フランス駆逐艦 アミラル・セネ(元ドイツ駆逐艦S113)の生涯




  戦間期に建造された、フランスの駆逐艦に影響を与えたものとして、一次大戦終了後、ドイツより賠償艦として引き渡されたドイツ駆逐艦群があります。
  当時のフランス海軍は、水雷艇重視の建造計画と、一次大戦中に建艦ペースが落ちた為に、近代的な駆逐艦を有していませんでした。(ついでに言えば、近代的な軽巡洋艦も保有していませんでした。)
  その為、戦後の1922年計画より海軍戦力の、とりわけ駆逐艦と巡洋艦戦力の再建が始まります。その中で、駆逐艦は偵察・巡洋艦代替として砲戦を重視した大型駆逐艦と艦隊直衛・夜戦を重視した小型の艦隊型駆逐艦に別れて整備されました。
  計画中、1,500t型艦隊型駆逐艦(Toropilleur d'escadre ブーラスク級)と共に整備されたのが、2,100t型大型駆逐艦(Contre Torpilleur、ジャグアール級)で、これに強い影響を与えたのが、元ドイツ駆逐艦、S113でした。

  S113は一次大戦末期、軽巡戦力の劣勢を補う為にドイツが建造した15cm砲装備の大型駆逐艦で、次のようなスペックを持っていました。

1918年1月31日進水、1919年8月5日竣工
標準排水量:2,060t 満載排水量:2,415t
全長:106.0m 水線長:105.4m 全幅:10.2m 吃水/前部:4.84m 後部:3.37m
機関出力:56,000hp
最大速力:標準34.5ノット 最大36.9ノット
航続力:2,500浬/20ノット 燃料:重油720t
武装:15cm45口径単装砲4基(弾薬360発)水平鎖栓式薬莢砲
    60cm連装魚雷発射管2基 魚雷8発
    機雷40発搭載可能

  一次大戦末期では、世界先端水準の駆逐艦で、強力な砲熕兵装と長射程に特徴がありました。

ドイツ駆逐艦 S113(1919年)
ドイツ駆逐艦 S113(1919年)
「Z-vor! 1914 bis 1939」 出版社 Koehlerより引用。


  フランス海軍はS113を1920年5月に取得し、アミラル・セネと命名して運用し、多くの技術情報を得ました。

フランス駆逐艦 アミラル・セネとして就役中のS113その1
フランス駆逐艦 アミラル・セネとして就役中のS113
「Les torpilleurs de 1500 tonnes du type Bourrasque」 出版社 MARINES éditionより引用。


フランス駆逐艦 アミラル・セネとして就役中のS113その2
フランス駆逐艦 アミラル・セネとして就役中のS113
「Navires & Histoire」NO.03 2000年6月号より引用。


 賠償艦として受け取ったドイツ駆逐艦を運用して、フランス海軍が評価したのは、次の点でした。

・備砲の連射効率と、信頼性の高い水平鎖栓式の尾栓構造。
・統一された口径の備砲。
・良好な射撃指揮装置。
・信頼性の高い機関、高い航洋性

  中でも、特にアミラル・セネの強力な砲熕兵装と長射程は高く評価されました。
  ただ、ドイツ駆逐艦特有の低い乾舷とフランスの基準から見ての低居住性は問題とされた模様です。また、一次大戦末期の物資不足により、海水管系統に鉄を使用していた為、腐蝕問題を生じたりもしました。

2,100t級大型駆逐艦 ジャグアール級
2,100t級大型駆逐艦 ジャグアール級ティグル 竣工時。
「WARSHIP 1993」THE FRENCH FLOTILLA PROGRAMME OF 1922 出版社 CONWAYより引用。


  1922年計画以降、フランス海軍の大型駆逐艦には、S113の持つ多くの特徴が反映されて行きました。
  本稿では、それを砲熕兵装の点から見ていきます。

  2,100t級大型駆逐艦 ジャグアール級では1,500t級艦隊型駆逐艦 ブーラスク級の1基増しの1919年式13cm単装砲5基を装備されました。砲弾重量32kg、最大射程18,900m(仰角35度)と、英伊の12cm砲の弾丸重量22.5〜25kg、射程15,000mより長射程で高威力でした。しかし、薬莢砲ではあるもののウェリン式の断隔螺栓式尾栓で、旋回・俯仰・装填が手動の為、発射速度が4〜5発/分(実際は更にそれ以下)と遅いのが問題とされました。長射程を得る方法として高仰角を取るために、砲耳の位置が高くなったのが、実際の発射速度を阻害しました。また、貧弱な測距装置(3m測距儀1基)の為、13,000m程度までしか有効な射撃指揮が出来ず、長射程が生かせない問題がありました。この為後に5m測距儀へと換装を必要としました。

2,400t級大型駆逐艦 ヴォークラン級 ケルサン 1939年
2,400t級大型駆逐艦 ヴォークラン級 ケルサン 1939年
「Les contre-torpilleurs type Vauquelin」 出版社 MARINES éditionより引用。


  次の1925年計画及び1926年計画により建造された2,400t級大型駆逐艦 ゲパール級では、砲熕兵装は1923年式14cm40口径単装砲5基に強化されました。砲弾重量40.6kg、最大射程19,000m(仰角35度)と威力も上がりました。ただ、この砲も断隔螺栓式尾栓の薬莢砲であり、装填は機力装填であるものの仰角15度以下でなくては上手く作動しませんでした。その為発射速度は5〜6発/分(実際はやはりそれ以下)と低くなり、不満足な性能でした。
  射撃指揮機材も3m測距儀1基で、主砲の最大射程で有効な測距が出来ず、実質の有効射程を13,000m程度に落としていました。これは後に5m測距儀に換装されています。
  次の1927年計画の2,400t級大型駆逐艦 エーグル級には、S113 アミラル・セネに搭載された15cm砲を発展させた、半自動・水平鎖栓式の薬莢砲である1927年式14cm40口径単装砲を5基搭載しました。砲弾重量40.6kg、最大射程16,600m(仰角28度)となりました。効率的な尾栓構造と最大仰角でも機力装填が可能なことから発射速度は前級の砲から倍増し、最良の状態で12〜15発/分(実際の発射速度は揚弾速度が間に合わない為低くなったようですが)となり、ここでようやく満足の行く性能となりました。射程は発射速度向上の為仰角制限が掛けられた為低下しましたが、実用上特に問題は発生しませんでした。
  射撃指揮機材も後日1936年に5m主測距儀、4m副測距儀を装備し、長射程を十分に生かせるようになりました。
  この次の1928〜1929計画の2,400t級大型駆逐艦 ヴォークラン級はゲパール級の小改良型で、あまり変化はありませんでした。

2,610t級大型駆逐艦 ル・ファンタスク級 ル・マラン 1936年
2,610t級大型駆逐艦 ル・ファンタスク級 ル・マラン 1936年
「Les CT de 2800 tonnes du type Le Fantasque」 出版社 MARINES éditionより引用。


  結局、フランスの大型駆逐艦は、その次の1930年計画の2,610t型 ル・ファンタスク級でほぼ有効な実用性を獲得するに至ります。1929年式14cm50口径単装砲を5基装備、砲弾重量40.6kg、射程は20,000m(仰角30度)となりました。揚弾筒から砲尾まで機力で自動装填が行われるようになった為、発射速度は最良の状態で12発/分(実用上、実際は7〜6発/分程度だったようですが)となりました。射撃指揮機材も竣工時から5m測距儀を正副2基装備していました。また、この砲は旋回、俯仰を電力で行い、火器管制装置から自動コントロール出来るようになりました。

  このように開発の経緯を概観すると、フランス大型駆逐艦の長い改良の道程に、S113からの多くの影響があったことは事実であると言えるでしょう。

  S113、アミラル・セネはフランス海軍でも好評裏に運用され続けました。途中、艦首の延長などの改装が行われました。
  そして実に1936年まで在籍を続け、1938年7月19日、軽巡洋艦マルセイエーズ、ジャン・ド・ヴィエンヌ、ラ・ガリソニエールの実弾射撃の標的として、2つの海軍に奉仕した長い生涯を閉じました。


  余談。
  フランス大型駆逐艦は、ル・ファンタスク級の次に、1934年式14cm50口径連装砲塔4基を装備した2,930t型 モガドール級に進化します。

2,930t型 モガドール級 1938年
2,930t型 モガドール級 1938年
見よ、この勇姿。
「WARSHIP VOLUME [」THE LAST SUPER DESTROYERS? 'MOGADOR' & 'KLEBER' CLASSES 出版社 CONWAYより引用。


  この砲はル・ファンタスク級の1929年式14cm50口径砲の砲身を連装砲塔に納めたもので、仰角も同じで、理論上同じ砲の筈です。射撃指揮機材も、艦橋に5m測距儀と4m測距儀各1基、後部に5m副測距儀1基装備と強化されました。それだから発射速度もル・ファンタスクと同じ程度で、砲数増加により軽巡洋艦並みの火力を実現したと思いきや。
  実際には、揚弾機構が脆弱で故障を頻発し、発射速度が1砲身毎に6〜7発/分(実際は更にそれ以下)に落ちてしまうという失敗作になってしまいましたとさ。。。
  揚弾機の故障に一応の手当が付いたのが、既に戦争も始まった後の1940年3月と言われていますが、根本的には是正出来ず、次の改モガドール級(建造されず)では、別の砲に変更する案も検討される程でした。
  嗚呼、フランス。自力開発に入ると、どうしてこう理屈倒れなのでしょう。。。。


◎参考資料
・世界の艦船別冊NO.346「第2次大戦のフランス軍艦」 出版社 海人社
・「第二次大戦駆逐艦総覧」 出版社 大日本絵画
・「Les contre-torpilleurs Épervir et Milan」 出版社 MARINES édition
・「Les torpilleurs de 1500 tonnes du type Bourrasque」 出版社 MARINES édition
・「Les contre-torpilleurs type Vauquelin」 出版社 MARINES édition
・「Les CT de 2800 tonnes du type Le Fantasque」 出版社 MARINES édition
・「Z-vor! 1914 bis 1939」 出版社 Koehler
・「GERMAN WARSHIPS 1815-1945 Volume One:Major Surface Vessels」 出版社 CONWAY
・「CONWAY'S ALL THE WORLD'S FIGHITING SHIPS 1906-1921」 出版社 CONWAY
・「CONWAY'S ALL THE WORLD'S FIGHITING SHIPS 1922-1946」 出版社 CONWAY
・「NAVAL WAPONS OF WORLD WAR TWO」 出版社 CONWAY
・「WARSHIP VOLUME [」THE LAST SUPER DESTROYERS? 'MOGADOR' & 'KLEBER' CLASSES 出版社 CONWAY
・「WARSHIP 1993」THE FRENCH FLOTILLA PROGRAMME OF 1922 出版社 CONWAY
・「WARSHIP 1994」THE 24000-TONNES SERIES 出版社 CONWAY
・「WARSHIP 2000-2001」THE CONTRE TORPILLEURS OF THE LE FANTASQUE CLASS 出版社 CONWAY
・「Navires & Histoire」NO.03 2000年6月号



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