それでも地球は回ってる





    ふと思いついた言葉
    「もし俺が死んだとしても『それでも地球は回ってる』…」



 「当然だろう。」

 ヒイロがそう即答したので、デュオは見ていた雑誌の上から、視線だけをひょいと上げてその顔を覗いた。

 「人一人が死んだだけで惑星の回転が止まるわけはない。」

 いつも通りの不機嫌な顔…というよりも、彼が今不機嫌なのは、”彼にとって理解出来ない事を自分が考えているから”らしい。前に彼が”お前の考えは理解出来ない”といっていたときの顔と同じだから、多分そうだと思われる。
 …まぁ、そう思っているのだとすれば、自分がいいたい事はそんな事でないというくらいは分かっているのだ、ヒイロも。

 「だからさぁ、これはそんな理論で考えるような意味じゃなくて、もっと気分的なものなんだよ。」

 大袈裟に溜息をつきながら、肩をすくめてそういえば、ヒイロはいっそう眉を顰めた。
 それでも少しだけ視線を外して考えるような素振りを見せてくれるのは、彼が一生懸命自分を理解しようとしている印だから…。
 唇に薄い笑みを浮かべてデュオは説明してやる。

 「ずっと前に本で読んだんだよ…『それでも地球は回ってる』って。自分にどんな事が起ころうが、世界にとっては何も変わる事はないって。…どんなに辛くても、どんなに苦しくても…そして自分が死んじまっても、世の中にとっては何も影響を与えないってさ。」

 人が宇宙に住むようになる前は、地球というのは世界の全てだった。その地球の回転にかけて、自分の小ささを示した言葉なのだろう。初めてそれを読んだ時、デュオは皮肉な思いでそう感じたのだ。

 「だからさ。…もしも俺が死んだところで『それでも地球は回ってる』って…。俺が何やっても、…それで死んでも…世界には何も影響は与える事なんて出来ないと…思ってたんだ…。」

 Gに乗って、たった一人の力で世界を変えようとしていたあの頃。…でもそれが一人でないと分かって………そんな馬鹿な事が出来ると思っていたのが自分だけじゃないと知って…本当に嬉しかった、心強かった。…そうしてほっとした自分に、それまで自分は、本当に世界を変えられる事を、心から信じていなかったと初めて知ったのだ。
 特に、ヒイロは、本当の本気で自分の力を信じていたから。
 …初めて見た時の衝撃と、自分へくれた自信には、ずっと、感謝していた。

 「…確かに、一人の人間がどうなったところで世界は何も影響されない。」

 淡々とした声の中には、ほんの少しだけ自嘲の響きがあるのをデュオは知っている。…ヒイロがその事に気づいたのが後になってからだと。最初は本気で、彼は自分ならあの重すぎる使命を一人だけで果たせると思っていた事を。
 それはヒイロが人として成長した証なのではあろうけど…彼は昔の自分を恥じているのかもしれないけど……当時の彼の自信と傲慢さは、実は自分に力をくれた事を…彼は知らないし、デュオも教えるつもりはなかった。
 …きっと、こうして自分達の目的が果たせたのだって…最初の頃の、そんな彼がいたからこそだった。
 けれどまた、彼が途中で成長したからこそ、使命が果たせたのだから。
 無駄な事は何一つなかったと思える。無駄にした命は無かった筈だと思える。
 …それは酷く都合のいい自己弁護ではあるけれど。
 時折、自分の罪に押し流されそうになって、死んでしまいたくなる時……その時いつも思うのだ。

 自分が死んでも何も変わらないと。

 死んだところで、流してしまった血を取り戻す事は出来ないと。
 そしてまた、あの時自分達が戦った事を思いだして、逆の事も思うのだ。

 生きていれば、諦めずに信じていれば、何かが出来ると。

 死んで死者に詫びるよりも、流された血を無駄にしない事のほうが償いになると。
 そう考える事で、自分はこうして生きていられる。

 「デュオ?」

 自分だけの考えに耽っていたデュオは、ヒイロの声に驚いて瞬きを繰り返した。

 「自分が死んでも、世界が何も変わらない事が嫌なのか?」

 そんな事を聞いてくるヒイロは、知らないうちに益々険悪な顔つきになっていた。
 じっと、射るように見つめてくる瞳は、どう考えても怒っている。

 …そんなにヤバイ事をいっただろうか?

 焦って言葉に詰まれば、ヒイロはその強い瞳で睨みつけたまま、こちらの顔を手で固定して引き寄せた。
 
 「ちょっと、おい、なにすんだよっ。」
 「…だったら…」
 「え?」
 「お前が望むなら、お前が死んだ時、このコロニーの回転くらいは止めてやる。…それともやはり地球を止めて欲しいか?」

 剣呑な瞳でいう物騒な言葉は、一目で本気だと分かる。

 「…お前…本気??」

 それでも聞き返してしまうのは、ただの条件反射。
 そんな無茶な事でも、ヒイロなら本気でやりそうなところがシャレにならない。

 「あのなっ、別にそういうつもりの言葉じゃなくてさ。…もうちょっと軽く…えーと、だからっ、何でお前はそう何にでもマジにとるかな〜…」

 とりあえずこういう事にちゃんと説得するような言葉も思い浮かばないし、ひたすらこちらが困っていれば。

 「冗談だ、俺はそこまで馬鹿じゃない。」

 と、至極あっさり返された。
 言った途端、強い力で押さえられていた顔も離されて、きっちりと戻ったヒイロの無表情を呆然と見返してしまう。

 「お前…ってもな…お前がいうとシャレになんねーんだよ…。」

 がっくりと肩を落として、恨みがましい目で睨みつける。
 
 「だがデュオ…これだけは覚えておけ。」

 完全にいつも通りの無表情に戻った筈のヒイロは、急にまたじっとこちらの瞳を真っ直ぐに睨みつけてくる。
 その瞳の真剣さは、先ほどよりもずっと上で。
 思わず、文句の声さえも出せなくなる。

 「冗談でも『もしも死んだら』などという言葉を使うな。俺にとっては、お前のその言葉は、冗談にもシャレにもならない。」

 もしかして、さっきから彼が怒っていたのは、本当はそっちの言葉についてだったのだろうか?
 何度もその顔を見返せば…その瞳の中にある怒りが、本当は悲しみさえもを含んでいるのに気づいてしまう。
 そうして、気づいた途端に、何故だか胸が熱くなって、目の回りがじんわりとしてきて…。
 これ以上何か声を出したら、涙が出てきそうだったから、口をぎゅっと引き結んでヒイロの顔をじっと見つめ返した。

 こちらの変化に気づいたヒイロは、ふと、表情を和らげて、もう一度手を伸ばしてくる。
 顎を軽く支えて、顔を近づけて、そっと、唇同士を触れさせててすぐに離す。
 真近に見える深い青の瞳は、最初に会った時の彼にはなかった、優しい輝きを湛えていて。

 「デュオ…もしもお前が死んだら…」

 じっと、瞬きもせずに、彼は自分の瞳を見つめていう。
 
 「少なくとも俺の世界は止まる。」

 そうして、もう一度、今度は深く口付けてくれた。



END


前に書いていたショートストーリーが見つかったのでUPしちゃいます。ざっと勢いで書いたもので、コピー本にするにはちょっと短かったので 放置していたもの。そんな前でもないのですが、自分でも忘れてましたから人に見せるのはこれが初めてですねー。
最後のヒイロのセリフが書きたかったらしいです。うーん、甘々。






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