回転扉<1>



一応ネット用完全書き下ろしです。
長編予定なので、連載で何回か続きます。
一回目はまだ起承転結の「起」の途中までですね(汗)
…でも一番恐ろしいのは、この先のストーリーを考えないで書いてる事でしょう(笑)
なのでこれからどうなるか、私にもわかりません。




プロローグ

 空が、白い。
 やっと朝か、そう思いながらデュオは少しだけ肌寒く感じた腕を軽く摩った。
 眠ったような眠らなかったような…中途半端な睡眠を取っただけの体はだるくて、未だまどろみかけている意識がふいに遠くへ引きずられそうになる。
 やべぇ…。
 そう思ったのが先か、感覚がやってきたのが先か。
 『助けて…』
 聞こえるのは、声。
 誰の者とも知れない、自分が殺してきた筈の誰か。───もちろん幻聴だ、そんな事は分かっているのに───。
 『痛い…』
 だけれど分かっていても尚、その声は自分を責め立てて、続いて感覚が引きずられる。
 『殺さないで…』
 だらりと床に降ろされた腕。
 その床におかれた手の爪先から、じくじくと、何かが触れてくる、感覚。
 生暖かくて、滑らかで、ぬめぬめとこびりつくような…血液に触れた感触、そのまま。
 ぴちゃり、と。濡れた音が耳の奥に直に聞こえてきて、どろりとした大量の血液が自分の全身に掛けられる。
 ほら、体中の全てが真っ赤。それがお前の罪の印────。
 分かっている、聞こえている声は全て幻聴。感じている感覚もただの錯覚。自分の意識が作り出した幻に過ぎない。
 分かっているのに、逃れられない。無意識が生み出すこの感覚から逃れる術はない。
 
 「やべぇな…もう…かよ」

 ため息をついて、デュオは薄暗い部屋に光をおとす窓を見上げた。


******************

 その日は、雨だった。
 大学から帰ってきたヒイロは、自分のアパートの入り口横に座り込む人物を見て眉をひそめた。
 濡れきってしまった帽子を目深に被り、殆ど気配もなく、その風景に解けこんでしまっている、少年。
 こちらが見つけたのだから、向こうは既に気づいているだろう、けれども振り向きもしないで、彼は降り注ぐ水滴にどこか虚ろな瞳を向けているだけだった。
 近づいて、気付かれないように小さく息を吐き出してから、ヒイロは久しぶりに呼ぶ彼の名前を口にした。

 「デュオ。」

 声を掛けられるのを待っていたのだろうか、デュオは間髪入れずに振り返って、大きな瞳をこちらに向ける。

 「よぉ。」

 たったそれだけの挨拶。
 それからすぐ立ち上がってドアの横にくると、自分が中へ入るのを待っている。

 「何故中に入っていなかった。」

 いえば、

 「別に、気分。雨に濡れるのは好きなんだ。」

 はぐらかすような笑みを浮かべて、彼は答える。
 その笑みに、首の後ろがちりちりするような不快さを覚え、更に眉を顰めた。

 「そーゆーワケで、このままだと風邪引きそうだからさー、早く中に入れてくれよ。」

 にっこりと、前と変わらない明るい笑みで、陽気な声で。
 デュオは笑って、冗談めかして、腕に抱き付いてくる。
 …けれど知ってる。
 前と同じように見える空色の瞳、その奥が決して笑ってなどいない事を。

 自分の腕を掴む彼の濡れきった腕よりも、その瞳の方が冷たいと感じる程に。


******************


 「ヒイロータオルこっち使って良かったんだよな?」

 初めて会った時から変わらず、未だに伸ばしたままの長い髪を拭きながら、デュオがバスルームの扉を開けた。
 肯定はしないものの、否定をしなかったヒイロを見て、デュオは髪を拭きながらリビングのソファへ腰掛けた。


 あの戦争が終わって、バラバラになったガンダムパイロット達。デュオは本人がいう事が正しいのなら、L2でジャンク屋をやっている筈だった。
 最初の内、デュオがまだ特に決まった仕事をしていない時は、同じく今後を決めかねていた自分も含め、プリベンターから随分としつこく正式メンバーへの誘いがあった。だがデュオは、臨時とはいえ頻繁にプリベンターの制服を着る事が多かった自分に比べ、余程でない限りプリベンターからの依頼を受けようとはしなかった。
 かといって、別に他の者と連絡を断って疎遠であったというわけでもないから、誰も文句をいう事はなかったのだが。


 『なぁ、ヒイロ。お前これからどうすんだ?』

 戦争終了後のMO−2、別れ際にデュオはそう聞いてきた。
 それにとりあえず、暫くはどこかで本当に学生でもすると答えると、デュオは嬉しそうに『それがいい』と返してきた。

 『真面目なお前のこったから、清く正しい模範生のような学生さんになるんだろうけどさ。まぁ、いままでまっとうじゃなかった分、割り増しでまっとうな生活しろよ。』

 俺もそのつもりだし、といって、あの時のデュオは本当に笑っていたのだ。

 …デュオの真意は掴めない、今も、昔も。
 マリーメイアの反乱で再会した後、少しだけ表情に違和感を感じたものの、その時も特に気になる程のものではなかった。別れ際にこちらの現在の居場所を教えてやれば、度々とはいわないものの、3、4ヶ月に一度くらいの割合で家まで尋ねて来るようになった。
 だが、しかし。
 そうしてたまに彼に会うようになって、彼の変化に気付いてしまった。
 デュオは笑わない。
 見せかけだけなら、彼が変わった事はあまり分からないだろう。事実、自分も最初は気付かなかった。
 前通りの仕草、前通りの口調、人懐こい笑顔。
 けれど、目が、笑っていない。
 かといって、では今見えるその瞳の冷たさが、彼のもう一つの面…『死神』としての彼のものかといえば、それも違う。
 なにか、違う。…その違いは分からなかったけれども。
 会う度感じる、会う度それが酷くなる。
 その彼を見ている事が…嫌だった、けれども…彼に会いたいと、そう望んでいる自分がいる事も…分かっていた。



 「ヒイロ、お前なにぼーっとつったてんだ?」

 大きな瞳をより一層開いて、デュオはヒイロに近づいて来る。

 「ったくさぁ、お前そーやって何でも考え込むクセヤメロよな。」

 くすくすと見せかけだけ楽しそうに笑って、目の前まで歩いてくると、デュオは何も返事をしないヒイロの頬に手をのばした。軽く引き寄せて、真っ直ぐに視線を合わせ、ヒイロの瞳の中を覗きこむようにじっと見つめる。

 「お前…」

 そうして軽く溜め息を吐くように、デュオは苦笑した。
 気のせいか、今のその表情が少しだけ前と同じ柔らかいものだったような気がして、自然とヒイロも何処か安心したように肩の力を抜いた。

 「デュオ…」

 頬に触れている手に自分の手を重ねて、そのまま軽く掴んで引き寄せる。逆らう事なく倒れこんで来る身体を抱き寄せれば、デュオは自分に顔を向けたまま瞳を閉じた。
 促されるまま、唇が重なる。
 何か強い衝動が沸き上がって、強く押し付けるように合せる。それだけでは足りなくて、口内へ舌を差し入れてまで彼を感じようとする。

 「ンッ…」

 互いに舌を絡ませ合って、口だけではなく身体さえも押し付け合って。…熱を感じる、沸き上がる強い感情と欲望を感じる。

 「…もうその気になったのかよ?」

 離された唇を拭って、デュオはそういって目を細めた。艶のある笑みを浮かべて、彼もまた自身に灯された欲望の火を隠す事なく、ヒイロの首に腕を回して、誘う。

 「…お前もな。」

 そう呟いたヒイロに、デュオは少しだけ嬉しそうに笑った。


 こうして、彼が来るようになって、その度に必ず身体を重ねるようになっていた。
 最初に誘ったのは、確か、デュオの方。
 けれども、それは確かに自分の望みでもある事をしっていたから、拒む事は思い付かなかった。
 肌を合わせて、鼓動を確かめて、吐息を聞く。
 確かに、そんな事に安心する自分がいる。欲望だけでなく、安心…する自分がいる事を知っていた。
 そしてデュオは…。

 「ヒイロ…お前…生きてるな…」

 口グセとも取れる程毎回、必ず行為の最中にそんな言葉を掛けて来る。息を乱して、思考を薄めて、そうして自分に抱き付いてくる。抱き締め返せば、彼は笑う。……いつも来る度に瞳の冷たさを増して来る彼は、この時だけは本当に嬉しそうに笑うのだ。…それを見る事が、きっと、自分も嬉しいと感じている、多分。
 だけれど、いつも。
 【Bye】
 唐突に必ずそんなメモ一つで彼は姿を消してしまう。
 夜が明けて、朝が来れば彼はもう傍にはいない。

 彼が来る理由は聞かない、彼が去る理由も聞かない。
 だけれど自分は待っている。来ないかもしれないとさえ考えない。
 何故かは分からないけど。…いや、冷静に考えれば、どう考えても自分達が会う事には意味がない筈なのに────。
 意味がない事を考えるのは無駄だと分かっている。それでも、今は、彼の事を考えていたかった。そして、それは…

 今の自分には、本当はとても意味のある事なのではないかと思い始めていた。




******************

Act1

 雨が降っていた。
 コロニーとは違う、本物の、雨。ここは地球だから…。
 その日、デュオはヒイロのアパートを去った後で、ふと思い出してとある人物の家を尋ねた。
 『機会があったらぜひ遊びに来てくれ』
 そういっていたのは、半年前までL2のデュオの近所でやはりジャンク屋(あの周辺には多い)をやっていた男で、名はハンス・ベックという。なかなか気のいい男で、ジャンク屋としては新参者のデュオも単なる近所付き合い以上にいろいろと世話をやいてもらっていた。
 だが、奥方の両親が死んだとかでその遺産相続の関係上、地球移住していったのが丁度半年前。結構マメなベック夫妻はそうして地球へいってからもときどき手紙などを寄越してきて、その度に『遊びに来い』としめくくってくれるのだ。
 もちろん、きちんと手紙は毎回読んでいるものの、まさか行く気などなかったデュオは、だからすっかりそんな事は頭から忘れ去っていたのであるが…偶然、そう、本当に偶然、地球に来る直前に届いたその夫妻からの手紙をポケットに入れたままやって来たのを思い出した。そうして、その封筒を取り出してみれば、差出人の住所が然程遠くない事に気が付いて…だから、ちょっといってみようかなんて思ってしまっただけなのだ。

 …恐らく、ヒイロと会ってきたばかりで、気分的にもウツが抜けていい状態であった事も影響していたのだろう。

 …とにかく、本当に最初はただの気まぐれ程度のモノだった。

 流石にイキナリはマズイかと先に電話で連絡をして、了解をとってから30分後、予想以上に大きな家(夫人の実家はかなりの金持ちだったらしく、近所でグロスマンの屋敷といえば知らない者はいない程だった。ちなみにグロスマンというのは彼女の旧姓である。)に驚きはしたものの、快く屋敷へ通して貰って少しの間お茶をごちそうになった。都合悪くハンス自身は留守であったので、ミセス・ベックと軽い雑談をして、さてそろそろ出ようかというところで…それどころでなくなってしまったのだ。

 まず、最初に出かけていたハンスから電話が来た。

 その電話をミセス・ベックが受け取ったら、電話向こうで銃声が響いて、電話は切られてしまった。
 当然のように彼女はパニックに陥る。
 デュオとしてもそんな彼女を放っておける筈もないから、宥めて宥めて…どうにか落ち着かせたはいいものの「心細いから今日は泊まっていってちょうだい」の一言にはしょうがなく了解してやるしかなくなってしまったのだった。


******************


 由緒ある家らしく装飾の施された、高い天上を眺めてデュオは溜め息を付いた。
 さて、どうするか?
 明らかに夫の身に何かが起こってパニックに陥っているミセス・ベックを置いて、明日になったら、それじゃぁさよなら、というわけにはいかないだろう。彼女にも、当のだんな本人にも恩があるし……運がいいのか悪いのか、こういう事件なら、多分明日連絡するといった警察よりも自分の方が情報が早く手に入る。

 …ったく、つくづく自分はトラブルに巻き込まれる性質らしい。

 そう考えながら、また一つ小さく息を吐き出して、デュオは寝転がっていたふかふかのベッドから反動を付けて体を起こした。
 ある程度どうにか…せめてハンスがどうなったか調べるくらいは…してやろうと決心しては見たものの、ここにいる状態ではほとんど身動きが取れない。調べるにしても、その筋に連絡を付けるにしても、一度L2に帰った方がいいのだが…。
 そこまで考えて、デュオは思い付いた一つの案に眉を顰めた。

 ここからそう離れていない、ヒイロのところなら調べる為の設備はある───。

 多分、おそらく、ちゃんと事情を話せば貸してもらえない事もない…だろう、但し、あくまで事情をきっちり話せばだが。

 「こーゆーのに…関わらせたくねーしな…」

 事情を話せば、関わらないというわけにはいかなくなる。先程の電話でのシチュエーションを考えれば、かなり厄介な事になりそうな予感もする。

 「…ヘタすっと、コイツを使う事になりそうだし。」

 言って、デュオは胸にしまい込んだ自分の愛用の銃を取り出した。
 実際に、これを練習以外で使ったのは、もうずっと前の事だ。…というよりも、今の自分にとっては本当にただの護身用で、お守り程度の役割しかしてはいない。
 けれど、離せない、持っていないと落ち着かない。ちゃんと手入れをして、たまに撃って、自分の腕を確かめて、…いつでも使えると確認をしていないと落ち着かない。…これもまた昔の後遺症みたいなモノの一つだろう。

 当然のように使っていた時が、頭の中で妙な違和感を伴って思い起こされる。じっと、見つめていると、胃の底からむかむかとせりあがるような嫌悪感さえ感じるのに、手にしっくりと馴染むそれに何処か持っているだけで安心感さえ感じる。
 きっと、使う時が来たら、迷いもなく当然のように撃つ事ができる、から。
 そんな自分が、嫌で。
 冷たく、冷たく、心が凍らされて行く。冷えた鉄の感触が、心に暗闇を導く。
 クラリ、と。
 思考がぶれるような感覚が来て、デュオは強く瞼を閉じた。

 「おいおい…これじゃぁ、何の為にここまで来たんだよ。」

 全身から沸き上がる震えを堪えて、デュオは無理に唇を笑みに歪めた。
 その時。

 「──────」

 奥の部屋から、微かな声。

 「まさかっ」

 厚い部屋の壁に阻まれて殆ど聞き取れなかったものの、女性の…悲鳴。

 デュオ自身、警戒をしていなかったわけではない。
 それにこれだけの屋敷、一通りのガードシステムだって付いている。
 だがそれでも、やはりずっと実戦から離れていた感覚のにぶりか、「まさか」なんて思っていたのがそもそもの問題か────自体を軽く見過ぎていたのは自分のミスだ。
 銃をむき身で持ったまま、部屋を飛び出す、声の聞こえたミセス・ベックの部屋へと走り出す。
 
 冷静に、私情を交えず考える、なら。
 ハンス・ベックは、ほぼ死んでいると思っていい。
 それもかなりヤバイ状況、何等かの事件に巻き込まれでもしたか…。
 それが出かけ先で偶然、というものならあまり問題はないが、あの時───恐らく追いつめられたハンスは家に電話をした。…ミセス・ベックに何かを伝える為に。
 そして、いおうとした時に撃たれた。…つまり、相手はハンスが撃たれた事を電話の相手に知られても構わないと思っていて、そして…彼が電話で何かを伝えようとした事をしっている。
 狙いは多分、ハンスが最期に電話で伝えようとしていた事である可能性が高い…。
 ならば、そいつの標的が電話の相手であるミセス・ベックに向くのは当然だ。

 走ってさえ、その足音を消してしまうような絨毯の廊下を駆け抜けて、デュオはミセス・ベックの部屋へとたどり着く。ノックする余裕すら見せずに、乱暴に扉を開いて中を見渡す。
 部屋の中、開け放たれた窓の傍に、気を失ったミセス・ベック。
 そしてその彼女を担ぎ上げようとしている男が一人。
 デュオは迷いなく、今まさに彼女をつれ去ろうとしている男の腕を狙って引き金を引いた。
 弾は狙い通りの場所へ命中し、男は焦った悲鳴を上げる。
 だが、焦り過ぎた為か、男はミセス・ベックを無視してとにかく逃げようと窓に飛び乗り…そのまま落下してしまった…ようだった。
 男の悲鳴。
 木の幹が折れる音と、何かが地面に落ちる音。
 死んではいないだろうが、おそらく、無事でも済むまい。
 だが、急いで窓の外へデュオが走り寄るより早く、一発の銃声がそれに続いた。
 反射的に、デュオも覗きこもうとした窓から身を避ける。
 …しかし、その銃声は本当に一発きりで、暫く待っても、外は静寂を守ったままだった。…試しに、そっと窓脇に纏められていたカーテンを窓の真ん中へ投げてみたものの、再び銃声が聞こえて来る事はなかった。
 ゆっくりと、警戒をしながらも、デュオが窓の外を覗く。
 それから、男が落ちた筈の下を覗いて溜め息を付く。

 …暗闇の中、地面に見える人の影は、今はもうピクリとも動く事はなかった。


******************


 さて、どうするか?
 とりあえず、現在警察と話しているミセス・ベックに、今なら安全だろうと少しだけ外へ出て来ると告げて出てきてはみたものの、未だにデュオはこれからどうするかを決めかねていた。
 昨夜、彼女を連れ去ろうとした男は、間違いなく口封じの為に殺された。失敗した男がこちらに捕まる事がないように殺したのだろうが…そう考えれば益々……

 「キナ臭い事になってきたなぁ…」

 これは相当ヤバそうだ。
 そうは思っても、乗りかかった船でもあるし、やはり彼女を見捨てるわけにはいかないだろう。
 そう結論づけて、”仕方ない、やはりヒイロのところへ行くか…”と思って出てはきたものの、やはりまだそれはそれで行きたくないのだ。…出てきたばかりで気まずいというのもあるし、…やはりこんな事に巻き込みたくもない。…ここまで本格的にヤバイ話になってきたんなら、尚更だった。
 だが、それでどうするか?…と考えて考えて…堂々巡りになるのだから仕方がない。
 出てきてから一体何回目になるのか、大きな溜め息をついて、デュオは顔を顰めながら顔を上げ……見覚えのある気配に振り向いた。

 「────ッ、ヒイロ…。」

 いつから見ていたのか、…ヘタすると付けられていたのかもしれない。こちらが気付いた事を知ったヒイロは、何もいわず近づいて来た。…予想通り、顔は思い切り顰められていて、どうやら怒っている様子で。

 「いつから────」
 「何をやっている。」

 デュオに質問をさせるヒマもなく、ヒイロは益々剣呑な瞳をデュオに向けて言った。

 「何って…。」

 言い返せずに、こちらも顔を顰めて口だけをぶつぶつと動かせば、彼はじっと射貫く様な瞳を向けたまま、また言葉を畳み掛ける。

 「お前が出てきた屋敷で、殺された男───あれが何者か分かっているのか?」

 突然、話題が別の方向へとんだものだから、デュオは驚いてヒイロの顔を見返した。

 「お前っ、何か知ってるのか?!」

 明らかにヒイロの質問に否定をしたデュオに、ヒイロはまた一段と不機嫌を張り付かせたような表情になって溜め息をついた。表情の変化が少ないヒイロであっても、さも、やはり分かっていなかったな、と呆れているのが目にみえて分かる動作だ。
 ヒイロの返す言葉を待って真剣に目を剥くデュオに、ヒイロは思い切り冷たい声で呟いた。

 「バカが…。」


******************


 「今朝、ウーフェイから連絡があった。」

 元Gパイロットの中で唯一、今は正式にプリベンターに所属している彼から、ヒイロに通信が入ったのは、今朝早く。

 『お前の近所に、グロスマン家の屋敷があるな。』

 だから、そのグロスマンについて、何か知っている事があるか?
 内容は単なる確認程度の事ではあったが、仕事の依頼も兼ねた連絡。とりあえず、聞ける分の内容を聞いてから、ヒイロもまたグロスマン家について調べた。

 「あの家に何かあるのか?」
 「さあな、それはまだ分からない。」
 「だったら何が……。」

 言いかけて、デュオは口を閉ざした。
 グロスマン家に直接の問題があるのでなければ、問題は死んだ男の方だ。

 「あの男は、今現在プリベンターが要注意人物リストの中にあげて捜査している者の一人だ。」

 ジョン・スウェイルズ。L1にあった、シャトルの造船やコロニー外壁の製造・補修を主としていた企業、シンキ重工の開発チームにいたメンバーの一人。戦後、突然企業トップが失踪し、事実上倒産となった会社だが、未だにその上層陣の失踪については理由が明らかにされていない。

 「でも、単なる開発チームの一人が、なんでわざわざプリベンターの捜査リストにのってるんだ?」

 当然の質問に、ヒイロはいつも通り表情を変える事なく、淡々と説明する。

 「表向きの発表では、失踪したのはオーナー以下企業上層部の連中だけだ。…だが、それだけでなく、ジョン・スウェイルズのいた開発チームのメンバーも全員消息を断っている。」

 とはいえ、まだそれだけなら、やはりプリベンターの管轄にはならないだろう。
 だったら、何故か?

 変わる事の無かったヒイロの表情が、少しだけ何かを思い出したように苦々しいモノへと変わった、ような気がした。…さすがにそれは一瞬の事ではあったものの、デュオは意外な事に少しだけ驚いた。

 「倒産したシンキ重工の施設には、モビルスーツを作っていたという痕跡があった。そして…メンバーが消えた開発チームが、何を作っていたかというデータは全て消されていた。…もちろん、他の社員に聞いても誰も知るものはなかった。」

 だから、もしかしたら…消えたメンバーごと、どこかにモビルスーツがあるかもしれないのだ。

 「なる程ねぇ…。」

 納得して肩から力を抜くデュオに、ヒイロは改めて視線を向けた。

 「それで、お前は何故あの家から出てきたんだ?」

 一瞬、胡麻化そうかと口を開いて…、きつく睨む群青の瞳を見てしまって諦めた。
 …もうこうなれば、巻き込まないなんていい訳は、却ってコイツを怒らすだけだ。
 真っ直ぐに顔を上げて、ヒイロの顔を覗きこむ。彼の真っ直ぐな視線に合わせて。

 そうしてデュオは、とりあえず、今までのいきさつを話したのだった。






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