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特別寄稿“日本代表バージョン”の「雪」のお話は「魂に込めた祈り」です。

9月6日午後11時。ようやく仕事を終えたときのことだ。三ッ沢でのフリューゲルス戦観戦終了後、そのまま移動したメンバーが、国立競技場青山門前にもういるはずだ。そろそろ私も行こうか、などと考えている時、「旗を作ろうぜ」と行動隊長が言った。会社には申し訳ないと思ったが、宿直室に山積みになっていたシーツを一枚、拝借した。給湯室からお盆を持ってきて、真ん中に大きな丸を描き、赤く塗りつぶした。日の丸ができたはいいが、何か文字を入れたいものだ。さてどうしよう。あれこれ思案していると、あとからやってきたメンバーが、「一文字に限るって」と断言。決して達筆とは言えない手書きで書き上げたその旗を見て、我ながら感動してしまった。日の丸という美しい国旗を持ち、こんな美しい漢字のある国に生まれてよかった。大袈裟かもしれないが、本当にそう思った。それは「魂」という一文字である。
1997年9月7日。これから8戦を戦うW杯アジア最終予選の、大事な大事な第一戦である。早朝から国立競技場の周りは、大変な数の人で溢れていた。19時からの試合だというのに、昼頃には、もう列の最後尾が見えない。仲間たちと、家族と、人々みんなが「ニッポン・ブルー」を身にまとい、競技場にやってくる。午後3時半。異例の早い開門となった。
「国立大作戦」というものがある。「サッカー日本代表を応援するホームページ」上で始まったものだが、「青いビニール袋を手に、ウェーブをやる」というものだ。東京都はもちろんの事、埼玉や神奈川の多くの地域で、今青い「ゴミ袋」を入手するのは難しい。半透明のものが指定になっているからだ。平塚市に住むメンバーの一人が、自在に手に入ると言うので、20枚程買って持ってきてくれた。さらに新宿の東急ハンズまで行って、30枚、買ってきた。といっても「超野人倶楽部」で50人もいなかったので、14番ゲートの横でみんなに配る事にした。「あ、代表サイトの『大作戦』ですね」と声をかけられると何だか嬉しいものだ。親しく話し込んでしまった人たちもいた。みんな気持ちは同じ、何とか代表の後押しとなりたい。何とかフランスへ行けるよう、サポートをしたい。その心は誰もが同じなのだ。
午後6時前から、スタンドは異様な雰囲気に包まれていた。アウェー側12番ゲートを中心に陣取ったウルトラスの大集団の中で、拡声器で叫ぶ声が遠くに聞こえた。「ここまで来たら、きょうは加茂さんを信じて応援をしよう」「選手たちが少々のミスをしても、きょうは彼らを励ます応援をしよう」。その通りだ。ここまで来たら、何がなんでも勝って欲しい。フランスへ行ってほしい。ここは日本だ。日本のホームゲームなんだ。後押しをしなければ。「きょうは『観戦』するんじゃなくて『応援』しよう。声出していこう」団長も声をあげた。近くにいた人たちも、それに応えてくれた。武者震いがしてきた。大歓声の中、選手が入場してきた。
あれほどの大声で国歌を歌った事は、はじめてだった。あの日、5万数人で埋まった国立のスタンドにいた誰もがそう思った事だろう。地鳴りのように響き渡る君が代。割れんばかりの拍手と大歓声。ピッチが見えなくなる程、舞い散る紙吹雪。ひざまづき、ボールに祈りを込めるカズと城。歴史となる最終予選の幕開けだ。
試合内容については、話すときりがないので、止めよう。ただ、あの尋常ではない空気に包まれた国立で、日本が6ゴールも奪えたのは、確かに見えざる力が働いたためだと思う。ウズベキスタンが弱かった訳ではない。日本が急に攻撃パターンを変えた訳でもない。特別なフォーメーションを配した訳でもない。圧巻だったのが、前半ロスタイムの城の得点シーンだろう。完全にフリーの状態で決定的なラストパスを受けながらもそれを外していた、城。一瞬、溜息に包まれるスタンド。しかしそれも束の間、スタンドから湧き起こったのは「城彰二コール」だった。うなだれる18番の背中に後押しをするような大コール。その数分後、ゴールを決めた城は、どこか気恥ずかしそうに、しかし誇らしげに小さくガッツポーズを作って、真っ先にスタンドのサポーターの方へ走り寄ってアピールをしていたではないか。あの日のサポーターの祈りは、選手たちの力となり、勇気となり、確かに日本を圧勝へと導いたのだ。
あの日、国立のスタンドにいたサポーターはもちろん、テレビの前で祈りながら観戦していた人、あるいは遠く異国でテレビ中継も観られないが、祈る想いでいた人たち。誰もが同じ想いを胸に、その勝利に天を仰ぎ、涙したことだろう。まだまだ舞台の幕はあがったばかりだ。あと7戦もある。しかし日本は絶対に勝つと信じる。日本にはあれだけ素晴らしいサポーターがいる。ヨーロッパとも南米とも、韓国とも違う。「日本のサポーター」には、素晴らしい「応援」がある。そして私たちの祈りから選手たちは勇気を奮い起こし、勝利で応えてくれる。日本中、世界中の日本サポーターと、選手とが今一つになれたと思う。
フランスへの道、最終章。この先には何があるのかはまだわからない。しかし、ともに祈り、「応援」を続けよう。「魂」という美しい文字の在る国に生まれた私たちの祈りは、必ず選手たちの胸に届くに違いない。某ネット上で、こんな事を言っている人がいた。
『サッカーの神様。カズの右足が痛いのなら、代わりに俺の右足を傷めてくれ。能活の手が、どうしてもボールに届かないのなら、俺の右手を与えてくれ』。

〜雪〜


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