Silence <5>







 トントン。
 中の者を気遣う優しいノック音。
 静かに開かれたドアからは、やはり優しい色合いをした金色の髪の少年がその頭を覗かせた。
 少年はそっと中へと足を踏みいれたが、視線を部屋の中へと移した途端、部屋の静寂を破る大声を出して驚きの叫びを上げた。

 「ヒイロ。何してるんです?!」

 煩げに眉を潜めて、ヒイロは彼独特の睨む様な視線をドアの前で立ちすくむカトルへと投げ付けた。

 「いつまでも寝ている訳にはいかない。あいつを探しにいく。」

 上着を羽織り、内ポケットへ愛用の銃を差しながら、当然といった口調でヒイロはそう言い放つ。
 ほとんど抑揚のない声、表情の見えない顔から感じる印象は、意外すぎるくらいに冷静で彼らしくはあったが、場合が場合なだけに本当に落ち着いているかは分からなかった。

 「探しに?でもデュオは…」

 いいかけてすぐにカトルは口を閉ざす。
 今まで、ただ向けられていただけのヒイロの瞳に、強い、怒りに似た感情が浮かび上がり、カトルの言葉を止めたのだ。
 睨み合った2人の間に沈黙が降りる。
 数秒の、だがやけに長く感じられる重苦しいその一瞬後、何も言えず顔を強ばらせたカトルに、ヒイロがその瞳のままの強い口調で言葉を吐いた。

 「カトル、俺は、俺自身が確認していない事を信じない。俺はまだこの目で奴の死を確認していない。だからまだ奴は生きている。」

 一語一語噛み締めるようにハッキリと言い放った後、きつく唇を結んで一瞬だけ耐える様な表情を浮かばせると、ヒイロは視線をドアへと逸らし、そのままカトルの横を通り過ぎていった。

 パタンとドアが閉まる乾いた音が聞こえ、部屋には何も言えず下を向くカトルだけが取り残される。

 「ヒイロ…。」

 毎日のように連絡を入れて来たヒイロからの連絡が途絶え、それから彼が倒れた事を知り、急いでここへ駆けつけ…カトルがデュオの事を聞いたのは、つい先程、この部屋へ入る前に例の少年に会った時であった。
 カトル自身、あまりの驚きと哀しみで辛くて仕方なかったが、それでもこれを聞いた時のヒイロの気持ちを考えると、心配でどうにかしたくて…会っても何もできないとは思っていても、ヒイロの様子を見るために部屋へ入った。しかし…。

 「ヒイロ…。そうだね、まだ僕達は彼の死を確認した訳じゃない。まだ諦めてしまう必要はない。だけど…。」

 だけどヒイロ、もし本当にデュオの死を確認してしまったら、君は一体どうするんだい?

 デュオへの想いを話した時のヒイロの顔が瞳の奥へと浮かんで来る。
 自然と手が胸の上で合わされ、握りしめる力が込められた。
 デュオを追い掛けると言い放った時のヒイロの強い瞳…あの瞳の強さは今はまだ失われてはいないけれど、もし本当にデュオが死んでいたならば……それを思う度に心が痛くて仕方なかった。




************************


 身体中が軋んだ音をたてて痛みを訴えている。淀んだだるさが心を包み込んでいる。

 ────コノママ目ヲ覚マサナケレバ、楽ニナレルダロウカ────。



 「…ってェ。」

 転がったまま腕だけを持ち上げ、目の上へ覆い被せる。
 ほんの少し動かすだけで、身体中のあちこちに鈍い痛みが走る。

 「今度はどこへ痣が増えたかな…。」

 真っ暗な天井を眺めながら、ぼそりと抑揚のない声で呟いた。
 最初に抱かれてから、今日で何度めだったか────忘れる程の回数でもないのに頭がハッキリ考えられない、別にどうでもいい事だからそれ以上考えようとも思わない。

 どうせもうすぐ死ぬんだしね。

 あれから、あの兵士は当番の度にデュオを抱いた。
 いや、抱くというよりも痛めつける事が目的の行為だといっていい。
 性的処理は単なる暴力の一手段で、要はデュオが苦しめばそれでいいのだろう。
 蹴って、殴って、投げ付けて…おかげで体はその度に痣が増えて行く。
 他の兵士達は自分を見て、だいたいのところを察してはいるようだが、別になにもいってくる事はない。彼らからすれば、自分が生きていさえすれば問題はないらしい。

 生きてさえ…ね。

 目を腕で覆ったまま、口だけ皮肉気に歪ませて無理な笑みを作る。

 どうせ用済みになったら殺すつもりなんだ、できればさっさと殺してくれればいいのに。

 口許を動かしたせいで前に切った唇にぴりりとした痛みが走る。
 もう、疲れてしまったのだ。考える事に、こうして存在する事に…。

 腕をゆっくりと目の上から剥がし、元の位置へと下ろす。床の冷たさが腫れた打撲アトを冷やして少しだけ気持ちが良かったが、それ以上に、動かしたせいで起こった新たな痛みが神経を刺激し、顔を顰めて小さく声を漏らした。
 身体中、いたるところが腫れ上がり、どんなに小さな動作でも、動かした分は全て痛みとなって返って来る。

 それでも。

 体の痛みなんて大した問題などではなかった。
 自慢できることじゃないが、これくらいのキズも痛みも、今までに何度もあった事で慣れているといってもいいくらいだ。体の痛みなんて耐えればいいだけ、だけど…。
 こうして今、こんなにも生きたいと思わないのは、この心の中に開けられた大きな空洞のせいだった。

 なにも考えられない、考えたくない。生きていたって俺に一体何がある?ガンダムのパイロットとしての役割を終えて、その為だけに育てられて来た孤児の俺には、帰る場所も待つ人もなにもない。
 戦う為の人間なんてこれからの世界にはいらない。
 ────初めて一人の他人を望み、望まれて…触れていたかった奴には一生会わない事を決めた。だからもう、俺とこの世界を繋ぐものなんて何もないんだ。

 ────ほら、考えてみろよ。俺には生きる理由なんてないじゃないか。

 「は…ははは…。」

 乾いた笑いが口をついて出てい行く。
 何故笑っているかなんて分からなかった。
 ただなんとなく可笑しいのだ。
 何となくこうして口を開けて声を出してしまいたいだけなのだ。

 頭の中は真っ白で、考える事も、感情を感じる事も、全てにおいて億劫だった。
 ふと気がつくと、暗闇に伸ばされた腕の指先に、やわらかにふれる感触を感じて声を止めた。

 「ああ…。」

 指先に触れる優しさに、小さく溜め息を返す。微かに白く見える小さな影に視線を移し、空ろな瞳のままで掠れた声を掛けた。

 「ごめんな、お前をご主人様のとこへ連れていってやれなくて。」

 何もいわぬ白い影は、デュオのその掌に乗り、小さなぬくもりを与えてくれる。この小さなハムスターに慰められたのも、もう数えていられないくらいだった。だけど…もう、その小さな命を包み持ってやる気力さえない。

 瞳を閉じて、ただ時が過ぎるのを待つ。
 早く、終わりが来る事だけを祈って…。



************************


 崩れたビルの残骸が、瓦礫となって積み上げられている。
 この様に全壊となったモノは珍しくはあったが、ビルの残骸自体は珍しくもなんともない為、人々が気に止める事はないし、余りにもあちこちにあるものだから、片付ける手も追い付かず放置されている。

 自分にモビルスーツがあれば、すぐにでもこの残骸を片付けてやるのに。

 立ち入り禁止のロープに囲まれたビルの跡を見ながら、忌々しげにヒイロは舌打ちをした。
 あの少年から詳しい話を聞き、ここへやって来てはみたものの、いくらなんでも素手でこの残骸の山を調べてまわるのは難しい。とはいえ、今、デュオに関する事で手がかりといえばここしかない。本当ならどこかから作業用のモビルスーツを盗んで来て、この山を隅から隅まで調べまわり、奴の…デュオの死体なんかない事を確認したかった。さすがにそれは思いとどまったものの、デュオが生きていると確信できる何かが欲しかった。

 デュオが…死ぬはずなどない。

 今のヒイロは、そう自分に信じさせる事で自我を保っているといえた。

 確かにあいつは運が悪いし、つめの甘いところがありはしたが、ビルの崩壊に気付かずに巻き込まれる程鈍いとは考えられない。…なにせ、デュオを探して入っていた一般人が逃げられたのだから、奴が逃げられなかったとはどう考えてもおかしい。死んだ、なんて結論ずけるにはまだ疑える点はたくさんある。
 …だから、デュオは生きている。
 奴の屍をこの目で見るまでは、絶対に死んだなんて言わせない。

 立ち入り禁止の札を無視して、囲んであったロープを潜り瓦礫の山へと近づいて行く。
 コンクリートの塊が散乱する中、じっくりとその様子を見回しながら外周に沿って歩いて行く。
 見事なまでにバラバラに崩壊したこのビルは、思ったよりもその破片の瓦礫が小さめで、元の姿が何であったか分かる程に形を残しているものは希だった。
 転がるコンクリートの塊をみても、元々古くて脆くなっていたという様には見えず、何か不自然だ。

 「自然崩壊でなく、何者かによって崩されたという可能性も考えられるか?」

 自分自身の思考へと問いた言葉が思わず口から漏れる。

 だが、もしそうであったなら、一体誰が何の為に?

 ────おそらくはカモフラージュ…。
 これだけの大がかりな事の場合、そう考えるのが一番妥当ではあろう。
 …中に何かあったマズイものを見せない為、又は何かから人々の気を逸らせる為、その為にこのビルを破壊した、そんなところか。

 それが何かは分からないが、それにデュオが関っていた可能性もある。
 そうであるならビルの崩壊でデュオが逃げ出して来なかった事も納得できる。…そして、もし、ビルを破壊した首謀者と関ったのなら、ビルの崩壊から何等かの手段で抜け出せた可能性も十分にあるのだ。

 そもそもビルを破壊した目的がカモフラージュとした場合、証拠隠滅というのならば、最もありそうなのは死体────そこまで考えて、ヒイロは一旦思考を閉ざした。
 ────いや、違う、それはありえない。奴の死体ならばわざわざこんな事をしてまで隠す必要なんてない。見つかったって単なる旅行者の殺人事件として、街の治安維持に手一杯の警察の記録として残るだけだ。もし奴がガンダムのパイロットという事が分かったとしても、死体ならば隠す必要はない、だから違う。

 深く思考を辿って行く頭の中で、時折紡ぎ出されるデュオの死という可能性を、そうして片端から排除しながら、尚もヒイロは考え続けた。デュオが生きている…その確率を少しでも上げる為に。
 頭の中は目まぐるしく回転していたが、目は瓦礫の山を見つめ、どこか異変がないかを探りながら足を進めていた。その、ヒイロの足がある場所で急に停止する。

 この匂いは…。

 それは本当に微かで、一般人ならばまず気付かない程度のモノであった。
 だが、その匂いに余りにも慣れ親しんだヒイロには、どれほど微かであっても、その匂いを敏感に感じ取る事が反射的に出来た。

 ────これは、火薬の匂いだ。

 すぐに匂いを辿り、瓦礫の山へと近づいて行く。
 手元の小さめなコンクリートの塊を押しのけ、足元の小石や砂を払う。そこに見つけた不自然にまかれた黒い粉を見た途端、ヒイロの瞳が輝きを増した。

 「…決まりだな。」




************************


 男の手が喉へ食い込む。
 酸素が欲しくて口を開く。
 目は開けない、奴をみたくないから。
 俺が罪人だからって、最後の死出の旅立ちへ持って行くビジョンくらい、自分で決めたっていい筈だろう?
 …どうせなら、自分の一番好きだった奴の事を思い描いて終焉の瞬間を待っていたい。
 これで最後だから、やっと楽になれるのだから。

 ────だが、『終わり』はやっては来なかった。
 
 急激に喉から入って来る空気にむせて、乾いた咳を繰り返す。
 咳が止まった後も、激しく胸を上下させて荒い呼吸が暫く続く。やっとの事で声が出せる程に息を整えると、空ろな瞳そのままで、自分の体の上にのしかかる男の顔を仰ぎ見た。

 「何だよ…。まだ殺らねぇのかい?」

 返事はない。
 又、表情を見ようとしても、この暗い部屋の中では顔が良く見えない。

 「早く殺さねぇと、俺、用済みになって、あんたのお仲間の奴等に先に殺されちゃうかもしれないぜ。あんた自身の手で殺したいなら、さっさと殺った方がいいと思うけどね。」

 一言一言いう度に、喉が詰まって言葉が途切れる。掠れた、いかにも苦しげな声であったが、顔には薄く笑みを浮かべて、それでも相手に話し掛けた。

 とにかく今は、早く、全てを終わりにして欲しかった──────。





 服をはぎ取られ、冷たい空気に晒されたキズだらけのデュオの体の上。
 男───かつてデュオに父親を殺され、その恨みのままにこうして囚われの身となったデュオを痛めつける兵士───はデュオの声に返事をせず、ただ黙って視線を落した。

 つい今し方までこの手に掴んでいた細い首の柔らかな感触がまだ残っている。

 あのまま力を込めなかったのは何故だ?

 震える手は強ばって、うまく動かす事が出来ない。あの時、手の力を緩めなければ、今ここにあるのはただの屍だった筈。…そうすれば彼の復讐も終わる。

 もう一度、細かに震えの残る手を、目の真下にある細い少年の首へと下ろして行く。
 指に感じた汗の湿り気を帯びた人間の肌の感触が、掴んだ途端掌へと張り付く。

 殺されようとしている本人の顔を見れば、穏やかに目を閉じて静かにただ待っているようで────待っている?何を?

 「抵抗は、しないのか?」

 そう問いたのが何故かなんて、自分でも分からない。
 声が届いたのか、閉じられた瞼が微かに上がり、青い瞳がそのスキマから僅かに覗く。

 「抵抗なんてしないさ。やんなきゃなんない事は終わらせたから、もういつでも死ぬ覚悟は出来てるんでね。あんたには俺を殺すだけの権利がある…それであんたの気が済むなら殺せばいい。」

 その表情同様、静かに少年が答える。

 「それで償いだとでもいうのか?」

 手に込める力を少しづつ強めながらさらに問う。少年の瞳が自嘲ぎみに歪められて、力のない声が返される。

 「いや…。それで俺のやった事が償えるなんて思っちゃいないさ。だけど…今の俺はこの命くらいしか払えるモノを持ってないんでね。これでよきゃ、あんたの好きにすればいい。できればさっさと殺ってもらいたいくらいだ。」

 余りにもあっさりと殺される事を肯定する言葉に、こちらの方が混乱する。

 ────こいつは死ぬ事が恐くないのだろうか?

 震える手に力を込めようとするものの、静かに死を待つその顔を見ると、それ以上の力を入れる事がどうしても出来ない。
 死ぬ事は全てが終わる事。
 自分と言う存在がなくなり、今まで生きて手に入れた全てのモノを失う事。…こいつはそれが恐くないのだろうか?

 手に力を…入れる…出来ない。
 その理由は、もちろんこいつを勝手に始末して、後で上官の怒りを買いたくないからでも、人殺しが恐いからでもない。
 何故今自分がこの手の力を止めてしまうのか、それが自分でも分からなかった。

 相手の喉まで伸ばした手を引いて、代わりに傷だらけの少年の胸に爪を立てる。

 「まだだ。貴様を殺すのは、もっと苦しめてからだ。」

 予期せずなされた痛みに、見下ろした視線の下の体がくっと反らされた。
 爪で引かれた跡から血がにじみ出て、白い体に赤い線が描かれる。
 引きつる喉元に舌を這わせると、くぐもった吐息が漏れて耳へ聞こえて来る。
 先程までの穏やかな表情とはうって変わった、きつく目を閉じて耐えようとする少年の姿に、何故だか安心感を感じる自分がいた。

 そうだ、俺はこいつを苦しめるんだ。苦しめて苦しめて…そして殺す…筈なのだ。

 身体中を固くして、抵抗こそしないものの拒絶を返す体を引き寄せ、その下肢に手を掛ける。
 そのまま我が身を進め入ると、少年の口から耐えきれずに出された短い悲鳴が耳に響く。
 …声はそれ以上出される事はなかったが、閉じた瞼から細く流れる涙の筋と、痙攣したようにびくびくと反応を返す体を見ていると、心の中が奇妙な満足感で満たされていくのが分かった。

 ────死ぬ事を恐れないこいつが許せない。こいつを苦しめる事が俺の望みだから。
 …だが。

 人形の様にガクガクと、すでに力を入れる気力もない程に追い詰められた少年の顔を見る。
 ほんの少しだけ開かれた瞳はどこか遠くを見ている様に焦点が合わず、いつもの事だが、それはまるで自分を通して誰かをみている様に見えた。
 そうして正気を手放した時から、自分を見る瞳に何か縋る様なモノを浮かべたかと思うと、やけに切なげな表情をして気を失う。
 それが、なんとなく心の中に不快感を起こさせた。

 「……。」

 気を失う直前に、腕の中の少年が何か呟いたらしく、口が小さく動かされるのが分かった。言葉は聞き取れなかったが…なにか嫌な感覚が心を包んでいた。



************************


 「おい、トニー。聞いたか?例のガキ、どうやら使い方決まったみたいだぜ。」

 部屋に入ってすぐ、同室の男がそういって声を掛けて来た。彼自身よりも3つ程年上の、同室といっても普段は余り話した事がない、一応彼に取っては直接の上官に当たる男だ。

 「はぁ…。」

 余り興味がない様に、だがそれでも少しだけ眉を潜めて返事を返す。

 「で、どう決まったのです?」

 話の先を聞き返すと、余程話したくて仕方がなかったのか、大仰な手振りを付けながら男は話を続けた。
 どうやらこの人物は元々おしゃべりらしく、こちらが特に聞いたりしなくても、いろいろと勝手に話してくれる。

 「…で、まァ、いろいろモメたみたいだけどな。結局はサンクキングダムへの脅迫材料ってとこらしい。」

 一通り話し終えて、そう、言葉を閉じる。
 何が嬉しいのか、妙に楽しげな表情で、こちらの顔を観察している。

 ────まぁ、そんなモノだろうな。

 顔色も表情もそのままで「そうですか。」とだけ言葉を返した。
 返って来た反応が思ったよりも面白くなかったのか、目の前の男は多少憮然とした表情で、話す事を終えて部屋を去っていった。

 ガンダムのパイロットという貴重な駒を手に入れたものの、この偶然の幸運をうまく扱うには、彼らの組織はお粗末過ぎた。
 組織というのもおこがましい、小さなテログループ程度の集団には、彼らの手に入れたこの手駒を使ってどうこうするだけの力も頭もなく、あのガンダムのパイロットを捕まえてからずっと、上の(といっても元士官クラスの2、3人)連中は、毎日奴をどう使うかという話し合いに終始し、結局、本来予定していた計画さえも今はとりあえず保留という有り様であった。

 元々、上の奴等はともかく、ガンダムやサンクキングダム、又は戦争の終結に対しての私怨で集まった自分達に統制などきちんと取れている筈もなく、下のほうでは行動に出ようとしない事で不満を言う声が日に日に高まってきている。

 最も、自分に関して言えば、復讐の直接対象の本人が目の前にいるので、もはや組織の事などどうでもいいとさえ思っているが。

 だがしかし、組織による奴の使いみちが決まったら、自分も早く動かなければならないだろう。
 奴が要済みになって組織に消される前に、自らの手で奴を殺すのだ。
 それが…こうして兵士になって、戦争が終わっても尚家へ帰らなかった自分の唯一の目的なのだから。
 奴自身が言っていた通り、自分の手で復讐を果たしたいならば急がねばならない。…早く、決断をせねばならない。

 手に強く力を入れて握り締め、大きく息を吐き出す。
 意識しない内に自らへ問い掛ける様な考え方になっている自分に気付き、動揺の波が心に沸き上がる。
 ────一体、何を今更決断するというのだろう。
 奴を殺す事は最初から自分の最終目的で、決めるもなにも当然の事の筈だった。
 何故、決断するなんて事を考えているのだろう。

 心の中にじわりと広がる重苦しい感覚に、空ろな瞳の少年の顔を思い出す。自らの死を望むその言葉に腹が立つのは、きっと、殺して復讐を果たす事が奴自身にとってさ程恐ろしい事でも辛い事でもないという事実のせいだ。

 …そうだ、そうに決まっている。



************************


 誰も待つ者などいる筈もない冷たい空気の中。
 部屋へと帰ったヒイロをむかえたのは、パソコンの警告音だった。
 部屋の外へ音が漏れないよう、音量はかなり落してあるものの、鳴り止む事のないそれに、急いでディスプレイの電源を入れる。
 部屋をでている間は、ネットワーク中から与えられたキーワードを検索してまわるプログラムが走っているので、画面が現れた時にはまずそのプログラムが吐き出す結果報告の文字列が目に入る。
 だが、今この音を鳴らしているのはこのプログラムではない。
 画面下に点滅している、この機械に直接通信を入れて来た事を知らせる受信情報の報告プログラムだ。

 ────誰かから、通信が入っている。

 「カトルか?」

 とりあえず今、自分へのこの連絡方法を知っているのはカトルしかしかいない筈だった。
 画面を切り替え通信用のプログラムを呼び出すと、一瞬の乱れた画像の後、予想通りの優しい顔立ちの少年の姿が映しだされた。

 「ヒイロ!」

 澄んだ空色の瞳を目いっぱい開き、さらに潤ませながら画面の中のカトルが叫ぶ。
 涙の滲むその瞳は哀しみによるものでなく喜びによるもののように見え、ヒイロの中にある期待を浮かび上がらせた。

 今にも泣き出してしまいそうな、掠れた声がゆっくりと、確かにその口から出される。
 「デュオは…生きていたよ。」

 その言葉はヒイロの耳を通して直接心の中へと響いた。
 



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