Remember <1>


当時、「甘々を書こう!!」と思い立って書いた小説。オフセの長編小説としては2冊目ですね。
とにかく、今読むと恥ずかしいです、コレ(^^;;
ストーリーはシリアス系ですが、めちゃくちゃラブラブやってます。砂吐き注意。




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 真っ直ぐに見返して来る青い瞳。
 まあるく開かれて、その中いっぱいに自分の顔を映している。

 「なぁ・・お前、どうしちまったんだよ?」

 その表情は本当に今のこの事態が信じられないといったようで。

 「ヒイロ・・おい、冗談だろ?」

 だけれど、それに返される言葉はなく。

 「いやだっ、やめろっ、やめろ────。」

 ただ、その叫び声だけが部屋の中へ響いてゆく。

 チガウ、ちがう、違う────。
 俺は、こんな事がしたかったんじゃない。

 覚えているのは涙。
 無理に体を押し進め、見下ろしたその顔に、見えたのは瞳から零れたとうめいな水滴。
 そして、自分を見つめる青い瞳。
 瞳にあるのは、憎しみの鈍い光。

 俺は、憎まれている──────。


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 Happen

 「じゃぁな、もう二度とお前とは会わない事だろうぜ。」

 戦争が終わり、格納庫での擦れ違い様、デュオはヒイロに目を合わす事もせずに、ただそういって横を通り過ぎていってしまった。

 あいつは俺を憎んでいる────。

 だから、ヒイロにはその言葉通りにすぐにでもそこから立ち去る事しか出来なかった。
 立ち去って、二度とあいつの前に現れない事。それがあいつの望みならば────従うしかない。自分の望みなど、もう、叶える権利はこれっぽっちもないのだから。

 何も告げずに、一人何処かへと立ち去ったヒイロを、仲間達は心配して捜そうとしたが、ヒイロは完璧に自分の足取りを消し去っていて、誰も見つける事は出来なかった。

 「捜すのなんて無駄だと思うね。あいつはいなくなりたくていなくなったんだから。」

 だから、もう止めよう────必死になって捜そうとしていた皆に、デュオは何度もそういうだけで、彼自身がヒイロを捜す事は一切しようとしなかった。それどころか、ヒイロについて何かを言おうとする時のデュオの声は何処か冷たくて、どう考えても彼らしくない雰囲気を匂わせていた。

 何故?

 何があるのかは知らないが、予感として、奇妙なひっかかりがどうしてもとれなくて、カトルは皆と別れた後も、一人、ヒイロを捜していた。そしてとうとうその居場所をつきとめて、呼び出して・・・でも、カトルにもそこまでするつもりはなかったのだ。それは単なる偶然で、意図されたものなんかではなかった。
 そう、まさか、ヒイロを呼び出したその時に、丁度デュオまでが訪ねて来てしまうなんて。


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 一言で言えば、気まずい雰囲気。

 「へぇ、なにしに来たわけ。お前。」

 デュオが、ヒイロに掛ける言葉はあくまでも冷たい。さすがに他人の目がある時はこんなあからさまな態度を取る事はなかったけれど、『あの事』があってからその後、デュオはヒイロに対してその表情をくずしてくれる事はなくなった。

 仕方がない────。

 今更弁明するつもりのないヒイロは、だから、いつでも黙って掛けられる言葉を聞いているだけだ。

 「お前の顔なんかみたくないね、失せろよ。」

 自分をみている青い瞳が、更に憎しみの炎につつまれて行くのを見るのが耐えられなくて、ヒイロはやはり無言でその横を通り過ぎようとする。
 目を逸らして、俯いたまま。だから、その態度を見たデュオの瞳が、益々暗い輝きを増した事をヒイロは知る由もない。

 「近寄るんじゃねぇっ。」

 声を荒げて、自分の身を引き、大袈裟とも言える動作でヒイロを避ける。
 デュオ自身、あまりにも頭に血が昇っていた為、今自分のいる場所を確認せずに起こしてしまった、衝動のような行動。
 たった、それだけの。
 それが、まさかあんな結果を引き起こすなんて誰が予想出来ただろう。
 デュオが、身を引いた場所────そこは大きな階段の前。一歩引いた足元には、今いる場所と同じ高さに足場はなかった。

 「デュオっ。」

 再会後、初めて出されたヒイロの声と共に、デュオの叫び声が上がる。振り返って、手を伸ばしてもその手は届かず・・・デュオの体は、大きな音をたてて階段を落ちていった。


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 「大丈夫ですか?」

 目の前にあるのは、柔らかな金色の髪に心配そうな瞳の、優しげな少年の顔。その言葉に何も返事を返さないで、ばっと起き上がり、ぐるりと部屋の中を見回して軽く首を傾げる。

 「デュオ?」

 その呼び掛けにも、何も返す言葉はなくて。
 傍で驚いた顔をしている、金髪の少年へと、顔を近づけていってじっと見つめてみる。

 「デュオ?」

 もう一度、少年はそう言葉をかけてくる。語尾を上げて、尋ねる口調で。

 何、ソレ?

 なんとなく、聞き覚えはあるけど知らない言葉。
 そして同様に。なんとなく見覚えがあるけど知らない顔。
 おっかしいなー、俺、記憶力には自身があった筈なんだけど。
 そう考えて、さらに首を捻ってみる。
 あれ?本当にそうだったっけ?
 直感的にそう思っただけで、自分は本当に記憶力が良かったかどうか考えてみたら自信がなくなった。それどころか。

 「俺って誰?」

 呟いた言葉に、傍の少年どころか、周りにいた全員の顔が引きつる。

 「デュオっ、一体どうしたの?」

 ああ、デュオってのが俺の名前なわけね。
 妙に納得して、とりあえず笑顔で少年に返事を返す。

 「さぁ?」

 まんまるい目をしてじっと見つめる緑かかった青の瞳。
 じいっと、本当にじいっっと真剣な表情で身を乗り出して顔を近づけてくるものだから、思わずその迫力に体がひけてしまう。

 「デュオ、もしかして、僕の事分からない?」

 うん、とこっくり肯けば、その瞳は急に弛んで涙がぽろぽろ零れ出す。
 その後は、抱きつかれて騒がれて、そりゃもう大騒ぎ。
 一体何があったのか────デュオ自身だけが、今一つ理解していなかった。


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 ばたん。
 部屋の扉が勢い良く開かれて、カトルが飛び出して来た。
 焦りを浮かばせたその表情に、不安を掻きたてられて思わず声を掛けてしまう。

 「カトル、どうかしたのか?」

 デュオは?────そう続けようとして、カトルに先を越された。

 「デュオが、大変なんです。とにかく入ってください。」

 『大変』という言葉から思い付く、様々な嫌な想像。それらを否定して、頭から追いやって、どうにか平静を保ったままドアを開く。
 日当たりのいい、光に満たされた病室らしい白い部屋。
 部屋の中には、デュオが、いた。
 窓際のベットから起き上がった格好で、きょとんと、目を大きく開けてこちらを見つめる澄んだ空の瞳。その瞳は真っ直ぐに自分に向けられていて・・・その何処にも憎しみのかけらさえ見当たらなかった。
 そんな瞳で見られるのは久しぶりの事だったから────目を見つめる事に意識をもっていかれて、思わず部屋へ入ろうとしたヒイロの足が止まってしまう。
 そのヒイロに気付かなかったのか、カトルはデュオの元へ急いで駆けつけると、真剣な面持ちでデュオの顔を両手で押さえて、その表情を覗き込んだ。

 「どうです?デュオ。彼の事も・・・分かりませんか?」

 そうデュオに尋ねたカトルの声が、やけに遠い響きでヒイロに伝わる。

 何?
 何が起こった?

 頭の中の混乱がうまくまとめられなくて、ただぼおっとしてその場に立ち尽くす。
 目はデュオをずっと見つめたまま。
 そう、会って間もない時に似た、何のフィルターも掛かっていない澄んだ青い瞳を見つめたままで・・・。だけれど、その瞳が一瞬だけ寂しげな翳を浮かべたかと思うと、軽く目を伏せて、自分の視界から逸らされる。
 そして、今度はその瞳を目の前のカトルに向けてデュオは言う。

 「うん・・・やっぱ分からねぇ。確かに見覚えはあると思うんだけど・・・。」

 ドウイウコトダ?

 ぱちくり、と。ヒイロもらしくなく瞳を大きく開けて、デュオの顔を見返す。
 ふぅと一つ、カトルが溜め息を付いて、そんなヒイロを振り返った。

 「カトル、一体何があったんだ。」

 すぐに表情を引き締めて、カトルに尋ねる。

 「デュオの・・記憶がないんです。」

 一度は合わせた目を伏せて、溜め息と共に綴られる言葉。
 彼自身の困惑を伝える、たどたどしい声。
 ヒイロは黙って、カトルの伝える言葉を待つことしか出来ない。
 だけれどカトルは、溜め息を付いたまま顔を上げようとしなくて、ヒイロは、じっとそのカトルを見たまま、込み上げて来る不安を持て余すだけだった。不安が重なり、それがいつか苛立ちに切り替わり・・そうすると、ヒイロもじっとしているだけでは耐えられなくて、カトルの元へと近づこうと足を一歩踏み出す。

 「直接の原因は頭を強くうったからだと思うのだけど────。」

 その行動を制止させるぴったりのタイミングで、部屋の壁ぞいに控えていた白衣の女性が口を開いた。
 カトルも顔を上げて、その女性の顔へ視線を移す。もちろんヒイロもそちらを見た。
 不安さを隠そうともしないカトルの表情を宥めるように、医者と思われるその女性(そういえば、あれはカトルの姉の一人だと前に紹介された事がある)は穏やかに軽い微笑みを投げかけると、一息ついて解説を続ける。

 「ええ、もちろんレントゲンも取ったし、脳波などにも異常は見当たらなかったから、それが本当に原因かはハッキリしないのだけど。とりあえず、今のところ、調べられる範囲では異常は見つからないから、後は検査をしながらしばらく様子を見ようと思うの。」

 一時的なモノで、何かの拍子に思い出す可能性も高いから────と、話をしめくくって、カトルの姉は他の助手と思われる者を引き連れて部屋を出ていった。
 部屋に残されたのは、デュオとカトルとヒイロの3人だけ。
 重い沈黙に、それぞれがそれぞれの想いを込めて溜め息がでてしまう。
 誰も言葉を言い出せなくて、だけれどそういう雰囲気に、真っ先に耐えられなくなるのはやはり彼だった。

 「あーなんかごめんな。俺迷惑かけてるみたいでー。」

 この状況の重大さを、恐らく一番理解していない当事者は、愛想笑いを振りまきながら頭をかいている。

 「そんな、迷惑なんて。全然そんな事ないですよ。」

 カトルが顔を上げて、デュオの手を静かに握る。

 「だって、君が落ちたのだって・・・。」

 そこまで言いかけて、カトルは言葉を一時中断すると、ゆっくりとした動作でドアの前に立つヒイロを振り返った。
 まるで睨みつけてるような目で、出された声のトーンも一段低い。

 「そう、元はと言えば君のせいだっていえるんだよね。ヒイロ。」
 「俺は・・・っ」

 咄嗟に言葉がでかかったものの、ヒイロはその先を続けずに唇を噛み締めた。

 階段から落ちたデュオを抱き上げて、辺りの者を捜して医者を呼べと騒ぎたてたのはヒイロだった。
 駆けつけたカトルが、なによりもまずデュオが階段から落ちた原因を聞いて来たが、それについてヒイロが告げたのは「俺を避けようとして階段から落ちた。」とその一言だけ。
 もちろん、その言葉はそのまま真実に違いなかったけれど、ヒイロとデュオと、二人の間の事情を知らないカトルにとっては確かに「君のせい」と言われても仕方がない。
 まさか、事情を説明するつもりのないヒイロにとっても、別にそう思われたところで今更どうという事もない。却って、否定するのも面倒だった。

 とはいえ。

 「・・・ヒイロ、実は僕は明日から一週間、どうしても出かけなければならない用事があるんです。こんなデュオを残して、ここを離れるなんてしたくないけど・・・、だから僕のいない間、君が責任もってデュオを見ていてくれるよね?・・だって、デュオがこうなったのは君のせいなんだもの、断ったりできないって分かってるよね?」

 有無をいわせない。含みを思いっきり込めた言葉。
 しかもそれを作り笑顔で言うのだから、尚更タチが悪い。
 この部屋に入ってから何度めになるのか、また一つ深い溜め息をして、ヒイロは諦めたように答えた。

 「分かった。」と。


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〈One Day〉

 その日は朝から天気が良かった。

 いや、天気が良いといっても、コロニーの天気はあくまで人工のモノだからあんまり意味のある事でもないが。一応人が住むに当たって過ごしやすい天気が通常設定なのだから、天気が良い日のほうが確率的には高いのだ。雨とか雪とか、そういういわゆる「天気の悪い」事の方がシステム的には負担がかかるし人も喜ばないから、だからやっぱり「天気が良い」日が普通なのであって、だから今日は普通の日だ。

 ・・・って、何を考えているんだ俺は。

 んーと軽く唸ってから、目の前にいる人物をまじまじと見つめる。
 そもそも天気の事なんか考えてしまったのは、こいつのせいだった。
 カトル(というらしい)少年が、「じゃぁ、僕がいない間は彼が君の面倒を見てくれる事になっていますから、何かあったら彼になんでもいってくださいね。」とにこにこ笑顔でここを出ていったのはつい1時間前。こっちはまだケガ(って足の捻挫くらいか)が残っているので、このベットに座ったままで別れを告げて、そのまま。

 そのまま、こうして一時間、何をすることもなくじーっとしている。

 自分は元々こうじっとしているタイプの人間ではない(と思う、多分)から、本当はこんなとこで寝たきり少年をしているつもりなどないのだ。
 ないのに、ないのに・・・この状況はどうしろというのだろう。
 思わず頭を抱えたい気分になり・・思ったまますぐに、デュオはそれを実行した。
 それを見たヒイロの眉がぴくりと揺れたのにも気付かないで、デュオは一人ただずっと悩みまくっていた。

 カトルから言われた、この目の前に座る人物は、やはり自分の知り合いなのだという。
 歳の頃は自分と同じくらい、背も多分同じくらい。暗い色の髪の毛と、こっちも少し暗めな蒼い瞳の、整った顔立ちの育ちの良さそうな少年。まぁ、育ちが良さそうってとこじゃ、カトルの方が数段おぼっちゃんおぼっちゃんしているケド、こっちの少年は・・・なんというかカトルとは違ったタイプの育ちの良さ。簡単にいえばどことなく顔付きに品がある、というかそんな感じ。ただ、その奇麗な顔を裏切るように、表情は堅くて、目なんかタダモノじゃない眼光を放ってやたらと迫力があったりする。
 その彼は、じっと、さっきから体勢もほとんど変えずに、本当にただじっと無言で自分の顔を見ているのだからたまったモノではない。

 「あー、なぁ、今日っていい天気だよな。」

 さすがに沈黙の堂々巡りに耐えきれなくなって、デュオはとりあえずそう声を掛けてみた。別段天気が気になったワケではないが、ただこういう場合、天気の話というのは定番だと思ったから、そういってみただけで。

 「今日は散水日ではないからな。」

 だから、その一言で会話を閉じてしまった相手に、デュオはでかかった次の言葉を止めるしかなかった。

 天気の話がだめならば、次は何をいうか?

 現在のデュオはずっとそれを考えていた。
 考えて考えて、考えているだけで1時間・・・我ながらこれはスゴイ根性のある事だと思う。いや、根性というよりも執念深いとか。とにかく、この目の前にいるだんまり兄ちゃんと何かしらのコミュニケーションを取らなければならないと、それにこだわり続けて1時間────だって、これからしばらく「お世話になる」相手、流石にずっとコレは困るだろ?────と思って根気良く、彼との会話を頭の中でシュミレートしていた。

 「ええっと、ヒイロ?」
 「────なんだ?」

 確かカトルがそう呼んでいたよな、そう思い出して彼の名前と思われるのを呼んでみると、合間を入れずにすぐさま返事は返される。
 それに気を良くして、にっこりと笑顔で会話を続けようと話し掛ける。散々考えた末の、これならば相手が乗ってくれると思われる内容だ。

 「なぁ、ヒイロ。えっと、俺がその『キオクソーシツ』っていうのらしいわけだから、良ければその記憶がなくなる前の俺の事とか聞きたいなーと思うんだけど?」

 首を傾げて、お願いのポーズ。
 あくまで愛想良く、お願いします、という感じをくずさないのがポイント。
 後は相手が話してくれるのを待つ、待つ、待つ・・・・。

 「──────お前。」

 待って待って、やっと口を開くまでに数分待たされた。
 けれどやっと声を出してくれたから、さらににっこりと笑って笑顔の大サービス。
 ・・いや、そりゃなんか冷静に考えれば、男相手に愛想を振りまくのは寒いとか思ってしまうのだが、それはこっちにおいといて。
 にっこりと瞳を輝かせて、更に待つ。
 ・・・・だけど。

 「────本当に記憶がないのか。」

 あのぅ・・・。

 期待を込めて待った言葉はその一言だけで、後はさっきまでに増してまじまじと顔を覗き込まれる。その間、そいつはまったくの無言。
 なんか悔しいので、こっちもそいつの顔を負けないくらい凝視してみる事にする。
 すると、向こうはじっとこちらを見つめたままその顔を近づけてきたから、こちらも負けじと顔を近づけてみた。
 蒼い瞳が視界いっぱいに広がる。
 整った奇麗な顔立ちの中、特に目立つ蒼の瞳。
 吸い込まれそうな、という表現がぴったりとくる、深すぎて、その奥に何があるのか引き付けられてしまう不思議な蒼。
 こいつのチャームポイントは絶対目だな、とバカな事を考えながら、見つめ合ったままどんどん顔を近づけていく。
 普通ならば、ここまで近づいて相手から視線を逸らさずにいるのは不可能に近い。
 目をつぶってしまうとか、笑ってしまうとか。
 とにかく、なにかしらこの見詰め合いの「終了」イベントが発生する筈だった。

 けれど、こいつは逸らすどころか、瞬きもせずに、表情を少しも変える事なくじっとこちらを見つめたまま。

 だからちょっと、その余りにも揺るがない瞳にいたずら心を覚えてしまった。
 吐息がすぐ傍で触れて、それでも近づく事を止めない相手の唇にそっと、軽く触れるだけのキス。
 何かおもしろい反応を返してくれたらいいな、その程度の遊び心。

 え?

 何何々?・・目を見開いてぱちくりと瞬き。急激に訪れた状況の変化に、浮かれていた頭はきちんとついていけなかった。
 すぐ目の前の奇麗な顔。
 気がつけば、顎を押さえられ、すぐに離した筈の唇はぴったりと合わされていて声も出せない。しかも、先程と違い、今自分と彼がしているのは深い、ふかぁい、恋人達同志がやるようなそういう・・キス。

 あれあれあれ?

 驚きに目をめいっぱい開けば、やはり真近にある蒼い瞳。ほんの数秒前までの、驚きを含んだ窺うような視線ではなくて、軽く瞼を伏せて、そのスキマから少しだけ見えている、濡れた印象の奇麗な瞳。

 何か、静かだけれど、たくさんの想いを映した瞳。

 それが直感して結びついた言葉は・・・こいつってば本気、だとその一言。
 深いキスは少し深すぎて、たまに歯が当たってしまってちょっと痛いとか思ったけれど、優しく、丁寧に舌を絡み合わせる感覚はうっとりする程に気持ちがいい。
 だから目を閉じて、彼のしたいまま、求めるままに、自らも深く口付けに応える。顎を押さえていた手が離されて、唇を合わせたまま今度は体ごと引き寄せられて、抱きしめられて、お互いの胸がぴったりと合わさって、その鼓動を伝え合う。

 どきどきどき。

 あきらかに、相手の心臓の音が通常よりも速くなっているのに気がついて、なんとなく微笑みが零れる。ただ目の前に座って無言でこっちを見ていた時は、無愛想とか面白味ないとか暗いとかおっかねーとか、なんかそういう印象ばかりだったのがどっかに放り投げられてしまったらしい。
 可愛い、とか。多分本人にいったら怒るだろうなー(どうしてそう思ったのかは分からない)という思いに辿りついて、だからちょっと微笑む。
 縋るようにきつく抱きしめられて、ただただお互いの口内を楽しむ。
 そうしているのが、すごく心地いい。
 自分から止めるつもりはなかったから、ずっと相手の求めるまま、ただずっと深いキスを。どれくらいしていたのか、時間感覚が麻痺するくらい、長い間。

 けれど、そんな甘い時間の、終わりはあまりにも突然だった。
 はっと、気付いたように目を大きく開いた相手は、イキナリ抱きしめていた体を離して、顔を伏せる。

 「すまない・・。」

 そう一言だけいって。
 自分から離れて、部屋を出て行こうとした。

 なんで?
 納得いくワケないだろ?

 目を見開いて、眉を寄せて、デュオはその後ろ姿に声を掛けた。

 「おいっ、ちょっと待て。なんでお前が出て行くんだよ。」

 ぴたりと、ヒイロの足は止まり、振り返った顔は意外そうで。

 「お前に嫌な思いをさせた。」

 そういって、勝手に結論を出して去って行こうとする。
 だからデュオは、怒り半分、呆れ半分の不貞腐れた声で、一言。

 「なんで・・・だって俺達ってそういう仲じゃないのか?」

 と言葉を続けた。


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 目を開く。
 本当に驚いて。
 だけど、その驚くべきセリフを吐いた当人は、さも当然といった表情で自分を見返しているだけだった。
 コバルトブルーの澄んだ瞳。すこしだけ紫かかった青い輝きは、ヒイロの瞳の色よりも明るくて透明な感じを受ける。
 だけどこの瞳は、『あの時』からずっと、その中に憎しみのフィルターを通してしか自分の姿を映してくれる事はなかった筈だ。
 それが、今目の前にいるこいつは、真っ直ぐに自分を見つめている。澄んだままのまあるい瞳を開いて、なんでもないようにちゃんと自分を見てくれる。

 ────それは、ヤツに記憶がないから。

 理由はそれだけ。こいつには今、自分を憎むべき記憶がないから。
 だから、カトルに言われた事を承諾し、こうしてこいつについていられる。

 けれど────。

 今の言葉は余りにも意外で、ヒイロはらしくもなく間の抜けたように惚けた表情で、デュオの顔を見返すしかなかった。

 「あれ?・・・違うの? だってお前ってば俺の事好きだろう?」

 この言葉もやはり当然のように。

 「な、お前俺の事好きだろう?」

 あまりにも自信たっぷりに聞いて来るその表情は、どうみても自分が否定する事を考えてもいない。

 ────こいつには今、俺を憎むべき記憶がなくて。

 理由はそれだけ、記憶が戻れば前のように、この瞳が真っ直ぐ自分を見つめてくれるなんて事はなくなる。十分過ぎる程解っている、その事実。

 自分にはこいつを望む資格などない。

 一生。犯した罪は消える事なく、時間は戻らない。
 だけど今、例え記憶が戻るまでの限られた時間だとしても、その間だけならば、犯した罪を無かった事に出来るのだ。そう、明日にも元に戻ってしまうかもしれないほんの少しの間だけでも、すでに諦めた筈のモノを求める事が出来るなら・・・。
 例え、偽りの時間の中でも。

 「ああ、お前が好きだ。」

 返した言葉を満面の笑顔で受け止めて、デュオもまたヒイロに手を伸ばして応える。

 「うん、俺もお前の事好き。」

 絶対に貰える事が出来ないと思っていた言葉に、ヒイロの瞳が細められる。
 僅かに口許に零れる、静かな笑み。
 それから、手を伸ばしたままのデュオに向かって近づいて行く。
 一歩、一歩。
 『あの事』がある前は、自分に向けられた事もあるデュオの笑顔。既に記憶の中だけの『大切なモノ』となっていたそれが、現実として自分だけに向けられる実感。
 信じられない、幸福。

 抱きしめて抱き上げれば、ケガが痛むのか、「手加減しろよな」と小声で抗議される。
 「すまない。」 といって耳元に唇を落せば、くすぐったそうに首をすくめる。

 両手で頬を覆われて、真っ直ぐ顔をデュオの顔へと向かせられると、じっと見つめられて。

 「うん、お前って奇麗な顔してるよなー。すっげー好み♪」

 にっこりと笑って、軽く口付けてくる。

 「デュオ。」

 すぐに離された唇に抗議するように、ヒイロが名を呼ぶ。

 「うん、その声も好み♪」

 益々嬉しそうに、抱きついて来る細い腕。
 もっと何か話して欲しいという要望には、さすがに何を話せばいいのか分からなくて困ってしまったが、でも、そうして考え込んで眉を顰めると、「それじゃ、名前。たくさん俺の名前を呼んでくれよ。」というので、その通りにした。

 「デュオ・・・デュオ・・・デュオ・・・」

 何度も何度も繰り返す言葉。うっとりと瞳を閉じて、デュオは聞いている。
 だからヒイロは、自分でもカウントするのを忘れるくらい、暫くの間、ずっと、名前を呼び続けていた。
 
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