Machine Voice
【7・小さな軋み】

…私、悲しい話っていいましたよね?(^^;;
多分予想された方もいたと思いますが……最初からこういう設定なのです。







 交錯する光と、耳障りな高い音。それらに紛れて人の呻き声が時々聞こえて来て。
 聞こえる度に、光は減って行く。

 ヒイロは、銃を構えたまま、デュオを抱き寄せて辺りの気配をただ探っていた。
 時々、α2でない人影が見えるとそれを撃って、何人かはそれで殺した筈だった。

 埃と煙で視界はぼやける。
 だけど、その向こうでは確実にあいつが敵を倒していっている。
 最初から、一体何人いたのは分からない。
 とりあえず数えただけで既にもう5人は死んでいる筈だった。

 だがまだ、音は終わらない。
 時折レーザーが彼らの脇を通り抜けていき、隠れていたソファが焼かれて焦げた匂いをさせる。
 それをみて、無意識に、ヒイロはデュオを抱き締めた。

 「ヒ…ロ…苦しい。」

 デュオの抗議で気がついて、腕を緩める。
 こうして隠れる為、デュオを抱き締めてうずくまって。デュオは最初嫌がったが、状況的に仕方がないと、今はおとなしくそのままでいる。

 だが、流石に、強く抱き締め過ぎたらしい。
 だから腕の力は弱く、だけれども、体を離したりなんかしない。
 抱き締めている腕の中、デュオの体は暖かくて…ヒイロは自分の鼓動が普段よりも速くなっているのに気が付いた。

 戦いの高揚?…いや、そうじゃない。

 こんなに傍でデュオを感じたのは初めてだったから。多分、そんな事に自分は平静を崩しているのだ。

 『君はデュオをどう思っているの?』

 カトルの言葉が蘇る。
 それに軽く首を振って、頭の中から余計な感情を追い払う。
 今は、そんな事を考えている場合ではない。

 だが、尚も緊張して辺りの様子を窺うも、音も、光も、今では大分消えていた。
 そうして、何処かで又、男の悲鳴が上がる。
 後には暫くの沈黙。
 全ての音が静まって、気配を探ればもう敵意は感じない。
 終わったのかと、デュオをソファに隠したまま、ヒイロは注意深く立ち上がった。
 煙の中。
 ゆらりと傾いで、ヒイロの目の前に現れた人影は一つ。
 身体中に返り血を浴びて、α2が立っていた。

 「α2っ」

 見た途端、飛び出していったのはデュオだった。
 血だらけのその姿を見て、デュオは彼が怪我をしていないかと体を見回している。
 それを見て、ヒイロは自分がまた、苛立ちを感じているのに気がついた。
 先程からずっと。ヤツがデュオに構う度に頭がカっと熱くなる。
 しかもデュオの方も、自分よりもヤツの方に心を許しているような態度をとっている、そんな気がする。

 α2はデュオを見つめる。
 ヒイロはデュオとα2の姿を見つめる。彼は気付かなかったが、その瞳に宿す光は危険な色を灯していた。
 デュオから視線を外し、α2はヒイロを見た。
 そして、自分達を見るヒイロの昏い目に気付いて、その視線を見つめかえす。

 デュオは気付かない。
 ヒイロはただ、無言で睨みつけるだけ。
 そしてα2は、…彼は唐突に、デュオの体に手を伸ばした。

 「え?何?」

 デュオが反応するより速く、α2はデュオの体を抱き上げて、またヒイロに視線を戻す。

 「事情が変わった。お前の傍にいるわけにはいかない。後で連絡はする。」

 そうして、デュオの抗議の声を無視して、その場から跳び去った。

 「デュオっ」

 叫ぶヒイロも、何が起きたのかすぐに理解できなかった。
 α2の姿は、どんどん離れて、視界からすぐに消えてしまう。
 追う事は不可能だった。
 一人取り残された部屋で、ヒイロは呆然と立ち尽くすしかなかった。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 「おいっα2っ、どういうつもりだよっ」

 α2に抱えられてビルからビルへ跳び移りながら、デュオは抗議する。

 「お前を守るためだ。」

 だけど彼のいい分はそれだけで、デュオには何がなんだかまるで理解できなかった。
 だから騒ぎ立てる事を止めないデュオに、流石にα2も根負けして、あのアパートが見えなくなって少し行った場所で、一旦、足を止める事にした。途端、猛然と暴れ出すデュオを下ろして、表情のない顔で見つめる。

 「さて、説明してくれんだろうな。どうして、ヒイロと離れるのが俺を守るためなんだ?」

 デュオの声には険がある。α2に対してこういう喋り方をするのは初めてかもしれない。

 「ヒイロ=ユイの行動は、奴等に筒抜けだからだ。」

 俯いて答えるα2の言葉に、デュオは疑わし気な視線を向けた。

 「ヒイロが奴等につけられてるとでもいうのか?まさか。」

 デュオはヒイロ=ユイの能力を信頼している。だからこその言葉。
 それにゆっくりと首を振って、α2はデュオの顔を見つめる。
 少しだけ悲し気な瞳で。

 「違う。そんな単純なものではない。ヤツらの手にはヒイロ=ユイの記憶が握られている。」
 「なんだ、そりゃ…。」

 デュオの呟きに、α2は順を追って説明をする。
 まずは、自分が作られた状況から。彼にまだ説明していないもっとずっと最初からいわなくてならない。

 α2はDEEGの手によって作られた。目的はヒイロ=ユイと摩り替えるスパイとして。彼の調整は何段階もかけて慎重に行われていた。だから、未来のデュオ達によって盗まれたα2は、まだ試作品段階の状態で、ヒイロ=ユイとしての思考と感情部分の調整途中だったのだ。

 ヒイロ=ユイの思考パターンとそれに付随した感情パターンのテスト中、つまり、本来ならばその後に入れる筈のヒイロ=ユイとしての記憶データは、思考の形成に関係する部分以外は入っておらず、α2の記憶はほとんどデータを持たないまっさらな状態に近かった。

 もちろん、それだけゆっくりと調整を掛けていたのには理由がある。
 α2の前には既にα1という試作機が作られていて、こちらの時には最初からヒイロ=ユイの全てのデータを入れた状態で始められた。だが、これは起動して数日後、人間としてのヒイロ=ユイの情報と、機械である自分の矛盾に耐えられなくなって発狂したのだ。

 だから、α2の時には慎重にならざる得なかった。彼が発狂しない為のストッパーとして、思考アルゴリズムの上位部分に「自分は機械である」という自己暗示ともいえる答えを組み込んで、まずは思考部分だけで様子を見る事になったのだ。

 「ああ、だから…。」

 デュオの呟きに、α2は眉を顰める。
 彼のいいたい事は分かっていたが、デュオが今考えている事を考えるのは何となく不快だった。

 彼は話を続ける。
 殆ど記憶らしいモノを持っていないα2は、だからもちろんまだDEEGに対する服従の為のフィルターも掛けられていなくて、こうしてガンダムパイロット側に完全に付く事ができた。

 だが。

 彼の為に用意されたヒイロ=ユイの記憶、つまりDEEGにはそのデータがあるのだ。だから、その中に記されたデュオの居場所はことごとく見つかる。考えてみれば分かる事、奴等に見つかった状況は、いつもヒイロ=ユイと連絡を取って彼にこちらの居場所を教えた後だったのだから。

 「じゃぁ、どんなに気を付けても、ヒイロが俺達の事を知れば、即奴等の情報になっちまうってのか?」

 α2は頷く。
 デュオは黙って考え込んで…やがて真剣な瞳でα2を又、見直す。

 「なぁ、α2。」

 ごくりと、唾を飲み込んで。
 この質問はデュオにとっても、決断を必要とするものらしい。
 多分、それは…。

 「思考パターンといい、記憶といい。なんで奴等はそんなにヒイロのデータを持っているんだ?」

 予想した言葉に、α2は一瞬、瞳を伏せる。
 出来ればいいたくなかった、その理由。

 「それは…。」

 初めての彼のいいよどむその口調に、デュオは眉を寄せた。
 α2は瞳を合わせる事なく、言葉を綴る。これを聞いた時のデュオの顔が見たくないから、視線を合わせる事が出来ない。

 「奴等はヒイロ=ユイの遺体の脳から、全ての情報を引き出したんだ。」

 言葉と同時に。

 息を飲む、音。

 声は何も返って来なかった。
 暫くの間、どちらも何もいえなくて、ビルの上、拭き抜ける風の音とデュオの不規則な息遣いの音だけが聞こえる。
 α2はデュオを見る事ができなかった。
 何度も唾を飲み込むデュオの喉の音さえも、本来ならば聞きたくなかった。

 「ヒイロは…死ぬのか。」

 それは確認。声は震えて、聞くことが辛い。

 「DEEGが独裁体勢を始めて、初期の頃に、彼は死亡する。」

 もしかすると、デュオは泣いているのかもしれない。
 だけど、それを確定する事をしたくなくて。
 α2はデュオを見ないまま、ただ、立ち尽くす。
 それでも。
 それでも、彼は、まだヒイロが死んだ理由をいわなかった。


   □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 『事情が変わった。お前の傍にいるわけにはいかない。後で連絡はする。』

 そう残したα2の言葉を仕方なく信じて、ヒイロは待つしかなかった。
 どういう手段で連絡してくるか分からなかったから、ヒイロは危険だという大家を無視して部屋に留まっていた。
 そうして、まるまる半日が過ぎていた。

 「来たか。」

 薄暗いリビング、所々レーザーで焼かれた跡のあるソファの上に、座っているヒイロ。
 彼は顔を上げると、立ち上がって、破壊された隣の部屋へ向かう。
 ベランダから人の気配。
 態と、音を立てて降り立つ人影。
 α2とデュオが呼ぶ、自分と同じ姿のロボット。
 たった一人の影。

 「デュオは?」

 尋ねた言葉に、α2は首を振った。

 「連れて来ていない、そしてお前にデュオの居場所を教えるワケにはいかない。」

 淡々と告げられた言葉に、ヒイロは歯を噛み締める。

 「どういう事だ。」

 α2はそこでデュオに話したのと同じ内容をヒイロに話した。
 ヒイロの記憶が奴等に握られている事。
 だからデュオの居場所をヒイロが知る事があってはならない。

 「では、俺はどうすればいい?」
 「そうだな。」

 一番無難な方法は、奴等がいなくなるその日までデュオに会わない事。
 α2はそう答える。
 だが。

 「だが、お前には耐えられないだろう?」

 言葉はヒイロの考えを見透かすように。
 ヒイロは、α2を睨みつけた。確かに、彼は自分と同じ思考を持っているのかもしれない。

 「ならば別に方法はあるのか?」

 ヒイロの言葉に、α2は無い事もないと告げる。
 敵の手にある、ヒイロの記憶。それは恐らく自分の中にある生体素材製の記憶メディアを使っている。となれば、あれはかなり作るのに手間がいる筈だから、現時点で複製があるとは思えない。

 「ではそれを破壊するか、奪えばいいワケだな。」
 「そうだ。」

 それだけ聞けば、ヒイロのする事は決まっていた。

 「奴等の居場所を突き止めるのに、何か方法は?」
 「ある。お前が協力する気ならば教える。」

 α2は俯いたまま答える。
 ヒイロと同じ、長い前髪に隠されて、ヒイロにはα2の顔が見えなかった。
 だから、隠された顔の中、α2の顔が僅かに笑みを浮かべていた事など、ヒイロには分からなかった。






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