Machine Voice
【3・機械という事】

この話は一応ノリはSFチックに作ってるので、嘘くさい設定がてんこもりですね〜(^^;;。






 じっと目を凝らせば広がる視界。
 目の奥にある画像解析チップは、遠くの風景さえも鮮明にその形を思考へ伝える。
 今は夕方の時間設定なので、所々薄暗くて人間ならば見えづらいかもしれない町並み。オレンジ色の夕焼けが映されている天井のスクリーンは、見上げれば眩しくて、今ならば屋上を見上げた人の目に自分達の影が映っても問題はない。

 状況分析。
 現在条件を入力値として、メモリ中のデータベースから状況に一番適切な判断を下す。入力値に矛盾はないから、わざわざ思考する為のニューラルネットワークにまでかける必要はない。大抵の事はデータベースとの照合で導きだすAI部分だけで事足りる。
 目まぐるしくまわるα2の思考アルゴリズム。電子頭脳の中身は、身体機能の制御とメインの思考、そして学習部分に別れてそれぞれ別々に動いている。だから、思考している間にも、手足は忠実に目的を果たしていく。

 身体の表面を覆うセンサーは、その機能を意図的に切る事も可能だが、普段は人間のように無駄にいつでも情報を提供し続ける。だからこうして頬をすぎていく空気の流れも、抱いているデュオの体の体温も、α2の思考にはちゃんと伝えられているのだ。

 腕の中の、温もり。デュオの温もり。

 ふと、そんな事を思考で確認してみると、次々に、本来の自分の時間にいるデュオと違う、この少年のいろいろな表情の画像が思考の中へロードされる。
 感情を制御する部分が勝手に行う、無駄な処理。
 いらない処理。
 だから意識して思考からその処理を追い出そうとしてみる。でも、気付けば何時の間にか、感情はどうしてもデュオについての情報を思考へ読み込み始めてしまう。

 そう、《デュオ》は特別なのだ。

 彼が来た時間にいる《デュオ》も、今、自分と共にいる《デュオ》も。
 彼の中の感情がこだわり続ける唯一の存在。
 ヒイロ=ユイという人間からコピーされた思考パターンが生み出した感情。

 その感情の意味する事は分からなかったけれども。


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 「どうしたんだ、ヒイロ?」

 らしくなく、苛立ちを表情にそのまま見せているヒイロに、五飛はそう声を掛ける。

 「なんでもない。」

 返って来た答えはそれだけではあったが、それが嘘である事は余りにも見え透いていた。かといって、ヒイロがそう答えたのならばこれ以上どう聞いても喋ろうとはしないだろうと、五飛は無視を決め込む事にする。

 だが、そんな五飛と違ってお節介な声が遠慮なく質問を繰り返した。

 「本当に、どうしたんだい、ヒイロ? 何か君…らしくなく苛立っているようだけど?」

 五飛とトロワが顔を見合わせて、放っておけばいいのにと思う中、カトルは心配そうにヒイロに詰め寄る。

 「なんでもないといっている。」

 返すヒイロの声は更に不機嫌になっていた。にも構わず、カトルはそうそう引き下がらない。

 「何?もしかしてデュオの事?」

 それで勘が鋭いものだから、ヒイロとしてはたまらなかった。
 黙ってしまったヒイロを見て、カトルは自分の勘が当たった事を確信し、今度は先程にもましてしつこく食い下がって来る。

 「ねぇ?デュオに何かあったの?デュオ、今怪我してるんでしょ?何かあったのなら、僕だって知る権利はある筈だよ。ヒイロっ。」
 「────うるさい。」

 さすがのカトルも、ヒイロにそう睨みつけられては口を閉じるしかない。けれどやっぱり、事が事────ガンダムパイロットの中でも一番仲が良いデュオの事────となると彼としてもどうしても気になるのだろう、恨みがましくヒイロを見つめてヒイロの前から去ろうとしなかった。
 それでも漸く、トロワや五飛に宥められてカトルが離れると、ヒイロは誰にも見られないように大きく溜め息を吐いた。

 デュオとの連絡がつかない。

 先程、いわれたホテルに電話したところ、その部屋にいた客は消えたとかいうとんでもない返事が返って来たのだ。
 死体が転がっていたという返事でないからまだいいとしても、行方が知れない、無事なのかもはっきりしない。

 ────事情を説明してデュオがいっていた夢物語。
 到底信じられるような内容ではなかったけれど、もしかしたら。

 『なんか俺狙われてるらしいから』

 まさか。

 『今はお前のロボットだっていう、お前のそっくりさんと一緒にいるんだ』

 なんだ、それは?

 とんでもない事を告げて来る声は、いつも通りの能天気な口調で、緊張感のカケラもなかった。話の内容があまりにも突拍子がなかった事とその口調では、信じろという方が無理な話だ。
 …が、しかし。
 彼らの住むアパートの電話は繋がらないし、現在の居所だと告げられた場所にもデュオはいない。もちろん、メールの類も一切ない。この状況では、デュオのいるL1コロニーから遠く離れた地球にいるヒイロには、彼の居所を知る手段は何一つなかった。

 ヒイロの苛立ちは益々募って行く。
 だが、この感情がまだ苛立ちだけの間はいい。
 このまま連絡が取れないならば…きっと自分は不安を感じてしまう。
 今だって、多分、心のどこかで生まれつつある…不安。
 自覚しないと決めた筈の感情の…断片が。

 
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 「あ、ヒイロ、俺。」

 恐る恐るといった口調でデュオは話す。

 『デュオか?何処にいるんだ?』

 声から認識できる相手の感情は、恐らく、安堵。それはとても微かだから、多分、デュオは気付いていない。それに、何処にというくらいだから、彼は一度前の場所に連絡を入れてそこにデュオがいない事を確認したのだ。

 「いやー、ごめんなぁ。あれからすぐにあちらさんがやってきてさぁ、しょーがなく移動せざるえなかったんだよー。あ、もしかしてヒイロさん心配してくれちゃったとか?」

 その言葉に返る暫くの無言。
 デュオは冗談のつもりでいっているのだろうが、恐らく、それは電話の向こうの相手にとっては冗談になっていない。彼が自分の思考パターンの元となる考え方をしているなら、かなり心配していた筈だ。いや、心配というよりも不安だった筈。

 「え〜っと。なぁ、ヒイロ、怒ってる?」

 彼の無言をデュオは怒りの所為だと理解したらしい。
 確かに、怒ってもいるのだろう、彼は。

 「だからしょうがなかったっていってるだろー。バタバタバタバタ移動してばっかでさー。なかなかそっちに連絡入れてる暇だってなかったんだよ。」
 『────分かった、もういい。』

 デュオの話を止める為に、彼はそういって話を終わらせた。デュオは目に見えて肩から力を抜いて、電話の相手に見える筈もないのに、不貞腐れた表情で見えない相手を恨めしそうに上目使いで見つめている。

 『それで、今は何処にいるんだ?』
 「えっとなぁ────。」

 ヒイロと電話で話すデュオの姿を、α2はじっと見つめていた。
 音の取得可能範囲を広げれば、電話の相手の声も難無く聞こえる。初めて聞く、自分のオリジナルの思考パターンの持ち主の声は、あたりまえだが自分の声とほぼ変わらない。

 彼が、ヒイロ=ユイ。
 ウイングガンダム、そしてゼロのパイロット。冷静沈着、優秀な頭脳と人間ばなれした強靱な体を持つ。未来のデュオがα2によく聞かせてくれたヒイロ=ユイは、いつも怒っているという事だったが、成る程、デュオにはそう見えたのは、今この会話を聞いているだけでも良く分かる。
 同じ思考を与えられているからこそ、分かる、彼の微妙な心情。

 『デュオ…。』

 時々彼がデュオの名を呼ぶ声は、溜め息のように息を吐き出しながら。たくさんの、目に見えない感情を込めていわれるそれを、デュオは彼が呆れているとしか取らない。

 「うん、分かったよ。ここもまた移動する事になりそうだから、まぁできるだけ連絡はまめに入れるようにする。───っていっても、お前の仕事中だと悪いからなぁ、とりあえず頃合を見て、な。」
 『────ああ』

 ヤツが返す返事はいつも素っ気なくて─────デュオはそういっていた。確かに間違っていないけれど、たった一言にもたくさんの感情は込められている。
 デュオは、それを知ろうとしなかっただけ。
 ヒイロもまだ…今はそれを伝えようとしていない。

 「じゃぁな、ヒイロ」

 切ろうとして別れを告げるその手の機械を、α2は取り上げてヒイロに告げる。

 「デュオ=マックスウェルの身柄は俺が守る。お前は気にする必要はない。」
 『誰だ…貴様は?』

 声から感じる感情、驚きと苛立ちと不安。
 彼が持つ、デュオに対しての感情が何なのか、答えは頭の中に用意されていない。
 そう、自分の頭の中にもあるのに、答えがない、その感情。
 感情を制御する部分は、大半がニューラルネットワークに掛けられて常に学習、調整を繰り返す。新しい感情には新しい項目を与えてやり、何度も何度も計算を繰り返して、その感情の制御を馴染ませて行く。
 最初にあった感情は、自分にとって好ましいか、好ましくないか。
 それがだんだんといろんな項目を増やしていって、現在の彼には人間と同じ複雑な感情さえも表現出来る。

 だけど、知らない。

 確かに導き出すべき項目の中に、この感情はあるのだけれど、それが何を意味して何故なのかは、何もデータがない。
 でも、分かる。彼の感情なら。
 彼の思考パターンを組み込まれて、その思考パターンが作り出したのが自分の今の感情だから。
 だからイコール、自分がデュオに対して持つ感情と彼が持つそれは一緒なのだと、そう思う。
 そして。
 何の返事も返されないまま、回線は切断された。


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 「────ッ」

 切られた電話に、ヒイロは呆然とする。
 最後に告げられた言葉。声は確かに自分と同じ。

 『お前のロボット』

 デュオはそういっていた。ヒイロの姿とヒイロの思考を持ったアンドロイドと一緒にいると。
 聞かなくても多分、あの声が、その人物。
 未来からやってきた、ヒイロと同じ思考を持つロボット。彼はデュオを守る為にきたのだという。

 デュオを、守る?
 自分以外の何者かが、デュオの傍にいて、デュオを守る。

 それは違うと、心の何処かで否定する。
 違う、それは────どうして自分がここにいて、デュオの傍には別の者がいるのだろう。
 デュオを守るという言葉をいうのが、どうして自分ではないのだろう。
 心の奥へしまいこんだ感情に亀裂が入る。
 堰を切って流れ出しそうなそれをぎりぎりで止めて、ヒイロは一つ身震いをした。

 考えるな、考えたら後戻りできなくなる。
 自分の存在意義、自分の役割、そしてデュオの存在意義とデュオの役割。それらと相容れない感情などあってはならない。
 その感情を考えなければ、まだ、自分達はぎりぎりの均衡を保って傍にいる事が出来る筈だから。


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 「ったく。どーゆーつもりだよ、お前。」
 「別に、ただ俺がいる事を伝えて置きたかっただけだ。」
 「なんだ、そりゃ?…あーあ、ヒイロ…怒ってるんだろうなぁ。」
 「何故、そう思う?」

 ───だってあいつ、俺が見ず知らずのヤツ───あ、この場合はお前な───のいう事を信じて一緒にいるっていったらすげー怒ってたんだぜ、とデュオは答える。
 だけどもデュオは、どうしてヒイロが怒っているかを分かっていない。
 ───俺は人を信用しすぎるってさ、ヘラヘラと信用して付いていっちまう間抜けは見てるだけで頭にくるって。

 違う、それは彼の本心ではない。

 怒りは、本当は彼の中の不安を胡麻化すためのモノで、決してデュオがいう意味の単純なモノではない。
 自分以外の者と一緒にいる、デュオ。自分の傍にいない、デュオ。
 だけど、それを止める為の理由がないから、彼はただ感情を苛立ちに変えるだけ。

 本当は何を望んでいる?
 本当はこの感情はなんというの?

 多分、ヒイロ=ユイ本人さえも導き出していない答え。
 α2の中にある、初めてデュオを見た瞬間から生まれた、深い、深いところにしまいこまれていた彼の感情。
 それを、知りたいと願う。
 きっとそれが自分の存在意義だから。

 目の前のデュオも、未来のデュオも。自分は人間に従うために作られたロボットだと、そう答える度に、それを否定して『お前自身は?』と尋ねてくれる。
 自分自身────それは多分、オリジナルであるヒイロ=ユイの事だから。自分の感情は単なる彼のコピーだから、彼が答えを導き出してくれれば、自分も分かる筈だから。

 「デュオ…」

 声に出して呼べば、デュオはじっとこちらを見つめる。その瞳の中に自分が映っている事が嬉しいと、そう感じるのもきっと彼の感情。

 「何?」

 手を伸ばして、その頬に触れて。
 ゆっくりとその頬をなぞる事が心地好いと、そう感じるのもやはり彼の感情なのだと、そう思う。
 デュオに触れる掌のセンサー。優先順位を最高にしてダイレクトに思考に繋げれば、彼の頬の暖かさも正確な形も、全てが感情の何かを刺激するから離せなくなる。

 「α2?」

 だけれど、そこでいつも彼は気付くのだ。
 そう、自分は本物(ヒイロ=ユイ)ではないのだと。

 「どうしたんだ?お前?」

 目の前のデュオはα2の行動が分からずに、キョトンと目を丸くしてただ自分を見ている。これが未来のデュオならば、いつも彼はこうして触れる自分の感情を分かってでもいるかの様に───ただ、微笑む。
 その笑顔はいつも自分に喜びを与えてくれると同時に───何処かが、痛い、そんな感情も与えてくれた。
 だけども今、ここにいるデュオは、何も分からない。
 彼も分からない。自分の感情を。



 誰も、知らない。






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