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今回の「雪」のお話は、「願いは届くはず」です。

7月9日。川崎戦の行われた駒場スタジアム。後半、試合終了のホイッスルが鳴る前から、「We Are Diamonds」がスタンド中に聴こえ始めた。その歌声は、レッズの勝利を確信し、誇示する以外の何ものでもなかった。決して完璧なゲームではなかった。パスミス、トラップミス、上がりそこね、カバーリングミス。細かいことを指摘すれば、キリがない。しかし、その歌声のさ中、主審はゲームの終了を告げた。勝ったのだ。浦和レッズ、今シーズンホームゲーム2度目の、素晴らしい勝利だった。

永井はインタビューで、こう語った。「…勝てて嬉しいです」と。私は、彼のその18歳の、勝利とJ初ゴールで興奮し、紅潮した笑顔を見ていて、心から嬉しくなってしまった。
それは、全力で疾走し、勝利に向かって無我夢中になって、そして自分が勝利に少しでも貢献できたということを確信して、それに自信を持っての爽やかな笑顔だった。彼は、今シーズン、電撃的なデビューを飾り、一躍、スターダムにのし上った。同時に、U−20日本代表にも選ばれ、スタメン出場選手に常時、名を連ねるまでに至った。しかし、サッカー眼の厳しいレッズサポーターの間からは、批判の声も聞こえた。「ドリブルが上手いのは解るけどさ」。「ボールを持ち過ぎだよ」云々。事実、私もそんな言葉を発さなかったか、と言えば嘘になる。しかし、である。彼はまだ若い。彼の表情を見て、私の心は晴れ晴れとした。18歳の青年の姿を見ていて、私の心の中には、果てしない夢が、ただただ広がっていったのだ。
先日の、リーグ再開までの一ヶ月。サッカー好きの楽しみと言えば、当然、W杯予選だ。私も、今回の一次予選日本ラウンドは、結果的には、全試合観戦してしまった。手始めは、マカオ戦。結果が見えていたせいか、国立競技場の観客数は、まばらだった。確かに結果も、10−0の圧倒的なワンサイド。それでも、私は、ガラ空きのバックスタンドA指定席、聖火台のふもとで、ビールを片手にゲームを見ていて、楽しませてもらった。駒場の真っ赤に染まったスタジアムの自由席で観戦するのは、もちろん最高だが、フィールド全体を見渡せるほどよい高さから、ゲームをじっくりと眺めるのも、なかなかに良いのだ。
私事ながら、実は今、右足の靭帯を伸ばしていて、松葉杖の生活をしている。それゆえ、立っての観戦はもとより、自由席で、人込みに紛れての観戦が、しんどい。そんな訳で、奮発しての指定席での観戦が、ここの所続いている。W杯一次予選日本ラウンド3戦も、全部指定だった。マカオ戦、翌水曜日のネパール戦はよかったのだが、オマーン戦は、さすがに全席完売。メーンスタンドのコーナー寄りのA指定だったのだが、超満員だった。超満員の指定席で観戦したのは、誠に久しぶりのことである。
6月28日、土曜日。台風が接近していて、前日からの強風は、弱まる気配すらなかった。午後になると、時折、激しい雨が打ち付ける悪天候だった。指定席につくと、周りを見渡しておもしろかったのが、みんな、それぞれの「Jひいきチーム」のカッパを身につけている事だ。マリノス、フリエ、そしてレッズ。しかし場内一同、ニッポン、ニッポンの大声援なのだ。なるほど、日本のサッカー人気は、確かに根づきつつあるのだろうか、などと考えた。
ハーフタイム。何人かのアップする選手の姿。岡野もいる。言い方は悪いが、いつものお馴染みの光景だった。サポーターの声援に、応えるかのように、ピッチの左右を走り抜けて見せる岡野。大歓声が巻き起こる。そしてそれも束の間、後半が始まった。何と選手交代、岡野のINである。私は、サッカーが大好きだが、はっきり言って、当然のレッズびいきである。これは嬉しかった。オマーン戦の前のネパール戦でも、不甲斐ない中盤でのパスを繰り返し、前線まで持ち込めない代表チームに対して、森島コールが起こると同時に、岡野コールも起きていた。それでも出場がなかった我らが岡野雅行の出撃。サイドラインを疾走する岡野の姿を、誰もが期待し、レッズファンなら尚の事だったはずだ。
結果はどうだったか。引き分けである。一次予選は勝ち抜けたものの、その引き分けのゲーム内容は、負けに等しかったかも知れない。交代で入った岡野。再三、ヘッドに合わせられない、うまくスペースに走り込めない、そして最後、ゲーム終了間際の決定的な場面で、決められない。そんな悔しい場面を彼は繰り返した。そして、冷静なサッカーファンの口からは、「岡野じゃダメだよなぁ」との溜息がもれていたのを、私は確かにスタンドで耳にした。
試合終了のホイッスルの後。サポーター席からは、大ブーイングが起きた。アウェー側に陣取った大声援のあった席から、格別のブーイングが、選手たちに送られた。うなだれた彼らは、最初にアウェー側のゴール裏をまわり、そしてバックスタンドへ、ホーム側ゴール裏へと回ってきた。ホーム側へ選手たちがたどり着く頃、アウェー側のブーイングは、いつしか『フランスへ行こう』の歌声に変わっていた。私はその光景を、眺めていた。しかしホーム側ゴール裏は、いつまでもブーイングが止まない。私のいたホーム寄りメインスタンドの指定席の観客たちは、足早に帰路につく。何人か残る人たちは、ゴール裏の人たちに合わせて、ブーイングを止めない。私は思わず、ピッチ近くまで、走り寄ってしまった。岡野の姿が目についたのだ。彼は、深く頭を下げてうなだれていた。そのブーイングが、自分に向けられたものだと感じていたのかも知れない。カズが、岡野の頭をなでている。「元気を出せよ」「また頑張ろう」「気にするな」…。その言葉は知る由もない。しかし、岡野は顔をあげようとはしない。深くうなだれたままである。
私は、ピッチの側まで降りてゆくと、「お疲れさま」と声の限りに叫んだ。「次は頼むよ、岡野!」とも。その声が彼の耳に届いたかは定かではないが、とにかく、声をかけてやりたかったのだ。そして、一つのゲームを見させてもらって、ありがとう、との想いを込めて、一人で拍手を送った。雨がまた強くなってきた。私は松葉杖をついている。不自由そうな女が、傘もささずに、ひょこひょこと最前列まで降りてきて、一人でわめき叫んでは拍手をしている姿が、どうやら周りの人たちには、奇妙に映ったらしい。誰一人として、一緒に拍手をしてくれなかった。正直に言うと、少し悲しかった。しかし、私は、雨の中で拍手を送り続けた。願いを込めて。「きょうのゲームをありがとう」「次は勝って欲しい」「いいプレーを、また見せて欲しい」そんな願いを届けたかったのだ。
不甲斐ないプレーに対しては、ブーイングも然るべし。そういう声も、もちろんあるだろう。私だってすることもある。それに対して、『私たちがプレーをしているんじゃない。ゲームを見ているだけなんだから、失礼じゃないか。見させてもらった礼儀を尽くせ』なんて奇麗事を言うつもりもない。好きだから、応援する。嫌いになんかなれない。好きだからこそ、はがゆいからこそ、悔しいからこそ、文句も口をついてしまうんだ、きっと。そしてその中から、何かを見つけたいのだろう。あの日、周りで拍手が起きなかったのは、寂しかったが、今日、試合終了前に「We Are Diamonds」の歌声を聴いて、心に染みて来るものがあった。「俺たちは、きょうもここにいるぞ。きょうもここに来たぞ。もう俺たちの勝ちだ。どうだ。勝ったんだぞ。きょうはよくやったよな。もう俺たちの勝ちだ」そんな願いが聴こえてくるような、歌声だった。
次を目指そう。上を目指そう。夢を見よう。願い続けよう。永井のあの嬉しそうな表情。フェアプレー賞を受賞したこともある岡野が、ライン際の厳しいプレーでイエローを貰った。しかし彼はクサらずに、その後も変わらずに走りつづけた。ミスシュートを重ねたのちでも、福田はきっちりと「ミスター・レッズ」の、狙い澄ましたヘッドを決めてくれたではないか。「勝てば官軍」という言葉がある。ただ単に勝てばいい訳では、もちろんないだろう。感動するプレー、いいゲームを見せて欲しい、と私たちは願う。そして、私たちの願い、その願いを願い続ければ、きっと叶うと信じる。時にはブーイングもしよう。しかしその時は、選手たちはもっと悔しく、自分を責めているに違いない。勝利に酔いしれる彼らのその表情に、私たちも酔いしれる。そういえば、私たちは、いつもこうしてやってきたじゃないか。だからこれからも願い続けよう。願いはきっと、届くはずだから。

〜雪〜


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