Strike Doll

Case01:The Visitor

(Ver.1.0 Release:1995.12.30 Ver.1.2 Modified:1997.1.26)

 穏やかな陽光。PM2:00。  閑静な住宅街。  青空を背景に、白く広い「面」を作り出す高級マンションの壁面。  その18階。1822号室。  表札には"HEARTLAND STEVE,MARIAH,TEDDY"。  ドアの前に二つの影が並ぶ。  男の指がインターホンのボタンを押す。  "STRIKE DOLL"   CASE 01  "THE VISITOR"  数秒の間。ドアの向こう、ロックを外す音。続いてノブ・ハンドルが下に傾く。  ドアが開く。しかし、僅かに20センチほどの隙間。  その隙間から覗く、少年の顔。10歳くらい。  訪問者を目にした少年の顔に、明らかな緊張が見て取れる。  ドアの外、チェーンロックの鎖を間において、サングラスを着けた若い男が立つ。  濃い紺のブレザー。短く刈り上げた茶色の髪。緩く結びつけただけのネクタイ。  口元には、品性のない笑みを浮かべる。  そして、その後ろにもう一人、一回り小さな影がある。 「ハートランドさん?」  男が言う。 「何ですか?」  明確な緊張と警戒を表したまま、少年が応える。 「テディ・ハートランド君だね?」  その言葉に、少年の警戒心が強くなる。ノブを握ったままの手に力みが生まれる。  しかし、構わず男は続ける。 「ご両親は出張で1年の間不在。ヘルパーを雇ったわけでもない。つまり、この家に住 んでいるのは、君だけだ。君だけのはずだ」 「・・・誰?」  少年の視線がさらに強まる。それは同時に、強い怯えも表している。  一瞬、ちらりと部屋の中を覗き見る少年の目。  それを見て、ニヤリとする男。陰湿な笑み。  少年に覆い被さるように、壁に肩をもたれさせる。 「回り諄いことは嫌いでね」  男はブレザーの内ポケットから手帳を取り出して開いてみせる。  市警察のバッヂ。まるで手入れされていない手帳は、皮がかなり萎びてしまっている。 「工業製品管理部の処理課でね。この名前は、坊やなら知ってるよな?」  少年は何も応えない。 「捜査令状も見せた方がいいかな? この部屋の窓から、規制対象の工業製品の姿が見 えた、って報告が入った訳だ。で、おじさんのお仕事はそれを始末すること。わかる ね?」  震える少年。再び背後の室内へ目を遣る。  そして、正面に向き直る。そこに、男の冷笑。 「そう、それだ。君が、家の中に隠し持っている物さ」  思わず男から目を逸らす少年。  その目が、男の背後にいる人物を捉える。  15、6歳の少女。短い金色の髪。  濃い緑のジーンズ・ジャンパーのボタンは、一番上まできちんと止められている。  その瞳は青。言い様のない濁った水底の青。  その青は、何も見ていない。真っ直ぐに少年に向けられているのに、見てはいない。  凍りついた表情。まるで人形のような、意志を持たない視線。  しかし、少年は見る。  その少女の瞳が、瞬くのを。確かな生命の証として。「敵」である証として。 「知らない! 僕は、知らない!」  少年は首を振る。同時にノブを引く。  しかし、男の爪先が隙間に放り込まれる。少年は力一杯ドアを引くが、閉じられない。  必死の少年を嘲笑うかのように、男は平然と、 「やれやれ。ま、初めから素直に入れてくれるとは思ってないよ」  右手を軽く挙げると、小さく呟く。 「行け」  刹那の間を置かず、チェーンロックが引き千切られる。  ドアが開く。同時に、突風のように部屋に躍り込む影。  少年が叫ぶ。 「逃げて!」  リビングの引き戸が音を発てて開かれる。目に飛び込む、空の青。  ベランダの柵に掛かった白い硬質な輝き。白く細い五本指のマニュピレータ。  幾つもの棒細工を組み合わせた人型の工業製品。  その、球形のカメラアイが接近する「敵」を凝視する。  その肩に手が掛かけられる。工業製品の筐体はふわりと宙を飛んで引き戻される。  リビングのガラステーブルの上に、カーボンファイバーの筐体が落ちる。  飛散するガラスの破片。その中に沈む工業製品。 「敵」は振り返り、相手の腕を掴む。振り解こうともがく金属と樹脂の塊。  もう一方の手が、マニュピレータを引き千切る。油圧駆動用のオイルが飛び散る。  倒れ込む工業製品。その腹に、スニーカーの爪先が叩き込まれる。 「うわあああああああああああっ!!」  マイクロスピーカーを通して発せられるPCMサウンド。  規制対象のシステムチップが行う演算から導き出されたアウトプット処理。  演算の結果に従い、工業製品はそのマニュピレーターを四方に動かしてもがき、暴れ る。  しかし、筐体は押さえつけられ、もう逃げ出すことは出来ない。 「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」  サウンド出力が続く。 「ジョニー!」  少年が叫び、駆け寄ろうとするが、その身体を男は弾き飛ばす。  ゆっくりと歩み寄る男。 「まあ、上出来かな? 気をつけろよ、補助メモリーを痛めちゃあ、話にならない」  工業製品の筐体を引き起こす「敵」。金色の髪の少女。  少女は作業用マニュピレータの駆動部を掴むと、その関節を両手で握り、ねじ曲げる。  軽い音を発てて、アルミキャストのパーツに亀裂が入る。 「うわあああっっ!!」  再びPCMサウンドが響きわたる。  少女は同じように、二つの移動用マニュピレータも破壊してゆく。  ただ事務的に繰り返される、反復運動の作業。 「やめて! お願い、ジョニーを離して!!」  縋り泣き叫ぶ少年を、男は薄ら笑いをもって見下す。 「そう騒ぐなよ。俺の仕事は過知能アンドロイドの処分だけだ。坊やには何もしない よ」  その言葉は、わざと少年の懇願とは異なる意味を持たせてある。  男の手が少年の頭を掴み、引き剥がし蹴倒す。 「こういう、出来過ぎた頭を持った、鉄クズ野郎をさ」  筐体を震わせる工業製品を見て、嬉々として笑う男。  男の革靴が、カメラアイを踏みつけ、蹂躙する。何度も、何度も。 「さて、そろそろ行くか。これ以上時間を無駄にしても仕方がない」  もう一度、カメラアイを強く踏む。軽い音を発て、ガラスレンズが割れる。 「やめて!」  その叫びに、男は振り返る。  少年は両手で持った小型ナイフを男に向けている。  泣き濡れた顔に、怒りと、必死の決意が覗く。 「ジョニーは、僕の友達なんだ! 家族なんだ! ずっと、ずっと一緒に暮らしてきた んだ」  男は、平然としてそれを見据えている。 「それで?」 「危ない! やめるんだ、テディ!」  音量を上げてPCMサウンドを発する工業製品。  しかし、押さえつける少女の力の前に、どうすることも出来ない。  少年の、ナイフを持つ手が震え、全身に脂汗が滲む。 「ジョニーを殺すなんて、絶対に許さない!」  男の口元に、嘲笑の笑みが広がる。  少年が駆け出す。その先には、工業製品を押さえつける金色の髪の少女。  少女の目は、迫ってくる少年を見据えて全く動じない。 「テディ!」  工業製品は残された胴体の関節を駆動して、少女の手からすり抜ける。  少年の前に躍り出ようとする工業製品。主動力のモーターが甲高い唸りをあげる。  その頭部のカーボンファイバーカバーが、音を発てて砕け散る。  少女の拳が、工業製品の頭部を打ち砕く。  同時に、少年のナイフが、少女の脇腹に突き立つ。  フロアカーペットの上に、舞い落ちるカーボンファイバーの欠片。  倒れ込む工業製品の筐体。  膝をつき、呆然となる少年。  動かなくなった工業製品を、ただ無表情に見つめている少女。  その右の拳に、カーボンファイバーを突き割った際に切った傷。滴る赤い血。  脇腹にも、僅かな血が滲んでいる。  少年の手から滑り落ちるナイフ。先端に少量の血が塗られている。 「ちいっ!」  舌打ちする男。口惜しそうに工業製品の頭部を蹴りつける。 「つまらない真似しやがって! どうせあんなナイフで『人形』が傷つく訳ないんだ。 第一、人間相手には絶対手を挙げたりしないってのに!」  男の手が少女の金髪を鷲掴む。強く引っ張り、左右に振り回して、 「お前もお前だ! 何でちゃんと捕まえておかない? 何で加減てものが出来ないん だ? 見ろ、手がかりになるメモリーセットはパーだ。これでまたオヤジから大目玉 だ!」  男の叱責を聞いても、少女は全く表情を変えない。  ただ、その瞳を見つめ返すだけ。 「役立たずの『人形』め!」  何を言っても通じないとわかっている男は、平手で少女の頬を叩く。  しかし、それさえも何の変化も生み出さない。 「うわああああっっ!!」  泣き喚く少年。工業製品の、今となっては残骸に縋り付いて号泣する。 「ジョニー! ジョニー!!」 「ちっ!」  少年の姿を疎ましそうに見下して、男は、 「もういい。メインのボードだけ外しとけ。後は鑑識の連中に任せる。行くぞ」  背を向け歩き出す男。  少女は残骸の前に跪くと、その胸部のカバーをこじ開け、中の基盤の一つを毟り取る。  その基盤を手に、男の後を追う少女。  立ち上がった少年は、2人の後ろ姿を睨み付けて叫ぶ。 「何で? 何でこんなことするんだよ? ジョニーが何したって言うんだよ? 僕ら、 普通に暮らしてただけじゃないか! なのに、何で・・・」  立ち止まる男。振り返り、サングラスを外して少年を睨み返す。 「そんなことは俺には関係ないんだよ。政府と、そして世間の決めたことだ。出来過ぎ た人工知能は道徳に反するから、禁止にしろ、処分しろってな。俺は、ただ給料分の仕 事をしてるだけだ」  再び泣き崩れる少年。 「くそガキが!」  苛立ちを隠せず、ドアを蹴りつけて部屋を出る男。  その後を、ただ無表情に追う少女。  後に残る、少年の泣き声。 (End of file)

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