本7合目(人生、意外と悪い事ばかりじゃあない・・・・)

ようやく本7合目に到着

日が傾くにつれ、気持ちも下山に傾いていきましたが、心の片隅に「ここで下山したら、後々後悔する、後悔はいつか山頂に立つまで続き、いずれは登らなければ済まないでしょう。またここまでの同じ苦労を繰り返すのであれば、今回の登山で頂上まで登れば、もう後悔しないし、同じ苦労をしなくても」という気持ちが奥底にあって、どうしてもその気持ちを無視する事は出来ません。お父さんはまるで、この時の心境が、新田次郎の小説「富士山頂」の中で、新田氏が気象庁に残って富士山レーダー建設の仕事をするか、辞めて小説家専業とするか悩む場面に似ていると言っていました。小説で新田氏は、「その仕事を引き受けるにしろ、逃げたにしろ、白い輝きは決して顔をそむけないだろう。もし逃げたなら、逃げたという悔恨は富士山を見るたびに彼を責めるだろう。富士山の見える日に、富士山の見えるところで富士山に眼をやることのできない姿はあまりにもみじめであった」と書いてあるそうですが、この時のわたし達の気持ちも(レベルは大違いだけど)と同じだなぁと思いました。

下山の誘惑は大きいのですが、ここはもうひと頑張りするかどうか心が揺れます(あとで思えば大した事じゃないんだけど、現場では結構深刻ですよ)。でも、やはり自ら望んで始めた富士登山です。病気や怪我など、やむを得ない事情がない限りには頂上を目指すべきだと思いました。

登山を続けるのであれば、そのまま頂上まで登りつづけることは困難でしたので、我慢して山小屋に泊まらなくてはいけません。でも8合目の山小屋は近そうに見えても、わたし達の状態では2時間以上かかると思い、ここの本7合目に泊まった方が賢明ではと考えていました。それに須走口は8合目で吉田口と合流するので、山小屋もかなり混雑するのではと考え、さらに本7合の山小屋のトイレは清潔で新しく、ほとんど臭わなかったので、山小屋もこれまで聞いた程悪くはないのではという期待もありました。

あれこれ考えて、結局ここ本7合目の見晴館に泊まることに決め、お父さんが山小屋の主人に宿泊を申し込みました。ところが、満室で泊められないので、8合目まで行ってくれとの返事。さあどーする、さらに2時間かけて登るか、はたまた下山か、頭の中は再び「登山」「下山」の言葉がシーソー状態・・・ところが、山小屋のご主人、お兄ちゃんの姿をみて、ちょっと考えている様子、続いて小屋に入ったわたしを見て、しょうがないといった顔で「子供が小さいのでしかたない」と言って、なんとか泊めて貰えることになりました(やれやれ)。一泊二食ひとり7000円(税別)子供も同額です。

はじめは嫌がっていたのに、山小屋に泊まれることになって、わたしと食事はカレーライスでした。お兄ちゃんは、かなり元気を取り戻して大はしゃぎ。さっそく荷物を下ろして、食堂がすいているうちに食事をしました。メニューはカレーライス、福神漬、野菜サラダ、お茶。カレーライスはレトルトだけど意外とおいしかった。お茶は好きなだけ飲めるので、何杯も飲みました。隣にいた年配の女性2人連れは今年60歳で、毎年登っていて、今年は5年目だそうです。いろいろな登山道を登ったけど、須走口が一番登りやすい、と言っていました。その女性に聞いたところ、わたし達家族の前にも、わたしと同い年くらいの子供連れの家族が飛び込みで泊まりに来たけど、満室と断られたそうです。わたしたちが食事をしている間も、9歳位と13歳位の子供連れの家族が、やはり断られて8合目まで登って行きました。その後60歳位の年配の女性と10歳位の子供連れの家族が登ってきました。子供はまだ歩けそうでしたが、年配の女性はかなり参っている様子でした。やはり満室でと断られていましたが、なんとかねばって、結局は泊めてもらえました。ここの山小屋は週末は基本的に要予約ですが、どうしてもという登山者には、山小屋の主人も相手の状態で判断しているようでした。

普通に考えれば、客が来れば来るだけ泊まらせれば、売上が増えると思うし、これまで聞いていた話では山小屋は大抵、来る客拒まずとの事でしたけど、そこは山小屋の主人のポリシーなんでしょうか? 断られて小屋を出て行く登山者のがっかりした顔を見ていると、すごく申し訳ない気持ちで一杯でした。
みごとな影富士、でも寒い!
食事を済ませて、外に出ると雲海に見事な影富士が映っていました。御殿場付近にかかっていた影は次第に長く伸びて、伊豆半島を覆うくらいになり、改めて富士山の壮大さを実感しました。気温は刻一刻と低くなり、強さを増した風を受けると本当に身を切る寒さを感じます。午後6時半を過ぎると空は次第に赤く染まり、午後7時頃には夕闇に包まれていき。およそ14時間前に見た日の出を思いだして、なんと大変な1日だったんだろう、今日1日のいろいろな場面が浮かんできましたが、楽しくも、やはり苦しい1日だったと思い返しながら、濃くなっていく夜空を見上げていました。

山小屋に泊まる事で精神的に楽になり、気持ちは昂ぶっているものの、やはり身体はかなり疲労が溜まっていて、まだ7時過ぎでしたが、早々にベッドに入りました。トイレもキレイでしたが、山小屋自体も新しくて、聞いたところでは築6年と、まだまだ新しいので、木の香りが気持ち良かったです。山小屋は外見は倉庫のようですが、中はログハウスの様な作りでした。ベッドは2段で、ちょっと大きめの布団一組に2人づつ寝るようになっていました。わたしたちの家族は4人でしたので、ちょうど良かったのですが、奇数のグループは他人と同じ布団となり、気を使うでしょうね。山小屋の布団は湿っていてあまり清潔でないと聞いていましたが、見晴館の布団は新しくて、干したばっかりのような、ふかふかでポカポカ温かく、シーツも洗いたてで、とても気持ち良く、狭い事さえ除けば非常に快適でした。お母さんはすぐに寝てしまい、わたしとお兄ちゃんは、初めのうちは、ゴソゴソふざけあっていましたが、昼間の疲れのせいで、間もなく眠り込みました。お父さんは、元来、枕が替わったり、周りがうるさいと、なかなか寝つかない性分の上、7合目で2時間程中途半端に寝てしまったので、なかなか寝つけなかったそうです。そのために2度程外へ出てトイレにいき(夜トイレに行くときは懐中電灯が必要と聞いていんましたが、見晴館は電灯で照らされていて、懐中電灯は不要でした)、外で一服したのですが、風が強く、気温も真冬並だったけど、良く晴れていて、東京や沼津、小田原など、方々で花火があがっているのが良く見えたそうです。お父さんは、ベッドにもぐり込み眠ろうとしましたが、山小屋に着く登山客がひっきりなしに来るもので、ウトウトしかけては目を覚ます状態の繰り返しで、結局午後11時頃まで眠れなかったそうです。

午前1時半頃には、山頂で御来光を拝むグループが出発します。本7合目で御来光を見る人は午前4時過ぎに起きるのですが、わたし達家族は結局、山小屋のご主人に起こされる午前5時半頃までぐっすり寝ていました。御来光は見たかったけど、昨日の朝も見たし眠気には勝てませんでした。

朝食は定食、ご飯、味噌汁、漬物、野菜サラダ、魚の佃煮、海苔、お茶。見晴館はご飯のおかわりができます(玉子が欲しかったので、今度来る時は持ってこようと思いました)。出発する宿泊客に山小屋のご主人が、各人が持参したペットボトルや水筒にお茶を詰めてあげてました(値段は聞きませんでしたが、500mlで100円〜200円程と思います)、わたし達は伸縮性の杖を使っていましたが、金剛杖を持っている人には、無料で焼印を押していました。他の山小屋でも、このようなサービスはしているのでしょうか?

予想を大きく裏切られて、とても快適であった山小屋を後に、わたし達家族は再び山頂を目指し、登り始めました。 


本7合目発 1999.08.01 06:30 標高3250m 気温15度 湿度0%
 

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