あかなこらむにようこそ

第一回のコラム掲載から3ヶ月、やっとTenpoint改め「雪」が第二回の
コラムを書いてきました。
今回のお題は「スタジアムは夢の箱」

実は私は、非常に時間に不規則な仕事をしている。午後から出社する事もめずらしくないし、帰宅が深夜になる事も多い。そんな時、電車もなくなると、当然タクシーで帰る訳なのだが、たいてい、外苑の中を抜けて行く。つまり、国立競技場の前を通るのだ。暗く、静まりかえり、当然、人影のない国立競技場前。

昨年、12月26日のことだった。「打ち合わせ」と称して赤坂で飲んでいると、携帯電話が鳴った。「勝ったよぉ!準決勝だよ!国立だよ!」というウチのメンバーの声。よかった。私は、もちろん、天皇杯の準決勝と決勝のチケットを、前売り発売の日に購入していたのだ。私はそれから浮かれてまた飲み直し、「どうしたの、嬉しそうだね」という仕事相手に、「いやぁ、レッズがねぇ…」と聞きたくもないだろうレッズの話を延々としてしまったものだ。さらにカラオケへと繰り出し、テンションの上がってしまった私は、あろうことか仕事場へいったん戻り、古新聞とガムテープとマジックを手にしたのだ。そして会社の車に(よっぱらって)乗り込むと、元気よく「国立競技場までっ」と叫んだ。午前4時過ぎのことである。ひと気のない国立競技場青山門前でタクシーを降りると、身を刺すような寒さだ。私は新聞を広げてガムテープでベタベタに貼り付けると、「超野人倶楽部」とデカデカと書いた。6番目だった。
満足して帰ろうとすると、今度はタクシーが拾えない。当たり前だ。年末の忘年会シーズンで空車が少ないうえ、あんなひと気のない外苑の中を空タクが流すわけがない。仕方なしに、千駄ヶ谷の駅の方へ向かって歩いた。大きなスタジアムのまわりを、真っ暗のスタンドを見上げながら、歩いた。静まり返ったスタジアムからは、なぜか大歓声が聴こえてくるような気がした。
私は駒場が大好きだ。だけど、国立も好きだ。残念ながら、私は駒場の近くに住んでいないので、生活と密着はしていない。しかし、国立競技場の前は、頻繁に通りかかる。いつも満員で真っ赤に染まった駒場は壮観だ。いつ行っても、赤い格好をした人たちで一杯で、ちょっと幸せな気分になれる。チケットだって、「ぴあ」などの一般電話予約では、Jが下火になったと言われる昨今でも、駒場のゲームのものは、なかなか手に入らない。それにくらべて、国立は収容人員が多いため、買い易い。たいてい、当日券が出る。驚いたのは、昨年の11月2日、対鹿島戦、優勝を占う天王山で5万7000枚が完売したことだ。国立競技場のチケットがJの試合で最近完売した、というのは、私には記憶がない。その日、あいにくの雨空のため、満員にはならなかったが、それでも4万人近くが入ったと思う。壮観だった。
昔、どうしても仕事が入ってしまって、国立で観戦中、泣く泣く途中で仕事に向かったことがある。ちょうど同点で後半を終了、延長戦にはいる時だった。後ろ髪をひかれながら、国立を後にして外苑を歩いていたら、大歓声とともに、「We Are Diamonds」の大合唱が聴こえてきたのだ。スタジアムの外にまでこだまする、歌声だった。「ああ、何か理由をつけて仕事なんかキャンセルできないかな」と思わず考えてしまった。なんだか、すごいパワーなのだ。あのスタジアムの中で渦巻いているものというのは。
サッカーは、スタジアムで見るにかぎると思う。特にレッズ戦は。サッカーに興味がない人でも、一度見に行くといい。サッカーが好きで、レッズが好きで、懸命にプレーする選手と、それを懸命に応援する人たちが集まった、夢のような素敵な場所なのだ。よく、レッズのサポーターは、ただ騒ぎたいだけの、野球でいうところの「阪神フーリガン」みたいなもんだろ、という言葉をきく。それはそれで構わないと思う。選手と同じユニフォームを着て、タオルマフラーを手に旗を振って大声で応援する。それはそれでいいと思う。あそこには、確かに「非日常」が存在するのだ。仕事や学校、バイトやデートさえも忘れて心から純粋にあの「赤」を追いかけて、勝利を目指す。そして一つの大きな声援へとつながる。いつものスーツや制服を脱ぎ捨てて…。
あの夜、私は午前4時の国立前を歩いていて、そんないろんなことを考えていた。そうしたら、大歓声と「We Are Diamonds」が聴こえたような気がしたのだ。夢の箱。そんな気がした。あそこへ行けば、あのスタジアムの中にはいろんな夢がある。日常と、非日常と。毎日仕事や勉強で忙しくしている人も、週に一度の楽しみで足を運ぶ。月に一度かも知れない。テレビのような小さな箱からは感じられない、生の「ドキドキ」を実感できる。
先日、私は国立での広島戦を観戦するために、徹夜で仕事を一つ仕上げ、さらに14時からの打ち合わせを無理矢理18時に変更してスタジアムへと駆けつけた。眠いし、体はボロボロで、正直、競技場へ向かっている間、ちょっとだけ後悔してしまった。しかし、青山門に着いた瞬間、そんな考えは吹っ飛んだ。山のような人。赤い人の山。「遅ぇよ!」と言って笑うウチのメンバーたち。赤く染まった国立の「スリバチ」を見たとたん、もうどうでもよくなってしまった。それぐらい、魅力があるのだな。その試合は、残念ながら負けてしまったが、私は深い満足とともに、また職場へと向かった。夕方、仕事の打ち合わせに私はレプリカを着たまま行ったのだが、相手は、「ああ、今日はサッカーでしたか」と笑ってくれた。レッズ戦のスタジアム、あそこは素敵な情熱がいっぱいつまった、夢の箱なのだ。

〜雪〜


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