合わなかったようね。だから私が先に来た」
「そうか」
私を見ないでくれている。
やさしい。
「伝言頼めるかい」
遺言ね。
「防諜規定内のことでしょうね」
「ネルフなぞ関係無い。極秘中の極秘さ。何しろ俺達だけの秘密なんだし、な」
こんな時にどうして軽口が出てくるの。
「いいわ、聞いておくわ」
「ありがたい」
私の方を向いた。
彼が私を見つめている。
私に、私でない人を重ねて、見つめている。
残酷。
「伝えてくれ。真実は君と共にある、と」
「そう」
残酷。
「留守電入れておいたんだが」
馬鹿。
馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿。
なんてことするのよ、電話聞いた人全員殺せというの。
私は手提げに右手を入れる。
彼は私を止めようとしない。
私に、私でない人を重ねて、見つめている。
「あいつ、まだ留守電聞き忘れることがあるそうだし。念のため、伝えてくれ」
「馬鹿」
私は彼に銃を向けている。
動悸が送風機の音をかき消す。
「他には」
「今となってはな」
彼、ゆっくり首を振る。
私、声が上擦っている。
「他の人には」
彼、ゆっくり首を振る。
「私には」
彼、ゆっくり首を振る。
彼は私を知っている。
命を弄ぶ汚れた私を知っている。
ねえ、本当に何も言ってくれないの。
私を止めてくれないの。
私を洗い流してくれないの。
彼は見つめている。
ここでないどこかを。
私とは違う瞳。
こんな眼差しを、独り占めにしたいと思ったこともあった。
「震えてるぞ」
「ばか」
彼は丸腰だった。
私は初めてだったので三発使わなければならなかった。
血の海に伏せている彼、私のせい、楽に死なせるというのは難しい。
覚えておこう。
覚えるって、
何のために、
誰のために。
ああ、まだ、残っていたのね。
硝煙をたなびかせる鋼の重みに今更気付く私がいた。
無様ね。
そして私は両手を赤く染めながら亡骸を検分している。
何か証拠はないものかと。
残りを自分のために使うことを決意させるに足る何かが見つかりはしないかと。
送風機が回り続けている。
私は汚れている。
end