2006年5月1日〜2006年5月31日

ピッと凛々しく


5月30日

▼ 「ハルヒ」の入手困難さに目を奪われていて見落としてましたよ……不覚 orz

弓道っ娘!(〃▽〃)
黒髪ポニテ!(〃▽〃)
胸元控えめ!(〃▽〃)
百合!(〃▽〃)
ちっこい顧問の先生!(〃▽〃)
(1カットだけど)眼鏡!(〃▽〃)
 
……本当にありがとうございました(違  
 
 
とまぁそれはさておき、 入部したときには校舎改築の影響ですでに道場が潰されていて、 チャリンコ飛ばして遠くの道場に通わざるを得なかった身としては、 たとえ青空であっても学校の敷地内に道場があるってのは羨ましいもんです。
建て直された道場も、建屋の中には玄関と射場の他に部屋が1つしかなくて、 おのずと着替えは男女交互ということになるわけですが、 そうなれば「それなんてエロゲ?」なシチュエーションもあったりするわけですよ。
……とここまで書いて、よくよく考えてみれば大学の道場も着替えスペースは1つしかなくて男女交互だったなぁ、と。
考えてみれば、高校レベルの道場なんてそんな広いわけでもないし、意外と普通だったりするのかな?


5月26日

俺コンハウス 閉店のご案内

うちの歴代のデスクトップ機はAOpen製マザーボードを使っていまして、 そんなこともあって、俺コンハウスはよく利用させてもらいました。 一時は、ケース以外は全部俺コンハウスで買ったもので組んでいたこともあったくらいです。
2階の売り場が無くなり、1階も徐々に品揃えが悪くなってきて、 だんだん足が遠のくようになってしまって、 いま使っているものの中だと、デスクトップ機のメモリと、あとルータがここで買ったものでしたかね。


5月19日

■2006/05/19 (金) 慎太郎さん息子が今頃強行採決の共謀をしてますよ。
(勝谷誠彦の××な日々。)

このほど県産の日本酒に関するある委員を仰せつかったので県庁で担当者と打ち合わせをする。 庁舎に入るといきなり「いらっしゃいませ」と声をかけられて驚く。 出迎えてくれた方に聞くと職員が交代でそうやって入口に立って挨拶をしているのだという。 中には部長職もいると聞いて心打たれる。
庁舎入口での挨拶というのはは 「お尋ねコンシェルジュ」 という長野県庁の業務なんですが、こうやって書かれると、 いかにも「手のあいている職員」が自発的に「交代でそうやって入口に立って挨拶をしている」かのような錯覚を受けてしまいますね。
 
ところで、「お尋ねコンシェルジュ」のリンク先を、 長野県庁サイトではなく「「もっと若林区」〜わかばやしく応援マン日記」にリンクした理由は、 サイト内にある画像を見ていただきたかったからです。 画像の左側手前に写っているのが「お尋ねコンシェルジュ」の職員なのですが、 よく見ていただくと、右側奥の方に受付係の女性が写っています。 聞いたところでは、「お尋ねコンシェルジュ」の導入後も、受付係は今までと同じ仕事をしているのだそうです (少なくとも昨年度までは)。 「お尋ねコンシェルジュ」は単なる受付とは違うという話はあるのでしょうが、 受付係が果たしていた仕事は「お尋ねコンシェルジュ」で代替ができるのですから、 受付係を「受付係」として県庁入口に座らせておく理由はありません。 人員が足りないというのであれば、せめて、研修を受けてコンシェルジュの一員に加えるべきでしょう。


5月15日

医師不足の現状認識
(大石英司の代替空港)

医業とてサービス業だし、そもそも医師に敬意を払う必要があるのか?  という部分での疑問はあってしかるべきでしょうが、 早い話、日本人は、他者への敬意の念を喪失しつつあるんでしょう。 それは医者だけじゃなく、教師に対しても。あるいはネットの中でも。
「医業がサービス業」という点に異存はありませんが、 単なるサービス業というより「ユニバーサルサービス」と考えるべきものになりつつあるのかもしれません。
大石さんがかつて
 地方の場合は、突き詰めると、人材流出をどこでどうやって食い止めるか? ですよね。 それは大学での教育レベル(つまり徒弟制度という枠組み)でも可能かも知れないし、 それこそ、国政選挙の区割りみたいに、一定の人口下に於ける医師や病院の総枠をこまめに把握して、 この地域では、もう開業は出来ません……、みたいな制度もありかもしれない (かつて医師会がそれに近いギルドを作っていた)。
(大石英司の代替空港:2006年3月11日分)
という提案をなさっていましたが、ユニバーサルサービスという観点で見れば、この手の制度もありかもしれません。 人材の流れに歯止めをかけるとなれば、何らかの義務付けはどこかに必要となるでしょうし。
ただ、勤務医のようにどこかの組織に所属する医師であれば、 組織としての人員の割り振りという形も可能でしょうが、 個人開業医にまでそれを押し付けられるかというと、やはりそれには無理があることは認めます。 プロ野球のフリーエージェント制度のように、一定年数を経ないと個人開業を認めないという手もあるでしょうが、 それゆえに「組織」としての締め付けが強すぎるようになるのも問題ですし。


5月11日

▼ 大石さんのblogが「相続税100%」というネタで盛り上がっています。
制度として出来うる限り平等なスタートラインを作るべく努力するための財源として、 「相続税」というところから話が始まったためか、どうも「親が死んだ後」のことに議論が集中している感があるのですが、 例えば学費や小遣いだって、「親から子供に渡る資産」という意味では遺産相続と同じです。 しかも、ある程度社会的な地位が固まったところで受け取ることが多いであろう遺産と違って、 こちらは直接スタートラインの所に関わってきますから、 「機会の平等」という観点から言えば、こちらの方が遥かに影響は大きいでしょう。
 
私自身も引越し族で土地家屋への執着はありませんし それ以外の財産にしても「宝くじが当たった」程度にしか考えていません。 ですから、「取りやすいところから税金を取って、それを福祉等に回せ」という意味では 夫婦間以外では、相続税100%とは言わなくても、もっと税率を上げてもいいんじゃないか思います。
ただ、それはあくまでも税収面での話であって、「機会平等」というところにストレートに繋げるべきではないでしょう。


5月8日

祝・サイト開設10周年

……いやホントは、サイトデザインを変えるとか、いろいろやりたかったんですが、 なにせマシンの方が↓の状態だったので、何もやれませんでした。
「10周年と言ったって、たかが通過点ですから」とか、 「私にとっては、今日は特別でも何でもない、昨日と変わらないただの一日よ」とか、 そういうことにしておいてください(をぃ
 
……というのもアレですから、10周年記念月間ということで、 今月いっぱいここで、通常の日記に加えて昔話をチラホラ書いていくことにします。

▼ というわけで、さっそく昔話です。
 
10周年と書いてあるように、このサイトの開設は1996年5月8日です。
開設当初は大学のサーバ上に展開していました。 ゼミに所属すると個人サイトを開設するスペースがもらえたのですが、 「サイトのトップページは、各個人の自己紹介とすること」というルールがありました (ゼミのサイトから各個人のサイトにある“index.html”にリンクが張られていたのです)。
とはいえ、完全なる趣味サイトである「電子楽団RNA」は、 学内のサイトとは完全に切り離したかったので、 自己紹介ページはそれっぽいものを作っておいて、 そこからリンクの張られていない形で「電子楽団RNA」を開設しました。
うちのサイトは一切サブディレクトリがないフラットな構造となっていますが、 これは、サイトを置いていたスペースが大学内のサーバで、 ユーザである学生にはサブディレクトリの作成などの権限が与えられていなかったためなのです。 いずれ大学を出て個人でサイトスペースを持つようになったら、 ちゃんとディレクトリを切って管理しようと思っていたのですが (ファイル名が“*.*.html”の形になっているのは、いずれそれを“*/*.html”に直そうと思っていたんです)、 それは未だに実現できていません(笑)。
……と書いていてふと思い出したのですが、当初は「電子楽団RNA」ではなかったはずなんですよね。 最初は、バーチャロン関連のコンテンツである「電脳戦機倶楽部」があっただけだったように記憶しています。 その後、サクラ大戦関連のコンテンツ「帝國華撃團津輕支部」を作った際に、インデックスとなるトップページを作ったんですが、 ここには何も名前を付けていなかったはずですし……
 
閑話休題
 
さて、上でもチラリと書いたように、当初このサイトは、 バーチャロンとサクラ大戦を扱った名無しサイトでしたが、 1997年9月20日に「電算燕組」として再出発という形になりました。
「電算燕組」という名前は、 1997年の夏コミで販売したディスクマガジンの製作をした個人サークルの名称なのですが、 実はバーチャロンに由来しています。 「電脳」より「電算」の方が響きとして好きだったのと、 私がフェイ−イェン使いだったことに由来します (当時、フェイ−イェンは「飛燕」の中国語読みだと言われていたのですが、そういう発音ではないそうで)。
その後、「電子楽団RNA」として出発をしたのは1998年5月1日になります。 「RNA」は、例によってバーチャロンの「RNA」に由来しています。 2Pカラーのフェイの方が好きだったもので(笑)。 「電子楽団」は、X68000の内臓音源を使った曲データを作っていたということで、 何か音楽関係の名前をつけようとして思いついた名前です。 その後、 「普天堡(ポチョンボ)電子樂團」 という、北朝鮮の音楽グループがあると知ってびっくりしましたね。 「電子楽団」でググると一応うちがトップに来るようですが、 その後に続くのがポチョンボ関連のものばかりで……
これ以外の「電子楽団」というと 「本間電子楽団」 しか無いようです。 ネーミングをした人物の思考回路が似てるんでしょうか?(・ω・;)
まぁ、普天堡電子樂團にしても本間電子楽団にしても、演奏しているのは人間だそうで、 演奏に人間が絡まないうちこそが真の「電子楽団」だ! ……ということにしておきましょうか(笑)
 
このサイトが開設されるきっかけとなったバーチャロン関連のコンテンツは全部削除してしまったので、 現在のサイトには、開設当時から存在するコンテンツは無いはずです。 サクラ大戦関連のコンテンツである「帝國華撃團津輕支部」が、コンテンツとしては最古のものだと思います (新着情報や自己紹介ですら、実は大学を離れてから作成したものです)。


5月7日

▼ クリーンインストールしたせいか快調ですよ〜ヽ(´ー`)ノ  システムをクリーンインストールしても必要なデータは残るようにしてありますから、 それほど苦労は無いんですけどね。
……まぁ、何度も痛い目にあった経験が生み出した技ですが orz


5月6日

▼ 昨日は交通博物館に行って、そのついでにアキバをグルグル巡ってました。 一緒に行った友人の買い物に付き合ったのですが、 他人が買い物をしているのを見ていると自分も何か買いたくなってくるもので(笑)、 気がついたら160GBのSATA-HDDを手にしていました。
せっかくSATAのHDDを買ったんだから、 いまATA100のHDDに入っているシステムをこっちのHDDに移せばちょっとは早くなるはず…… と考えてしまったのが運の尽き。
最初のうちは順調に作業が進んでいたのですが、 システムをコピーしたらドライブ名関連のトラブルで起動しなくなり、 修復インストールで何とか動くようになったと思ったら今度はレジストリが…… というわけで、結局、スパッとフォーマットしてクリーンインストールと相成りました。 確かに連休中にクリーンインストールしようかとは思ってはいたんですが、 まさかこんな形で現実になるとは(;´ω`)トホホ
 
 
ところで、いろんな意味でマニアックなパーツを選択することになった彼のマシンは、無事組みあがったんだろうか……


5月2日

メイド服の女、名古屋の地下鉄でスプレー噴霧
(YOMIURI ONLINE)

さすが 未来の首都 は一味違いますね(をぃ
ところで
ピンクのメイド服のようなもの
は、十中八九ゴスロリ服だと見ましたが、どうでしょう?
 
 
名古屋繋がりでついでに

名古屋から来た巫女さん、警官に止められる(アキバblog)

……きっとこのあと交番に連行されてお仕置きを( ´∀`);y=ー(゚д゚)・∵. ターン

▼ そして、これは一応メイド繋がりということになるのかもしれませんが

眼鏡っ娘で黒髪で75-58-77で細いけど張りのある太腿で17歳の戦闘系メイドさん…… ええ、すっかり騙されてしまいましたよ。 「家政婦は見た」だと思っていたら「スケバン刑事」だったとは(笑)
 
ストーリーの下敷きが「スケバン刑事」ですから、 各話のラストには当然のようにメイド服での戦闘シーンがあります。 そこいらのメイド喫茶にいるようなミニスカメイドではありませんから、 得物を振るう度にスカートがぶわっ!ぶわっ!と翻るわけですよ。 いや、そういう細かい描写はないけれど、そうに決まってます。
やっぱりメイドさんはこうでないといけませんね(・ω・)b


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