Machine Voice
【11・約束】

今回はα2とデュオ編。このお話も、いよいよ後3回で終わります。






 「後2日か。」

 ヒイロの呟きに、α2は何も答えない。

 「そっかー、後2日すればやっと逃げるだけの生活も終わるか。」

 デュオは嬉しそうに背伸びをした。
 そのデュオを、ヒイロは抱き寄せる。
 デュオは面食らってヒイロの顔を見返してから、居心地悪そうに、それでも黙っている事にした。

 あの事があってから、ヒイロは自分に優しくなった。
 それはもう、前と比べて180度態度が変わったように。
 さすがに、強引なところとデュオの意見を聞かないところは、前通り、ヒイロのままなのだが、基本的に自分に向ける雰囲気がまるで違う。
 その慣れない雰囲気に何処となく照れてしまって、デュオは今、ヒイロの顔をまともに見れなかったりするのだが。

 事ある毎に、ヒイロはデュオに触れる。
 こっちを見てないと思う時に、そっと顔を覗いてみると、すぐに気付いて目を合せる。
 その感覚が何か覚えがある気がして考えれば─────ああ、α2の行動と同じだと、気が付いた。

 向こうはもっと可愛気があるけど、さすがに思考が一緒なだけはあるか。
 そう考えると、おかしい。
 おかしいのだ、ヒイロがこんな風に自分を見てくれるなんて。
 嫌われてるとばかり思っていたから、本当は逆だったなんて、今でも信じられない。
 本当に、信じられないから。
 だから、まだ実感出来ない。
 まだ、自分の方の気持ちが整理出来ない。
 嬉しい、とは感じた、あの瞬間。
 だから、拒まなかった。あれは同情…ではない筈。
 でもどうしてそう感じたのかは分からない。

 俺はヒイロを好きなのだろうか?

 その答えは、まだ、出せなかった。


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 α2はヒイロがいつでもデュオの傍にいるようになってから、あまり近づいてこなくなっていた。
 今も、壁によりかかり、こちらを見てはいるものの近づいてこようとはしない。
 ヒイロが来る前は、絶対にすぐ傍にいて、たまに突然触れて来たりしてきたから、今は随分とおとなしくしている。最も、ヒイロはα2が自分の傍にいるとあまりいい顔をしないので、彼としても仕方ないのだろうけど。

 ただ、少しだけ寂しいとか思ったりもする。
 彼が自分の傍にいる様は、昔スイーパーで小さい子の面倒を見ていた時、いつでも服の裾をもって付いてきた子供を思わせるから。
 彼の瞳は純粋で、裏などなにもなくて、嘘もつけないから。
 それを真っ直ぐ向けられるのは、結構好きだった。

 ああ、そうか。
 デュオは気が付く。
 あと2日という事は、あと2日でα2ともお別れだという事。

 ずっと、一途に自分を守るといい続けていた、彼。
 そんな事をいって貰ったのは初めてだったから、本当はとても嬉しかった。
 彼がヒイロと同じ姿だからとかは関係なくて。
 嬉しかった、それだけが。
 
 でも、今の生活も、後少し。
 これが終わったら…前の生活に戻るのだろうか、自分は。
 変わってしまったヒイロと、前の生活に。
 戻れるのだろうか?

 「あ…。」

 思い出したように顔を上げたデュオに、ヒイロが顔を覗き込んだ。

 「やべ…俺、忘れてた。」

 何を、とヒイロとα2が同時に目だけで尋ねてくる。
 デュオは、α2の方に視線を向けると、同意を求める様に言葉を続けた。

 「ほら、あん時…あの部屋へ帰った理由。俺、探したい物があるっていっただろ? あの後いろいろあったからすっかり忘れちまったけど…あれ、どうしよう…。」

 デュオの目が彼を越してα2を見ているせいか、ヒイロは少し不機嫌な表情をする。α2は、デュオのその言葉を聞いて、表情を変える事はなかったが、「ああ」と一言相槌をうった。

 「やべぇかな…もうへたすっとあの部屋って片付けちまったかも…なくなってるって事も…。」

 デュオは、ぶつぶつと独りいをいいながら考え込む。
 だが、暫くして顔を上げると、α2に向けていった。

 「なぁ、もう一回。ほんとうに探すだけの間でいいから、アパートの方、いけない…かな?少し探して、それでも見つからなかったら諦めるから…。」

 真剣に頼み込むデュオの視線を受け、α2はちらりとヒイロの様子を窺う。
 無視されたヒイロは、益々表情を顰めて、壁に背を預けたままデュオを見ずに言葉だけ返した。

 「あの部屋ならば、昨日のうちに業者によって片付けられている筈だ。」

 大家がそういっていた、というヒイロの言葉に、デュオは振り向いて本当かを確認する。ヒイロはやはり顔を見ようともせず、肯定を返した。
 それでも。

 「そっか…んじゃもう、ねーかな。やっぱ…でも、もしかしたら…その…なぁ、やっぱもう一回いけねーかな?」

 まだあるかもしれないなら。どうしても、せめて自分で確認がしたかった。

 「俺が代りにいってくるならできるが?」

 ぽつり、と何の抑揚もない声でα2がデュオにいう。
 だがデュオはそれにはいいづらそうに答えを返す。

 「いや…。でもやっぱ俺自分で行きたいんだ。」
 「危険だ。」

 ぴしゃりと否定するのはヒイロ。
 だけれどα2は少し考え込む仕草を見せてからデュオを見返した。

 「俺とデュオだけで、何かあったらすぐに逃げるというのなら、いけない事もない。」

 それにデュオは明らかに嬉し気に顔を上げて、逆にヒイロは更に顔を顰める。

 「俺も行く。」

 だがそのヒイロも、デュオ一人なら抱き上げて連れていけるが、お前も一緒だと何かあった時に逃げきれない、といわれてしまうと黙るしかない。さすがにヒイロも自分がα2についていけない事くらいは分かっているので、どんなに面白くなくてもいい返せなかった。

 「頼む、α2。」

 だから、デュオはα2に連れられて、もう一度あの破壊された部屋へ行くことになったのだ。


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 ヒイロとデュオ、彼らが、日常、を過ごしていたアパートの一室。
 ヒイロのいった通り、部屋はすでに片付けられた後で、来た途端に、デュオはがっくりと肩を落す事になった。
 それでも、簡単に諦めてしまうのは悔しくて、デュオは一応探すだけは探してみる事にした。が、すぐにそれも無駄だと分かって、部屋の中に立ち尽くす。

 「遅かったか…な。」

 寂し気な呟きにα2は聞き返した。

 「お前は何を探したかった?」

 デュオは軽く首を傾げて苦笑を漏らす。

 「十字架。大切な人の形見なんだ。」

 そうか、とだけα2が返すのに、デュオはまた少し笑って、説明してやる。
 小さい頃、浮浪児だった自分を引き取ってくれた教会。
 そこで初めて優しくしてくれた人、おかあさん、みたいだったシスター。
 自分の幸せを願って、死んでしまったやさしい人。
 その、彼女がくれた銀色の十字架。

 「初めて俺に暖かいものをくれた人のモノだから…。出来れば、なくしたくなかった…けどな。」

 その寂し気な笑顔に、α2が手を伸ばしてくる。
 手を伸ばして、頬に触れてくる。
 ヒイロが傍にいるようになって、そうやってくる事がなくなっていたから、デュオは少しだけ驚いたように目をまるくして、α2の顔を見返した。

 「初めて…俺に暖かいモノをくれたのは…お前だ…。」

 頬を撫ぜて、唐突にそう呟く言葉はどこか虚ろな印象を受ける。

 「お前だ…デュオ。」

 いって、今度は抱き締めて来る。
 デュオは呆然としていたが、抱き締められて、α2の暖かさを感じて、そうしてやっと彼の言葉の意味を理解して笑みを零した。
 …柔らかな、笑みを。

 「そっか…ぁ。」

 いえばα2は少しだけ力を強くしてデュオを抱き締める。

 「お前だけが、特別だった。」

 きつく自分を押さえていた、腕が弛む。
 それからじっと、顔を見つめて、彼は何かいいたそうに眉を顰めた。

 「デュオ…頼みがある。」

 いってすぐに瞳を伏せる。
 デュオはその様子に少しだけ首を傾げて、α2の顔を見返す。それから、黙ってしまった彼が言葉を続けるのをただ待った。

 「俺は…狂うかもしれない。」
 「…何だって?」

 あまりに唐突な内容に、デュオは驚いてどう反応するべきか悩んでしまう。
 彼は嘘をつかない。
 冗談もいわない。
 伏せたままの瞳は悲しい色で、彼がどれほどに思いつめているのかがわかる。

 「なんで…おまえが狂うんだ?」

 そう聞けばα2は伏せた瞳を真っ直ぐにデュオに向ける。瞳の中の悲しい色は変わらずに。

 「α1は狂った…。」

 それは確かに前に聞いている。でも彼は「自分が機械である」と意識させる事によって、狂う事がない筈ではなかったのか?
 そう尋ねたデュオに、α2はゆっくりと首を振って答えた。

 「分からない。今までは確かにそれで狂わずにいられたが…それだけでは『狂い』を回避する事は出来ないのかもしれない。」

 彼がDEEGから逃げた時は、丁度それを確認するための調整途中だった。『だから大丈夫』などという保証は最初からどこにもない。

 「でも、お前は今、全然平気じゃないか?」

 それにもα2は首を振る。

 「俺の中にも『狂い』がある。それは度々現れて…少しずつ膨らんでいるのが俺には分かる。」
 「α2っ」

 叫ぶデュオの声を聞いて、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
 それは時折デュオに見せてくれた、あの優しい微笑みではなくて。
 どこかに影を残した、諦めたような微笑み。

 「だから、デュオ、お前に頼みがある。」

 そんな顔をする彼がロボットだなんて、一体誰が信じられるだろう。




 「もしも俺が狂ったならば、お前が俺を破壊してくれ。」




 彼の蒼い瞳はただ真っ直ぐに向けられて、真摯な決意はその澄み切った中に浮かんでいた。

 「今まで、自分が消えてしまう事を恐いと思った事などなかった。狂う事があっても、それで壊されて終わりだとしか思っていなかった。」

 見つめる瞳、彼はあまり瞬きをしない。それはロボットだから、人間程目の表面に水分がなくても問題ない、と彼は前にいっていた。

 「だが、今は、自分が消えてしまうのが、こうしている俺が何もなくなってしまう事が、恐い。…自分の全てが消える事が、辛くて、そう考えるのが、苦しい。」

 眉を寄せ、微かな苦しみに瞳は歪む。
 だけども彼は、すぐにまた先程と同じ悲し気ではあるけれど澄み切った瞳で笑う。

 「それでも、俺が消されるのがお前の手であるならば、俺は嬉しい、と思うから。」

 彼は笑う、悲し気なのに、それは恐らく本当に心からの笑み、でも…。

 哀しい。

 デュオは思う。
 彼の存在が、ただ哀しい。
 憐れだとか同情ではなくて、ただ、哀しいと感じる。
 だからデュオは手を伸ばして、彼の方からα2の頬に触れた。
 少しだけ背伸びして、顔を自分のすぐ目の前に引いて、じっと見つめる。
 そして、微笑む。

 「分かったよ、α2。お前がもしおかしくなったら、俺がお前を殺してやるよ。」

 大きな、高い空の色の瞳は、笑っているのに涙を流した。
 その言葉に、α2は大きく目を見開いて、そして頭を項垂れてデュオの肩に静かに乗せた。
 デュオの肩を掴む、その手が震える。
 彼が何を感じて、どうしているのか、顔の見えないデュオには分からない。

 暫くそうして、静かな時が流れる。
 デュオは涙を流して、α2は、自分よりも小さなデュオの肩に顔を埋めて。

 「ありがとう。」

 α2は囁く。顔を上げずに、耳の傍でなければ聞こえない程の小さな声で。
 デュオは手を軽く自分の肩にあるα2の頭の上に置き、緩く抱くような仕草をした。

 「α2…、ずっと、ずっと約束する。もしもお前が狂ったら、今の俺でも、未来にいる俺でも、きっとずっと忘れないで俺自身の手でお前を殺してやる。」

 α2は顔を上げる。
 そして彼は、今度は悲しみのない、いつも通りの静かな笑みを表情に乗せてデュオを見つめた。

 「デュオ…」

 呼ぶ声は溜め息のように掠れがちで。
 彼の笑顔につられるように、デュオも満面の笑みを返した。

 「俺の存在理由はお前だけ。いつでもお前だけが、俺を救える。」

 α2はデュオの頬を撫ぜる。
 撫ぜながら顔を近づける。
 ヒイロと同じ、整った顔立ち。
 憂いを含んで軽く臥せられた瞼の中、蒼い瞳は、あまりにも透明で哀しいと感じる。
 真近にある瞳、見つめていれば。
 唇が、触れる。

 「────α2?」

 すぐに離されたけれど、今のは?
 けれど、声を掛ける前にα2は顔を背けた。

 「帰る。」

 デュオの体を抱き上げて、でもやはり、顔を見ようとしなかった。






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