歪む時間 <2>




(三)
 
 ヤツが悪い。
 アイツは何も分かっていない、分かろうとしない。
 何の為にここへ来たのか・・・それさえも人に言われたセイだとは。
 何も分からず、笑みを浮かべる・・・あの笑顔が嫌だった。
 笑う事で己の内面の障壁としている、あの笑顔が憎かった。
 たくさんの言葉を投げかけてくるくせに、大切な事は何一つ言わないアイツが許せなかった。
 ごまかす為の、あんな笑顔なんて必要ない。
 どうでもいい事しか話さないなら、話せる必要なんてない。

 『欲しい』────。

 沸き上がる欲求は、すべての感情を飲み込み暴走に拍車を掛ける。制御を放棄した感情の渦は、ヒイロの思考に一つの方向性しか与えない。
 『欲しい』────。
 ならば何があっても手に入れてやる。


 椅子に座り、ベッドの上のデュオを眺める。
 絶対に動く事などないから、安心して見ていられる。
 毛布が静かに上下する様は、デュオが確かに生きてここにいるという証拠。ここからは横顔しか見えないが、その存在を見ているだけで満足出来る。

 モウ、逃ゲルコトナンテナイカラ。
 ズット、眼ノ前ニイルカラ。
 望むモノを手に入れたから────。

 ふいに、瞬きを繰り返すデュオに気がつく。なんだか気になったから、椅子から立ち上がり、そばで顔を見る為に近づいて行く。
 顔を覗きこむ。
 自分の姿を確認した途端、デュオの瞳が目一杯に開かれる。その眼から読み取れるのは・・・恐怖。ああ、さっき俺が言った言葉が理由か。
 くすりと、微かに口許に笑みを浮かべる。
 口許だけでなく、瞳にも笑みを。・・・およそヒイロらしくない優し気な・・愛し気な光を湛えて。
 頬に手を伸ばす・・・暖かい。滑らかな肌の感触が心地好くて、何度も頬から首筋にかけてのラインを両手でなぞる。
 親指が、軽く唇に触れた。
 乾いている、そう思ったから自分の唇を近づけて、デュオの唇を舐めてやる。
 ゆっくりと、自分の口内の湿り気を相手に与えてやる為に。それから改めて唇同士を重ね、その口内の感触を感じようとする。

 抵抗はない。絶対に。

 だから何も焦る事はなく、好きなだけ唇を貪る。一方的な舌の侵入に、デュオの口から溢れた唾液が流れていく。・・・その濡れた感触に、夢中になってヒイロはデュオの唇を吸い上げた。

 『欲しい』────。

 ただそれだけ。今、ここにいる存在は自分のモノだから。
 キスなど初めてではなかったけれど、それがデュオだと思ったから、それだけで奇妙な高揚感に囚われる。やっとの事で唇を離した時には、身体中が熱くて、自分が性的興奮状態にある事がハッキリと自覚出来た。

 そういう事なのか?
 この『欲しい』という欲求は?

 明らかにその先を求める自分の体に、半ば問いかける様に確認をする。
 ならば手にいれてやる。
 何をしたいかが分かれば、実行すればいいだけの事。

 デュオに掛けていた毛布を取り払い、ヒイロは軽くデュオの体を抱き起こすと、再び唇を合わせた。ゆっくりと、時間を掛けてその柔らかな感触を味わう。唇を離して頭の支えをずらすと、本人の意志で力を入れる事が出来ない頭はガクリとのけぞり、目の前には白い喉が晒された。その喉に、ぎりぎり触れる程度の柔らかさで唇を滑らせ、胸元へと降りていく。
 聞こえて来るのは幾分規則性の欠けたデュオの吐息。薬のセイで体を動かせなくとも、感覚や呼吸などはそのままで、本能的な反応はきちんと伝わっている筈だ。
 拒絶する事もままならず、コイツは何を今考えているだろう?
 ふと思い立って顔を上げさせると、思い切りつぶられた瞼がピクピクと痙攣を繰り返している。その姿に又笑みが浮かび、震える瞼を舌で軽く一舐めした。途端にビクリと、一層頑なに閉じられた瞳に、さらに浮かれた様な気持ちが沸き上がる。
 片手で力ないデュオの背を支えたまま、もう片手の手で器用に服を取り払う。
 先程寝せる時に上着は脱がせていたので、上はシャツだけ。そのシャツを脱がせきると、またベッドに寝かせて今度は下肢の衣服もすべて取り去る。それから、一度デュオから手を放し、自分の衣服も脱ぎ捨てると、仰向けに寝かされたデュオの上に、被さる様に自身の体を置いた。
 肌と肌の滑らかな触れ合いが、さらに高揚感を煽り、肌を火照らせていく。
 デュオの肌を、余すところなく舌でなぞる。塩味を伝える汗の味さえも、今は自身の衝動を煽る材料にしかならない。舌が触れた部分に沿って、所々に指で刺激を与えながら、手も肌の上を滑らせる。

 これは、俺のモノ。俺だけのモノ。

 そう思うと嬉しくて、白い肌に時折歯をたててみる。残る跡を見て、心が沸く様な喜びを感じ、さらに体に跡を残す作業へ没頭する。
 体温に触れているだけで、自分の興奮はさらに高まって来ている。体だけでなく、心の内の欲求もさらに強くなって他の感情を覆い尽くそうとしている。
 そう感じて、ヒイロはデュオの下肢に手を伸ばした。何の抵抗もない体のその足を割り、自分のいる為の位置を空けさせる。少しだけその体を引き寄せて、一瞬だけ眉を潜めて自分達の体制を眺めてから、思い切ってデュオの足を持ち上げる。
 まるきり本人の力がない足をずっと支えている事は難しいので、高く持ち上げた足はそのまま体を2つに折る様に、ぴったりとデュオの胸に押し付けた。
 完全に晒された箇所を手で確認してから、ヒイロはゆっくりと自らの体を重ねていく。
 全身の神経が集中した箇所に、痺れる様な圧迫感が広がり、その感覚がもたらす甘い疼きに思わず息を詰める。
 意識して拒絶は出来なくとも、緊張に強ばっている体は思った以上にうまく受け入れてはくれない。それでもヒイロは一切かまわず、力任せに一息に最後まで進め通した。

 身体中の感覚へ、弾ける様な快感が走り抜ける。
 波の様に押し寄せる歓喜と快楽が、身体中を支配して思考を閉ざす。
 衝動のままに、さらなる快楽を求めて体を動かした。
 だんだんと、確実に昂ぶりを増して行く体の芯に、すべての意識が集められる。
 体の外から内へ向かって、感覚が凝縮されていく、そんな感じだった。
 自分の体が、今は、衝動と本能だけで動いている。
 唇から漏れる息が熱い。
 喉が体の興奮状態を表す様に乾いている。
 「デュオ・・・。」
 口から漏れた言葉はコイツの耳に届いただろうか?

 ・・・やがて。すべての感覚がピークを極め、集められていた神経の一つ一つが外へと向かって一気に分散していく。
 体から力が抜け、ヒイロはそのままデュオの体の上で大きく息を吐いた。
 ゆっくりと体を起こし、デュオの顔を見つめる。
 ただ大きく開かれた青紫の瞳は、自分の顔を見ず、天井を見つめたままで涙を流していた。
 「何故泣いている・・・。」
 声が聞こえたのか、瞳が自分の顔を映す。
 暁の空と夜の間に現れる、少しだけ紫色を含んだ澄んだ青色。零れそうに大きく開かれ、じっと自分をみつめるその瞳の中には、ただ、憎しみだけが浮かんでいた。
 自分に向かって・・・恐らく、コイツが出来得る唯一の抵抗として。
 憎しみの宿る瞳で、デュオはじっと自分を見ていた。
 
 こうなる事は分かっていた。
 だから、今更どうという事はない。
 けれど──────いや・・・・。
 欲しいモノは手に入れた。今の自分は満足している。
 その、筈だった。



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 (四)

 殺してやる。
 自分を身動きの出来ない状態にして、ヒイロの目的はこの為だったというのだろうか?
 人形の様になすがままに扱われる屈辱。思い出せばまざまざと感じられる、肌を伝う濡れた感触。
 痛みと。
 快楽。
 体に伝わる感覚は全て受け取る事が出来る。
 だが、それらを紛らわす為に、声を出す事も、歯を食いしばる事も、掌を握り締める事さえ出来ない。だからただ、感覚はダイレクトに伝わるまま感じるしかない。気を逸らそうとしても、生々しい感覚が次から次へと与えられて、精神に屈辱を刻み付けていく。

 許せない。

 人としての権利を全て奪い取られて、抵抗も出来ない人形として慰みモノになるなんて。
 仲間だと思っていたのに。
 今まで生きていて、初めて信頼できる仲間が出来たと思ったのに。
 それを裏切ったのだ、ヒイロは。
 自分達の様な生き方をして来た者にとって、信頼というものがどれ程に重いものか分からないヤツでない筈だ。それを・・・。

 だからただ睨みつける。
 今出来る唯一の抵抗である瞳に、憎しみと怒りを宿して伝える。
 もし、体の自由を取り戻せたなら、真っ先にお前を殺してやる。

 その事を。


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 行為が終わり、ヒイロはデュオの顔を覗きこんで来た。だがすぐにその顔は視界の外へ消えてしまい、デュオの眼には又灰色の天井だけしか見えなくなった。耳を澄ませば、ヒイロの足音と椅子を引く音が聞こえる。椅子を引いて、座って・・・そしてそこで音は途切れる。後は沈黙だけ。

 眼を閉じた。

 頬に伝った涙が冷たい。拭き取る事も出来ないから乾いていくのを待つしかない。下肢の鈍い痛みは、じくじくと疼く様に頭に不快感を伝えてくる。所々噛まれた皮膚もひりひりとした痛みを訴えている。
 それらは全て感じる事しか出来なくて、自分の今の状態を再確認させる様主張しながら伝わってくるだけだった。考えれば考える程怒りが沸き上がり、そしてどうしようも出来ない事を実感してただ苦しむ。

 惨めだな。
 惨め過ぎて・・・声が出せたなら、笑いたい気分だ。

 「俺が憎いか。」

 ヒイロの声が聞こえる。

 ああ、憎いさ。

 「当然か。」

 ──────?

 「憎いなら、憎め。だがそれでも・・・俺はお前が欲しかったんだ。」

 言葉の語尾は、妙に弱々しくて────コイツ、らしくなかった。
 怒りに染まった感情が、何処かで冷めていく。
 だが、俺はコイツを憎む事を決めたんだ。許さないと、絶対に。だからそれ以上の思考を閉ざす為に無理にでも眠ろうと眼を瞑る。
 目尻からは止まった筈の涙がまた流れていた。

 くやしくて?つらくて?

 いや、違う。

 哀しくて。そして苦しくて。


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 戦争が終わってまず感じたのは脱力感。
 ────終わった────。
 ただそれだけが頭に浮かび、身体中から力が抜けて眼を閉じる。無重力状態に体を委ね、ふわふわと部屋の中に漂っているのが心地好かった。
 体と一緒に心も空白にして。とにかくその時は、自分を構成する全てのモノに休息を与えたい気分だった。
 暫くそうして。やっと思考を再開する気になるまでにはどれくらいかかっただろう。
 気が付くと部屋の外で自分を探す声がして、イキナリ現実感を突きつけられてしまったのだ。自分はどうするべきだろうと。

 カトルは帰ってウィナー家を継ぐのだろう。
 トロワはサーカスに。
 ウーフェイはもう既に何処かへ旅立っていったらしく、それはそれでらしいと思う。
 ヒイロはあのお嬢さんと、これからの世界を担う重要な役割が待っている。

 ならば自分は?

 そう、思って廊下に出たら、偶然自分を探してヒイロとカトルが話している姿を見つけてしまった。

 「いましたか?」

 心配そうなカトルの声。

 「いや・・。」

 無表情を張り付かせたヒイロの顔。

 「そうですか・・・。では僕はもう一度格納庫の方へ行ってみます。ヒイロは第4ブロックの方を探して下さい。」

 「ああ。」

 そう言うと、カトルは早足でその場を立ち去っていく。だが、残されたヒイロはすぐに第4ブロックへは行かず、何故か下を向いてただ立ちつくすだけだった。

 「くそっ。」

 突然、それまで無表情を保っていた筈のヒイロが絞り出す様に声を出し、通路の壁に拳を当てた。

 「何処へいったんだ、あいつはッ」

 見たこともない感情的なヒイロの姿。初めて見る、怒りと苦しみを織り混ぜた激情を顕にするヒイロ。その原因は・・・俺、なのか?

 何故?

 何故ヒイロは俺が見つからないだけで、あんなに苦しそうにしている?
 何時だって俺はお前にとって「関係ない」で済ませられる存在だったじゃないか?

 沸き上がった疑問へ答えるように、今までのヒイロの不審な行動が一つの関連性を持って思い起こされて来る。
 バルジで、何故ヤツは俺を助けた?そして・・そう、考えてみれば宇宙で再会してからいつでもヤツの視線を感じたのは気のセイではなかったのか?

 ────心の中で警告音が鳴り響く。嫌な予感がじわりとじわりと競りあがって来る。

 ヒイロは俺に拘っている。何故だか分からないが、俺に対して明らかに他の者へのかける以上の執着を見せている。

 だめだ。
 ヒイロに会ってはいけない。
 少なくとも今は、ヒイロに会うべきではない。
 今、ヒイロに会ったなら、アイツは選ぶべき未来を選択し間違えるかもしれない。

 ────だから、誰にも何もいわずにその場から立ち去った。
 今になってヒイロに会おうと思ったのは、確認をしたかったから。
 カトルからヒイロの居場所を聞いて、ヒイロがお嬢さんと一緒でないというのに驚いて・・・それから──最初の内はとても怒っていたが、今は自分の名を出しても表情を変えなくなった──と、そう言われた事で会う気になったのだ。

 もう、大丈夫だろうか、と。
 そして何故、そんなところにいるのかと聞きたかった。
 だが、ヒイロは──────。







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