WEEL OF FORTUNE



初めての1×2本の小説。
かなり今の2人と性格変わってて、今の私的にはちょっと納得いかない部分が多々あるので
UPは悩んでいたのですが…。…まぁ、ちょっと違うと思ってもお許しください(^^;;
続きでコピー本が6冊出てまして、それも近日中にUPします。




 奴を見ているとイライラする。おしゃべりで図々しくて、おせっかいなデュオ・マクスウェル。

 奴は本当に自分に課せられた任務の重大さを分かっているんだろうか?
 同じ目的を持ち、同じ様にガンダムにに乗って戦っているにもかかわらず、笑う事の出来る奴を見ていると、妙に心が苛立つのだ。
 …奴は嫌いだ。
 奴の話し掛ける言葉、その声を聞くだけでも気にさわるのだから。
 だから、バルジの時に奴を殺すのは、状況から見ても感情から見ても、どこにも迷う事はなかったハズだった。
 なのに何故、俺はあの時奴を殺せなかった?…・いや、殺したくない…と思ったのだ。俺自身が。

 それが何故かは今も分からない。ただ、あれからずっと奴と離れ、再び会った今も、奴といると心のざわめきが生じて平静でいられなくなるのだ。

 イライラする…。奴に?自分に?…それさえもワカラナイ。



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 「やっかいなモノを持ち込みやがったナァ。コイツはまともな人間が乗るシロモノじゃないぜ。」
 デュオがゼロを見て、いった第一声はそれだった。
 そんな事をいうために、わざわざ一人でいる自分のところまでやって来たのだろうか?コイツは?

 「お前に乗れとはいってない…。」

 デュオの方を見もせずに、ヒイロは答えた。その言葉にムッときた様に、デュオがヒイロを振り向く。

 「お前、これに乗ったんだろ?だったら…。」

 だったら?…確かに初めてゼロに乗った時は色々あったが…。あれは自分の精神の弱さが引き起こしただけの事だ。
 今は…違う。

 「俺には乗りこなせる…」

 そう、乗りこなせる。…自分は完璧な兵士としてゼロに負けたりはしない。
 自分に言い聞かせる様に心の中でヒイロは呟いた。
 だが、ふと、今自分がいった言葉に、デュオがどんな反応を示しているかが気になって、後の言葉は彼に視線を向けながら続けた。まるで、今の言葉のフォローをしている様な事をいう自分に疑問を感じながら…。

 「おなじシステムのエピオンに乗った経験が役にたったろうからな。」
 「エ、エピオン?!。あのゼクスが乗っていたやつか? お前一体何やってたんだ?」

 驚いた顔で、ヒイロを指差しながらデュオが騒ぎ立てる。

 …うるさい。何故コイツはいつも大袈裟にわめきたてるのか?

 先程から見ているだけでも何度も表情の変わっている青紫の瞳は、今は驚きで目一杯に開かれている。だが、その瞳が急にうつむき、一瞬、あきらめた様な、どことなく悲しそうな色を浮かべたかと思うと、くるりときびすを返し、後ろを向いてしまった。

 「やれやれ忘れてたぜ。お前はまともな人間じゃなかったよナァ。」

 そのままこちらを振り向きもせずに離れて行く。
 その姿が、何故だか妙に心にひっかかった。
 去ってゆく後ろ姿に、思わず声をかけそうになり、その自分にわけがわからず腹が立つ。

 何を…いう気だったんだ、俺は?

 心の苛つきを押さえて瞳を閉じる。

 分からない。分からないが…何故こんなに自分は今苛ついているのだろう?



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 ピピピピ。
 モニターに文字が映し出された事を表す電子音が聞こえる。
 それに続いてキーボードが叩かれるカタカタという音。外界からの音が完全に排除されたウィング・ゼロのコクピットの中は、彼が作業をする音しか聞こえてはこない。

 ヒイロは脇目もふらず機械的なまでの手際良さで作業を続けていた。単なるゼロの点検作業。別に今やらねばならない様な事ではない。ただ気をまぎらわすためにやっているだけの事だ。

 程なくして作業が終わる。異常なし。

 ヒイロはキーボードから手を離し、シートに深くもたれ掛かった。ふうと大きく息を吐き、瞳を閉じる。
 すると…頭の中に浮かんでくるのは先程別れたデュオの後ろ姿。
 そのビジョンが頭の中でハッキリと思い起こされた途端、また、先程までの理解出来ない感情が心を満たす。苛立ちと、苦しい様な、やりきれない様な、今まで感じた事のない感情。

 不快…だ。

 自分は任務を遂行するために、完璧な兵士として自分自身を完全にコントロール出来るはずだった。
 なのに何故、奴と会った後に必ず起るこの感情は、自分の意思で消せないのか?
 今まで自分で生きてきて、自分が分からないなどという事はなかった。
 兵士として、自分の力だけを信じて生きてきたヒイロにとって、自分の中に得体の知れないモノがある事は、それだけで彼の精神にやすりをかけた。”不安”という、これも感じた事のない心のやすり。それに戸惑う自分が腹立たしくて仕方がない。

 いつでも感情を映してコロコロを輝きを変える青紫の瞳。あの瞳をむけられた時、何故自分は平静でいられないのか?

ーーーーー分からない。ただ、このままでいる事はキケン。

 それだけが今のヒイロが確信出来る事だった。



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 ピースミリオン艦内の通路。
 ドカドカと音をたてていそうな程の大股の荒っぽい歩き方で、デュオは歩いていた。
 地上に比べ、重力の低いここでは普通、こんな床に足を思い切りついた歩き方はしない。
 だから、すれちがう人々が皆、驚いた様な視線を投げていくのも当たり前の事ではあった。
 …だが、しかし。
 今のデュオはそういう風に歩きたい気分だったのだ。

 なにせ腹が立っている。

 理由はハッキリしている様な、してない様な…いや、ハッキリしている。ヒイロが悪いのだ。

 ”俺には乗りこなせる”

 …ハイそうですか。
 どうせ”俺は完璧な兵士だから、お前とは違ってゼロシステムも乗りこなせる”とでもいいたいんだろうさ。だいたい奴は…。

 「…ュオ…デュオ…。」

 あまりにも頭に血が上っていたため、自分が呼ばれている事に気付くのが遅れてしまった。
 驚いて振り向くと、カトルが困った様な笑みを浮かべて立っている。

 「デュオ…。その…。声をかけようかは少し迷ったのですが…、どうしたんですか?どうやら怒っている様ですが?」
 「あぁ、カトルか。」

 相手を確認して、思わず大きく息を吐き出した。それから、苛立ちのままに言葉が口を出て行く。

 「ヒイロがさー。アイツ自分があのゼロに乗れるって事をあんまりにも平然と、まるで乗れて当然みたいないい方しやがってさー。あのゼロをだぜ?なんかいい方っていうか、なんだかあったまきちまってさー。」

 ”ゼロ”という言葉を聞いて、カトルは表情を曇らせ、下を向いてしまう。

 「彼なら乗れる…。そうですね。彼は完璧な兵士ですから…。」

 小さく呟かれる苦しげなカトルの声に、一瞬、デュオは心配そうな表情を見せたが、その言葉を聞いた途端、すぐに苛立つ表情に戻って、吐き捨てる様にいい返した。

「完璧、ね。なァカトル。完璧な人間なんてのはありえないんだぜ。人間である以上、完璧でなんてあるはずがないんだ。」

 辛そうな表情で、諭す様にいうデュオのあまりの真剣さに、カトルは気圧された様に視線を外して答えた。

 「ええ…。そうですね。でも彼は。ヒイロは強いから…。」
 「強いだって?」

 デュオの頭にさらに激しい怒りが沸き上がる。何故、ここまで頭にくるのかは、自分でも良く分からない。

 「ああ。確かにアイツは強いさ。だがなァカトル。アイツの強さは違うんだ。アイツの強さは”失いたくないものがない”からこその強さなんだ。そんなのは本当の強さなんかじゃない。なのにアイツはいつも自分は強いという顔をしてやがる。…俺は…。」

 言葉につまり、力一杯拳をにぎりしめる。
 それを見て、デュオ…と呟く様に声を出し、カトルはそれきり黙り込んでしまった。じっとデュオの顔を見つめ、その瞳には様々な表情が浮かび上がったが、それを気にしている余裕はその時のデュオにはなかった。

 自分を強いと誇示するヒイロ。そのヒイロへの苛立ち。
 だが何故これ程までにその事が自分の感情にさわるのか?ーーー同じ目的を持つとはいえ、ヒイロは所詮他人だった。他人に対して内面的な事に関してまでとやかくいう権利なんて、自分にはないし、自分だっていわれたくもない。それがわかっていて、何故、ヒイロだけには黙って見ている事が出来ないんだろう?

 頭の中に、ヒイロの顔が浮かび上がる。表情のない瞳は真っ直ぐに自分を見つめ、自信に溢れ、逃げる事はない。その瞳を見るといつも沸き上がる感情は、苛立ちと苦しさと悲しみと…。それが何なのかは、デュオには分からなかった。



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 真っ黒な宇宙空間が、一瞬、青白い光に包まれ、コクピットにつたわる軽い振動が敵の爆発を知らせる。

 「これで…8機。」

 ヒイロは小さく呟いた。
 敵が小さな小競合いで、少しづつこちらの戦力を削ぐ方法に切り替えてから、すでに幾度めかの出撃になる。
 今回はまだ大丈夫だろうが、このままではきっと、こちらが疲弊してきた時にやられる。なにせ敵は疲れを知らないモビルドール、しかも、数でいえば比べるのもバカバカしい程に不利なのである。
 どう考えてもこのままの戦いを続けるワケにはいかなかった。
 単身乗り込んで中から狙うか…。
 どちらにしろ、そろそろ何か思い切った策に出る必要がある、と、今現在ヒイロは考えていた。

 「ヒイロ、そちらの敵はかたずけましたか? でしたら、デュオのところに行って下さい。少し突出しすぎたセイで苦戦しているハズですから。」
 「…了解。」

 カトルからの通信。
 返答と同時に操縦カンを上げて機体の向きを変える。
 バーニアの出力を上げると一瞬だけ体がシートに押し付けられる。
 体制を立て直し、前面のスクリーンに映る小さな光が幾度となく現れては消えてゆく、…その様を見ながら、ヒイロは小さく舌打ちをした。

 今の通信中。”デュオ”という名を聞いた時の自分の中に起きた心の動揺。
 まさか戦闘中にまでこんな影響があるなんて思いもよらなかった。
 しかも今回はただ単に奴の名前を聞いただけ。ピースミリオンで再会してから、この反応が日に日にひどくなってゆく気さえする。

 …このままではいけない。

 心の中にひびく警告音も、ますます大きく鳴り響いている。
 こうやって今、奴に近づくにつれて膨らんでゆくこのワケの分からない感情。このままでは自分の行動にまで影響を与えてしまいそうだった。

 その前に。…不安要素は取り除かねばならない。


 カトルにいわれた通り、デュオの元へとゆくと、確かにデスサイズヘルがまわりをMDに囲まれて苦戦していた。周囲の残骸を見たところ、すでにかなりの数のMDを倒した様であるが、元々接近戦で一体づつ倒していくタイプのヘルでは、周りを囲まれた戦いは不利であり、今も見ている目前で、敵の攻撃をいくらかくらってはよろけている。

 「あのバカ…。」

 その姿を見ていると、ヒイロの中の苛立ちがさらに大きくなった。いや、苛立ちだけではない。ヘルへの攻撃が当たった瞬間に感じるヒヤリとした感触。自分は今、あきらかにあのガンダムが破壊される事を恐れている。

 何故…だ?奴は…俺の感情を乱すモノ。いなくなればいい。その…ハズなのに。

 ライフルを持ち直し、ヘルの後ろへとまわりこもうとしているMDに狙いを定めた。
 デュオの乗る黒い機体に当たらない様、ツインライフルの片方だけ、出力も最少に絞ってトリガーを引く。
 青白い閃光が真っ直ぐにのびて目標に命中し、その爆発の光がメインモニターを一瞬だけ真っ白にする様を、ヒイロは心の内とは違う表情のない瞳で見つめていた。

 奴を助けたのはこちらの戦力を削がないため。それが理由、そのハズだ。…そうでなければ一体俺は奴をどうしたいというのだろう。

 突然の警告音が通信の入って来た事を知らせる。そのカン高い電子音にヒイロの思考が現実に戻された。

 「ヒイロか?サンキュ。助かったぜ。」

 声を聞いて反射的にビクリと反応する自分自身が腹立たしい。だからことさらに平静を装う冷めた声で答えた。

 「お前が突出しすぎたのが悪い。他の者に迷惑をかける様な戦い方はするな。」

 一息程の沈黙がおりる。それはおそらく相手が怒っているからだと思われた。

 「あぁ悪かったな。わざわざヒイロさんのお手を煩わした俺がみぃんな悪かったですよ!」

 それきり通信は一方的に切られる。
 ヒイロの表情は変わらない。
 …もしかしたら、その瞳には微かに困惑の色が現れていたかもしれないが。

 今のヒイロはまだ、自分の中に起るこの感情を表情に出す術を知らないかった。

 ただ沸き上がる心の揺れを無理に押さえつけるために、軽く目を閉じてまた開く。
 思い切り良く引いた操縦カンを力強く握り締め、目前の敵だけに集中して行く。ここは戦場。自分は戦うためにココにいるのだ。





 出撃してから2時間程の時間がたち、MDの数もすでに半分ちかくにまで減ってきていたその頃。
 突然レーダーがリーブラ方面からこちらへ向かってくる3つの点を映し出した。

 新手か?

 まさかエピオンかと、ヒイロが向かおうとしたその時、通信回線から飛び込んで来た声にヒイロの動きが止まる。

 「ピースミリオン…ピースミリオン聞こえますか…お願い返事をして…デュオ!!」

 その声の主が誰かなんて知らない。ただ、声に込められた”想い”がヒイロを動けなくした。



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 「そうか。」

 そういってアイツは去っていった。すぐに向こうを歩いていってしまったから顔は見えなかったけれど。

 …まァアイツの事だろうから、いつもの無表情だったんだろうけどさ。

 しかし、ヒイロから自分にモノを尋ねてくるのはめずらしかった。そして、質問の内容もヒイロらしくなかった、と思う。
 ヒルデを助け、戦闘から帰還後。
 そのヒルデが持って来た、リリーナ・ピースクラフトがリーブラにいるという情報を教えにいった時に、わざわざ自分を引き止めて、ヒイロは聞いてきたのだ。

 「あの女は何者だ?」

 いつも通り、表情のない顔。

 「どういうって…。えっと、月基地を逃げてからさ、ここにくるまで世話になったってしか…。」
 「そうか。」

 心なしか、声に苛立ちを含んでいた様な気がする。

 なんか俺マズイ事いったんだろうか?…いや、アイツが俺と話してて不機嫌そうにしてるのはいつもの事か。

 そう考えてデュオはふうと大きくため息をついた。

 俺、アイツに嫌われてるんだろうなァ、としみじみ思う。

 ああでも。
 俺も多分、お前が嫌いだ。

 少し顔をしかめてそう思う。いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
 いつでも真っ直ぐな青い瞳。地球に降りて初めて見た、広く深い海の色。
 あまりにも透明であまりにも汚れのないその瞳は、初めて見た時からデュオの心に小さな痛みを覚えさせた。

 どんな時でも真っ直ぐに前を見つめる強い光を宿す瞳。
 …でも。その瞳の中にあるのは虚無。
 彼の瞳は見るモノをその表面に映していても、内にはなにも映さない。
 子供が恐れを知らないのは失う事の意味を知らないから。子供が純粋なのは何が悪いのかを知らないから。
 …ヒイロは子供じゃないし、何も知らないってワケじゃない。だけど、アイツが強いのは、きっと何も失っていないから。失うモノがないから。失う事を恐れていないから。…おそらく、兵士として感情を殺す訓練が完全すぎて、知識として知っていても、そういう感情を実感として覚えられなかったのだろう。

 自分と似た境遇で育ったハズなのに、あまりにも違う自分とヒイロ。
 デュオは感情を捨てなかった。
 でも、ガンダムのパイロットになるために捨てたものはたくさんある。
 ただ、ヒイロの様に徹底してすべてを放棄しなかっただけだ。すべてを捨ててしまったら、自分は人間じゃなくなってしまう。人間が人間と戦うからこそ、戦争は後に残すものがある…と、自分を育てたドクターGはいっていた。
 人間じゃなくなっってしまったモノが戦うのなら…それはMDと一緒だ。
 …だから嫌だった。あの瞳が。
 あの強い光は”自分は人ではない”と主張している様で、見ているだけでデュオをやり切れない気分にさせたから。
 あの空っぽの瞳の内に表情を宿してみたくていろいろ話しかけてみたけれど、それも、あまり効果があったとは思えない。

 でも。でも、アイツは変わったよな。

 前なら他人に興味を持つなんて事はまったくなかった。今日の問いも、少しは自分に興味を持ってくれたのかな、と思うと思わず口元がクスリと笑みをこぼしてしまう。

 あのお嬢さんのおかげなんだろうな…。

 ヒルデが持って来た情報。リリーナ・ピースクラフトがリーブラにいると告げた時、一瞬の驚きの表情の後、深く考えてしまったヒイロ。ヒイロの中で、彼女はよほど気にかかる存在に違いない。
 …自分にはヒイロを変える事は出来なかった。
 そう考えると、心が少し苦しい。なんとなく悲しい様な沈んだ気にさえもなってくる。何故かは…分からなかったけれども。



************************


 トクン、トクン…。
 自分の中を流れる血液の音がやけにうるさい。
 心の中の動揺を表されている様で、余計苛つきが増す様だ。
 別に暑くなどないのに、額にじっとりとした湿り気を感じる。
 喉も乾いている。
 …だが、今はそんな事はどうでも良かった。

 自室に帰ってきて、こうしてベッドの上に座り込んだまま、一体どれくらいの時が流れたのだろう。
 明かりをつけない部屋の中は真っ暗で、それでも微かにあるスイッチ等のランプが、目の前のものをかろうじて見える様にしている。
 暗闇の中、ヒイロはただ、じっと正面の壁…真っ暗な空間を見つめていた。
 目を大きく開き、瞳を動かす事もなく、ずっと同じ姿勢のまま身動き一つせず。
 おそらく同じ姿勢を数時間とらされた体の筋肉は疲労を告げているのだろうが、そんな事はまるで気にならない。
 体に感じる感覚などどうでもいい。心を満たすこの得体の知れない感覚をどうにかしなくては。

 今のヒイロはこの感情に追い詰められていた。

 今までは、どうにか表面的には平静を保つ事が出来た。次第に心に広がってきていたとはいえ、おそらく、このままなら後少し。…せめて、この戦いが終わるまで…はどうにか押さえていられたハズだった。なのに…。

 ヒルデ。というあの少女。
 彼女はデュオの名を呼んだ。

 たった一人で追っ手に追われ、死を覚悟したその時に通信回線に向かって叫んだのだ。デュオ、と。
 その言葉に込められた想い…。それはヒイロには理解出来ないものだったのだが、その声を聞いた途端、心が大きな力で押さえつけられた様に苦しくなった。苦しくて、苦しくて、感情の制御がきかなくて、自らの爪でキズついて血が流れるまで力一杯に手を握り締める程に。手の痛みが少しだけ感情を反らして、どうにか戦闘に戻る事が出来たはしたが、いつも通りに戦う事など到底出来るものではなかった。

 心の奥底に、暗くて重い塊の様なものが住み着いてしまう。握り潰そうとしても、無視しようとしても、それはどんどん存在を大きくしてゆくだけだった。

 戦闘が終わり、デュオがヒルデと話している様子を見て、それはさらに加速した。
 デュオが自分に向かって歩いて来た時には、来るな、と大声で叫びたくなった。

 すべて奴のセイなのだ。俺がこんなに苦しんでいるのは!

 …ワカラナイ。この感情が何なのか。自分が何をしたいのか。奴に対してだと自分の行動さえ理解出来なくなる。何故、あの時ヒルデの事を尋ねたのか…それも分からない。奴は他人、奴が誰と話して誰とどんな知り合いでも自分には関係ない。あるハズがない。
 では何故。

 何故、こんなに苦しい?こんなに苛つく?…こんなに…悲しいのだろう。

 …ドクン、ドクン…。
 脈打つ音はさらに大きく耳に届く様になる。その音にまで、自分は追い詰められている様だ。

 デュオ・マクスウェル。
 青紫の瞳。様々な表情を映して、いつでも生命力に溢れた輝きを持つ大きな瞳。奴もまた、自分と同じ様に親を知らず、幼い頃から兵士としての訓練の中で育って来たという。
 …だが奴は俺とはまるきり違う。

 奴の瞳はいつでも”生”を宿している。喜怒哀楽、どんな感情だろうがあの瞳から途切れる事はほとんどない。
 奴を見ているのは妙に不安になる。だから不快だ。
 なのに何故自分の目は気がつくと奴の姿を追っている?
 奴と話をするのも不快だ。俺の感情を引き出そうとするから。
 …だが奴が話し掛けてこなければ、今度はそれが自分を苛つかせる。

 あの…少女。デュオに話し掛けたあの瞳はデュオだけを見ていた。それを受けるデュオの瞳は心配そうに細められて、でも優しそうにやわらかな印象を含んで…。

 「く…っつ……う…あ…っつ。」

 苦しい。
 痛い。
 心臓が。
 精神が。
 右手を自分の胸にあてて心臓を掴もうとするかの様に押さえつけた。
 額からは大粒の汗が流れ、手足がガクガクと震える。
 瞳は熱に浮かされた様に焦点が合わず、苦しさのあまり口からは言葉をなさないうめき声が吐き出される。

 俺は兵士…だ。こんな事があってはイケナイ。これでは戦えない。

 自分の知らない感情が自分の中にある不安、それを制御出来ない自分への不安と苛立ち。…そしてすべての元にあるデュオへのこのワケの分からない感情。
 どうすればいい?自分はどうすれば元に戻れる?

 俺は…完璧な兵士でなければならないのに。

 ーーーー不安要素ハ排除セヨ。ーーーー

 頭の中に浮かび上がったその言葉。心の片隅から姿を表したそれは、しだいに大きく頭の中を支配してゆく。

 そう…。すべての不安要素の原因、デュオ・マクスウェルを排除せよ。

 ふらり、と何処か覚束ない様子で、ヒイロは立ち上がった。
 瞳はいつもと同じで何の表情も映していない。
 そのまま人形の様に、ぎこちなく、ゆっくりと歩き出す。部屋を出て、通路を真っ直ぐにデュオの部屋へ。

 体が重い。
 頭の中の思考と体がついて行かない。
 だが…そうはいう頭の方もまともに動いてはいない。頭の中はひたすら「デュオを殺す」という答えだけが提示され、他は何も考えられない。

 デュオの部屋へ着く。ドアの前のプレートに軽く触れると、小さな金属音とともにドアが開いた。
 部屋の明かりはついている。
 目的の人物はベッドの上に座ってこちらを見ている。

 ただでさえ大きい瞳をさらに大きくして、デュオはヒイロを見ていた。




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 「ヒイロ?」

 突然部屋へ入ってきて無言でいるヒイロに、デュオはまず彼の名を呼んでみた。

 ーーヒイロの顔は苦しそうだった。
 デュオが滅多に見られない表情のあるヒイロの顔。瞳はじっと自分へへと向けられていた。

 「ヒイロ?お前一体どうしたんだ?」

 沈黙に耐えきれず、デュオは言葉を続けた。
 だが、ヒイロはデュオを見ているだけった。
 いつもの様に真っ直ぐに。
 けれど、その瞳はいつもの”強さ”を感じさせるモノではなくて。苦しげにゆがまされた表情のセイか、瞳に宿る光は弱々しくさえ感じられた。
 そんな表情のヒイロをデュオは知らない。
 何故だか心が痛くて、デュオはもう一度ヒイロの名を呼んだ。ーーーしかし、返事はない。

 「ヒイロ?」

 ーーーフイに、空気が変わった。

 先程まで苦痛にゆがめられていたヒイロの顔から、一瞬の内に表情が消える。
 今、デュオを見つめる瞳に弱さは感じられない。”意思”は感じられないものの、強烈な程強い冷たい視線を投げ付けている。

 ヤバイ、と直感的に背筋にヒヤリとした感触が走る。

 今までずっと立っているだけだったヒイロの足が、一歩ずつこちらへ向かって歩き出した。自分だけを見つめて近づいてくる青い瞳。その視線を受け止める自分の瞳を反らす事は出来ない。

 互いが互いの瞳を見つめている。

 その距離が次第に詰められてきても、デュオはその瞳に固められた様に、動く事が出来なかった。

 マズイ。ヤバイ。おそらくこれはひどくキケンーー。

 心の奥で警告を発しているものがあるが、それはやけに遠くて。
 この肌に感じる空気はまぎれもなく殺気。
 ヒイロは俺を殺すつもりだ。
 頭の中で、そう、冷静に分析をする自分がいる。だがそれも遠すぎて現実感を伴わない。
 ヒイロの腕が伸びてくる。デュオは動かない。互いの瞳を見つめたまま…ヒイロの手がデュオの首に触れ、両手で覆う様にその細い首を掴む。掴んだ途端、その手に力が入り、デュオの呼吸が強制的に止められる。

 「ヒィ…ロ、何す…」

 声が出ない。ギリギリと絞められてる喉からは言葉になる声を出す事は出来なかった。
 ヒイロの指が食い込んでくるその首から上、そして頭の中は、血が逆流して動きが固まってしまっている。
 思考が、目の前が、真っ赤に染まる。
 首にかかるヒイロの手を剥がそうと、デュオの手がヒイロの腕を掴んでいるが、ビクともしない。…それでもどうにか息を吸おうと開けられた口が、痙攣をした様にガクガクと動く。
 身体中の筋肉が緊張して、逃れようともがいている。
 苦しい、という感覚はすでにわけがわからなくて、意識が赤いもやに包まれ、大きく開かれた瞳からも、次第に力が抜けてくる。

 赤く霞む視界の中、それでもヒイロの瞳だけは青く…見えた。
 デュオだけを真っ直ぐ見つめる青い瞳。
 こんな時でもコイツは瞳を反らす事はない……それがなんとなく嬉しかった。

 意識が遠くなってくる。
 体が自分のモノではない様に感覚がマヒしてきている。

 コイツの目って奇麗だよな…。

 死の影が確実に自分に向かって舞い降りてくるのを感じながら、何故かそんな呑気な考えが頭に浮かんだ。
 この瞳に見つめられたまま死ねるなら、それもいいか。
 …そう考えて、記憶の中に奇妙なひっかかりを感じる。
 ああ、そういえば。
 こんな事を思ったのは2回目だったっけ?…そう、前は確かバルジで…。
 思い出したらなんだかさらに気持ちが和んだ。

 どうせコイツに助けられた命、コイツにやるなら筋が通っている。
 ヒイロが自分を殺す事には、ちゃんとそれだけの理由があるんだろう。

 …俺が死ぬ事で何か解決するなら、いいぜ、お前に殺されてやるよ。
 俺、怨まないからさ。

 急激に遠退いてゆく青い瞳に、デュオはそう語りかけた。声は出せなかったから精一杯微笑んで。

 …そこで、デュオの思考は完全に途切れた。




************************


 苦しげに細められた青紫の瞳が和む。ほんの一瞬。
 その表情は自分に微笑みかけていた。
 急に、手にかかる抵抗が消えた。そう感じたのが先か、自分の手の力を緩めたのが先か。

 デュオの体からすべての力が抜け落ちていた。

 ーーー不安要素ハ排除セヨ。ーーーー

 そう、答えを出したのは自分。
 そして今、コイツの首を絞めていたのも自分。
 だが、それは自分であって自分ではなかった。
 この手がデュオの首を絞めていた時、自分の思考は完全に止まっていた。
 体だけが、デュオを殺す事をインプットされたマシンの様に、命令通り忠実に動いていた。だから、デュオの体から力が抜け、自分の体に与えられた命令が完了した途端、急激にすべての感覚が思考へと返され…理解したのだ…デュオが死ぬ…と。

 死ぬ…コイツが死んでしまう。

 頭の中に、今まで何度も見た人間の屍が、ビジョンとなって浮かび上がってくる。その中には、自分が殺した者もいれば、自分を庇って死んだ者もいる。
 どれもほんの数分前までは自らの意思で動き、話し掛けていた者…だが死んでしまえば、死体というただのモノ。
 …そのビジョンの中の屍の顔がデュオの顔に重なる。もう2度と動かない体。開かれない瞳。

 コイツがーーー。

 全身の血液が凍る。身体中が一瞬にして冷たいモノで覆われてしまう。
 血液の流れる音はうるさいくらいに耳に届くのに、身体中の血がなくなってしまったかの様に体に”生”を感じない。全身が総毛立ち、心が闇に吸い込まれてゆく様に真っ黒に塗り固められてゆく。耳の奥からはカン高い耳鳴りが頭を貫いて響き、喉へは感情の塊が出口を求めてかけ登ってくる。
 しかし、声は出せない。
 頭の中、体中、そして心のいたるところが悲鳴を上げて狂ってゆく。
 それぞれがバラバラに壊れてゆく…それはヒイロの意思では止められない。

 焦点が定まらない瞳の前で、デュオの体が崩れ落ちてゆく様が、スローモーションの様にゆっくりと映った。

 無意識に伸ばされた腕がその体を抱きとめ、その肌に感じるぬくもりが、飛び散りかけていたヒイロ自身の心をどうにか繋ぎとめた。

 …そう、まだ死んだワケではない。

 すぐに、デュオの頭を抱え上げ、大きく息を吸い込んで、その唇に空気を吹き込む。
 根気強く、何度も繰り返して。
 合わせる自分の唇は細かく震えていたが、それを自覚している余裕などなかった。ただ夢中で、デュオの口へと息を吹き込んだ。


 ーーー何度目の人工呼吸だったか…反応の何もなかったデュオの唇が、微かにピクリと動いた。
 それと同時に、激しく咳き込みながら、その瞳が薄く開かれた。


 全身から力が抜ける。
 暖かいぬくもりが、自分の肌に返ってくる。
 崩壊しかけた心が喜びで癒され、まぶたに熱い感覚が感じられた。
 …これは、涙。
 何故涙なんかが出たのかは知らない。
 でも、その涙を流す事は、不快ではなかった。
 嬉しい…。
 そう、自分は嬉しいのだ。コイツが死なずに済んで。

 腕が自然にデュオの体を抱きかかえる。そのまま強く抱きしめると、相手の心臓の鼓動が肌に伝ってくる。その感覚は、自分の心に大きな安堵感を与えてくれていて、そうしている事がひどく心地好かった。
 相手の体温を感じる事、その存在を確認出来る事がどうしようもなく嬉しくて、さらに強くデュオの体を抱きしめた。

 「…っ。苦しいょ…ヒィロ…お前、力入れすぎ。」

 かすれた声が耳に届く。その声を聞いて、心の中に、又、あのいつもの理解出来ない感情が湧きあがってきた。いままでとは比べ物にならない程強く、心から溢れ出してしまう程に大きく膨らんでゆく感情。
 …だが何故だろう。
 その感情を今は不快に感じない。いつも心の中で押し潰してきたこの感情。今のヒイロはコレを押さえようとしなかった。その代わり…感情のままに…。デュオの唇に自分の唇を重ねた。深く…深く…相手を求めるキス。そうする事で、心の中にある不可解な感覚が何か暖かいモノへと変わってゆく。

 おそらく。自分はこうする事をずっと望んでいたのだ。

 瞳を閉じ、想いのすべてを込めてデュオの唇を貪る。今まで生きていてデュオに会って初めて感じたこの”想い”。ーーーそれを表す言葉なんて知らない。だから、ただ唇を通して伝えた。ありったけの”想い”を。



************************


 唇が離れてゆく感触に思考が戻ってくる。

 「ヒイロ?」

 名前を呼んで、デュオは目蓋をゆっくりと上げた。
 青い瞳が自分を見つめている。どこまでも透明で汚れのない、海の瞳。自らの強さを信じ、弱さを呼ぶ要因をなくした強い瞳。
 しかし、その時デュオの目に映った瞳は少し違っていた。
 確かに、その瞳は澄んでいて強い意思を表していたけれど、でも、その中にあるのはいつも感じる虚無ではなかった。
 不安や心配(?)ともとれる様な少し翳った印象もありはするものの、全体では穏やかな…デュオの見た事のない優しげな色。その瞳の内に確かに自分の姿が映っているのを確信して、デュオは嬉しさで心が一杯に満たされていくのを感じた。

 ヒイロは何も言わない。おそらく彼は何をいうべきかが分からないのだ。だから黙っている。だからさっきのキスが彼の言葉の代わり。
 そしてデュオは…。デュオも何も言わなかった。そのかわり微笑んだ。ヒイロの瞳の片端に浮かぶ、不安そうな翳を消したくて。
 そして気付いてしまった。
 自分がヒイロに惹かれている事を。
 …多分、初めて会った時から。あの青い瞳は自分の心の中に強烈に焼き付いて、いつでも心のどこかに住み着いていた。だからこそ、その瞳の内に自分が映っていない事に、あんなに苛立ちを感じたのだ。

 今、ヒイロの瞳の内に住む、自分の姿をこんなにも嬉しいと思う自分がいる。抱きしめるその腕に身を任せているのが心地良い。瞳の中に居る自分と、感じるヒイロの腕のぬくもりは、まぎれもなく真実。自分達は兵士…こんな甘い感情は許されないから…次の瞬間には、お互いに今を忘れて戦っているかもしれない。それでも。こうしている今が確かな真実ならば、それだけでいい。それだけで、泣きたいくらいに幸せ。

 デュオの笑みを受けて、ヒイロもその顔に笑みを浮かべる。
 優しく、やわらかい微笑みは、見ているだけでまぶしくて、切なくて。
 思わず目を細めて仰ぎ見てしまう。
 初めて見るヒイロの笑顔。
 どこかぎこちなくて微かなモノではあったけれど、自分が想像していたのよりずっといい。この青い瞳が、こんなに優しい光を灯して自分を見てくれるなんて思いもよらなかった。それが嬉しくて、どうしようもなくて。デュオは自らの腕をヒイロの背に回して抱きしめ返した。

 ヒイロの顔が再び近づいてくる。
 デュオは瞳を閉じた。
 唇にヒイロの体温を感じ、耳にその吐息を感じる。
 先程よりもさらに深いキスを、デュオはさらるがままに受け止めた。重なり合う唇に合わせ、呼吸までもが合わさってゆく。互いに抱きしめ合った体は互いの心臓の音を伝え合い、その鼓動さえも、次第に合わさってゆく様だった。





 デュオ…とほとんど聞き取れないくらいの小さな声で、ヒイロは優しく名を呼んだ。
 ささやく様に。
 呟く様に。
 その声が余りに心地良く響くので、一瞬、これは夢なのではないかという錯覚にとらわれた。目を開けたら醒めてしまいそうな、はかない夢。そう思うと恐くて目が開けられなかった。でも。こうして抱きしめてくれる腕は確かに現実。

 ヒイロの唇が耳元から首筋へ、ゆっくりとその線を伝ってゆく。喉元に残る、ヒイロ自身の手によってなされた絞められた首のアトを、その舌が癒そうとするかの様に、そっとなぞってゆく。

 いつの間にか、強くデュオの体を抱きしめていた両腕は、優しく包み込む様な包容でデュオの体を支えているだけで、それが、デュオの中の不安感をさらに煽った。
 今が信じられなくて…膨れあがる不安に耐えられなくて、デュオは瞳を開いてしまう。
 それに気付いてヒイロが顔を上げ、瞳と瞳の距離がほとんどない状態で、互いの視線が重なる。
 なんだかバツが悪くて、デュオは顔を赤くして目線を反らしてしまう。それを見て、ヒイロが再びデュオの肌に唇を戻す。その時に、ヒイロの口元に微かな笑みが浮かんだ事をデュオが見る事はなかった。

 ぴっちりと着込んだ服の襟元が、ヒイロの手によって緩められた。意図を汲み取り、デュオの体が一瞬、強ばる。
 だが、驚いて見上げた視界に映ったのは、尋ねる様な、それでいて有無をいわさぬ強い意思で彩られたヒイロの瞳。
 …デュオがその瞳に逆らえるハズはなかった。
 覚悟を決めた様に、多少不安気に、ヒイロに笑みを返す。その顔を返事として、ヒイロの腕がデュオの中着のシャツの中へと滑り込み、そのまま布地をたくしあげる。
 あらわになった胸へ、直に触れるヒイロの唇の感触…ぞくり、と背筋を駆け抜ける感覚に、耐えきれなくて瞳を閉じた。

 熱い…ヒイロの触れるところがすべて。
 その場所から体中へ向かって熱が走ってゆく様だった。
 頭までぼうっとしてしまうのは、この熱のセイか、それとも先程気を失った時のが抜けきっていないだけか?
 ヒイロの腕が、唇が、デュオの肌に触れる。触れられたところから引き起こされた熱が、体の内の熱をも呼び起こす。熱によって荒げられた吐息が、いつの間にか声を伴い、喉から絞り出されているのも自分では気付かない。触れるヒイロの一挙一動に、デュオの喉がひくりと震え、無意識に出される切なげな声がヒイロの中の熱を煽っていた。

 「デュオ…。」

 ヒイロが名を呼んでいる。だが、意識が朦朧とした頭には、その声はきちんと届いていない。

 「デュオ…。」

 もう一度名前が呼ばれる。その声と共に漏れるヒイロの息も熱く、デュオと同じ様に苦し気だった。

 「ヒイ…ロ?」

 何度目かのヒイロの呼び掛けに、やっと気付いたデュオが名前を呼び返した。その声を確認して、ヒイロの体が覆い被さり、デュオの体に影を落とす。

 「…っ…。」

 途端、するどい痛みが体を貫いた。頭はまだ霞がかっていたが、痛みへ反射的に出された苦しげな声が、口から絶え間なく出される。痛みのあまり瞳の端からこぼれた涙を、ヒイロの唇が愛しげに拭き取ってくれる。

 辛くて、熱くて…でも体を包むヒイロの感触をより一層強く、確かに感じられて…それが悲しいくらい幸せで…。デュオはヒイロに力一杯抱きついた。

 視界が、真っ白に飛び散るーーーーー。




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 手に触れる髪の滑らかな感触が心地良い。
 男のクセにこんなに長く髪を伸ばしているのは何故だろうか?
 そんな考えも浮かびはしたが、別にさほど気になるワケでもない。ただ…こうやって、コイツの髪の毛をなんとなく手で弄んでいると、何故か心が和らいだ。

 眠るデュオの顔を、ヒイロは眺めていた。
 安心しきって、静かに眠るその顔を、あきる事なく、ずっと見つめていた。

 何故…だろう。

 何故…俺はコイツを抱いたのか?
 その答えにきちんと理論づいた答えは返ってこない。
 だが…。
 あの時の自分が、確かにそれを望んだのだけは分かっている。自分の中の感情がデュオを求めたのだ。
 失ってしまうと思ったときの恐怖も、生きていた事への喜びも、確かにコイツに対して自分が抱いた感情。
 何故かなんて分からないし、この感情が何なのかも知らない。
 だが…後悔はしていない。後悔なんてするハズはない。その証拠に、今の自分はこんなにも心が満たされている。
 この感情を否定しようとしていたあの時の苦しさは、今はどこにもない。
 それどころか、この感情のままに行動した今は…今まで感じた事もない程の、あたたかくやわらかな感触が心を包んでいる。こうやって、デュオに触れているだけで、沸き起こる安心感で心が安らいでゆく…。ずっと、こうしていたいと思う程に、気分がいい。

 眠るデュオの額に掌をあて、前髪をそっとかきあげる。
 それでも安心しきって眠り続ける顔を見ていると、心の中に喜びが流れてくる。
 軽い笑みを浮かべ、ヒイロはその滑らか頬へ、唇を落とした。

 心の中にある、知らない感情。苦しくて苦しくて、自分が壊れそうなくらいに不安だった。

 …だがそれは…今は…違う。





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