フランス海軍 17,500t巡洋戦艦設計案




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資料「THE HYBRID WARSHIP」筆者によるフランス海軍 17,500t巡洋戦艦設計案の想像図。
この艦の設計は現存しないが、残された文献及び資料と、同時期のフランス艦艇の特徴を併せて作図している。
「THE HYBRID WARSHIP」 出版社 NAVAL INSTITUTE PRESSより引用。

  図は、ワシントン条約以後、1925年〜1926年に、1922年に喪失した戦艦フランスと停泊実習艦になった戦艦オセアンの代艦として、ワシントン条約の範囲内で計画された、フランスの17,500t巡洋戦艦の計画案の一つの想像図です。
  コンセプトとしては、同時期に建造されていたイタリアのトレント級重巡洋艦への対抗を意識したものでした。要求された性能は、次の通りです。

・列強海軍が建造する20.3cm砲搭載の条約型重巡洋艦を捕捉撃滅できる速力、火力、20.3cm砲に耐える防御力。
・速力20〜25ノットの戦艦に守られた護送船団を攻撃できる能力。
・他の連合国との艦船と共同して作戦を行う、偵察部隊の主力として行動できる能力

  この設計案については、多くのデータが失われていますが、次のようなデータが残っています。


基準排水量:17,500t(条約制限最大の35,000tで2隻作る為)
水線長:195m 船体幅:24.5m
武装:30.5cm55口径4連装砲塔2基 13cm単装両用砲を副砲として装備(想像図では6基)
    水上機8機搭載(通商破壊戦時の偵察用)
防御:ヴァイタルパートは砲口初速850m/sの20.3cm砲弾に対する防御。
    重巡洋艦アルジェリーの装甲厚(舷側110mm、甲板最大80mm)と同程度と予想される。
    その他の防御は薄弱かほぼ無防御。
機関:蒸気タービンとディーゼルの複合により航続力延伸
最大速力:34〜36ノット
用途:偵察部隊の主力、通商破壊戦(対英戦、対伊戦での大西洋通商破壊戦を想定)


  このように、出来上がった設計案は、後に出現するドイツのドイッチュラント装甲艦を更に強力に高速にしたような艦でした。
  4連装の主砲塔は、一次大戦以来フランス海軍が検討してきたものなので、違和感はありません。しかし、主砲2基を梯形配置にするのは、19世紀の装甲艦には見られたものの、戦間期の軍艦としては前代未聞の配置でした。この配置は、艦の前後を航空兵装に当てる為に選択されました。決定には、イタリア重巡の艦首航空兵装配置も参考にされた模様です。
  艦の前後はカーブした航空機運搬軌条で結ばれており、航空機の移動が可能でした。

  もしこの艦が実際に建造され、通商破壊に出撃されたなら、ディーゼルエンジンによる長航続力と34〜36ノットの世界最高レベルの高速を生かして活躍したかもしれません。この速力では、レナウン級、フッドなどの巡洋戦艦でも補足し切れません。主砲の30.5cm砲は新規開発予定で、砲弾重量440kg、高初速(砲口初速965m/s)、長射程(43,000m、44,000mと記した文献あり)であり、20.3cm砲装備の条約型重巡洋艦をしても戦力的に刃が立ちません。
  充実した航空兵装と8機もの搭載機は、獲物の捜索と敵軍艦の捜索に役に立つものとされました。

  このフランス海軍部内の検討案は、イギリスの海軍アナリスト、ヘクター・C・バイウォーターとモーリス・プレンダギャストによってスクープされ、U.S.ネイバル・インスティテュート・プロシーディング誌の1925年11月号に共同執筆の紹介記事が掲載されました。
  それによると、梯形配置による主砲の集中配置は、ヴァイタルパートが縮小されるものの、反面広い無防御区画、砲の射界の制限、艦内の弾火薬庫・缶・機関の艦内配置の複雑化という欠点があると批判的されました。
  また、搭載機の役割について特に言及はなかったものの、艦の前後の広いスペースに航空艤装を施せる点は評価されました。


  その後、ドイツがドイッチュラント級装甲艦の建造を始めたことにより、1928年、17,500t巡洋戦艦は建造計画は取りやめになりました。
  この設計案には、ドイッチュラント級装甲艦を補足撃滅出来る速力と火力があると評価されたものの、ドイッチュラント級の装備する28.3cm砲に対するには防御力が不足し、それを実現するにはもっと大きな排水量が必要であるとされたのです。
  特に防御力は、28.3cm砲に抗堪するには、舷側防御に203〜305 mmの装甲厚が必要であるとされました。
  また、ドイッチュラント級装甲艦を可能な限り少数の命中弾で撃破するには、330mm砲が必要だとされました。
  結果的に、新しい主力艦の計画は、速力を減らし、防御力を増し、主砲を330mm砲とした、更に強力な26,500tのダンケルク級へと変更されたのでした。

  実際にこの艦が建造されたら、梯形配置オンリーの主砲配置により、真横への主砲火力発揮は問題ないものの、前方及び後方射界に問題が発生したことが予測されます。
  これは高速と主砲の長射程によるアウトレンジ砲戦を行うことによってカバーするつもりだったらしいですが、そう常に都合良く物事が進むかどうかは疑問です。
  また、主力艦としては薄弱な防御と広い無防御区画、複雑にならざるを得ない弾火薬庫・缶・機関の艦内配置は防御上大きな問題になった思われます。また、24.5mの狭い横幅では、十分な水中防御は施せなかったでしょう。
  特に機関の蒸気タービンとディーゼルを両搭載して航続力を延伸というのは理屈として正しいのですが、同時期のドイツのK級巡洋艦とかの惨憺たる実績を考えると、当時の技術力では何らかの問題を発生した可能性が高いように感じます。例えばディーゼルの信頼性に問題が発生するとか、最適巡航速度が低すぎて使い物にならないとか、何か問題が起きたとしても不思議はないと思われます。


  個人的な評価としては、艦の設計を構成している個々の理論は正しいのかもしれませんが、全てを組み合わせてみたところ奇天烈な結果になってしまったという、ある意味フランスらしい設計案だと思います。
  後、この艦ではドイッチュラント級装甲艦に対抗できないからダンケルク級に拡大ってのは、ドイッチュラント級を更に強力な艦を建造する為の予算獲得のだしにしたというか言い訳にしたというか、そんな気がします。だって、このままでもドイッチュラント級より遙かに強いですしね。
  まあ、軍隊というのも官僚組織ですから、予算獲得には仮想敵が必要、そういう理屈かもしれません。
    ただ、これが活躍する架空戦記を見てみたいような気がしますね。

  最後に、17,500t巡洋戦艦案には、実際のダンケルク級のように、主砲を前部に集中配置した常識的な設計案もちゃんとあったことを付け加えておきます。
  一方、ドイツ海軍は、計画初期には、自国の装甲艦のように、四連装砲塔を前後に配置した艦型を予想していた模様です。


◎参考資料
・「THE HYBRID WARSHIP」 出版社 NAVAL INSTITUTE PRESS
・「Cent ans de cuirassés français」 出版社 MARINE éditions
・「BATTLESHIPS Allied Battelships in World War U」 出版社 NAVAL INSTITUTE PRESS
・「CONWAY'S ALL THE WORLD'S FIGHITING SHIPS 1922-1946」 出版社 CONWAY
・「WARSHIP 1999-2000」THE ORIGINS OF DUNKERQUE AND STRASBOURG 出版社 CONWAY



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